第二章:隣の変人

Act.0007:あら、ステキ。なら、交渉成立ね!

 如月きさらぎここ・・に来たのは初めてだったが、荒野にある岩屋は、驚くほど広かった。

 奥にも横にも洞窟が広がり、さらにいくつかの人工的な岩屋も近くにあるため、200人近くいるメンバーを収容できるだけのスペースがある。

 入り口周りには魔法によるトラップなども仕掛けてあり、見張りも各所に配置されているため容易には近づかない。

 裏側は深い森、正面は見通しのいい荒野。

 その岩屋は、いわば要塞のようになっていたのだ。


(あらやだ。山賊風情にしては、さすがにエリア最大組織だけあって、意外にしっかりしているじゃないの)


 如月は人差し指を口元にあてて、双眸を弓なりにする。

 内股で足跡を一直線上に残しながら、カンテラに照らされた洞窟を腰をかるく揺すりながら歩いていた。

 前を歩く無口な案内人に従って、その揺れる影を辿るように進む。

 さらに後ろには、アタッシュケースを持った部下の男を1人だけつきそわせている。


 そこは四阿から馬の歩みで2日ほどかかる場所にある、【赤月の紋】の拠点。

 山賊たちのアジトだった。

 自分たちの関連組織とはいえ、如月は野蛮な奴らの巣に入るのは避けたかった。

 しかし、これも仕事だ。

 如月としては、組織内での地位を上げるためにも、この仕事をしっかりと勤めあげなければならない。

 そして今回の仕事相手は、この先にいる。


「よく来てくださいました。解放軍【新月ニュームーン】・営業部隊の如月少佐。お待ちしていましたよ」


 突き当たりの扉を開けると、そこには筋肉隆々の男が待っていた。

 その腕は如月の腕2本を合わせたよりも太く、その脚は如月の腰の太さよりも太いのではないだろうか。

 如月の逆三角形のスラリとした輪郭に対して、男の四角く角張った厳つい輪郭。

 如月の長い睫と、スラッとした鼻筋に対して、男のギョロリとした目と、傷を負って潰れた鼻の頭。

 如月の透けるような白い肌に対して、男のかなり焼けた胡桃色の肌。

 そんな如月と対照的な男が、ローテーブルの向こう側で両手を広げて歓迎のポーズを取っている。


「お招きいただき、光栄ですわ。【赤月の紋】の【スルトン・閑崎かんざき】リーダー」


 テノール気味の声で名のった如月は、右手を胸に当ててかるく頭をさげる。

 だが、内心でむさい身なりのスルトンにうんざりしていた。

 半袖シャツ姿の上にジャケット、下はダボッとしたズボンをはいている。

 そして、彼の横にも上半身裸の筋肉バカっぽい粗野な男が2人立っていた。

 交渉の場であれば、自分のようにスーツを着込んでくるべきだろうと、如月は聞こえないようにため息を吐く。

 やはり、何度見ても相容れない。

 違いすぎるのだ。

 見た目の自分との共通点など、喉仏が出ている・・・・・・・ことぐらいだろう。


「広いこともだけど、洞窟の中なのに快適で驚いたわ」


 岩肌の部屋にしては、妙に不釣り合いな高級ソファに腰をおろすと、如月は周りを見まわす。

 ずっと感じていたのだが、洞窟の中のわりにじとっ・・・としておらず、また息苦しさもあまり感じない。


「グファファファ。この岩屋にはきちんと換気システムが作られていますからな」


 下品な笑い声で鼻高々になるスルトンに、やはり如月は嫌悪感を感じてしまう。


(ああ、もう! こいつの見た目も、笑い声も……いちいち癇に障るんですけど!?)


