Act.0067:愛が感じられない!
ヴァルクのコックピットに座るミカは、心臓の鼓動が激しくなっていることを自覚していた。
額に小さな水滴のように浮かんでいる汗が気持ち悪い。
背筋や脇の下などにも、冷たい汗がツーと垂れていく。
自分でも、この汗が意味するところを迷ってしまう。
恐怖? 驚愕? それとも畏敬?
最初、ミカは
しかし、話してみたら、「器が大きい人間である」と勘違いしてしまった。
ただ、最初は勘違いだったものの、実際に彼のことがさらにわかってくると、好感が持てるようになっていた。
彼の
その上で、彼が作った
ある意味で洗脳かもしれないが、きっかけはともかく、ミカはそのことに特に不満もなかった。
彼の
だから、これからこの貧弱な主を【ズワールド・アダラ】と共に守っていこう。
そう誓っていたのだ。
なにしろミカは、剣術にかなりの自信があった。
剣術の戦いで
だから、
だが、それは生身の時だけの話だったのだ。
パイロットとしては、それは当てはまらない。
たった今、彼女は嫌と言うほどそれを思い知った。
ヴァルクの剣さばきだけならば、ミカは自分とほぼ五分ではないかと思う。
しかし、ヴァルクの能力を活かした体さばきを見た時、勝てるとは欠片も感じられなかったのだ。
ホバー移動とローラーダッシュの組合せによる奇襲から始まった、すばやい動き。
その間の判断力と操作は神業のようだった。
結局最後まで、ミカはまともに
実際、
敵の剣の動きを見る限り、弱くはないどころか、かなりの手練れだとわかる。
それをほぼ一方的に圧していたのだ。
横を見ると、いちずが口を半開きにしたまま、
そして、双葉はまさにとろけるような双眸で、
反応はそれぞれだろうが、この二人も彼に対するイメージが明らかに変わったことだろう。
優れた
それが、精密な射撃から、ワイルドな近接戦闘までこなす、自分たちよりも遙かに優れたパイロットになったのだ。
ミカは
しかし、同時に自分のパイロットとしての未熟さを痛いほど思い知った。
自分の力不足を早急に、何とかしなければならない。
それこそ今にでも、アダラをだして訓練したいところだ。
だが、今はそれどころではない。
まず、このヴァルクが握っている解放軍【
「おーい。東城
黒い金属の指につかまれながら、体に密着した緑のパイロットスーツを着た男が声をあげる。
「オレの名前は、名月っていうんだけどさ。最後に顔見せてくれねえ?」
その言葉に驚いたミカは、金髪碧眼の男を見つめた。
捕まっているくせに、心から嬉しそうにニヤニヤと笑っている。
その笑顔に、ミカは狂気を感じる。
「主殿。このまま連れ――」
ミカの言葉は、
なにかと思っていると、
「名月とはいい名前だね。……いいよ。今、でる」
その言葉に全員が驚き、彼を止めようとした。
だが、
「ちょうど、聞きたいことがあったし」
「だ、だめだよ、ご主人様! あいつ、悪い顔してるもん!」
「そうだ、
2人の声がまるで耳に入っていないかのように、
どうあってもやめる気はないらしい。
そう知って、ミカはせめてこれだけはと声をかける。
「主殿。お話の邪魔は致しません。しかし、腕のコントロールだけでも拙子にいただけませぬか」
「…………」
一拍だけ
そして、音声で命令をだす。
「両腕部コントロールをサードコンパネに委譲。……ユー・ハブ・コントロール」
「アイ・ハブ!」
ミカはそう応じると、自分の目の前のレバーにコントロールが来たことを感じた。
もちろん、名月と名のったあの男が、
腕だけならば、ミカでも十分コントロールできる。
いざとなれば、握りつぶしてしまえばいい。
天板から
「こいつは驚いた。子供じゃないか……」
揶揄するような名月に対して、
「この世界だと、15過ぎたら大人だと聞いたけど?」
「オレから見たら、20前なら子供だぜ。ってか、
「嘘つく必要性を感じないけど?」
「ま、そりゃそーだな」
名月がクックとかるく笑う。
そんな態度を見せる度に、ミカは名月が何かするのではないかと身構えてしまう。
「ところで教えてくれよ。『
「ああ。ボクはね、ロボット……
「ロボット……」
名月の笑い顔が瞬間的に消えた。
だが、1秒もしないうちに、また口角があがる。
「ハンッ! じゃあ、何か。大好きな
「ハンッ! まさか」
「まちがいなく、
「……ぷっ!」
名月は我慢できないように爆笑し始める。
「アハハハハハハハ! おまえ、おまえ……ぜってーおかしいわ!」
「よく言われる」
「――ぶっふううぅぅーっ! ……アハハハハ! ……やべー! このまま最高に楽しい気分で笑い死にそうだ! ……で、でもよ。じゃあ、じゃあよ、けっきょく、なにが貶める使い方なんだよ?」
笑いを我慢しながら、名月はなんとか質問した。
すると、
「……愛だよ」
「……はあ? 愛?」
「あんたたちからは、
「……な、なに言ってんだ?」
「確かに
「……殺すってことに、かわりはねーじゃんか」
「違うね。『殺す』『死ぬ』は結果のひとつだよ。……『戦う』ってことは、『希望という勝利を得るための行為』。ボクはそういう生きる意味を
こういう時の彼が放つ覇気は、普段とは比べ物にならない迫力がある。
彼は自分のことで興奮することはない。
怒るときはいつも、
「でも、あんたらは、生身の人間を虐殺するという『絶望をばらまくこと』に
「道具に愛とか……バカじゃねーのか……」
「だから、負けたんだよ、あんたたちは。……そう、ボクの愛にね!」
