Act.0012:頼まれたんだ、ある人物にね……

 昼間っから酒を呑んでいる奴なんてろくな奴じゃない。

 そんな一般常識も、街の外れの裏通りに行けば常識ではなくなる。

 家を壊され、仕事を奪われた者達が、自棄になって昼間から呑みに来る昨今ではなおさらだった。

 だから、さびれた裏通りの酒場のカウンターに、その男がいても目立たなかった。

 ましてや、周囲を萎縮させるような普段の制服ではなく、少しほころびた上着とズボンという、ありふれた姿なら不自然さは欠片もない。


「言われたとおりにした……」


 男は、隣に座る無精髭の痩せた男に話しかけた。

 ただ、その顔を見ずに、正面のグラスに注がれた安酒をジッと見つめたままである。

 木目の粗いカウンターの上で、制止する琥珀。

 彼はそこになにかを映しだしているかのように凝視していた。


「ああ。おかげでいい感じだ。……ほらよ」


 粗野な口調と態度で、無精髭の男は傷んだ麻の外套から紙袋を取りだすと、テーブルの上に置いた。

 それはちょうど、2人の間。


 酒を見つめていた男は、横目で一度それをうかがってから、正面を見たまま手だけ動かして紙袋を自分の体の前に運び込む。

 そして辺りをうかがう。

 薄暗い店にいるのは、自分たちを覗いて6人程度。

 そのうちマスターは、気を利かせたつもりなのか、自分たちとは反対側のカウンターの端に立って本を読んでいる。

 カウンターに、他の客はいない。

 残りの客は、わりと広い店内に配置された、5つあるテーブル席にばらけている。

 つまり、男の手元を見ている者は、誰もいなかった。

 それを再確認した後、彼は封を開けて覗きこむ。

 そこから引きだしたのは札束だ。

 彼はその札束を弾いて、ざっと確認するとすぐに紙袋に戻してしまう。


「ちゃんと……あるんだろうな?」


 男が低い声で尋ねると、無精髭は鼻で短く嗤う。


「足らなかったら、あとで請求してきてもいいぞ」


「……もう連絡などとらん」


「そうだったな。おまえさんは、上司の横暴を理由に退職。まあ、それだけ金があれば、しばらくは遊んで暮らせるはずだ。早めに街を出るんだな」


「これもすべて、あのクソ女のせいだ。さんざん、おれのことをバカにしやがって。それに神守の奴もダメだ。ぜんぜん警務隊全体をみちゃいねー! 警務隊はもうダメだ……」


 無精髭は、首を数回、縦に振ってみせる。


「そうだろう、そうだろう。おまえさんが見切ったのは正解だったのさ。エリートとして入ったおまえさんを切る、ここの警務隊は能なしばかりだなぁ。このままとっとと別の街に行って、楽しく暮らせばいいさ」


