Act.0018.5:さあ、行きなさい――
(こいつは、確かにすげー武器だ……)
獅子王――和真――は、アラベラを抱きかかえ、先ほどみつけていた洞窟へ向かいながら思いだす。
背負った魔術道具【グラトン・アーム】を渡された時のことを――
「――というわけで、君にはすぐに偽拠点の森に向かってもらいたい」
【混沌の遠吠え】の
ヒサコの部屋で情報を聞いた和真は、迷いなく「わかった」と返す。
行かない理由など、どこにもない。
しかし、その森はかなりここから距離がある。
「さっき、『足を用意した』と言っていたな?」
「ああ。任せたまえ。ただ、その説明は、作った本人にさせよう」
そう言うとササは、手帳をスーツの懐からとりだした。
そして、それに空いていた手をかざす。
「私だ。例の件、説明を頼む」
〈はい。お父様〉
手帳から声がする。
それは、遠距離通話ができる魔法アイテム【
なんだ、伝話帳ごしで説明するのかと和真が思っていると、なぜかササは伝話帳を体の横にもっていった。
すると、伝話帳の隙間から、気体とも液体ともしれない、なにかが間欠泉のような勢いで吹きだしてくる。
その気体が輝き、まるで雲が霞む春の青空がそこにひろがっていくように見える。
寸刻で、さらに変化する。
「なっ……なんだ?」
和真が驚きに声をあげた時には、もうそれはそこにいた。
一言で言えば、大昔にいたキリスト教徒の修道女。
目元を隠すベールのついた頭巾、そして
色は濃淡がある水色系で統一され、まるで和真には
「お待たせいたしました、お父様」
少し甘えるような、涼やかな声で彼女は話した。
そして無垢な少女のように藤色の唇をほころばせて、ササに微笑む。
「それでわたくしの魔術道具を使うのは、ここにいる下等そうな人間ですの?」
「これ、ウィズ。お客様に失礼なことを言ってはいかんな」
ササに叱られると、その頬が膨れる。
見た目は17、8才ぐらいに見えるが、その反応はもう少し幼い子供のようだ。
いや、違う。
子供とか、そういう問題ではない。
彼女も
「すまないね、和真君。どうも甘ったれでね。男親にとって、男の子を育てるより、女の子の方が難しいものだ。男の子は千尋の谷に落としておけば、父を超えるほど立派になってくれるからね」
「悪いが、子育ての経験はないから知らん。……ってか、彼女も魔人だろう? 魔人って本当に珍しくないんだな。ここに3人もいるんだから」
「あははは。イグザクトリー! よくわかったね。彼女も魔人だ。さっきも言ったとおり、魔人は君らのよき隣人だよ。……さて。この娘の名前は、ウィズ。優秀な魔導師で魔術道具を生みだす天才だ」
「天才だなんて……お褒めにあずかり光栄です、お父様」
紹介を受けたウィズは、手を胸元で重ねながら少しだけ身もだえする。
「ウィズ。彼は、雷堂和真君。彼に今日、用意してきた道具の説明をしておくれ。彼は、私の大事なお客様だ。くれぐれも失礼のないようにね」
「お父様が、そう仰るなら……」
すぐさまウィズが、和真の正面に歩みでる。
「雷堂和真さん。それでは説明いたします」
「は、はい。よろしく……」
もう事態が急展開過ぎて、あまり頭が働かない和真は、とにかく流れに身を任せることにする。
「まず、外に【マギネーター】。用意しています」
「マギネーター?」
「
「き、気をつけるって言っても……」
「運転方法は、上で現物を見ながら教えます。それから、魔力で動きますから、到着した頃には
「……それじゃ、駆けつけても意味がないんじゃないか?」
「そこで、少ない魔力で戦える武器を用意しました」
言いながら、ウィズが和真の背後を指さした。
その指先を追うように視線を動かすと、和真の視界にヒサコが入る。
彼女の手には、少し大きめな箱状の物。
その両サイドや上からはベルトが伸びており、いかにも背負えるようになっている。
「なんだ、それ? リュックか?」
「これは、【グラトン・アーム】といいます。とりあえず、つけてみましょう」
指示に従い、ヒサコに手伝ってもらいながら和真はそれを背負った。
両肩、腰をベルトで固定し、かなりしっかりと背中にフィットする。
さらにグラトン・アームの起動方法を聞いて起動すると、前腕の外側に大きな視界パーツが貼りつき、臀部を包むような少し硬質なカバーもでてくる。
まるでその感覚は、小さな椅子が貼りついているかのようだった
「――というわけで、これがワイヤーアンカーの使い方です。スイッチ2つの操作だから簡単でしょう。ただ、何度も言いますけど、跳ぶ時はヒップガードにしっかり体重をかけないと、あちこち脱臼します。うまく使ってください」
「うまくって言われてもなぁ……」
グラトン・アームに内蔵されているワイヤーアンカーの使い方をウィズに一通り聞いたが、和真はこんな道具を初めて見た。
とてもうまく使えるとは思えない。
