Act.0023:貴様の魂、借りていくぞ……

 アラベラは、静かに、努めて静かに、横たわっていた上半身をおこす。

 キシキシと体の関節が軋む音が聞こえる。

 かけられた上着のずれ落ちる音さえ、響いているような気がしてしまう。

 できる限り気配を消して、気がつかれないように座った体勢になる。

 岩肌にもたれかかりながら、薄明かりの中をうかがえば、少し離れた所で横たわっている和真がいた。

 彼は深い吐息をたてて、すっかり夢の中に沈んでいる。

 いや、もう夢さえも見ていないのかもしれない。

 体力はまだしも、魔力はほぼ0となっていた和真。

 魔力の消費は、精神的負担を増やす。

 和真も耐えきれなかったのだろうか、一通り話したあとに仮眠をとると言いだした。

 いくら和真でも魔力が全くない状態では、戦いに勝てるわけがない。

 だから5時間ほどの仮眠をとり、夜明け前を狙って助けに行くことにしたのだ。

 そのために和真は今、意図的に昏睡状態に近いほどの深い睡眠に落ちている。


(……大丈夫そうだな)


 アラベラは、その和真の横たわる広い背中をうかがってから、横に置かれたウェストバッグを見つめる。

 いくら昏睡状態に近くとも、和真ほどの武芸者になれば殺気などには敏感に本能で反応する。

 だから、心を無心にして四つん這いで近づき、ウェストバッグに手を伸ばす。

 寝る前に、和真に見せられた魔生機甲設計書ビルモアだと思った物は、ただのいかがわしい本だった。

 しかし和真曰く、それは【魔生機甲設計書秘護膜ビルモア・カバー】という魔術道具だったのだ。

 簡単に言えば、ブックカバーのように魔生機甲設計書ビルモアを包みこみ、それを別物に見せかけることができるのだという。

 アラベラは幻術のたぐいだろうと推測したが、なにに見せかけるかはあらかじめ【魔生機甲設計書秘護膜ビルモア・カバー】に記憶されていたらしい。

 そして和真が受けとった時点で、あのいかがわしい本が記憶されていたそうだ。

 別の物にならないかと和真もお願いしたらしいのだが、魔術道具はそれ自体が稀少品だ。

 そんなに簡単に代わりの物が用意できないのも道理だった。


(すまぬ。貴様の魂、借りていくぞ……)


 当時の警務隊魔生機甲レムロイドをいとも簡単に葬った、恐ろしき魔生機甲レムロイド【フルムーン・アルファ】。

 そのフルムーン・アルファ10機を無傷で葬った、神のごとき強さの魔生機甲レムロイド【ヴァルク】。

 そして、ヴァルクと対等の力と噂される魔生機甲レムロイド雷獅子オンウィーア・レウ】。

 本当に対等の力があるのかはわからない。

 それは、あくまで市井しせいの噂にすぎない。

 しかし、その噂の元になった今までの活躍は真実であろうし、先ほど見せた彼の自信も性格的に虚勢ではないはずだ。

 自分のもつ【深海ディープブルー】も高性能ではあるが、それはあくまで限定した戦闘においてのことだ。

 現状では、敵のいいまとにしかならない。

 対して、この東城世代セダイの生みだした雷獅子オンウィーア・レウならば、この戦況を打破できるかもしれない。


 とりあえず、アラベラは静かに立ちあがった。

 傷はゆっくりとだが、回復魔術のおかげでほぼ痛みはしなくなった。

 足の捻挫も体の打撲も、骨に異常がなかったのが幸いしたのだろう。

 これならば、もう普通に戦えるはずだ。


(乙女、ガラン……無事でいてくれ!)


