第12話 疲れる想像

 壊れたものは直らない。それは物であっても、人間であっても、関係性であっても揺るがない事実。

 事実として私の住んでいた家は、一度壊されました。そのままにしておくのは危険だからと取り壊されて、リフォームされたような形で立て直されました。そこにどのような意図があり、どういった目的があったとしても、壊す前と同じものになったりはしない。どんなに似せて作っても、私が住んでいた家はなくなりました。

 その家を壊さなければいけなくなった原因、それは両親が普通ではない形で死亡したことが起因します。母は父に壊され、父は自壊しました。それは一般的な死亡方法ではなかった為、世間からは隠匿され、遠方での交通事故として処理されました。両親の死を誰にも伝えられなかったのは辛いですが、それが仕方のないものであることを当時から私は理解していました。妹には納得の出来ないところがあったみたいですが、それもまた仕方のないことです。まだ小学生と幼かったのですから、私と同じ完成を求めるのが間違いです。

 続けて、両親が死亡してしまったことにより周りとの関係性も大きく変わりました。ここにおいて幸運だったのは、私達が困らない形で田中さんが接触してくれたこと、また両親の残してくれたもののお陰で妹と離れることなく暮らせたことでしょう。金銭面は生命保険などで賄い、私は時計修理技師としての資格の取得と、父のやっていた骨董品店を引き継ぐ道を選びました。正直なところ利益が出るような商売ではなく、最初の方は赤字続きでしたが、隠れ蓑として使用することもあり援助はいただけました。その中には、現在のお得意様もいますし、仕事で関係している方は大勢います。

 妹は私がどうにかして経営難を乗り越えたと勘違いしているようですが、お姉ちゃんはそこまで優秀じゃないよ。みんなが助けてくれたから、私達のお店は潰れていないだけ。今は事件を収束させることによる報酬もあるし、以前よりは随分と楽なものになりました。

 ただ、仕事として報酬をもらっている以上、こういった場面への立ち合いを拒否出来ません。アンティークの解体は終わり、いつも通り人骨のパーツは取り外してあります。本来、持ち歩くのも危険とされるものですが、これ単体では壊れやすい歯車でしかありません。田中さん達の、バックアップと研究を専門としている方々が、擦り切れるまで実験に使用するのでしょう。

 それがどういったものか知りたいとは思いません。心が壊れてしまった、壊れかけの状態で踏みとどまっている、そんな人達が日夜情熱を燃やしている研究なんて、知らない方が幸せ。危ないところには立ち入らず、こちらの要求するもの、具体的には追加で支払われる金品を求めるだけです。

 唯一困ることがあるとすれば、保管用のケースに入れている状態でも、痛みを感じるということ。背中にある、父だったものによってつけられた傷跡がうずくだけ。針で刺すように、ひきつるような痛みが走るだけ。直接触れていない分だけ弱いので、こうして我慢していられるものなのあ幸い。

「お子さん達は連日の監禁生活によって疲れています。入院が必要かもしれませんので、しっかりとケアしてあげて下さい」

 この町の駐在である、諏訪巡査。感染者と遭遇し、囮を引き受けてくれた男性。

 彼は今のところ、トラウマらしきものを抱えることはなく、そういった現象にも出会っていない、行方不明となっていた子供たちのご両親にかんしても、疲れているだけ。

 つまり、何かが起きるとすれば今からで、その予測が外れないことを私達は知っている。物語の配役によって行方不明となっていた子供達、そこにはネズミ役が加えられていた可能性が非常に高いものとなっています。可奈ちゃんは良く見つけてくれましたと褒めてくれたけれど、普通に考えるのなら惨たらしい結末が待っているだけで、誰も喜ばないもの。私の知っているハーメルンの笛吹き男の物語は、一つだけでネズミが無事に済むようなお話ではないから。

 大量発生したネズミたちが、食料を駄目にしてみたり、赤ちゃんにかじりついて危害を加えたりする、そんな役割。笛吹き男に退治を依頼しなければいけなくなるほど、町の人達を困らせてた存在。だから、川に沈められておぼれ死ぬことになっても、誰一人として酷いことをしたと非難する人はいなかった。ネズミをかばった人もおらず、その死を当然のものとして受け入れていた。

 だから、ここにいる子供達が配役されていた場合、無事ですむはずないの。平和的な解決を望んだとしても、それは叶わぬ願いとなるの。

「三森さんご姉妹は少し離れていて下さい。処理が必要だった場合は、私の領分ですから」

 私達の隣で気遣ってくれるのは、山の中でも変わらぬスーツ姿の男性。アンティークの被害にあい、泣き寝入りすることを拒んだ田中さんに属する一人。彼は何も感じないのでしょうか? 昔はあちら側だったはずなのに、何も分からない内に事件に巻き込まれて、何かを失った側であるはずなのに。何も感じないのでしょうか?