「ああ……そうさせてもらう」


 男はさっそくスツールから立ちあがると、無精髭に挨拶もせずに店を出ていく。

 それからしばらくして、無精髭も席を立つ。

 これで完璧だった。

 2人の取り引きは、すべて秘密裏に行われたのである。


 ――ただし。

 日本には、「壁に耳ある障子に目あり」という諺がある。

 この地域に障子などないし、2人は壁からも離れていた。

 それでもここは日本の一部なのだ。

 その諺を2人は、もっと気にするべきだったのかもしれない。

 見えない目と耳の存在に……。



 ◆



 四阿の南に位置するこの公園は、日当たりのいい美しい街並みと、大きく華やかな噴水を楽しめるカップルたちには人気のスポットであった・・・

 そう。それはかつての姿。

 【四阿の月食】により破壊された公園は、復旧は後回しにされていた。

 幸せを配るという女神像を模した噴水口も腰からたたき折られ、上半身はどこにも見つからない。

 石畳のあちこちはひび割れ、多くの煉瓦や木材などの瓦礫が散在している。

 ただ、瓦礫が広がるだけの何もない広場。

 もちろん、日当たりがいくら良くても、そんな場所にカップルなど来ないし、子供達も危険だからと近寄らせてもらえない。

 せいぜい近くの労働者たちが、瓦礫を椅子代わりにして休憩するために来るぐらいだろう。


 だから、和真もランチでも食べに来たように装った。

 ランチの時間はとうに過ぎているが、それでもまだ遅れて食事をとっているものもいる。

 それに混じるように、片手でサンドイッチの入った紙袋を持ち、ブラブラと座るところを探すふりをする。

 そう。それはふりだけ。

 座る場所は、最初から決まっていた。

 公園の角にある、丸メガネの女性が座っているベンチだ。


「…………」


 こちらに気がついた彼女が、まるで席を譲るかのように、2つにわけた三つ編みを揺らして席を立つ。

 和真は、入れ替わるように席に座る。

 紙袋を横に置いて、さりげなく手をベンチの背もたれに回す。

 背もたれの背面を指先で探る。

 と、そこには小さなコインが1枚、貼りつけてあった。

 彼はそれをはぎとり、握りしめる。

 すぐ頭に声が響いてくる。


――ついてきて。


 和真は紙袋をもう一度、手にして席を立つ。

 そしてブラブラとするように、丸メガネの彼女を見ず、その後を少し離れて歩く。

 ほどなくして、彼女はある建物と建物の間にある細い路地に入っていく。


「…………」


 和真もそれに少し遅れて路地にはいる……が、彼女の姿が見えない。

 とまどっていると、また声が響く。


――そのまま真っ直ぐ来なさい。


 和真は黙って従う。

 左右の建物に窓はない。

 和真も獅子王になる時は、こういう場所を探すのだが、なかなか適した場所は見つからない。

 特にここのように、奥にも建物があり、3つの建物に囲まれた完全な袋小路で、すべてに窓がないという不自然な条件を探すのは難しい。


――ストップ。そこで右横の壁に飛びこんで。


(……なに?)


 和真の右横に、ドアはない。

 石が隙間なくきれいに積まれた建物の壁があるだけだ。

 いや、確かに彼女は「壁に飛びこんで」と言ってきた。

 常識的に「ドアから入って」とは言っていないのだ。


――大丈夫だ。


 まるで和真の不安に答えるような声が響く。

 そこまで言われれば、和真も覚悟を決めるしかない。

 ままよと壁に手から突っこむ。


(――うおっ!?)


