Act.0034:剣は性に合わないんだけどな……
「
そこには、咆哮を放つ口が現れる。
飛び跳ねるプラズマが全身を纏う。
輝く全身が、一気に躍動する。
まるでプラズマが操り人形の糸……というより、筋肉の代わりにでもなったように四肢の動きをサポートし始める。
「――ウオオオオオオッ!」
和真と
――迅速。
獅子の右拳が、熊の顔面へ。
されど熊は、野生の動きでそれを左手で受けとめる。
されど熊は、その手を弾いている。
反撃は、右の五爪。
獅子は、それを左手で受けとめる。
両手で組み合う2匹の野獣。
力と力のぶつかり合いは、五分。
いや、わずかに熊が押しこむ。
「――【
しかし、獅子は吠えた。
口から放たれる音速の波動。
それは見事に熊の頭を粉砕する。
が、その頭は瞬時に戻りだす。
(まだ力尽きないのか!)
予想以上にしつこいハセガワ・ミヤビ・システムに、和真は舌打ちする。
もう一度だ。もう一度だけでも壊せば、さすがに戻せないはずだ。
そう考えるが、
蘇生した鰐口が、非常識な大きさまで開かれる。
「――くっ!」
並ぶ牙が、獅子の首を狙っている。
だが、身動きが取れない。
凶暴さを表した牙が迫る。
――衝撃。
それは獅子の首が食いちぎられたもの。
……ではなかった。
爆発をともない、熊の頭を横から吹き飛ばした線条。
『――獅子王! 今だ!』
コックピット内に響いたのは、チャンスを伝えるアラベラの鐘声。
横の山を見れば、下からあふれ始めた紅日を背負う影。
それはヘクサ・バレルを構える、【
動きやすくするために、すべての装甲をはずしたのか、スリムなシルエットを見せていた。
その神秘的な来光を纏う姿は、まさに陸に上がった蒼海の女神。
否。今は、勝利の女神。
「恩に着る!」
獣の時間は終わった。
「――
両足を釘付け。
そして
「――
全身をまとったプラズマと、熊の脚に刺さった
同時に和真の体が激しい疲労感に包まれる。
「――
「剣は性に合わないんだが……」
遠のく意識を叩きおこし、苦笑と共に剣を横へ構えさせる。
電撃の道と、その刃の間に雷撃が一本走る。
「――【獣王十文字斬り】!」
わずかに浮きあがった
次の瞬間には、すべてのベクトルが前方へ。
それは
気がつけば、その身は王牙の背後。
金色の刃は、そのずんぐりとした胴を横一文字に切断。
さらに切断時に地上から雷撃の刃が昇り、縦一文字に切断。
技の名前の通り、それは十文字の斬撃となっていた。
その場で崩れゆく魔獣を背に、和真は深いため息をつく。
「
途端、
同じく失われていく意識で、和真はそのことを感じていた。
◆
目覚めたのは、暖かな陽射しの為だったのか、それとも慣れない枕のせいだったのか。
なんの夢を見ていたのかも覚えていないが、悪い夢ではなかったと思う。
そう考えながら、和真はうっすらと瞼を開ける。
目の前に、逆光になっている誰かの顔。
「――!」
慌てて起きあがろうとする和真の体だったが、それは上から押さえつけられた。
さほど強く押さえつけられたわけでもないのに、和真は抗えずに元の姿勢に戻ってしまう。
「まだ立ちあがるな。横になっていろ」
目に映ったのは、アラベラだった……のに、和真はなぜか「違う」と思ってしまう。
そうだ。イメージが違う。
今まで見たこともないほど表情が穏やかで、今まで聞いたこともないほど声が優しく柔らかだったのだ。
そんな彼女に膝枕をされている状態に、和真は少し混乱してしまっていた。
「お、俺は……いったい……」
「がんばりすぎだ。魔力が根こそぎなくなっていたぞ。というか、生命力まで弱くなって……もう少し遅くなったら死んでいたぞ。それをこんな短時間で眼を覚ますなんて……バケモノじみているな」
「バケモノとは酷いな。バケモノはこりごりだ……」
そう言いながら、和真は力が入らない理由を察する。
あの金色の獅子は、和真の命じるままに和真の力という力を根こそぎ使おうとしたのだ。
ある意味で
いったいどんなイメージで
もちろん、そもそも和真の魔力は万全ではなかったと言うこともあるだろう。
しかし、それにしてもエネルギー消費が激しすぎた。
全身の脱力感は、今まで味わったことのないレベルであった。
「あんたは大丈夫なのか、アラベラ」
アラベラもかなり傷を負っていたはずだ。
それなのに膝枕などして大丈夫なのかと心配になる。
だが、そんな和真をアラベラが微笑で見下ろしていた。
「私はもう治癒魔術をかけてもらっている。しかし、お前の方は表面的に怪我はないものの、魔力不足だからな。休んでいるしかない」
「そうか。……あっ! 俺の正体は!?」
「安心しろ」
慌てる和真へ、待ってましたと言わんばかりにアラベラが返事をする。
「正体は隠してある。ガランと乙女にはバレてしまったが、口止めしておいた。今2人は、合流した警務隊と周囲の捜索、それに森の鎮火作業に入っている。……というか、貴様は神守大隊長とグルだったんだな」
「……聞いたのか」
「ああ。先ほどな。貴様がここに来たのも、神守大隊長の指示だったのだろう」
「指示ってわけじゃない。俺は警務隊じゃないからな。ただ『困ったから助けてくれ』と言われたから助けただけだ」
