Act.0006:それは、あいつに『芯』があるからなんですよ

「――そうですか。そんなことが」


 酒の肴にするように、和真は大介からアラベラがおこなった山賊への囮捜査に関する顛末をすべて聞いたところだった。

 無論、本当なら機密であるべきことだが、そもそも「囮捜査をする」という情報を大介に教えたのは、誰でもない和真である。

 それに和真と大介の間には、揺るぎない信頼関係もすでに築かれていた。

 他人に秘密を暴露するようなことは、互いにありえないと信じている。


「それで、山賊団はやはり?」


「ああ。他の山賊団をとりこんで、ここらで急激に力をつけてきた【赤月あかつきもん】の1グループだ」


 体のどこかに、不吉な真っ赤な月の入れ墨を施した山賊団。

 月の名前は、最大規模を誇る解放軍【新月ニュームーン】が好んでつける名前で有り、世間一般的には縁起が悪いものとされていた。

 その月の名前をわざわざ使っている山賊団は、もしかしたら【新月】と関係するのかも知れないと、もっぱらの噂である。


「ったく、やっかいなことばかりだ。その上、アラベラは自分の昔の部下を2名も臨時採用として自分の部隊にいれやがった。しかも、女2人だ。それにともない、もともと部隊にいた男2名は事務作業を押しつけられる始末で、その不満は全部、俺のところに来やがる……」


「ご愁傷様です……」


 それ以外の言葉を見つけられない和真に、桜が湯気が立ちのぼる大皿料理を運んできた。

 深い緑と、醤油の味がしっかりと染みこんでいそうな茶色い肉から立ちのぼる、にんにくの香ばしさ。

 それは否応がなしに食欲を駆りたてる。


「は~い、できたわよ」


 エプロン姿の桜の白い手によりテーブルへ置かれた大皿には、炒められたニラ、もやし、にんにく、そしてレバ肉が、輪切りにされた唐辛子の赤色で飾られている。

 だが、その唐辛子の量は、和真の記憶よりもかなり多めであった。


「ず、ずいぶんと……辛そうですね……」


 和真の声に、桜は「ふふ」と楽しそうに笑う。


「これが我が家の本当のレヴァニラ炒めよ! 先日のレヴァニラ炒めは、初めての和真くんのために、少しにんにくと唐辛子の量を減らしておいたの」


「前回もけっこう辛かったですけどね……」


 そう言いながらも、和真は神守家名物【レヴァニラ炒め】に取り箸をのばす。

 発音が「レバ」ではなく「レヴァ」なのは、「そっちのがお洒落だから」という桜の好みらしいが、そんな変なこだわりまであるだけあって、その味付けは抜群に美味い。

 美味いのだが……。


「――!!」


 やはり辛い。

 食べられないほどではないが、すぐさま酒で口と喉を潤さないといられないほどだ。

 だが、美味い。

 この辺りでは手に入りにくいオイスターソースのコクで深みがある。

 にんにくと胡麻油は、無敵の食欲増進剤だ。

 喰う。

 酒がすすむ。

 まるで麻薬のようだと、和真はそのまま感想を述べた。


「あははは。我が家はみんな辛党だからなぁ」


「それにしても、戦慄するほどの辛さですよ……。そう言えば、双葉も辛いものが大好きでしたね。一葉かずは君もですか?」


「……ああ。あいつも大好きだったよ」


 和真への返事で、大介が少し凄然せいぜんとする。


「一葉は、魔法の才能があったし、本人の希望も有り、魔導師になるために魔導学院寮に入ってしまった。連絡もここ最近は来やしない……。そして、双葉もあいつ・・・と一緒に旅に出てしまった……」


「大介さん……」


 この話題はまずかったかと、和真は話題を変えようとする。

 しかし、大介の表情に落ちた影の理由は、和真が思っていたものとはまた別物だった。


「今日、アラベラの奴に言われたんだ。その2人がこの街に帰ってくる時、山賊に襲われても、お前はお前の正義を通せるのか……ってな」


「…………」


「俺は、即答できなかった。ずっと心を決めていたはずなのに、想像だけでも許すことをためらっちまったんだ……。それが現実だったらって思ったらな、やはりいろいろと怖くなった」


 その大介の告白に、和真は黙ってうなずく。


「そしてアラベラにとって、それは現実だったんだ」


「えっ?」


「アラベラに関して、ちょっと調べたんだよ。どうやら奴の両親は、奴の目の前で殺されたらしい」


「目の前で……」


 和真の脳裏に、ひとりの少年の慟哭が浮かぶ。

 喉が裂けんばかりの叫びと、流血するのではないかと思えるほどの瞳の色。

 その様子は、和真の脳に未だに焼きついている。


「奴の徹底的に悪を憎む正義は、たぶんそこから来ているのだろう……」


「でも、それは……」


「そうだ。それによる虐殺は復讐だ。正義ではない。正義ではない……が、なら正義とはなんだ、どうあるべきだと問われれば、答えられる奴なんていないだろう」


 獅子王として【正義の味方】を名のる和真。

 ふざけた肩書きかも知れないが、それだけに和真はその言葉をよく噛みしめている。

 そして、その言葉の意味を知るための入り口を作ってくれたのは……やはり、あいつ・・・だったのだと、和真は少し自嘲してしまう。


「俺はいちずにふられた時、しばらく自分を見失っていました」


 突然の和真の告白に驚いたのか、大介が少しきょとんとした顔をする。

 だが、和真は言葉を続ける。


「ガムシャラに体を動かしていました。いちずのために、兄貴の和也に追いつくように……警務隊に入ってがんばろうと……そういう目標が、いきなりなくなって。どうやって生きたらいいのか、どうやって活力をだしたらいいのか、よくわからなかった。だから、なにも考えないように、体を動かしていた」


