Act.0026:貴様もオレらと同じ、悪党の目だ

「回り込め!」


「そっちに行ったぞ!」


 何人もの粗野な声が、取り囲んでくる。


(まずいな……)


 声や気配の少ないところを探りながら、アラベラはそこに向かって突き進む。

 月明かりが届かぬ木々の隙間。

 そこを魔力で探りながら、同時に足下に風を纏わせる。

 まるで半分浮きあがるように飛び跳ね、足場の悪さをカバーする。

 前方に小道。

 そこにいる敵の1人をターゲットする。

 屈伸と同時に、風を巻きあげる。

 跳びあがる体。

 そのまま、敵の斜め上へポジショニング。

 相手も気がつくが、致命的に遅い。

 その手にある曲刀は、いまだ下がったまま。

 アラベラは、勢いを活かして足を振りおろす。

 伝わってくる、へし折った首の感触。

 そのまま着地し、正面を睨む。

 そこには、松明を持つ2名の敵。


「――クソッ!」


 怒声と共に向けられる掌。

 対して、アラベラは地に掌を向けている。


「――【地壁じへき】!!」


 アラベラの意思を受けて、目の前の地面が突如、盛り上がる。

 それはあたかも、下からハンマーで叩かれて飛びだして来た直方体のブロック。

 何かが沈みこむような、ボフッという低い衝撃音。

 幅2メートル、人の身よりも厚みがある壁は、敵の放った火弾かだんを見事に受けとめた。


「…………」


 アラベラが足下を見ると、首の骨を折った死体が恨めしそうにこちらを見ている。

 いや。

 暗闇の中で表情など見えない。

 だから気のせいだと、その横に転がっていた湾曲した刀を手に取る。


「――【地壁じへき】!!」


 また同じ呪文。

 ただし、発動先は自らの足下。

 せり上がる地面。

 星月夜ほしづくよの中空に舞う、アラベラの肢体。

 上空からの奇襲で、予想通り反応が遅れる敵。


「――【火弾かだん】!」


 仕返しとばかり、拳サイズの炎を飛ばす。

 避けられても計算の内。

 その隙に着地して、1人を袈裟斬り。

 首筋から吹きだす血流の噴水。

 それをかぶりながらも蹴り飛ばし、もう1人にぶつける。

 間合いをつめて横一閃。

 断たれた動脈が、悲鳴をあげている。


(よし! このまま逃げ――!?)


 突如、上空から強大な圧力。

 咄嗟、跳びさがるアラベラ。


 圧縮される空気の感触。

 それが、爆風と衝撃に変わる。


「――くっ!」


 アラベラの体が、今度は自らの意志とは関係なく宙に舞う。

 地面に叩きつけられ、こすりつけられ、転がされる。


「……うぐっ……」


 呻く声もまともに出せない。

 うっすらと開ける目に映るのは、地面に斜めにそそり立つ、大きな石の鏃。

 魔生機甲レムロイドからうたれたであろう、魔法の鏃。

 それを認識したとたん、まるでダメ押しのように彼女の体に上から圧力がかかる。


「――ぐはっ!」


 踏まれる感触。

 首をなんとか捻る。


「お~お~。かわいくない鳴き声だな。カエルかよ」


 革のジャケットを着た男が、口角をつり上げて勝ち誇っている。

 付近に1機のフルムーン・ベータが、烈風と激震をともなわせて着地した。

 たぶん、先の【石鏃】を放った機体だろう。

 月光を遮り、絶望の影を落とす。

 それを目印にしたように、ぞろぞろと集まってくる山賊たち。

 その中に1人、見覚えのある顔があった。


「グファファファ! やっと会えたな、アラベラ・ブリンクマン大隊長殿」


 愉悦を隠そうともせず、厳つい顔が嗤っている。

 傷を負い、半分ぐらい潰れている鼻が特徴的だった。


「貴様……【赤月の紋】のスルトン・閑崎かんざきか……」


「おお。大隊長殿もオレに会いたかったみたいだなぁ。奇跡と感動のご対面ですな」


 スルトンの大仰な言葉に、周りが愉快そうに笑いだす。

 その間にも、別の男がアラベラの手に呪縛環じゅばくかんを取りつけた。

 両手首から伝わる冷たい感触に背後から束縛され、アラベラは覚悟を決める。


「そうだ……な。私も会いたかったよ。写真を見た時から、言いたいことがあったんだ」


「ほう……。なんですかな?」


「茶色のシャツの上に、青いジャケット……服のセンスが悪すぎるぞ」


「…………」


 固まった笑い顔のまま、スルトンの足先が真横からアラベラの腹に食いこむ。

 かるく体が持ちあがり、アラベラは息を呑む。

 口内に錆びた味が滲む。


「……減らず口を。おい。あの2人は、やはりなるべく殺さず連れてこい!」


 スルトンの言葉に、アラベラは苦しさも忘れたように目を見開く。

 恐怖か憤怒かわからないが、尋常ではいられない感情が暴れだす。


「――いっ……おい……お前の目的……は私の……」


 咽せるような息づかいのままでそこまで言うと、スルトンが察したように嘲笑した。

 その瞳は周囲の部下が持つ松明の揺れだけではなく、心の底からの狂喜で蠢いている。


「グファファファ! おいおい。さんざんっぱら、オレの部下を殺しまくっておいて、自分の部下は助けてくれって? ふざけすぎてこっちまで片腹痛いぜ。……楽しみにしてろよ。てめぇの前で、あの部下2人を犯しまくってから殺してやるから。少しずつ……な」


「きっ……きさ……ま……」


「安心しろ。その後はお前の番だ。殺された部下たちの怨みをしっかりと返してやる」


「……ふざ――っ!」


 激昂の声は、スルトンの足で頬を踏みつけられ、途中で紡げなくなった。

 それでもアラベラは、憤りをこめた視線でスルトンを殺すように睨む。


「ああ、その目いいねぇ。貴様もオレらと同じ、悪党の目だ。こっち側の人間だぜ」


「…………」


 その侮辱は口惜しいが、言い返せなくなる。

 そうだ。やっていることは、一緒なのかもしれない。

 逃げる者、許しを乞う者とて容赦せず、すべて殺したのは誰だったのか。

 正義のため、捕らえる場所がないからと理由を告げて、それに恨み辛みと掛けあわせ、十把一絡げにして死を与えたのは誰だったのか。


 悪党は殺すのが一番だ。

 和真の言葉に心を動かされても、その想いは簡単に変わらない。

 だが、それが正義と名乗れるのかと言われれば、前のように胸を張れなくなっている。


「半分ぐらい逃がしたお前の部下も、そのうちお前の所に送ってやるから安心しな」


 下劣な「グファファ」という嗤いが、アラベラの神経を逆なでる。

 かきむしられる心が、身体の傷よりも痛みだす。


「よし。こいつを連れ――なっ、なんだ!?」


 意気揚々と告げようとしたスルトンの言葉。

 それを遮ったのは、星空を切り裂く異音だった。

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