あまりにもきっぱりとした
そして、彼は肩を落として脱力する。
その顔は、すべてをあきらめたように目じりも口角も下げている。
「あぁ~~もう。負けだ、負け。……なーんか、おまえと話してたら、いろいろとバカらしくなってきた」
「じゃあ、今度はこっちの質問に答えてもらってもいいかな?」
「ああ。なんでも答えてやるよ。十分楽しませてもらったしな」
「じゃあ、教えてよ。【あずまや工房】の工房長【東埜 一徹】を殺したのはあんたなの?」
席に座ったままのいちずが、ビクッと体を震わした。
そして、頭上で話す
端から見てもわかるぐらい、彼女の頬が引きつっている。
懸命になにか言おうとしているのか、口だけがもぞもぞと動いている。
だが、それが言葉になる前に、名月が開口する。
「……ああ。それはオレじゃねぇ。弦月って奴の指示で、奴の部下が……そうだ。確か薬を盛ったはずだ。表ざたは病死のはずだろう? なんで知ってる?」
その事実に、立ちあがろうとするいちず。
それを
ミカも、いちずの肩をおさえる。
事情はよくわからないが、今は
名月は
とにかく情報を多く引きだすべきだと判断する。
「一徹さんの日記に、あんたらに命を狙われていると書いてあってね。事実関係を調べていた」
「なるほど。勘のいいオヤジだったらしいからな。気がついてたのか。なら逃げればよかったのに」
「あんたらから逃げるのは、そうとう難しいそうじゃないか。それに病死に見せかけての暗殺が得意なんだろう。……だからだよ」
「あん?」
「下手に荒事になれば、娘も巻き込まれる可能性がある。気がつかないフリをして病死で殺されれば、自分だけで済む可能性が高い」
それを心配するように、双葉もいちずの肩に手をのせた。
ミカの手に、いちずの肩の震えが伝わってくる。
きっと彼女は、すぐにでも跳びだして名月を締めあげたいはずだ。
だが、それを必死に下唇を噛んでまで耐えている。
「なるほどね。娘のためか。それも愛ってやつか?」
「たぶんね」
「たぶんね? おまえの好きな愛の話だろ?」
「ボクが興味があるのは、ロボ……
「……気持ち悪い奴」
「まあね!」
侮蔑の言葉にも、傷一つつかない
きっとそのおかげで、名月の口も軽くなっているのかもしれない。
「それで、その弦月ってのはどこにいるの?」
「悪いけど、知らねぇ。部隊が別なんで情報はないぜ」
「そうか……」
「まあ、代わりに面白いことを教えてやるよ。……東城
「――えっ!?」
今まで冷静に対応していた
緊張感を感じさせながらも、少しだけ震える声をだす。
「だ、誰?」
「解放軍の幹部たちだ。……どうだ、なかなか面白い話だろう?」
「……うん。面白い。もうちょっと教えてくれ。その幹部の名前は?」
「だーめだ。これはオレの最後の嫌がらせでもあるからな。おまえは、このモヤモヤを持ったまま火種をまき散らせ」
「ん? 火種って?」
「おまえだよ。おまえは完全に火種だ。おまえは確実に、この世界を面白くする! オレはそれが見られなくて残念だけど、期待しているぜ」
「ボクは
「その
「…………」
「……こんな風にな!」
名月の二重瞼も大きめの口も、グニュッと弓なりになる。
笑う……というより、まるで歪んだ顔。
「――はっ!!」
そこで、ミカはやっと反応する。
すっかり2人の会話の内容に意識をとられてしまっていたのだ。
おかけで反応が間にあわない。
「あばよ! ……【
慌てて空いていたヴァルクの左手を名月と
刹那、重々しいこもったような、ボンという爆発音が響く。
かるい……本当にかるい振動が機体に伝わる。
同時に、ビチャビチャと液体のついた柔らかい物体が、ヴァルクの表面に張りつく音がする。
「全モニター、オフ!」
コックピット内が急に暗くなる。
「主殿!」
ミカはとっさに立ちあがって
すると
「申し訳ございません、主殿! お怪我は……」
「……ないよ」
そう言って下を向いた
そして、肩口から首にも血がついてしまっている。
「大丈夫。これは、あいつの置き土産」
「…………」
ミカの案じる顔色に気がついたのか、
「申し訳ございません……」
ミカは自分の未熟さを恥じた。
あの時、会話の内容に気をとられていなければ、主に不快な思いをさせずに済んだのだ。
自分から言いだしたことなのに、この体たらく。
悔しくて涙がでそうになる。
「主殿。拙子のモニターだけ回復を。拙子は大丈夫故に……」
「…………」
そして、一呼吸してから命令する。
「サードコンパネ、モニターオン」
ミカの目の前のモニターに明かりが灯る。
さっそく、彼女は腕を動かす。
名月を握っていた掌は、思った通りの惨状だった。
血糊は仕方ないので、残っていた肉片だけ捨てていく。
そしてついでに、地面に転がっていた
「いちずさん……」
その声に戦闘中の緊迫感はなくなっている。
「
「ごめん。今回の件が片付いたら、全部説明する。それまで、お父さんの件は待ってもらえるかな」
「……ああ。わかった」
いちずはきっと、今すぐにでも事情を聞きたいことだろう。
しかしそれよりも、今は街のことが心配だ。
戦闘が始まってから何も言っていないが、双葉もきっと自分の両親の事が心配で仕方がないはずだ。
いちずもそのことをわかっているから、
ヴァルクは、街へ戻るため道を進み始めた。
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