「それから、攻撃手段として【
しかし、ウィズは気にとめてくれず、話を進める。
確かに、今は時間がない。
急いで説明を聞いて、あとはぶっつけ本番で行くしかないだろう。
「まず、左腕部に3つ内蔵されたカートリッジの1つをとりだし、右腕部にセットします。そして、横にある安全装置を解除。その状態でコックピットのある正面の装甲に先端を密着させ、発動させます。非常にシンプルです」
「……待て。シンプルだが、どうやってコックピットに……って、そのためのワイヤーアンカーか? まさか、生身でとりつけと?」
「当たり前ではないですか」
「そんなの一朝一夕で、できるようになるわけないだろう!」
「大丈夫です。お父様があとでマギネーターとグラトン・アームの過去の使用者から、肉体の記憶を転送してくれます」
「……そんなことができるなら、説明はいらないんじゃないか?」
「残念ながら、知識はそう簡単に転送できません。肉体の記憶は知識がキーになって呼びだされますから、知識は身につけてください」
「……よくわからんが。グラトン・アームって使用者がいたのか?」
「はい。死にましたが」
「……え?」
「敵
「――ダメだろ、それ!」
「そこは勇気と知恵で創意工夫なさってください」
「雑な使用方法だな! ……もういい。とにかく、コックピットに貼りつけということだな。それで発動方法は?」
「発動は、【
「【
「いえ。お父様がカッコイイから、そう言うようにと」
「――ちょっと、お父様!?」
反射的に和真は突っこんだが、ササは笑顔で答える。
「あはは」
「あはは、じゃねーよ!」
「嫌なら、貸さないだけですよ? 気にいったなら、さしあげようかと思っていましたがね」
わざとらしく腕を組み、眉間に皺を寄せながら呻るササに、和真はグッと言葉を詰まらせる。
ここは堪える場面だと、自分に言い聞かせる。
「……せ、正義の味方に、かっこうよさは必要だよな……」
「あなたなら、わかってもらえると思いました。うちの息子もよく叫んでいて、かっこうよかったものです……」
「息子自慢はいいから……。それで発動するとどうなる?」
ササを受け流し、和真は視線でウィズに話を促す。
「はい。発動すると、グラトン・アームの先端から固定具が出て、敵装甲に密着。カートリッジ内の火薬が爆発して、スペル・スタンパーという円柱系の
「火薬? 魔法ではなく、なんでわざわざ……」
「魔法結界の中でも、強い威力で使えるようにするためです」
「でも、そんなもんで、コックピットを壊せるのか?」
「壊せるわけないではないですか」
「――おい!」
「話は最後まで聞いてください。スペル・スタンパーの中心には鋭い突起があり、それが装甲に突き刺さります。さらにその周辺には、魔法陣が対象に刻まれる仕組みがあります。敵の装甲表面に魔力障壁があっても突き破り、スペル・スタンパーはそこに戦術二級魔法【乱舞風刃】の呪文を刻みます」
「そんなの密着で撃ったら危険だし、そもそもそれぐらいで――」
「最後まで聞いてください。だから、下等種は……」
「ぐっ……」
「その刻まれた魔法陣には仕掛けがあり、発動位置が魔法陣より80センチほど先になっています」
「コックピットの中……か……」
「はい。そこに真空の刃が大量に現れて、狭い空間の中で暴れ回ります。ですから、使ったあとのコックピットは見ない方がいいです。見えない獣に食い散らかされたような状態になりますから」
「えげつねーな……」
和真の背筋に冷たい汗が流れる。
このような武器、今まで見たことがない。
完全なる対
それもそうだろう。
生身で戦うことを考える奴など、まずこの世界にはいない。
ある意味で、かなりイカレている武器だろう。
「ところで――」
ヒサコがタイミングを見ていたように割りこむ。
「――そろそろ出発しないと、タイミング的に警務隊が全滅しちゃいますよ、ファーザー?」
「……あっ」
「あっ、じゃねーよ! もう説明はいい。だいたいわかったから、出発する!」
和真の言葉に、ササがうなずいた。
そして、そのササのアイコンタクトを受けとったヒサコ、ウィズも真剣な眼差しでうなずく。
心をひとつにした3人の真摯な視線が、和真を貫いた。
「わたくしの魔術道具、大切に使ってください」
ウィズが言葉を贈った。
「警務隊の裏切り者は、こちらで押さえてある。ひきわたすから、ちゃんと帰ってこい」
ヒサコが言葉を贈った。
「君の活躍を期待している。さあ、行きなさい――」
ササの言葉に続き、3人の声がひとつになる。
「「「――変態仮面!!!」」」
「――さっきの意味ありげなアイコンタクトは、それを言うためかよ!」
(思いださなけりゃよかった……)
魔人たちは、どんな時でもお茶目だった。
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