「そんな顔で見ないで下さい。近くにいて、最悪なものを思い出したくないだけですよ」

 何を考えているのかわからない、薄い笑顔を張り付けた表情。その奥に潜んでいる感情がどれだけ熱いものなのか、それとも冷たいものなのか、私は理解したくない。壊された上で立ち上がり、手段がないことに悲観することもなく、多量の流血を恐れることなく突き進む。どれだけの仲間が倒れようとも、その足が止まることはないのでしょう。例え自分が息絶えることになっても、田中さんとしての足は止まらない。被害が拡大すれば組織の人数も増える、事件の起きた現場は彼らにとってみればスカウト会場のようなものかもしれません。

 はぁ、これもまた酷い考え方ですね。

「姉さん、田中さんの言う通りです。この先について、私達に出来ることはありません。会わせないという手段を選べなかった以上、大人たちが傷つくのは仕方のないことなんですよ」

「可奈ちゃん、あんまり冷たいことを言っちゃ駄目よ? いつか心が凍ってしまうわ」

 心の中で考えていた、酷い内容には蓋をして姉としての仮面をかぶり続ける。妹が幸せになってくれるように、私とは違い幸せをつかめるようにと。ささやかで大きな願い事を、心の中で唱える、

 私のようになってはいけないわ。目の前にある物にしか興味を示さなくて、視界に入らなくなった途端に興味を失ってしまうような人間になってはダメ。こんな生き方では幸せなんて掴めない、目の雨にない幸せをつかむことに興味を失くしては、将来すら手放してしまうかもしれないの。

 私はもう手遅れだと知っています。既に傷物であり、人と関わることにより、パーソナルスペースに踏み込まれることによってトラウマを発症させてしまうような、そんな寂しい人生を送る必要はないわ。

「ひぃ、お前、なんてことしてんだ。俺だ、父親が分からないのか?」

 物語によってふさがれていた洞窟。いえ、いっそのこと洞穴と呼んだ方が良いのでしょうか? それはこの山を始点とする川が産まれる場所。木々の根により構成されている、水源豊かな洞穴。

 見立てでは、子供でもなんとかなるくらいの水深しかなく、衰弱の可能性はあっても出来死の可能性は低いとのことですね。

 まぁ、五日も経っているのですから死者が全く出ていないという、そんな奇跡は起きるはずありませんがーー人間、残っているのかしら? それとも、今の叫び声は人間を辞めたものによって襲われた悲鳴なの? 自分の子供だった者に襲われているのかしら?

 少し離れたところに出来ている人の塊。それは行方不明者の両親だったり、兄弟だったりと関係者が集まっているところ。本来であれば発見の報告に浮かれ、嬉し涙を流しても良いはずの状況なのに、そういった感動的なものは存在しない。それこそ物語であったり、ドラマの中にしか存在出来ない感動は、この場には呼ばれることなく悲劇が重なっていく。

「どうしてなの? 内の娘がどうして、こんなことに?」

 溢れるようにして出てこようとする子供達、それを待ち受けていたはずの大人たちは大混乱だ。大方、人間の形を残したままネズミの特徴でも植え付けらえているのでしょう。暗いところでも見えるように、目は改良された。鼻はのび、前歯以外が抜けてしまう。そして、人込みを割るかのようにして父親の上に馬乗りになる。その体力があるということは、食べるものがあったということでしょう。死なない為に、生き延びる為に、子供達は食べるしかなかった。どれくらいの人数が減り、どれくらいの人数が変質してしまっているのか。それはまた、名簿と突き合わせる形で教えてもらいましょう。

「今回も酷い結果になったのね」

「無事に終われないのは、最初から分かっていたことです。どこまで進行しているかは分からなくても、無事で済むはずがないんですから。仕方のないことですよ」

 可奈ちゃん、無理してない? いつものことだと諦めたような言葉を並べているのに、ずっと同じところを見つめているよ? お姉ちゃんがのぞき込んでいるのにも築かずに、ずっと洞穴の方へと目を向けている。アンティークの解体が終わった以上、私達に依頼されている内容は全てこなしたことになるのに、難しい顔をしたままだよ。

 どうして、気にしちゃうのかな? 私達にはどうしようも出来なくて、フォローしてあげることも、処理することも出来ないのに。どうして、気にしちゃうのかな。お姉ちゃんには、それが一番分からないよ。どうして気にしてしまうのか、お姉ちゃんには不思議だよ。

 可奈ちゃんはやるべきことをやったでしょ? お姉ちゃんもやるべきことをやったよ?