 すべての責任は、自分にある。

 部下を失ったのも、そして自分を慕ってくれる2人の女性を危険な目に遭わせているのも、すべて自分の責任だ。

 一時期は和真に頼ることも考えたが、やはりできるなら自分の手で助けたい。

 体力もなんとかなった。

 魔力も短時間の戦闘ならばなんとかなるだろう。

 あとはどれだけ隠密行動ができるかである。

 目的は、あくまで2人の救助。

 戦闘は、なるだけ避ける。

 山賊への報復は、体勢を立てなおしてから行えばいい。


(報復……ふっ。かっこう悪いな、それは)


 アラベラは、心で自嘲する。

 それでは、だめだ。

 山賊達と戦うにしても、警務隊として民衆を守るために戦わなければならない。

 見た者達が、憧れる警務隊になるために。

 憧れた者達が、心を共にしてくれるようにするために。

 憎むべき悪を憎まずに滅するために。

 そしてできるなら、あの自分と同じような思いをしたススムという少年に道を示し、憧れてくれる警務隊を作りたい。

 それはもしかしたら、自分への救いにもなるのではないだろうか。


(救い……これだけの失態を重ねておいて、自分への救いなど。やはり、かっこう悪いな、私は……)


 どうやら、もう自分はどうやってもかっこういい正義というものを体現できないらしい。

 アラベラは、それを悟る。

 だが、それならばこそだ。


(我が命に代えても!)


 せめて2人を無事に助けたい。

 たとえ雷獅子オンウィーア・レウがあっても、助かる可能性の方が低いだろう。

 そもそもヴァルクの噂も、半分ぐらいは信じていない。

 聴けば、東城世代セダイ魔生機甲レムロイドは他にもあったという。

 ならば、実はヴァルクの他にも何機か隠れていたのかもしれない。


「…………」


 ウェストバッグを腰につけたアラベラは、深い寝息をたてる不思議な男を一見する。

 変態だ、なんだと貶したが、彼は今まで見たどんな男よりも男だった。

 思いおこしてみれば、彼が獅子王として女の姿をしていた時でも、やはり彼は彼だった。

 強く、ぶれず、自分の信じた道をしっかり歩める魅力ある男。

 できるなら一度、その背中に寄り添ってもみたかった。

 そんな誘惑が、彼女の指先を少しだけ震わせる。

 だが、その震えを握りしめることで振りはらう。


(ありがとう……。そしてさらばだ、獅子王・雷堂和真)


 アラベラは洞窟をあとにした。





 目が覚めたのは、地響きのためだった。

 ガバッと起きあがり、和真は周囲を慌てて見まわす。


(ここは……部屋じゃない……岩肌、魔法の光……はっ! アラベラ!?)


 状況認識後、彼は慌てて周囲を見まわすも、探す相手がいたはずの場所はもぬけの殻。

 また、遠くで鳴る爆音。

 まさかと脳裏で唱えて、和真は手元を見る。


(――! あのバカ!)


 魔生機甲設計書ビルモアの入ったウェストバッグがない。

 アラベラが持っていったことはまちがいない。

 もちろん、彼女が欲望に駆られたとは思えない。

 それに外での戦闘の音が、すべてを物語っている。

 慌てず、ここからは時間との勝負。

 急いで、グラトン・アームを装着。

 すかさず、魔力を確認。

 さすがに深く眠っただけあって充分。

 それでも、長期戦は無理。

 やるなら、短期決戦。

 まずは、アラベラと魔生機甲設計書ビルモアの確保。

 そうしなければ、せっかくの仕掛け・・・が水の泡。


「よし!」


 気合いを入れて、洞窟の入り口に取りつけていたカモフラージュ用シートをそっとめくる。

 目の前の森は静か。

 だが、遠くで爆音、月明かりを返す爆煙。

 そして、巨人の黒い影。

 敵のハリボテ小屋の付近だ。

 戦闘は、始まったばかりだろう。

 日はまだ昇っていない。

 森は真の闇。

 奇襲をかけるのに光は使えない。

 魔力を目にこめ、気配を探る。

 見える有機物。

 しかし、足場の岩などの無機物は見ることができない。

 それで充分。

 風の魔法を纏う。

 浮かびあがる体。


(――間にあえ!)


 和真は、風と共に走り始めた。

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