「…………」


 ありがたいことに、大介は見守るように聞いてくれている。

 そんな彼に、和真は少し苦笑いしながら話す。


「でも、そんな風になにも考えないようにしながらも、どこかで考えていたんですよ。俺のなにが悪かったのか。そして、俺とあいつ・・・……あの【東城 世代セダイ】となにが違っていたのか」


「それは、いちずちゃんに説明してもらわなかったのか?」


「あいつ自身、よくわかっていなかったんですよ。だから、説明できなかった」


「そうか……」


「でも、わかっちまったんですよ、俺」


「ほう……」


 一息入れるように、和真は酒を口にする。

 それに合わせるように、大介も一口呑む。

 そして、促すような視線を和真に送ってくる。


「こいつですよ……」


 和真は腰につけていたバッグをはずしてテーブルに置いた。

 それは今の和真にとって、もっとも頼れる相棒だった。

 和真はその上に手をかざし、まるで宣誓でもするように開口する。


「東城世代セダイが生みだした魔生機甲レムロイド……こいつに乗ってわかってしまったんです。この魔生機甲レムロイドには、『歪みのない意志』がある」


「……『歪みのない意志』?」


「ええ。それは魔生機甲レムロイドに対する想いであり、あいつなりの生き方に対する姿勢でもある。それが、まったくぶれずに真っ直ぐと埋めこまれている。あの年でここまでぶれないのは、あいつの偏向的な魔生機甲レムロイド愛のせいかもしれませんがね」


 最後に鼻で笑うと、大介もつきあうように笑い、同意を述べる。


「確かに。俺もあいつらが旅立つ前、1度だけ飯を一緒に食った。……おかしな奴だった。見た目は普通の軟弱そうな少年なのに、魔生機甲レムロイドについて語る時だけは、誰にも負けない男の目をしていた。俺でさえ圧倒された」


「それは、あいつに『芯』があるからなんですよ」


「『芯』……か……」


「はい。それは『歪みのない意志』。あいつの中に、確かな『芯』となっているもの。なにがあっても、あいつのそれはぶれない。でも、俺の『芯』はいちずがいなくなっただけでぶれてしまった。俺は自分の中に『芯』を作らず、外に……いちずに『芯』を作っていたんです。そして、たぶんいちずは、無意識にそのことに気がついていた。いちずは、世代あいつの中にある『芯』に惚れたんです」


 和真は、自分でも語尾に苦みが混ざったのを感じてしまう。

 もうわりきれたと思っていたのに、自分でも情けなくなる。

 だが、それに気がついたであろう大介も、そこには触れずにうなずいてくれた。


「なるほどな。確かに、いちずちゃんの親父さんは、頑固一徹って感じで『芯』のしっかりした人だった。それを見て育ったいちずちゃんなら、自然にそんな男を見つけて好きになるのもうなずけるな……」


「はい。パートナーを求めて依存するのではなく、ひとりで立って生きていける男。ぶれないからこそ、周りに人が集まり、ぶれないからこそ、ふりかえらずとも周りの人を感じることができる男……彼女は、そういう男を求めていたのでしょう。悔しいかな、気がつくのが遅かった」


「確かに遅かったかも知れないが、その年でそんなことに気がついただけ立派じゃないか」


「そうでしょうかね……。でも、いろいろと気がつかせてくれたのが、あいつ……東城世代セダイ魔生機甲レムロイドだったという皮肉さが辛いですよ」


「まあ、な」


 そう言って苦笑しながら、また酒を大介は口に入れた。

 酒の肴として、和真の話は楽しいらしい。

 だが、大介にとっても、この話は笑えないほど苦いはずなのだと、和真は言葉を続ける。


「大介さん……俺はね、その『芯』こそが、『正義』じゃないかと思ったんですよ」


「……どういうことだ?」


「あいつの魔生機甲レムロイドに対する『芯』、それはあいつの『正義』そのものに感じたんです。あいつは、魔生機甲レムロイドのためなら、命をかけて戦うことさえ躊躇ちゅうちょしないバカだ。だが、それは盲目的に戦ったり、ふりまわすだけの『正義』ではない。対象は魔生機甲レムロイドだが、『愛情』を元に『正しい』と信じて、それをまっすぐ貫き通す心の強さがあるんです」


「ぶれない……正義……か」


 猪口をテーブルの上に置き、それをじっと見つめながら噛みしめるように呟く大介。

 その様子に、和真は「伝わった」と力を抜く。


「悔しいですが、俺もあの魔生機甲レムロイドに乗る内に、やりたいこと……自分の『芯』ができてきました。そのために前にも言いましたが、俺はこの街を出ることになります。それには申し訳ないですが、大介さんには早く警務隊を立てなおしてもらわなくてはなりません」


「……ああ。そうだな。悪いな、いろいろと手間をかけさせてしまって」


「いえ、それはいいんです。【正義の味方・獅子王】もまた、やりたくて、好きでやっていることですから……」


「そうか……好きでやっていることか……女装……」


「――そこじゃねー!」


 思わず敬語も忘れて叫び立ちあがる和真に、大介がニヤリと笑う。


「酒をまずくしてくれた意趣返しぐらいさせろ」


「……大人げないですよ」


「そう、大人げないさ。なにしろ、いい大人なのに、自分の子供と同じぐらいの若造に、自分の娘を奪っていった若造の言葉で説教されて、ぐうの音も出ない情けなさなんだ」


「大介さん……」


「すぐにお前の活躍の場をなくしてやるさ。……見てろよ、変態仮面」


「――誰が変態仮面だ!」


 なるほど、アラベラが大介に話したのだとすぐに気がついた和真は、いつか必ずアラベラに意趣返しをすると誓うのだった。

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