 だが、そこにはたして壁は無かった。

 なんの抵抗感も感じず、気がついたら建物の中に立っている。

 そして、目の前には丸メガネの女性。


「もう念話硬貨ねんわコインは、使わなくていいぞ」


 そう言われ、和真は握っていたコインを相手に渡す。


「本当に便利な魔術道具だな……」


「出力が弱いから近距離しか使えないけどな。密談には便利だ」


「この壁も魔術道具か?」


「そうだ。もう今は普通の壁になっていて、ここに入ってくることはできない。よほどのことがなければ人を招待しない場所だからな」


「お招きいただき、光栄だ」


 彼女は和真を手招きして薄暗い一本道の廊下を進む。

 するとすぐに地下への階段がある。

 魔光石の明かりが足元を照らす。

 その明かりを踏むように階段を下りると、そこにはまた部屋があった。


「ようこそ。私のオフィスへ」


 四阿で一般的なダイニングの4部屋分ぐらいはあるだろうか。

 左右には多くの本が隙間なく並ぶ本棚。

 真ん中には2人がけの豪勢なソファと、ガラスの貼られたローテーブルがおいてある。

 そして一番奥には、見るからに豪勢な机があった。

 女性の肢体を思わす、くねっとしなを見せる脚には、レリーフで戯れる妖精が描かれている。

 その細工は、素人の和真が見ても立派なものだった。


「まあ、腰かけてくれ、獅子王」


 うながされるままに、和真はソファに腰を下ろした。

 天井に設置された魔晶石が煌々と輝きを放つため、とても地下だとは思えない。

 閉塞感もなく、不思議なほど落ち着く部屋であった。


「忙しい時間を取らせて悪かったな、ヒサコさん」


「なになに、いいって。お得意様のためだ。我ら【混沌の遠吠え】は、お客様第一だからな」


 丸顔に丸メガネ、おとなしそうなイメージの三つ編みだが、その口調はざっくばらんな男性のようだ。

 だが、和真としても話しやすい相手だった。


「しかし、なんで今日に限って、この場所に? いつも外だったのに」


「今回のは2件とも、用件が用件だからね」


 ヒサコは立派なテーブルの椅子に座ると、一瞬だけにやりと笑った。

 その笑顔が、和真には妙に意味ありげに見える。

 だが、和真にはまだその真意がわからない。


「まあ、とにかく時間がもったいない。本題にいこう。まず、今日の朝方に受けた件は、もう少し待ってくれ。たぶん、ほどなく情報が来る」


「……さすがだな」


 和真は素直に驚嘆する。

 情報が手に入るのはどんなに早くても夕方になるかと思っていたのだ。

 彼は頭をさげる。


「ありがたい。警務隊はもう出発してしまっているからな……」


 今朝、大介からいきなり頼まれた案件は、この街の将来にかかわるような話だ。

 もちろん、大介の大隊の多くもアラベラについて行ってしまい、この街の警備は警務隊の一部と、獅子王が守るということも考えた。

 しかし、それではだめなのだ。

 警務隊の威厳が保てない。

 普段ならば「警務隊の威厳など」と実をとるであろう大介も、今はそういうわけにいかなかった。

 威厳は防犯に役立つ。

 警務隊の信用がこれ以上なくなれば、街の無法化が進みかねないのだ。

 とにかく今は、何が本当で、何が嘘なのか情報を確認しなくてはならない。


「さて。もうひとつ、質問されていたことだ。なぜ、わたしが君に情報を売るか……ということだったな」


「ああ。若いながら、情報屋としては超一流の【人食いのヒサコ】と呼ばれるあんたが、俺のようなしがない男に、なぜ声をかけてきたのか……だ」


「ああ。その話なら簡単だ。面白そうだったからだ」


「……なにが?」


「君のようなお堅い男が、女のエロいかっこで……変態仮面になるのがだ」


「…………」


「…………」


「……嘘だろう?」


「アハハハハハ! もちろん!」


 ヒサコは腹を抱えるようにして笑いだす。


「勘弁してくれ。最近は、どこに行っても変態呼ばわりだ。もともとあんたが譲ってくれた、性転換スーツのおかげなんだぞ」


「おいおい。あれは希少で高いアイテムなんだ。それを格安でゆずったんだぞ。いまだに君が正体を隠していられるのは、あれのおかげじゃないか。感謝してほしいぐらいだ」


 彼女の揶揄する口元。

 さりとて、和真は言い返せない。

 思わず片手で頭を抱える。

 目の前の女性は、自分より少し年下に見える。

 なのに、いいようにあしらわれてしまう。


「くっ……。その人を食ったような態度が、あだ名の由来か?」


「人食いか? いやいや、ちがうぞ。ちょっとした体質のせいだ」


「……? まあ、確かにあのスーツのおかげで正体を隠せたのも確かだ。それにあんたが売ってくれる情報も助かっている。だが、そこまで俺によくしてくれる理由がわからず気持ち悪い」


「そうだな。というか、もっと早く聞いてくるかと思っていたが」


「恥ずかしい話、あんたがそんな有名な情報屋だと知ったのはけっこう最近なんだ」


「うむ。それも仕方ないな。一般人なら、私のあざなさえ聞くことなどないだろうし」


 丸い顎を両手で作った頬杖に乗せ、ヒサコがメガネの下の双眸を弓なりにする。

 じっと和真を見る瞳は、どこか愉悦を感じさせる。


「頼まれたんだ、ある人物にね……」

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