Act.0068:世界を制した男や

 街に近づくと、道路のあちらこちらが窪んでいて、馬車はまともに走れなかった。

 砂利は蹴散らかされ、周囲の木々は倒れて道をふさぎ、まるで街に戻ることを拒んでいるかのようだった。


 やっとの思いで街にはいると、さらにひどい。

 多くのレムロイドが所かまわず歩き回ったせいで、整備されていた大通りも凸凹だった。

 今は馬車ではないが、馬だけでも走ることができないぐらいだ。


 建物も、ほとんど形が残っていなかった。

 解放軍の魔生機甲レムロイドに破壊されたか、もしくは燃やされたかのどちらかだ。

 咽せる煙が、苦みをともなった香りを鼻の奥までとどかせる。

 ほとんどは、木が焼けた匂いだが、時々それに異臭が混ざる。

 なんの匂いだかは考えない。

 何かが倒れていても、それを見ない。


 クエは、正面の小さな背中に顔をつける。


 転ばぬように、道を選びながら、ゆっくりと進む栗毛の馬。

 馬に乗ったのは、元の世界で幼いころに一度だけあるぐらいだった。

 もし、こちらの世界に来なければ、もう二度と乗らなかったかもしれない。

 そういえば、神守大隊長の後ろに乗った時も、そんなことを考えたな……と、関係ないことをなるべく考えながら、クエはウェイウェイの後ろから腰に手をまわして、ずっと馬に揺られていた。

