Act.0022:だから、正義には矜持が必要なんだ
「……え? あ、ああ……」
和真の唐突な話に、アラベラは虚をつかれた。
そのせいで怒りを忘れ、素直に言われたまま記憶を探る。
確か20そこそこぐらいの女性と、まだ10代前半ぐらいの男の子がいたことは覚えている。
「2人は俺の幼馴染みでな。父親はとっくに死んじまっていたんだが、母親は【四阿の月食】で殺されちまった」
「…………」
「それもあの男の子、ススムの目の前で【
「くっ……外道が!」
アラベラは強く拳を握りしめる。
悪党は、やはり悪党。
自分の記憶をフラッシュバックさせながら怒りをたぎらせる。
「ススムは……アイツは、狂ったように泣いた。そして、恨んだ。憎んだ。テロリストを、そして母を踏み殺した
「当然だ!」
それが普通だ。
正しい思考だ。
しかし、アラベラには和真の意図がわからない。
彼は自分の過去を知っているのだろう。
だから、似たような境遇で苦しむ少年の話をしたはずである。
しかし、その少年も悪を憎んだ。
ならば、恨みを晴らすには、テロリストを殺すしかないはずだ。
「まあ、俺もそう思うよ。俺も恨んだし、復讐しなければ気持ちが晴れない……そう思っていた」
「思って……いた?」
「ああ。初めのうちはな。……ススムに会いに来た東城
「ふっ……」
我慢できなかったように、アラベラは激しい鼻息で嗤う。
「その東城
「だよなー。まったく同意だぜ」
「……なにが言いたい?」
和真の真意が、本当に見えない。
おかけでアラベラは、彼に対してもやもやとした苛立ちをまた感じ始める。
「東城
「なんだ、それは?」
「俺もよくわからなかった。でも、そう言ってからあいつがススムに、自分がデザインを描きこんだ
「――!?
「それを見た瞬間、ススムの目から憎しみの色が消えたんだ。もちろん、完全に憎しみを忘れたわけじゃない。でも、ススムは東城
「……どういうことだ?」
「簡単な話だ。
その回答に、アラベラはいつの間にか乗りだしていた身を元に戻す。
なんと期待外れな話なのだろうか。
なんら実りのない、子供の気まぐれの話ではないか。
むしろ、和真の持つ
「所詮、子供ということか。気にいったおもちゃが手に入ったから、上機嫌になってしまっただけであろう。そんなことより、その――」
「――あんたは、気にいったおもちゃが手に入ったら、親を殺された怨みを忘れられるのか?」
「…………」
和真の言葉に、アラベラは言葉を呑みこむ。
そんなことは無理だ。
いくら10代前半でも、忘れられるわけがない。
「違うんだよ。上機嫌になったからじゃない。むしろススムは、すぐに自分が恥ずかしくなったんだ。輝くようにかっこうよく、憧れてやまない、目の前に現れた
「
「俺が『正義はかっこうよさだ』と言ったのは、別にふざけてのことじゃない。きれいごとの話でもない。
「……ふふふっ。あははは……確かに、な」
嘲笑を交えながら、アラベラは言葉をもらすように話す。
「憎しみで悪を殺す正義に、なるほど魅力などない。くっくっ……かっこう悪いか……。そうだな。導く光などない、その場ばかりの正義か」
不思議な感覚だった。
アラベラの全身から、なにかが抜けていく。
それは脱力感なのだが、どこか気持ちがよい。
――アラベラ、許す心をもつのだ。罪を憎んで人を憎まず。これは大事なことだ。
父の声が脳裏で響く。
両親を殺されたあと、父はまちがっていたのだと考えた。
悪人は殺さなければならない。
それには、憎まないと殺せない。
罪も人も憎んで、許さずに戦うことが正義だと思った。
だが、その結果が今の自分だ。
仲間に裏切られ、仲間を犠牲にした。
それは自分の正義に、魅力がなかったせいではないのか。
