Act.0027:これだよ。よく見ろ……よ!

 ヒュルルという音に気がついた時、そこにいた者たちはほぼ同時に夜空を仰いだ。

 だが、音がどこからしているのか、誰も……いや、アラベラ以外は誰も気がつけなかった。

 なんの音だと山賊たちが訝しんでいる間に、次のドンッという振動が響く。


「あそこだ!」


 山賊の1人が指をさしたのは、すぐ近くに立つ魔生機甲レムロイドの肩の上だった。

 うっすら見える、黒い影。

 とたん、武者を模した魔生機甲レムロイドがグラリと前後に揺らぐ。

 まるでその揺れのせいのように、細長い影が肩から手前に落下する。

 思わず、数人から「あっ!」と声がもれる。

 だが、影は地面まで落下しなかった。

 なぜか胸元に貼りついている。

 そして――


咆哮魔撃インパクト・ハウリング!」


――ドゴンという爆発音と衝撃音がつながって響いた。


 直後、山賊たちには信じられないことが起こる。

 本体14メートル、フルムーン装備まで入れれば全長20メートルは超える高さの武者鎧姿が、身震いしたよう震えたかと思うと、背後へ向かって倒れていく。

 近くにいた数人が退避しているうちに、風が暴れ始める。

 響いてくる、木々のへし折れる連音れんおん

 はじけ飛ぶ数々の枝と、舞い狂う葉。

 闇夜の中で、それらが松明や魔光石の朱や白の光を返す。

 そしてトドメのように、地面を襲う激震。

 同時に、乱舞するように吹き荒れる圧縮された風が、そこにいたもの全員を包みこむ。

 踊り狂う松明の炎。

 山賊たちの叫喚があがる。


「……な……なんなん……だ?」


 戦くスルトンが見たものは、巨大な魔生機甲レムロイドの足の裏だった。

 そして足の上では、遮られていた満月が悠然とした姿を現している。

 その誇らしげな輝きの前に、突如として何者かの影が重なった。

 それは満月を背負ったままで空転し、そのままストンと地面に降り立った。

 まるで月からの使者のごとく舞い降りた影。

 その頭は、とても人のものとは思えないシルエット。


「てめー! なにもんだ!?」


 そのスルトンの声に呼応したように、周囲にいた者たちが光源を影に向けた。

 影は影を捨てて、実態を浮かびあがらせる。

 獅子の頭に黒いタイトなスーツ。

 そして背中に大きな箱形のものを背負い、さらに両腕の外側にも大きなパーツをつけている。

 アラベラが予想していたとおりの女体が、そこに雄々しく立っていた。


「つっこまれる前に名のっておこう。……我が名は、獅子王」


「獅子王……なるほど話には聞いていたが……グファファ! エロい体してやがるぜ!」


 スルトンの下品な笑いをものともせず、獅子王は鼻を鳴らす。


「……そこにいる大隊長殿を返してもらおうか」


「あ~~~ん? ボケか、貴様。返せというなら、フルムーン・ベータを2機も潰した損害を返してもらおうか。どうやったのかしらねーが……。ふんっ。その背中や腕についている武器でやったのか?」


 その威嚇を後押しするかのように、2体の騎士型魔生機甲レムロイドがゆっくりと近づいて前後に立ちふさがる。

 せっかく姿を見せていた月は、また姿を隠した。


「……まあいい。詳しい話は、そのたまんねー体で楽しませてもらいながら聞かせてもらおうか。とりあえず、武器をそこではずしな。その珍しいのも、代金としてこちらでいただこう」


 スルトンがその強制の意志を示すように、腰から抜いた剣先をアラベラの背中に向けた。

 アラベラは他の部下たち数人にも剣を向けられたり、抑えられたりしている。

 とても逃げられる状態ではない。


「私のことはいい! こいつらを斃してくれ、獅子――っ!」


 アラベラが決意を吐くも、スルトンの足に胸元を背中から踏みつけられて閉ざされる。

 同時に胸に強い痛みが走る。

 たぶん、肋骨を痛めたのだろう。

 アラベラは、ひたすら苦痛をこらえる。


「グファファファ! 早く捨てろ、獅子王! 貴様を殺すのは簡単だが、せっかくのそのエロい体を楽しませてもらわないとなぁ~。早くしないと、この大隊長の命もないぞ」


 薄闇の中でもわかる、スルトンの舐めまわすような視線が、獅子王の体を這いずり回る。

 だが、獅子王はそんな中でも凜とした態度を崩さない。


「どうも勘違いがあるようだ。私はその大隊長の命を助けたいわけではない」


「……なんだと?」


(――!?)


