Act.0013:――ファーザー!
「……頼まれた?」
「ああ。そうだ。君に力を貸す理由のひとつはそれだ」
和真の問いに、あっけらかんとヒサコは答えた。
少しとまどいながらも、和真はさらに踏みこんでみる。
「依頼者が誰だか聞いていいか?」
「誰……というのは教えられないが、理由は教えよう。それは依頼者が教えていいと言っていたからね」
そう言いながら人差し指を立てると、ヒサコはメガネを押しあげた。
そして、その指をそのまま前にだす。
「わたしはひとつ、大きなミスをしたんだ」
「ミス?」
「ああ。大事なお得意様に、誤った情報と仕事を渡してしまった」
まるで昔話でも語るように、彼女はゆっくりと噛みしめながら話しだす。
「絶対に受けてはいけない仕事を受けてしまい、その仕事を事もあろうにお得意様に仲介してしまったのだ。依頼ルートが巧みに偽装されていたとはいえ、このわたしがそのようなミスをしたことも、ましてやそのせいでお得意様を危険にさらしたことも、とても許されることではない」
それは、懺悔に聞こえた。
苦痛に似たような真摯さに、和真は相づちさえ打たず静聴する。
「だから、そのお得意様にお詫びをしたいと申し出たわけだ。すると、お得意様は『雷堂和真が、これからこの街を守るための援助をしてやって欲しい』と依頼してきた」
「……なぜ?」
「そのお得意様とは、長いつきあいでね。まだわたしがなんの地位もなかった頃……そう、もう15年ほどになるか」
一瞬、そのヒサコの言葉を流しそうになったが、和真は脳裏でくりかえして気がつく。
そして、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くする。
「じゅ……じゅうごねん!?」
目の前のヒサコは、どう見ても20才前後だ。
15年前では、5才になってしまう。
その和真の驚きをヒサコは楽しそうに見ている。
「うーん、そうだな。君には教えよう。わたしが『人食い』と言われているのは、わたしが他人の血を飲むからなんだ。と言っても、ほんのわずか。献血の量よりも少ないぐらいだがね」
「吸血……。あんた、【魔人】なのか……」
彼女が無言の微笑で肯定する。
【魔人】とは、強力な魔力の影響を受けて突然変異した人間を言う。
その変異は人により違うが、なにかしら人間とは違う性質をもつ、言うなれば別の生命体になる。
もちろん、滅多にいるわけではないが、ひとつの大きな街に1人いると言われるぐらいは存在していた。
「わたしに血を吸われた人間は、嘘をつけなくなるのだ。どうも血を吸う時に一時的に意識を混濁させる物質が相手に流れるらしく、相手はしばらくの間、意識がもうろうとして、言われたことに逆らわなくなる。『人食い』は、もともと『
「ちょっ……ちょっと待ってくれ! すごいだろうって……いや……」
突然、明かされた予想外の事実に、和真は立ちあがって頭を抱えた。
彼は混乱する頭で、今聞いたことを反芻する。
そしてどう考えても、とんでもないことを知ってしまったという結論に達する。
一流の情報屋の秘密など、自分が知っていいのかと怖れさえ感じてしまう。
「そ、そんなこと……なぜ俺に話したんだ!? 話していいことなのか!?」
「わたしは君を買っているのだ、獅子王こと雷堂和真。君を手伝えと言われたが、それを別にしても、君とこれからも上手くやっていきたいと思っている。その信用の証とでも受けとってくれ。君はもちろん、口外などしないと信じているしね」
「いや、しないが……しかし……」
「それに君も女装する変人。似た者同士ではないか」
「――いや、待て!」
ほぼ反射的に和真は突っこむ。
「俺のは女装ではない! 女体化変装だ! というより、魔人と変人を一緒にするな……というか、一緒でいいのか、それ!?」
ヒサコが本当に楽しそうにクスリと笑う。
