Act.0034.5:なにを言っているかわかりません

 和真たちがいた山とは別の山頂付近に、1人の影が立っていた。

 その者は頭からフードのついたマントをかぶり、表情をうかがうことができなかった。

 いや、表情だけではない。

 背丈も成人であろうということしかわからず、太ってはいないだろう程度にしか体型もわからない。


「ファーザー、観察者の【イイジー】です」


 そして、その誰も居ない虚空に向かって語る声色も、性別を判断できない不思議な声色をしていた。



――やあ、イイジー。ご苦労様。どうだったかね?



 男性の声が、イイジーの脳にだけ響く。


「はい。獅子王は【赤月の紋】のすべての魔生機甲レムロイドを破壊。そしてスルトンも例の魔獣機甲アニマロイドと一緒に消しました」



――やはり、そうなったか。



「はい。ほぼこれで【赤月の紋】は壊滅状態です。……これでよろしかったのですか? とめることもできましたが」



――こらこら。君はあくまで観察者だ。手をだしてはいかんだろう。



「しかし、この結果はファーザーのお望みとは異なるのでは?」



――私の望みなど、最初からひとつ。それ以外は些細な誤差だよ。それにこの流れはもう止められないだろうしね。



「混沌への流れ……ですか?」



――イグザクトリー! さすが、イイジー君はよくわかっているね。そう、世界は混沌に向かうだろう。あの別の世界線でも巡りあった、異世界からの来訪者【東城世代セダイ】も、獅子王【雷堂和真】も……世界を混ぜるマドラーのようなもの。そして、そのマドラーを握る存在は、どうやら私ではないらしい。



「はぁ……」



――その存在が混ぜた世界は、多くの混沌を生み、やがて概念の扉を開き、あちらの世界を侵食し始めるだろう。それこそが、その存在が用意した黙示録かもしれぬ……。



「……あのぉ、ファーザー」



――なんだね?



「わざわざ中二病的に難しく言うのはやめてもらえませんか?」



――イイジー君。君はたまにキツいね……。



「申し訳ございません。ウザかったもので。……それでこれからいかがしましょうか?」



――慇懃無礼にもほどがあるが……まあ、いい。彼はどうしているかね?



 そう言われてイイジーは、視線を別の山頂付近に向けた。

 とても常人では視認できない距離の先には、寝転がった和真と、膝枕をしているアラベラの姿がある。


「はい。意識は戻って現在、アラベラとイチャついております」



――……イチャ……イチャついているのかね?



「はい。膝枕でそれはもうシッポリと」



――ひ、膝枕……シッポリ……くっ! リア充爆発しろ!



「ファーザー、なにを言っているかわかりません」



――わからんでいい。まったく、こちらはまだ取り戻せていないというのに……。



「はいはい。嫉妬乙wwwww」



――君、ちゃんとわかってるよね、それ!?



「申し訳ございません。任務で疲れましたのでこの辺で失礼します」



――えっ!? ちょっとイイジーく――



 そこでファーザー【ササ】の声は途絶えた。

 よほどウザかったのか、イイジーは大きくため息をもらして肩を落とす。


「しかし――」


 それからまた和真たちをうかがい、そしてその空を見上げた。


「概念が現実を喰らうか……。どうなろうとかまわないが、物語を楽しむ読者観察者としては飽きなくてよいな」


 言い終わった瞬間、その姿は霞のように消え失せた。

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