 アラベラも心の中で疑問を投げかける。

 確かに自分を助けなくてよいとは言ったが、「助けたいわけではない」と言われるとは思わなかった。


「とりあえず、目的が果たせるなら貴様たちと敵対するつもりはない」


 獅子王はそう言いながらおもむろに背負っていたグラトン・アームを下ろしはじめた。

 薄明かりの中で、意図的なのか肢体を妙にくねらせながら地面にドスンと装備を下ろす。

 そして彼女は、両手を後頭部に当てて、その体のラインをよく見えるようにポーズをみせる。


「ほら、このとおりだ。これでなにも持っていない」


「……なら、なにが目的だ?」


「ああ。実は、私の大事な魔生機甲設計書ビルモアを盗まれたのだ。そこに転がっている大隊長さんに。それを取りもどすのが目的だ」


「なっ……なんだと?」


「その女の腰に、魔生機甲設計書ビルモア用バッグが2つあるだろう? 紺のバッグは私のだ。まあ、どうせその変態女のことだ。中身は別物になっているだろうけど」


「へっ――」


 アラベラは、獅子王を思わず睨み返す。

 変態のくせに、人を変態呼ばわりするなど、侮辱もいいところだ。

 だが、言い返すことは思いとどまる。

 今は屈辱と痛みに耐えながらも、獅子王の一挙一動を見逃さないようにする。


「……おい」


 スルトンが部下の1人に身振りで指示をする。

 すると部下の1人が、アラベラの腰につけていた紺のバッグを空けて中身を取りだした。

 それをひったくるよう手にしたスルトンが、少し甲高い声をあげる。


「……なんだぁ、これは! エロ本じゃねーか!」


「やはりそうか。その変態女とは因縁があってな。よく人の大事な物を盗んでは、返却条件として、持っているエロ本に書いてある内容と同じプレイを求めてくるんだ」


「へっ? プレイだとぉ~?」


「ああ。この変態女は、偉そうにしているわりに本当は相当なMでな。人にそのプレイを強要したくて仕方ないのさ」


「へっ、変態じゃねーかよ……」


「だから、そう言っている」


 呆れるように鼻で嗤う獅子王に、釣られてスルトンの口角がグイグイと上がっていく。


「グッ……グファファファファ! なんちゅーエロい女だ! こいつはいい! 天下の大隊長様が変態M女とは!」


「だがな、それだけの好き者だから、満足なプレイをしないと奪ったものを返そうとしない」


「な、なんだそりゃ……。どこまで変態なんだ、この女」


「まあ、幸いなことに、私はそのエロ本を前に見ている。こいつの好きなプレイもわかる。章タイトルは確か【堕落だらくのエロンダーク】……」


「……あん? 堕落だと? どこだ、そりゃ?」


 手にしたエロ本をめくり始めるスルトン。

 だが、薄暗さもありよく見えないのだろう。

 そこに、獅子王が歩みを進める。


「私ならすぐにわかる。ちょっと貸してくれ」


「おい! 勝手に動くな!」


「そんなに怯えることはないだろう。武器もない女1人が怖いのか?」


 明らかに挑発する態度だが、それは功を奏していた。

 スルトンは、ウグッと息を呑む。


「それに私は、まだ魔生機甲設計書ビルモアを取りもどしていない。その状態で戦っても、魔生機甲レムロイド2機に囲まれていれば一瞬で潰される。逃げきれるわけがないだろう」


「……いいだろう」


 獅子王は近づくと、スルトンからエロ本を受けとった。

 そしてパラパラとページをめくる。


「えーっと……ああ。ここだ、ここ。この【灼熱のナスの椅子】のプレイ。このプレイをやれば、きっと……」


「……ん? どれだ?」


 スルトンが、獅子王の手にしたエロ本を覗きこむ。

 そこにいた多くの者たちの注目が、その一点に集まる。


「これだよ。よく見ろ……よ!」


 その時、エロ本が眩いばかりの光を放ったのである。

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