厳しくしようとも、誰もが正しいと感じられる光があれば、裏切られることもなかったかもしれない。
もっと協力者もいたかもしれない。
大事な友であり部下である2人を危険な目に遭わせなくてすんだのかもしれない。
考えてみる。
和真の正義を聞いた今も、やはり父の言葉はまちがっている気がする。
ただ、今までとは意味が違う。
人だけではなく、罪さえも憎む必要はないのだ。
そして、必要なのは許す心ではない。
「正義は恥じるものであってはいけない。だから、正義には矜持が必要なんだ。どんな相手にでも、雄々しく轟かせる咆哮のごとく、胸を張って謳える矜持が」
「…………」
アラベラは、確かに感じた。
和真には、その光があることを。
決して折れない芯のある矜持が輝いていることを。
「……ああ。なんか、偉そうなことを言っちまったな」
鏡に映る己の姿を顧みたように、和真が少し照れくさそうに表情を崩した。
それは、まるで10代半ばの少年のような、無邪気な笑顔。
つられるように、アラベラまで顔を赤らめてしまう。
「すまん。説教臭いことを言って。実は、俺もこれはこいつに教わったようなものなんだ」
そう言って、和真はウェストバッグを手にする。
中には、まずまちがいなく東城
「【
そう言ってバッグの中の
疲弊しているはずなのに、それさえも吹き飛ばすような希望の色を浮かべていた。
思わず、アラベラはその表情に見とれてしまう。
なんと真っ直ぐなのだろうか。
なんと強いのだろうか。
男でも女でも、アラベラはこのような人間を見るのは初めてだった。
「……ん? どうかしたか?」
あまりにもじっと見つめすぎたせいで、和真に不可思議そうな表情を向けられる。
とたん、アラベラは顔が破裂したように赤面する。
すべての熱が顔に集まり、逆に背筋が寒くなる。
(なっ、なっ、なっ……なにしているんだ、私は!?)
自分の行動が、感情がわからない。
半パニック状態に陥りながらも、彼女はなんとか口を動かす。
「いっ、いやぁ、その、ほらぁ、あれ、それぇ……それ! それぇを見せてはもらえぬかぁ!?」
かなりどもりながらも、彼女は和真の
「ふ、ふむ。そこまで、そのなんだ、貴殿の心を動かしたという
不必要に力が入り、イントネーションまでおかしくしながら和真に迫る。
そのあまりにも不審な迫力に、さすがの和真もたじろぎを見せた。
「お、おおう……。別にいいが……」
「そっ、そうかぁ~? 悪いなぁ。で、では、さっそく見せてもらうぞぉ!」
動揺をごまかそうとするたびに、動揺が酷くなる。
これは和真の顔をまともに見られないと、アラベラは早々にウェストバッグを受けとった。
そして、中に入っている
「……ええっと。そうか、これが噂の【
アラベラはとりだした
そこには、【
その代わり、そこにあったのは――
「……【せいしをかけて、
――いかがわしい女性の裸体が描かれた表紙だった。
「――うわああああぁぁっ!! そうだったああぁぁっ!!!!」
まさに疾風迅雷。
目にもとまらぬ速さで、和真がアラベラからその
その勢いに、固まるアラベラ。
背後を向いたまま、固まる和真。
痛い沈黙が数秒過ぎる。
「ら……雷堂和真……」
重々しく動くアラベラの唇。
「こ、これには事情があってだな……大事な
軽々しく動く和真の唇。
「雷堂和真……貴様……」
「待て! それだけは言うな! 聞いてくれ! 違うんだ!」
「こぉぉぉ~~~のぉぉぉ~~~……変態があぁぁぁ!!!!」
「――うわあああぁぁぁ! 違うんだああぁぁ!!」
変態再認定に、和真の咆哮があがる。
運良く見つからなかったものの、すっかり隠れていることを忘れて騒いでいる2人であった。
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