 その上で何かが出来るかもしれないって思うのは、ちょっとダメだと思うの。あそこの場で苦しんでいいのは、子供を探し続けた親御さんだけ。つい先日まで一緒に暮らしていて、これからは一緒に暮らせなくなる、そんな現実を知らなければいけない人だけ。私達には悲しむ資格も、どうにかしてあげようとする傲慢さも、必要ないんだよ。

「姉さんの予想だと、ネズミ役ということでしたよね?」

「うん、残っている配役の内、大切そうなのはネズミだったから」

「そうですか……共食い、そうするしかなかったんでしょうね」

 辛そうに口にするくらいなら、気にしないようにした方が楽だよ? 自分には関係ないって、考えない方が簡単だよ? 苦しんだところで誰も助けられなくて、どうしようもないのなら諦めようよ。それも、大切なことだよ。

 私の腕の中にさえ納まるような、そんな小ささしかないのに。あまり他の人ばかりを見ていると転んでしまう。他の人を助けようと頑張って、可奈ちゃんが傷まみれになっちゃうよ。そんなの、お姉ちゃんは悲しいよ?

「何も言わずに抱きしめるのは止めて下さい。私はもう子供ではありません」

「でも、お姉ちゃんの可愛い妹だよ? 世界にたった一人、お姉ちゃんが守りたいものだよ?」

「そういった恥ずかしいセリフは、家に帰ってからにして下さい。少し向こうには、抱きしめることも出来ない家族がいるんですから」

 不幸な人がいる場所では、幸せになってはいけない。そんなルールはないはずだよ? 辛いことばかりの溢れている世界で、そのルールを適用したら誰も幸せになれないよ。それじゃ、頑張れなくなっちゃう。みんなで不幸の沼に沈むことになっちゃうよ?

 幸せを目指して、足りないものを探して、辛いことを乗り越えている人は多いの。だから、不幸は幸せで追い払うしかないんだよ?

「ねえ、可奈ちゃん。物語の終わったこの町には、沢山の田中さんが来ることになるわ。後処理をする為に、人道的ではない処置をする為に、沢山の命が焼き払われることになるわ。その時、何も知らされずに炎を眺めているのと、涙を流しながら悲しんで炎を見つめるの、どちらがより悲しいのかしら?」

「分かりません。少なくとも、行方不明だけで終われていたのなら、子供の生存を信じることも出来たでしょう。心の穴が埋まることはくても、こういった酷い状態を知らずに済みました」

「それはないんじゃないかな? 親っていうのは子供に何かが起きた時、なんとなく分かるものらしいよ? だから、町の人達もこんなに必死になって、ボロボロになっても子供を探したんじゃないかな?」

 仕事を休んで、子供を探すこと以外何も出来なくなってしまった。それは心配からくるものであり、親としては当然なのかもしれないけれど、どうしてそんなに必死になれるのか私には分からない。親になった経験なんてないし、子供もいない。だから分からないと言われてしまえばそれまでだけど。どうして、共通認識のように理解出来るようになるのかな? 不思議だと感じる人はいないのかな?

 腕の中で黙り、考え込んでいる可奈ちゃんなら分かるのかな? 私よりもずっと頭が良くて、何を考えているかもわからないような可奈ちゃんなら、人の気持ちも理解出来ちゃったりするのかな? だから、人魚姫の物語を追いかけているの? あの時、感染者となったお父さんが、どうして私達を逃がしてくれたのか、アンティークを守るのではなく自壊する道を選べたのはなぜか。可奈ちゃんは知ろうとしているの?

 それは、トゲまみれの道だよ? 悲しみと苦しみで彩られた、痛みの道だよ? そんなところを進もうとするの?

「物語というのは悲劇で終わった方が心に残ると聞きますが、ここまでする必要はありません。誘い人は何を目的にしているんでしょうか?」

「それは、お姉ちゃんには分からないよ。本人に聞くしかないんじゃないかな?」

 誘い人が何を考えているのか。悪意を前提に考えると分からなくなってしまう。彼らが望んでいることに触れるのを、恐れてしまう。

 でも、誘い人の行動に悪意がないのだとしたら? 何かの為に、目的の為に狂気的な純粋さで動いているのだとしたら?

 いくつも湧き上がる疑問に、可奈ちゃんが気付いていないとは思えない。私でも気付けるようなものに、可奈ちゃんが気付いていないとは思えない。理解したくないという願いを抱えていない限り、分かってしまうのが怖いと拒否していない限り、可奈ちゃんは気付いてしまっているのでしょう?

 たずねることは出来なくて、口にすることも出来なくて。それでも可能性だけはずっと残ってしまうもの。それが目的だった場合、誘い人を止めるのは難しくなる。いつどこで生まれて、亡くなるのかも分からなくなってしまう。

 空はこんなにも高くて、空気も澄んでいるはずなのに、地上にいる私達はどうしてこんなに苦しんでいるのかな? 幸せって、どこにあるんだろう?

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