 不安、恐怖、マイナスから逃げるため、本能的に関係のないことを考えてしまうのかもしれない。

 そうだ。これは逃げだ。逃げてはいけないと、クエは自分を奮えたたせる。

 自分に比べて、1つ下のウェイウェイのなんと堂々としたことか。


 裏切り者のキースをとらえてから、途中で二手に分かれた。

 ヤンは、捕らえた者たちを連れていかなければならない、神守大介の手伝いをすることになった。

 一方でウェイウェイは、合流場所に向かうクエの護衛についてきてくれたのだ。


 ヤンとウェイウェイ。

 この2人の兄妹に拾われたのは、本当に幸いだったと、クエは改めて思った。

 突然、飛ばされた知らない土地で、謎の魔生機甲レムロイドとともに呆然としていたクエを見つけた2人は、なんだかんだと世話を焼いてくれたのだ。

 この2人は、いわば命の恩人である。

 だから、できることなら、すぐにでもこの危険な土地を離れて帰ってほしかった。


 しかし、2人は自分のために、一緒にいてくれるという。

 2人のために描いた魔生機甲レムロイドは、大会の結果は別にして、最初からお礼のために渡すつもりだった。

 しかし、これではほかにも何かお礼をしないと割に合わないだろう。

 2人と別れる前に、何か考えておかなければなるまい。


 思考を遮る、バキバキという騒音が鳴り響く。


 離れた所で、いろいろな魔生機甲レムロイドが、復興作業に動き始めている。

 鎮火作業をしたり、建物の残骸をどかして道を作ったり……各工房のマークが入った魔生機甲レムロイドが、何台もでて活躍している。


 こんなに機体があったのなら、なぜ戦いにでてこなかったのかと、疑問をもつ街の人々もいたかもしれない。

 だが、それは仕方がないことだった。

 彼らは、対戦試合プグナで活躍する、優れたプロのパイロットたちだ。

 だからこそ、すぐにわかったのだろう。


 いとも簡単に警務隊の魔生機甲レムロイドを倒す敵に勝てるわけがないと。


 それに敵は、あの・・解放軍だ。

 解放軍には、いくつかの組織が存在するが、そのどれもがある程度のつながりを持っている。

 つまり、下手に逆らえば、そのすべての組織から狙われる立場になりかねないのだ。


 だから、戦うことをやめて、彼らはすぐに逃げる道を選んだ。

 それは誰にも責められない。

 むしろ、正しい判断だとクエには思えた。

 解放軍の怖ろしさをあらかじめ知っていたくせに、平気で戦いを挑んだ世代セダイの方がむしろおかしいのだ。


 クエは、煙ってよく見えない空を見る。


 少し赤く染まってきた空。

 この空の下で、楽しく生きていくならまだしも、今度は解放軍から逃げ回りながら生きていかなければならない。

 いったい、彼はどうするつもりなのだろうかと、これからのことが心配になる。


「クイーン。きっと、あれなのね」


 ウェイウェイが、明るい口調で話しかけてきた。

 若いながら傭兵業をやっているせいか、やはり彼女は周りの悲惨な風景に心を動かした様子もない。


 その明るい声に、少し救われた気分になりながらも、クエは彼女が指さす先を見た。

 確かに、対戦試合プグナの会場で見かけた女性のうち、3人が集まっていた。


 あの女性達と世代の関係は、まだよく聞いていなかった。

 知っているのは、世代の魔生機甲レムロイドのパイロットということだけだ。


 しかし、なんでよりによって女性ばかりなのだろうかと、ため息をついてしまう。

 あんなロボットバカに、良くも悪くも興味を持つのは、自分ぐらいだろう。

 絶対に彼は、女性にもてないタイプだ。

 クエは、そう思っていたのだ。


 それなのに、彼の周りには4人もの女性がいて、しかも全員がそろって美人だったり、かわいかったりしている。

 なにがどうなって、そうなったのやら……と思う反面、きっと世代セダイと彼女たちの間には、まだ何もないだろうとも思う。

 なにしろ、こっちの世界に来ても、世代セダイ世代セダイのままだったのだ。


(そやないと、うちがこまりますわ……)


 ウェイウェイに礼を言ってから、クエは馬をぴょんとおりた。

 そして、彼女たちに近づいていく。


 しかし、どうも様子がおかしい。

 彼女たちは全員、うつむき加減で力を落としているように見えた。

 凱旋してきたようには、とても思えない。

 まるで、お通夜のようだ。

 それに、肝心の世代セダイの姿が見えない。


「みなはん、無事でなにより」


 そう声をかけると、全員が視線を向けた。


 最初、こちらが誰だかわからないようだった。

 なにしろ一度しか会っていないのだから、それも仕方ないだろう。

 しかし、ワンテンポ置いてから、褐色の肌の女性が口を開いた。


「あ。あなたは、確かクイーン・クエ殿。主殿のご友人の……」


 クエは「主殿」という言葉に引っかかるが、とりあえず世代セダイのことだろうとうなずいた。


「この度は、ご助力いただき、誠にありがとうございます」


 褐色の彼女が頭をさげると、全員がそれに追従するように頭をさげてきた。


 クエは微笑んでから、自分の本名を名のり、さらに後ろにいたウェイウェイも紹介した。

 すると、3人の女性陣も、簡単に名前を教えてくれる。


「あんたはんが、ミカはん。それから、いちずはんに、双葉はんやね。ほんによろしゅうに。ところで、みなはん、暗い顔してどないしたん? ジェネはん……世代セダイはんは?」


世代セダイは、あっちの方に1人で。ちょっと乗り物酔いで気持ち悪くなったと」


 いちずと名のった黒髪の女性が、ある建物の後ろを指さした。


「……乗り物酔いねぇ」


「我々はその……主殿の操縦技術に、パイロットとして矜持を打ち砕かれていたところでございます」


 ミカと名のった褐色の女性は、そう言いながらも顔に掌をかぶせて下を向いた。

 すると、今度は双葉と名のったかわいらしい女性が、少し頬を膨らませながら話してくる。


「だってさ! ご主人様が、あんなにすごいなんて! 魔生機甲設計者レムロイドビルダーとしても優れてて、パイロットとしても凄腕なんて……なんて……かっこよすぎだよ! ずるい!」


 怒っているのか、惚気ているのかよくわからないし、「ご主人様」とはどういうことなのかも、クエにはわからない。

 が、要するに彼女たちは、世代セダイのパイロットとしての技術に驚いているということはわかった。

 だけど、それは仕方ないことなのだ。


 知り合ったヤンは、凄腕のパイロットだった。

 なにしろ、エリアチャンピオンというのになっているらしい。

 しかし、そのヤンと何度戦っても、クエは一度も負けたことがない。

 世代は、そのクエがただの一度も勝ったことがない相手なのだ。


「仕方あらしまへんですえ。ジェネ……世代セダイはんは、世界を制した男や」


「せ……世界!?」


 双葉、そして残りの2人も鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をする。


「そや。うちらの世界で絶対王者。彼のレムロイドに勝てる人はおまへん」


 もちろん、ゲームのレムロイドと、この世界の魔生機甲レムロイドは別物である。

 しかし、ほぼ同じように操縦できるし、感触もかなり近いのだ。

 ゲームのレムロイドのコックピットの臨場感や揺れ方も、非常に近いものがあった。


 ただ、それはゲーム機がよくできていたということなのだろうか。

 それとも……と、そこで思考をとめた。

 今はそれよりも、優先すべき事がある。


「ちょっと世代セダイはんの様子、見てきますさかい」


「あ、あたしも……」


 3人が動こうとするのをクエは、首をふってとめた。


「うちが見てくるさかい、あんはんたちはゆっくりしてなはれ」


 世代セダイは、きっとこの3人に見られたくないはずだ。

 直感的に、そう思ったクエは、1人で世代セダイの方に向かっていった。

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