Act.0018:敵の目の前で、咆哮を放つもんなんだよ!

 それは雲を隠し、輝き始めた満月を隠し、アラベラに巨大な影を落とした。

 人の身体ほどある5本の指は、かるく曲げられて、近づくにつれて閉じられていく。


 迫る。


 迫る。


 黒い魔生機甲レムロイドの掌の圧迫感は、ゆっくりと彼女の顔を苦渋に歪ませる。


(――やられるか!)


 そう自己を鼓舞し、立ちあがろうとするも足首に激痛が走る。

 やはり、折れているのだろうか。

 しかし、あの手が乱暴に体を掴めば、腕や脚をどちらにしても骨折するだろう。

 本来、魔生機甲レムロイドの手で人間を掴む行為は、かなり気を使わなければならない。

 だが、相手がこちらに気を使う理由などない。


 頭上数メートルまで迫る指。


 それはさながら、鳥かごを思わす。


(だ……めか……)


 その影に呑まれかけて諦めかけた――その刹那。


 黒い塊が横から飛びだしてきた。


 それは、アラベラをすくい抱える。


 だが、その瞬間にさえも、ほとんど勢いをとめない。


 おかげで、アラベラは横からぶつけられたような衝撃を受ける。


 足首に走る激痛で、呻きがもれる。


「悪いな。少し我慢してくれ」


 どこかで聞いたことのある、女性ながら力強い声。

 押しつけられる、腹立たしいほど豊満な膨らみ。


「…………」


 アラベラは、顔を上げる。


 目の前にあるのは、満月を返す、金色の毛並みをもつ獣の顔。

 その下に覗くのは、暗くてよく見えないが、きっと桜色の唇。

 それは、子供たちの憧れる絵物語の挿絵か。

 はたまた、美術館に飾られた英雄譚の肖像画か。

 雄々しく輝く獅子のマスク。


「お……お前は、変――」


「――獅子王な!!」


 足場の悪さを感じさせず、アラベラを軽々と抱きかかえたまま、信じられない速度で走り抜ける。


「目を瞑れ!」


 獅子王はそう言うと、スルッとアラベラを片方の肩に抱えた。


 空いた片手で、小さな白い球体をどこからかとりだす。


 気がつけば、黒い魔生機甲レムロイドの手がまたこちらに向かっている。


 背後の地面に、獅子王は球体を投げつける。


 球体が破裂。


 地面に魔法陣が展開。


 まずいと気がつき、アラベラは目を閉じて顔を獅子王の背中に押しつける。


 それでもわかる、強い輝き。


 目潰しのための魔術道具だ。


 すぐにまた走りだす獅子王。


 だが、しばらく進むと、アラベラは地面に降ろされた。


「なぜ、貴様がここに!?」


 アラベラは問うが、獅子王は答えない。

 その代わりに、彼女はアラベラに命令する。


「逃げきれないから、あいつだけでも始末してくる。ここに隠れていろ」


「バッ……バカ言え!」


 だが、獅子王の言っていることは愚の骨頂だった。


「今、魔生機甲レムロイドをだしたら狙い撃ちされるぞ!」


「ここに来るまでに魔力を使いすぎちまったから、どっちにしても構築ビルドできねーよ」


「では、どうやって――」


 とたん、大きな魔力の動きを感じる。

 ふりむけば、隙間から見える月夜に浮かびあがる魔生機甲レムロイド

 いや、違う。

 背負った満月・・・・・・が、淡い黄色い光を放ち始めていたのだ。


「――まさか、【フルムーン・システム】!?」


 それは黒い魔生機甲レムロイドが背負った、平たいリング状のパーツだった。

 もともとは【東城 世代セダイ】のアイデア。

 それを解放軍【新月ニュームーン】が改造したもので、魔力を効率よく集める仕組みだ。

 不測の存在を警戒したのか、黒い武者型の魔生機甲レムロイドは、その集めた魔力で周囲に強力な魔力結界を張ったのである。


「【ヘクサ・バレル】だけではなく、【フルムーン・システム】までとは。まさか、新しい【フルムーン】なのか!? ……ダメだ。あの魔力結界は、生半可な魔法攻撃では破れん!」


