第四章:獅子の咆哮
Act.0024:私を誰だと思っている?
ガランは、後をついてくる乙女の体をいたわった。
乙女は、かなり暴行を受けていた。
顔も腫れあがり、肋骨辺りにひびも入っているかもしれない。
いつもは棒でも背中に入っているのではないか、と思うほど姿勢の良い長身は、くの字に折れ曲がり、きれいにまとめられていたポニーテールの黒髪も、今はバサッと乱れて肩と背中にかかっている。
服も引きちぎられてボロボロで、胸もギリギリ隠せている程度。
さらに口を切った時の血が染みをつくり、その上から土汚れにまぎれていた。
まるで亡者のような出で立ち。
だが、その明眸に曇りはない。
強い意志で前を向き、ガランの後ろについてくる。
さすが乙女とガランは感心するが、その足取りはやはり心許ない。
仕方ないと、暗闇の草むらに身を寄せて乙女を座らせた。
「大丈夫か、乙女」
「心配には及ばぬ。奴らにやられたことなど、露ほども効いておらぬ」
明らかに虚勢だとわかるが、それを問いつめるほどガランは野暮ではない。
乙女もガランと同じように、武道を嗜む者として精神と肉体を鍛えている。
さらに警務隊として、敬愛するアラベラと共に歩み、何者にも折れない正義を貫くと誓った志士だ。
このぐらいのことで弱音を吐くことはないだろう。
それに今は、無理が必要な状態だ。
ほんの数時間ほど前だろうか。
ガランが気がつくと、目の前には自分たちを襲おうとした山賊たちが、いまだ重なるように倒れていた。
全員、かなり深く意識を失っているようでピクリとも動かない。
そこでガランは芋虫のように体を這わせて、その男たちが持っていた鍵をなんとか引っぱりだした。
乙女を目覚めさせ、腕につけられていた【
呪縛環は、取りつけられた者のもつ魔力により作動する拘束道具である。
拘束されている者は、魔法を使うことができなくなる。
逆にいえば、呪縛環さえなければあとの縄を切ることなど魔法で簡単だった。
2人は山賊たちが気がつく前に拘束から解放されると、その小屋からの脱出を図った。
それは、驚くほど簡単だった。
なぜならその小屋の見張り役は、気を失った男たちだけだったからだ。
本来、外の見張りだった者たちまで、中に入って邪な欲望を発散しようとしたのが祟ったといえる。
たぶん【
そして中にいた山賊たちが気に入らないからと、部下に命じてのしてしまった。
それは2人にとって、とてつもない僥倖だった。
あとは闇夜にまぎれて、森をただひたすら真っ直ぐ進んだ。
彼女たちも逃げ道はわからなかったが、同時にこの視界の効かない森の中では敵も探索しきれないだろう。
ここはとにかく、距離を稼ぐのが先決だと判断したのだ。
先ほど、敵の本拠地が騒がしくなり、
たまに爆音も聞こえたが、どうやら手当たり次第に攻撃を仕掛けているらしい。
逃げられたことに怒りを感じているのか、もうこちらの生死さえ気にしていないようだ。
幸いなのは山賊たちが探している場所が、てんで見当違いであることだろう。
ガランは自分の運の良さに感謝した。
「乙女、まだ頑張れるな?」
「無論! だが、アラベラ様は逃げおおせたであろうか……」
「たぶん。でも、アラベラ様のこと。ガランたちが戻っていないと知れば、単身でも助けに来る」
「フッ……。そうだな。そんなことになれば、元の木阿弥だ。それを防ぐためにも、早く森から脱出しなくてはな」
「うん。アラベラ様は、ここぞという時に運のない方だからな」
薄闇でもわかるガランの苦笑いに、乙女もつられる。
「そうだな。では早々――!?」
「――!?」
2人は同時に身構える。
それは前方からの気配。
隠すこともせずに魔力を纏い、かなりの速度でこちらに近づいてくる。
(見つかった!? ……しかし……)
ガランは油断なく身構えながらも、違和感を抱く。
こちらを捕らえるつもりなら、これほどあからさまに魔力を使わない方がよいに決まっている。
それに追っ手が来るならば背後からのはずだ。
バサッと風が枝葉を切る音が響く。
前方の少し開けた木々の隙間。
そこで、舞い上がるつむじ風。
気がつけば、闇夜に浮かびあがる漆黒の影。
「何者だ!?」
ガランの誰何に答えたのは、女性の声だ。
「あんたら……ああ。アラベラの部下だったな。無事だったのか」
そう言いながら歩みよってきたのは、なんとも奇妙な姿をしていた。
真っ黒なタイトなスーツに身を包み、背中には大きなリュック。
そしてなにより異様なのは、獅子を模したマスクの頭と、その気配だった。
(強い……)
ガランは肌で感じる。
それはごく最近、感じた強者の風格と同等だ。
いや、それよりも鋭く研ぎ澄まされている。
戦えば、確実に自分より
もし、この異様な風情の人物が敵ならば、ガランは乙女と覚悟を決めなければならないところだった。
しかし、この容姿には思い当たるものがある。
「そのエロなカッコ……もしや貴様、噂の獅子王か?」
「ふんっ。上司も上司なら部下も部下だな……」
かるく両肩を落とすが、彼女はすぐに切り替えてみせる。
「まあ、いい。そうだ。私が獅子王だ。あんたたちを助けに来たのだが……アラベラはどうした?」
「……どうしただと?」
獅子王の言葉に、乙女が思わず身を乗りだす。
「アラベラ様は、もしや貴様と一緒だったのか!?」
「ああ。彼女を助けたのだが、私が休んでいる間に勝手にあんたたちを助けに……って、ことは合流していないのか!?」
「あ、ああ。我々は独自に逃げ――」
突如、乙女の言葉を爆音が遮る。
それは、2人が捕まっていた小屋のある方向。
ガランは、一瞬でその意味を悟る。
そして乙女も、獅子王も悟ったであろう。
「アラベラ様!」
走りだそうとするガラン。
しかし、その腕がガッシリと獅子王に握られる。
とっさに振りはらおうとするも、驚くべきことにビクともしない。
「このまま真っ直ぐいけば、森をすぐに抜けられる!」
「――!」
獅子王の意図を理解して言い返そうとするも、ガランの言葉は潰される。
「あんたらがいても邪魔だ。アラベラは私が助ける!」
「で、でも……」
「いいから、その怪我人をつれて逃げろ。魔法を使っても、もう大丈夫だ。とにかく森から出てもらわないと、巻きこんじまう」
「巻きこむ!?」
「森を抜けたら月を背に進め。夜明けには警務隊の援軍が来るから合流できるはずだ。早くいけ!」
ようやく腕を放されるが、ガランはそれでも言い返す。
「いくら強くとも、貴様1人でアラベラ様を助けられるわけがない! だいたい、貴様がなぜそこまで……」
獅子王が不敵に笑った。
目元と口元から伝わるもの。
自信……とは違う。
夜陰の中でもわかる、瞳に宿る光。
それは、強い決意。
ガランは、その笑みに圧倒される。
「必ず助ける! 私を誰だと思っている?」
「…………」
ガランは改めてその姿を見る。
真っ黒なボディラインを余すことなく見せる服装に、獅子の被り物をかぶる異様な風体。
その姿はまさに――。
「疾風迅雷で現れる、獅子の頭をもつ正義の味方。その名も――」
「露出変態ライオン仮面?」
「――獅子王だ!!」
獅子王の蔑称がパワーアップした瞬間だった。
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