「むしろ、同列で考えて欲しいのさ。魔人と言っても、ちょっと変わったところがある人ぐらい。魔人も変人で隣人なんだ。そう見てくれないと、魔人は孤独になりやすいのだから」
「…………」
冗談をめかした口調ながら、ヒサコの目は少し優しく微笑む。
そのような顔でそのような言い方をされては、和真とて口を噤んでしまう。
「実際な、魔人であるがために孤独な者も多数いる。そのお得意様もちょっと事情は特殊だが、魔人として生き、ずっと孤独だったのだ。だが、そのお得意様は、幸運なことに自らを受け入れてくれる主を得た。自らの意志で、喜んでその者の
「…………」
ヒサコの語った「喜んで僕になる」で、脳裏に浮かんだのは幼馴染みの【神守 双葉】の顔だった。
そしてその双葉と一緒に、いちずまでもが選んだ主である【東城
さらに2人以外にも、彼に従う女性たち。
その中でも1人、きわだった者がいた。
それは、銀髪の不思議な少女。
少ししか話さなかったが、幼いながら
そして、話によれば
あきらかに普通ではない少女。
(あの娘が……お得意様……)
すべての辻褄が合う。
それは予想していた答えだ。
なにしろ、「獅子」というキーワードは、【東城
ただ、この街に現れたばかりの
(これですべて腑に落ちた。まあ、けっきょく、あいつの掌の中だった……ってことか!)
和真は
しかし、気に入らないのも確かだ。
そして、こちらを掌で転がしているつもりもないのだろう。
だが、悔しさはどうしてもわいてしまう。
「まあ、そんな顔しない、しない」
表情に出ていたのか、ヒサコが苦笑いしながら手をパタパタとふる。
たぶん、和真と
なにしろ相手は、非常に優秀な情報屋。
今さら取り繕っても仕方ない。
「予想していたが、俺だって思うところがあるさ」
「わかるけど。だけど、わたしたちにとっても、あんたと知り合えたことはありがたいことだったんだ。それがもうひとつの理由だ」
またヒサコが人差し指を1本だけ立てて、今度は和真を指さした。
指された和真は、思わず身をわずかにのけぞらせる。
「いくらお得意様に頼まれたにしても、ずいぶんと君を優遇しているだろう?」
「ああ……」
格安での情報提供に、格安でのアイテム提供まで、和真は本当に助けられていた。
「我々はね、君にこの街や周辺の秩序を取りもどして欲しいと願っているのだ。なにしろ、我々は『混沌』を嫌うからね」
「……え? むしろ、情報屋としては混乱した世の中のが好みじゃないのか? 名前だって『混沌の遠吠え』じゃないか……」
「違うのだ。ある程度の『混乱』は嬉しいが、『混沌』は商売あがったりなんだ」
眉を顰める和真にヒサコが立ちあがり、まるで子供になにかを教える先生のように話し始める。
「混沌とした世の中では、情報の精度……いや、鮮度が落ちてしまうのだ。情勢が安定しなさすぎると、状況が一転二転とコロコロ変わり、情報自体がすぐに古くなってしまう。さらに情報の伝達経路さえも確保しにくくなる。わかるか? 情報というのは、ある程度の形、つまり秩序がないと意味をなさないのだ。混沌、すなわち無に情報など無意味だ」
「なるほど……」
「だから、我々は『混沌』を嫌う。嫌って混沌ではなくなるように声をだす。あくまでその場に入らず、遠くから間接的に
「……遠吠え……」
「そう。だから、我々は【混沌の遠吠え】を名のるのだよ」
最後の声は、ヒサコではなかった。
ズンッと重く響く、落ちついた熟年男性の声。
しかも、今の今まで誰もいなかったはずの場所、ヒサコとは反対側から響いてきたのだ。
「――ファーザー!」
ヒサコが先の声の元に向かい、胸の前で指を組んで頭をたれた。
そこにいたのは、1人の男性。
まるで通夜にでも行くような漆黒のダブルスーツに身を包み、白いネクタイを締めた壮年。
少し痩せた四角い顔に浮かべるのは、うっすらとした笑い。