「フフ……。なるほど、正義の味方らしい。まあ、どちらにしても、神守大隊長……いや、神守警務所長に借りを作ってしまったな」
そう呟くアラベラは、あくまで穏やかだ。
わだかまりのひとつも感じられない。
たぶん、彼女の中でひとつのけじめがついたのであろう。
「……それであんたの正義に、答えはでたのか?」
だから、和真はあえて問う。
かつて自分も悩んだ問いを。
アラベラが「そうだな」と言いながら、視線を前方に向けた。
和真も同じ方に目をやる。
すると、スッカリ姿を現した朝日に照らしだされた森の全貌がうかがえた。
姿を隠すためなのか、和真が寝転がっていたのは山頂近くの原っぱだったようだ。
体を少し起こしてみると、眼下ではすっかり焼けただれた木々の残り火を警務隊の
「正義に答えなんて……ないのかも知れないな」
心地よい風に吹かれながら、アラベラの言葉を和真は聞く。
「ただ、正義はみんなが憧れるものであればいい……それは私も思ったよ」
「そうか……」
そこに最初に出会った時のような刺々しさは感じなかった。
落ちついた母性さえも感じさせる女性がそこにいた。
きっと彼女は立派な大隊長になれるはずだ。
そして警務隊を立て直す力となってくれるだろう。
そうなれば、獅子王というヒーローも必要なくなるかも知れない。
「これからも獅子王を続けるのか?」
アラベラの質問は、そんな和真の思考を読んだかのようだった。
和真は内心で「まさか」と否定してから口を開く。
「もうしばらく……街を出るまでは続けるさ」
「まっ、街を出るだと!? 待ってくれ! 今、貴様に出ていかれると……」
アラベラが驚くほど狼狽する。
眉が垂れさがった、このような情けない顔は初めて見た。
昨日と今日で和真は、アラベラの百面相をずいぶんと楽しめた。
そう思うと、少しおかしくなり笑ってしまう。
「なっ、なにがおかしい!」
「……ああ、すまん。なんでもない。それに今、すぐというわけではない。街が安定するまでは留まるつもりだ」
アラベラの安堵のため息。
それほどに自分の力を買ってくれることは嬉しいが、頼られすぎるのも問題を感じる。
和真は、できるだけ早く街を出たいのだ。
「……街を出てどうするつもりなんだ?」
これまたタイミング良い質問が来る。
本当に彼女は心が読めるのではないかと苦笑してしまう。
「……なんだ、さっきから。笑ってばかりで」
「すまん、すまん。……俺は街を出て多くのことを見て、この世界のことをもっと知りたいんだ」
「……どういうことだ?」
「仕事で多少は遠出をしたことがあったが、今までは漠然と仕事をこなしていただけだった。ただ、あいつのせいでいろいろと考えるようになった」
「……東城
和真はかるく首肯する。
「前にも言ったが、異世界の噂は本当のことらしい。考えてみれば、さっきの
「……それを探る旅に出たいということか?」
「そうだ。なんとなくだが、それを知らないといけない気がする。予感がするんだ。
それを考え始めたのは、たぶん
あの時、思ってしまったのだ。
これは異なる存在だと。
しかし、すぐに心の中で誰かの声がした。
そんなわけがない。
そんなことは考えなくていい。
お前の世界はここであると。
一時は、その声に説得された。
しかし、この世界に対する疑問……いや、疑心はどんどん大きくなっていった。
驚くほどに、それはバカげた問いかけに集約されていったのだ。
――この世界はなんなんだ?
自分でもなぜそんな疑問がわくのかわからない。
だがもう居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。
「……そうか。貴様の視野は、すでに街ひとつじゃもの足らないほど広がっているのだな」
その心情を知ってから知らずか、アラベラが少し寂しそうに呟く。
「まあ、今はとにかく休め。それにまだ私は貴様に礼をしていないしな」
「礼なんかいらんよ……」
「そう言うな。……そうだ!」
アラベラの膝枕に和真は押し戻された。
「約束通り、私が獅子王に女の悦びを教えこんでやろうじゃないか」
「お、おい! やめてくれ! 俺はまだ男の方さえ――あっ!」
慌てて和真は口を閉じてそっぽを向く。
完全にしくじった。
「――ほう! そうか、貴様……」
横目でうかがうと、アラベラのニヤニヤとした愉しそうな顔が目に入る。
「ち、違う。俺は……」
「みなまで言うな、任せておけ。礼として、男も女も両方、私が貴様の初めてをもらってやろうじゃないか!」
「なっ、なに言ってんだ! おかしいだろう!?」
狼狽する和真に対して、アラベラは余裕たっぷりに皮肉を口にする。
「……ああ、そうだな。どうやら獅子王によると、私は変態らしいからな」
「うぐっ……」
このタイミングで意趣返しされ、和真は二の句が継げない。
さらにダメ押しとばかり、アラベラが股間の方を指さした。
「それにそういう貴様も、全身タイツの変態ではないか」
「ちっ……違うううぅぅ――っ!?」
起きあがって叫んでいる途中で、和真の唇は柔らかくふさがれてしまった。
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