Act.0017:美しい花には、手折り方っていうのがあるのよ
「あら。あなたたち、なにしているのかしら?」
縛られたガランと乙女の周りを囲む粗野な男たちに、その背後から艶めかしいテノールの声が割ってはいる。
その場にいた全員の視線が、その声の
そこには、なぜか腰をくねらせ、細い顎に人差し指をあてて、しなを作る男が立っていた。
その容姿は、明らかに山賊とは違う。
乱れのないダブルスーツを着込み、タイトなズボンの脚を前でかるく重ねている。
明るめの朱に染められた髪、少しラメ色の混ざった水色のアイシャドウ、
こんな化粧をした男の山賊など、少なくともガランは見たことがない。
さらに彼の横には、長身の美青年がもう1人立っていた。
こちらもスーツで身を固めているが、化粧はしていない。
それでも一瞬、ガランさえもが見とれてしまうような整った顔立ちをしている。
流れる風を思わすような髪型が印象的な、20代半ばぐらいの金髪碧眼だった。
「……お
山賊の1人が慇懃無礼に対応するが、その客人と言われた、なよなよとした男は答えない。
代わりに、山賊たちの顔と、ガランたちを「あら」「ふむ」とか口走りながら観察する。
そして最後に、「やーねー」と言葉を続けた。
「あなたたち、小屋から出ていきなさいな」
その横柄な態度に、山賊たちが激怒する。
「客人に指図される覚えは、ねーぞ!!」
口々に罵声をあげながら、化粧男に迫ろうとすると、つきそっていた美青年が庇うように立ち塞がる。
「やーね。美しい花には、手折り方っていうのがあるのよ。同じように、ゴミにはゴミの片づけ方があるの。……
化粧男の命令に、美青年がうなずいた。
たぶん、そこから5秒程度のことだっただろう。
見た目と同じく美しい動きの体術で、美青年が一撃も食らわずに3人の山賊たちを地に伏せさせたのである。
ガランは彼が拳士であり、自分と同等の力量であることを即座に悟る。
だが一方で、このスーツ男たちの目的がなんなのか、まったく掴むことができないでいた。
「あらあら。きれいなお顔が台なしね……」
そう言いながら化粧男が、ガランの顎を掴んで顔についた血糊を自前のハンカチで拭き始めた。
ガランはわけがわからず、抵抗はしないものの様子を見ながら警戒する。
しかし化粧男は、なかなか語らず埒があかない。
対して短気な彼女は、すぐに我慢ができなくなる。
「……貴様、何者だ?」
「あら。わたしを知らないの? 無知な娘ね」
「娘ではない。【ガラン・ガラン】だ」
「あら。自己紹介ありがと、ガランちゃん。わたしは、【
「……【
【赤月の紋】の中で【如月】と名のれば、思いつくのはそれしかない。
しかし、ならばと疑問もわく。
「なぜ助けた?」
「勘違いしないで。助けたわけではないわ。あなたたちが、ここで死ぬことは変わらないの」
如月は、楽しそうに笑う。
その言葉と表情のギャップの異様さが、独特の不気味さをかもしだす。
「あなたたち警務隊は、この偽の拠点で無駄死にするのよ」
「偽……だと?」
「そうよ。真っ赤な偽物。大拠点どころか、ここにまともな施設なんてないもの。わたしたちが泊まっている、あの【止まり木亭】ぐらい快適ならいいけど、ここにはこのちゃちな小屋とハリボテぐらいしかないんですもの」
「――!?」
愕然としたガランは、全身の力が抜けてしまう。
まさかという思いと、やはりという考えが頭で混ざる。
罠が仕掛けられていた時点で、どこかで考えていた可能性。
しかし、ならばなぜ、こんな所を攻めることになったのか?
どこでまちがえた?
混乱。
疲労。
頭痛。
そして、なにも考えられなくなる。
まさにガランの頭が、がらんどうとなる。
「あら。ショックだったみたいね。ごめんあそばせ。……だからね、わたしがこのゲスどもを潰したのは、助けるためではなく野暮だったからなのよ。わたしね、美しいものが好きなの。ほら、生け花でも、庭の剪定でも、盆栽でも、美しい切り落とし方というのがあると思うのよ。無粋なのはいけないわよね」
「如月様。その者、すでに聞こえておらぬようです」
「あらやだ。意識を失っちゃったわね……」
「それから先ほど、また戦闘音が聞こえました。そろそろアラベラという者も捕らえられたのではないかと思います」
「そう。ならばもう、心配はなさそうね。バカ山賊どもが、慣れない森で苦戦するかと思ったけど。まあ、果報は寝て待てというわけで、そろそろお暇しましょうか、六月。【止まり木亭】に戻っておいしいお夜食でもいただきましょう。こんななにもない所で、夜を明かすのはゴメンだわ」
「はい。如月様。しかし、お夜食は太りますよ」
「あ~ん。六月のい・じ・わ・る!」
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