「関係ない。もともと、お……私は魔導師ではないしな」


「ならば貴様、どうやって……」


「獅子は、遠吠えじゃ満足しない。敵の目の前で、咆哮を放つもんなんだよ!」


「……はあ?」


 意味不明の言葉に、アラベラは眉を中央へ寄せて怪訝な表情を見せる。

 が、獅子王はそれを無視して、自分の右手を左肩へ、左手を右肩へもっていく。

 形が露わな胸の前で、腕がクロスされる。

 両方の指先にはベルト。

 よく見れば、彼女は背中に箱形のリュックのような物を背負っていた。


「――グラトン・アーム!」


 獅子王の命令に従ったように、リュックの両サイドが横に拡がる。

 拡がった長方形のそれは前に倒れ、まるで椅子の肘掛けのようになる。

 掌を上に向け、獅子王がその肘掛けに両前腕を寝かす。

 即座、肘掛けから数本のベルトが出てきて前腕に巻きつく。

 さらに両掌に包まれるようにグリップも現れる。


「なっ!? なんだそれは……魔術道具か?」


「説明はあとだ。これを持って隠れてろ。思念通話アイテムだ」


 そう言った獅子王から渡されたのは、小さなコイン。

 どういうことかと尋ねる前に、獅子王の左手が斜め上に向けられる。

 その前腕に巻きついた物から、ヒュンという音と共になにかが飛びだす。


 伸びたのは、ワイヤー。


 中空に伸びたそれが突き刺さったのは、ある大木の幹。


 そこは、敵魔生機甲レムロイドの死角。


 巻きとられるワイヤー。


 とたん、獅子王の姿が闇の空に飛び、溶ける。


「――!?」


 幹に引かれるように、宙を舞う獅子王。


 途中で、右腕を敵魔生機甲レムロイドの頭部へ向ける。


 放たれる右手のワイヤー。


 それは魔生機甲レムロイドの側頭部に着弾。


 どういう仕組みかアラベラにはわからないが、ワイヤーが固定。


 幹に刺さったワイヤーは、逆にはずされる。


 同時に、2本のワイヤーが巻きとられる。


 空中で直角に舞い、満月を横切る獅子王。


 そのまま側頭部を蹴り、彼女は魔生機甲レムロイドの肩に飛び乗る。


 無論、そんな蹴りでは、ダメージになりはしない。


 しかし、魔生機甲レムロイドは気がついて横を向く。


 肩の獅子王を注視・・


 それを待っていたように、両掌底を目元へあてる獅子王。



――はっ!



 コインから、獅子王の気合いのこもった思念が届く。


 瞬刻、なんと魔生機甲レムロイドがグラッとその巨体を揺るがす。


「バカなっ!? 素手で!?」


 アラベラが驚いている間。


 左手のワイヤーを使って、獅子王は魔生機甲レムロイドの胸の下に移動。


 その装甲の向こう側は、コックピット。



――ロック!



 右手のグラトン・アームを正面から敵にピッタリと押し当てる獅子王。



――【咆哮魔撃インパクト・ハウリング】!!



 接触面から、激しい衝撃音。


 ほぼ同時に、ガコンッと右グラトン・アームからなにか・・・が側部へ排出される。

 それはたぶん、大人のこぶし大の円筒形。


 離されたグラトン・アーム。

 一見、凹んでいるかもしれないが、コックピット前の装甲に穴は空いていないように見える。


 だが、次の瞬間、アラベラは信じられない光景を目にする。

 なんと、その魔生機甲レムロイドが膝を崩して、後ろに倒れていったのだ。


「そ……そん……な……」


 轟音と共に尻もち。

 ベキバキという音をたてて、木々を何本か押し潰す。

 そして最後は、大木にもたれかかるように座りこんだ形になる。


(まさか……たおしたのか?)



――こいつはな。



 無意識の思念に、返事が入る。


(い、いったい、どうやって!?)


「そんなことはあとだ」


 気がつけば、すでに目の前に獅子のマスクが立っていた。

 黒いタイトなスーツに、白い襟と袖と裾。

 すでに先ほどのグラトン・アームは、背後のリュックらしき物に格納されている。


「この暗さだ。周りはまだ、足場が悪くて転んだとしか思っていないはずだ。今のうちに隠れるぞ」


 返事を待たない獅子王に、アラベラはまた軽々と持ちあげられる。


「――!!」


 慌ててアラベラは、念話できるコインをポケットに突っこみ、手から離す。

 整った肢体、美しい動き、そして颯爽とした強さ。

 不覚にも、その彼女にいだいた胸の高鳴りは、なんとしても知られたくない。


「痛むかもしれないが、しばらく耐えてくれ」


 そのうえ、気づかわれた優しさにいだかれながら、アラベラは森の奥に運ばれていったのである。

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