Act.0008:誰だ?
「な~に見てるの?」
食べ終わったあとの食器を片づけながら、ミチヨが明るい声で和真に声をかけた。
和真は食事が終わると、コーヒー片手にダイニングテーブルの上で数枚の紙を広げたのだ。
「ああ。明日の対戦者表だ」
「おお。あたしにも見せろ!」
「和真にーちゃん、オレにも!」
「ススム、待て。俺が見てからだ」
父親が病気で亡くなり、母親が殺され、ミチヨとススムの2人だけの生活。
それにいつの間にか、和真が加わるようになっていた。
和真自身も、ずっと1人暮らしだった。
父親も兄も国務隊勤めで家を空けており、ほぼ家に帰ってこない。
離婚した母親は、遠い実家に帰ってしまっている。
ならば寂しいのかといえば、和真自身も警務隊の傭兵や、契約パイロットとして各地の
だから、和真にとって自宅は、着替えなどを置いておく、臨時の滞在場所のような感覚になっていたのだ。
ところが【四阿の月食】からあと、彼の生活は変わった。
そしてまだ若い18才のミチヨと、幼いススムの生活も変わった。
2人を心配する和真が、一緒に暮らすことになったのは、彼らにとってすごく自然なことに感じていた。
もちろん、和真としては「友達」としての同居のラインを守っている。
だから、たまに夜這いしてくるミチヨには少し困っていたが、それなりにうまくやっていた。
それに2人は、獅子王の活動を手伝ってくれている。
そういう意味でも、一緒に暮らすのは都合が良かったのだ。
「和真にーちゃん、明日の対戦相手は誰になりそうなの?」
和真の組んだ脚の上に、ススムが手をついて体を乗りだしてくる。
そんなススムに、和真は対戦者表の一部を指さしてやる。
「このBグループの誰かだ。かなりハズレくじだな。強者ばかりだ……」
「どれどれ……」
今度は反対側から、ミチヨも覗きこんでくる。
彼女は和真の肩に手をかけながら、身を前にする。
和真の肩や背中に胸を当てているのは、彼女なりのアピールなのだろう。
しかし、和真にとってミチヨは、ほぼ兄弟感覚。
彼女の攻撃など、無効化されている。
「――うげぇ~!」
いつもなら、なんとか気にさせようとさらに押しつけてくるミチヨであったが、この時ばかりは逆に身をひいてしまった。
もちろん、対戦表の内容を見たからだ。
「なんじゃ、これ……。【ミーナ・神童】の【アストレア】、【
思いっきり顔を顰めるミチヨに、和真は素直に「ヤバいな」と答える。
「俺の
「じゃあ、完成型をゆずってもらえば?」
「そんな金どこにある。【篠崎屋】の親方のお情けで試作版を安く譲ってもらえただけでも御の字だっていうのに……」
「じゃあ、【アールストン・ウォーグ】の
「いいや。気持ちだけでいいよ」
そう言うと、和真は席を立つ。
まるで気合を入れるように、いろいろと吹っ切るように、その190センチの体をさらに伸ばしだす。
「でも、和真にーちゃん。負けたら、困らないの?」
足下のススムが見上げてくる。
和真は、少し微笑してからその頭を撫でてやる。
「まあ、困るけどな。でも、
「なんか……そんな弱気な和真にーちゃん……見たくない……」
ぷいと、ススムが顔を下に反らした。
不謹慎かも知れないが、和真はそのススムの膨れ顔が妙に嬉しくなった。
【四阿の月食】直後の無感情な彼を知っているだけに、感情豊かなススムを見ていると未だに少しにやけてしまう。
「な、なんで笑うんだよ……」
「ああ、すまん。ただ、安心しろ。俺は絶対に負けられない戦いには負けない。そして俺にとっての大切な戦いは、
半分納得、半分不服。
そんな微妙な感情がススムの表情から伝わってくる。
――コンッ! コンッ!
和真がススムにもう少し説明しようかと思った矢先、入り口でノック音が響いた。
夜もふけたこの時間に鳴った乾いた音に、3人は顔を見合わせる。
こんな時間、この家に来訪する者に心当たりなどなかった。
「……俺がでる。一応、隠れてろ」
訝しんだ和真の指示に、2人は従って2階に上がって階段下の様子を見る。
こういう時のため、3人はあらかじめいろいろと相談していた。
2人はいざとなったら、獅子王関連の荷物と
それを確認すると、彼は扉に向かった。
「誰だ?」
「こちらに、【雷堂 和真】殿はいらっしゃるか?」
ドアの向こうは女の声だった。
しかも最近、どこかで聞いた声だ。
「……俺だが」
「夜分にすまん。警務隊大隊長の【アラベラ・ブリンクマン】という者だ。折りいって話があって参った」
その名前を聞いた瞬間、和真はゾッと背筋を冷やす。
頭の中に一瞬でいろいろな思考が駆け巡る。
もちろん、一番恐れたのは、自分の正体がばれたかも知れないと言うことだ。
たった一度、顔を合わせただけでバレるとは考えにくいが、それでも不安は襲ってくる。
「……こんな時間にお話ですか?」
訝しみが伝わったのか、アラベラの声色が少し柔らかくなる。
「ああ、すまない。緊急の仕事を依頼したくてな」
「…………」
和真は体をドアの正面から外し、手を伸ばしてのぞき窓を横から覗く。
すると確かに、あの街中で見たアラベラという女性が、ただのひとりで立っていた。
どう判断すべきかと悩むが、相手の真意が見えない以上、下手な動きは藪蛇になるかも知れない。
そう考えた和真は、ドアを開ける。
――とたん、銀色のラインが和真に襲いかかって来たのだ。
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