 表情は笑顔のままで、心で悪態をつく。

 この岩屋は思ったよりも涼しくて快適だったが、この目の前の男と一緒の部屋にいるだけで快適さなど台なしになる。

 とっとと交渉を進めるべきだろう。


「さて。さっそくですが仕事の話ですわ。購入したいという、新型魔生機甲レムロイド【フルムーン・ベータ】ですけど、5冊まででしたらご用意してきましたわ」


 その言葉を受けて、背後に控えていた如月の部下が、優雅にアタッシュケースを持ちあげて相手に見せる。

 そして美形な笑顔をニコリと見せる。


「……たったの5冊なのか?」


「あら。ご不満かしら」


 早くも2人そろって上っ面の敬語が抜けていた。

 スルトンの顰めっ面に、少し如月は斜に構える。


「こちらの要望は、10冊だったはずだが……」


「そうは言われましてもね。今、このフルムーンは大人気。むしろ、5冊も回せたこと自体、喜んでいただきたいぐらいなんですけど? 他のところなんて1~2冊しか回せてないのよ」


「……まあ、いいだろう。他にも魔生機甲レムロイドはあるしな。まず、あのクソ女を殺すぐらいならば、問題あるまい。金はすぐに用意……」


「ああ。ちなみに、プレミアム価格で50パーセントアップよ」


「――なにぃ!? 50だと……ふざけるな!」


 机を叩いてから立ちあがったスルトンに、如月は手のひらを上に向けて肩をかくあげた。


「だって、しかたないじゃない? 5冊もかき集めるのに元の値段じゃ集められなかったのよ。組織内でも取りあいよ」


「しかし、高すぎる!」


「……まあ、そうよね。だったら、条件があるの。条件をのんでくれたら、元の値段で譲ることにするわ」


「条件……だと?」


 雲行きが怪しくなってきたことに気がついたのか、スルトンはゆっくりとまた腰をソファに戻した。

 いくらバカでも怪訝に思うのかと、如月は少しおかしくなる。


「ええ。条件。簡単よ。四阿で噂の【獅子王】とかいうふざけた女の魔生機甲設計書ビルモアを奪ってきてちょうだい」


「な、なんだと!? よりによって獅子王の魔生機甲レムロイド……」


「なによ? 天下の【赤月の紋】が、ベータを5機も使って、あんなヒーローごっこしている女1人、捕らえられないって言うの?」


 如月の挑発に、スルトンがグッと息を呑む。


「……そんなことはねぇ。確かに今までは何度かいいようにやられていたが、ベータが5機もあれば、あんな接近戦用機体……」


「あら、ステキ。なら、交渉成立ね!」


 如月は嬉しそうに手を叩いてみせる。


「もし、成功して魔生機甲設計書ビルモアをとってこられたら、すぐには無理だけど、できるだけ早くベータの追加を無料で3冊、持ってきてあげるわ」


「3冊もか!? 本当かよ……」


「ええ。もちろん。悪い話じゃないでしょう?」


「……いいだろう」


 スルトンの返事に、如月は満足そうに首肯する。

 如月にしてみれば、これは本当に安い取引なのだ。

 なにしろ、噂の獅子王の魔生機甲レムロイドは、まずまちがいなくあの魔生機甲設計者レムロイドビルダー【東城 世代セダイ】のデザインだ。

 ならば、ある意味で出来損ないのフルムーンと比較にならない性能のはずである。

 たとえ10冊でも安いぐらいなのだ。

 スルトンは、獅子王の魔生機甲レムロイドの価値を正しく理解していないのだろう。

 それも、如月にとって計算通りのことだった。


「ところで、本来の目的である、女大隊長の討伐はどうやってやるつもりなのかしら?」


 新しく四阿にきた女大隊長は、その無茶な手腕を振るって次々と山賊狩りをおこなっていた。

 しかも、皆殺しと来ている。

 おかげで、小さい組織はすでにいくつか潰されており、【赤月の紋】も多くの仲間を失っていた。

 スルトンにしてみれば怒り心頭なのだろう。

 だから、まだ警務隊としての力をつけきる前に、女大隊長を始末したかったのだ。


「な~に。あのクソ女を憎んでいるのはオレたちだけじゃねぇ……ってことさ」


「あら。なるほど……ね」


 スクルトの自信ありげな言葉に、如月は微笑して見せる。

 愚か者が何を考えようが、愚かなことに決まっているが、それでもベータが5機もあれば旧型の魔生機甲レムロイドしかない警務隊など敵ではないだろう。

 警務隊をさらに弱体化できれば、獅子王の確保も簡単になるはずだ。


(あたしは、そのおいしいところだけ頂くとするわ……ウフフフ)

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