(……ばかな……いつのまに……)
和真は驚愕しすぎて動けなかった。
ここ数年で【三魔拳】と呼ばれるほどの武術の達人となってから、彼はここまで気がつかれずに接近されたことがなかった。
いや。接近されたのではない。
彼は先ほどまでいなかった。
気配を消していて現れたならば、気配の揺らぎがあるはずだ。
しかし、和真はそれを欠片さえも感じることができなかった。
突如として、彼はそこに存在として具現した。
そうとしか考えられなかったのだ。
「雷堂和真。こちらは、我ら【混沌の遠吠え】の首領である。【ファーザー】と呼ばれる方だ」
「首領……!?」
和真は驚愕に驚愕を重ねる。
今、目の前にいるのは、和真にしてみれば裏世界の超大物の1人。
たぶん、大隊長である大介だって、会ったことどころか、存在さえよく知らないだろう。
下手に知ろうとすれば、殺されかねないような存在のはずだ。
そんな存在が、本当にまったく唐突に現れたのである。
「初めまして。雷堂和真君。紹介にあずかった通り、私が【混沌の遠吠え】の首領で、【ササ】と言うものだ。みんなにはファーザーと呼ばれているがね」
「ファーザー! お名前を告げるなど!?」
ヒサコが驚倒するのではないかと思うほどの声をあげた。
だが、肝心のササは、固まったような笑顔で対応する。
「なになに。信用を得るためだよ。彼にはすぐに動いてもらいたいしね」
確かにそこにいて、確かに声をだしているのに、和真にはそれが信じられない。
存在感がどこまでもあやふやでありながら、しかしなんとも言えない威圧感を感じさせる。
明らかに、異質。
「……あんた……あなたも、魔人か……」
「イグザクトリー! アハハ。ご名答だよ、雷堂和真君。まあ、そこらの変人とでも思ってくれたまえ」
さすがに無理だと、和真は内心で否定する。
ヒサコはまだ人間に思えた。
しかし、とてもではないが、目の前の存在は人間どころか、生物にさえ思えない。
「いったい……どうやってここに現れた?」
「ふむ。……ほら、ミノなんとか粒子とか、パナセア粒子とか? そういうのを使ってやってきたとか、どうかね?」
「……なんのことだ?」
「ふむ。両方とも、私の世界では大人気のロボットアニメに出てくる設定なのだが……まあ、冗談だ。忘れてくれたまえ」
「…………」
和真は、ずっと顔をひきつらせたままだった。
ササが言う冗談が理解できないからとかではなく、相手の感情がまったくつかめなかったからだ。
楽しそうに話しているようにも見えるが、今にも殺しにかかってきそうにも、また泣きだしそうにも、どうにでもとれてしまう、その表情。
ただ言えるのは、まるで魑魅魍魎でも見ているような、潜在的な恐怖を和真は抱いてしまっている……と言うことだけであった。
「さて。君とはいろいろともっと話したいが、今は時間がないのだ。君にはすぐに警務隊の後を追って欲しい。そのための足と道具もすでに用意した」
「……どういう――あっ! やはり、罠なのか!?」
気がついた瞬間、和真の体から恐怖が飛び散った。
冷たく強ばっていた体が、闇を払うように光熱をもって動くのを感じる。
それを見たササが「ほほう」と声をあげるが、かまわず和真はその目を睨む。
「ザッツライトだ、雷堂和真君。今、【赤月の紋】にこれ以上、力をつけて欲しくはない。かといって、殲滅もされたくないのだがね?」
暗にだされた交換条件に、和真は一瞬だけ思案する。
「今回の目的は、警務隊を助けること。逃げる者を追ってまで殺したりしない」
「素敵な返答だ。ならば、君に任せるとしよう、雷堂和真君……いや、変態仮面!」
「――おまえもか!!」
悲しいかな、彼の汚名は【混沌の遠吠え】の遙か上層部まで轟いていたのである。
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