Act.0056:うえぇぇぇ~~~ん!
「やられたよ。まさか、あんな手があるなんてな……」
試合終了後、その場で
コロシアムの真ん中で、いちずの前に立つ和真に悔しそうな顔色は見えない。
むしろ、どことなく力が抜けた、すっきりした顔をしていた。
そんな和真に、いちずは困惑してしまう。
いたたまれないように、合わせられない目線を地面に落とす。
「ん? どうした? 優勝候補たる俺に勝ったんだから、もっと嬉しそうにしろよ」
「……卑怯……ではなかったか?」
いちずは、和真の顔を見られず胸元当たりに視線を落とす。
勝つためとは言え、肉弾戦を行っている時に、あのような不意打ちはいかがなものかと思ってしまったのだ。
だが、和真は大袈裟に両肩を落としてまでため息を返してくる。
「ばぁ~~~か! あれも
和真の手が、いちずの頭に乗せられ、ポンポンと叩かれる。
手が離れ、いちずが顔をあげると、そこには微笑を見せる和真がいた。
「全力で戦うってのは、そういうもんだろう。むしろ、
「和真……」
「まあ、あんな当たりもしなさそうな、爪攻撃をされた時に、『なにかある』と思えなかった俺の落ち度だ。たぶん、俺はお前を……あの東城
いちずは思わず感心してしまう。
逃げないし、物事を真っ正面から受けとめる。
和真の態度は、まさに男らしかった。
自分がなぜ、この男の求婚に応じなかったのか不思議に感じるぐらいだ。
「ところで、あの土のゴーレムは、もしかして親父さんがデザインしたものじゃないのか?」
「ああ。よくわかったな」
和真が、肩をすくめて見せる。
「そりゃあな。昔から見ていたし。しかし、よりによって親父さんのゴーレムに止められるとはなぁ。まるで、親父さんに結婚を反対された気分だったぞ」
「あははは。父さんは、結婚に賛成みたいだったぞ。和真はいい男だと、しきりにほめていたしな」
「ちぇっ。親父さんが生きているうちに……もっと早いうちに決着をつけておくべきだったな」
少しだけ寂しそうな顔を見せた後、和真は右手を伸ばしてくる。
「…………」
その手をいちずは、しっかりと握った。
2人は、強く握手を交わす。
「友達であることは変わらないんだ。あいつの浮気性が困るなら相談しろ」
「ありがとう。でも、その心配をしたいぐらいだよ」
いちずは、苦笑してみせる。
「……幸せにな」
「ああ……」
涙がこぼれそうになるのを彼女は必死に抑える。
ここは、泣く場面ではない。
泣きたいのは、和真の方のはずだ。
和真が気持ちよく手を離せるよう、笑顔で別れなければならない。
そう思っていた矢先だった。
いきなり、和真が思いっきり手を引いた。
「――なっ!?」
バランスを崩しながら前のめりになる。
そのまま和真の背中側に回される。
とたん、大きな影がかぶさる。
轟音と共に、威嚇するように間近で着地する、見覚えのある3機の
風が吹き荒れ、勢いで倒れそうになるが、和真がしっかりと支えてくれた。
だが、異変はそれだけでは終わらなかった。
騎馬が数頭、走り寄ってくる。
運営者の魔法による放送で何か警告されるが聞き取れない。
「これは……何事なんです?」
和真が、冷静を装いながら危険な行為に怒りを見せる。
だが、相手が相手だ。
怒りにまかせることはできない。
3機の
青いボディは、他の
そして胸部には、日の丸の前に刀が2本クロスしたマーク。
馬に乗って現れた者達も、青いジャケットに同じマークをつけている。
それは、警務隊のマークだった。
「貴殿が【あずまや工房】の【東埜いちず】か!」
騎馬したまま警務隊の1人が呼びかける。
一瞬だけ躊躇うが、いちずは和真の前に身をだした。
「いかにも。わたしが、東埜いちずですが」
「ふむ。あずまや工房と、
「――なっ!?」
◆
「様子がおかしい。なぜ警務隊が?」
ミカがそう言った途端だった。
まるでそれに合わせたように、階段から多くの足音が響いてくる。
ミカたち3人がふりむくと、階段から次々と青い制服を着た者達が、腰に差した剣に手をかけながら現れた。
そして、あっという間に、3人を囲んでいた。
「これはどういう戯れか?」
「我々は警務隊である。貴殿らは、あずまや工房の関係者か?」
警務隊のリーダー格らしいものが、一歩前にでた。
それに対応するように、ミカも前にでる。
「いかにも」
「あずまや工房と東城
「なっ、なにをバカなことを! いったい、どういう理由で――」
「それについては、警務所で説明する。まずは、貴殿らの武器と
そこにミカを押しのけて、双葉が前にでる。
その幼さの残る顔は、眉がつりあがりいつもと違う迫力が増していた。
「冗談じゃないわ! あたしは大隊長・神守の娘、双葉よ! 父はどこなの!?」
「大隊長殿は、本任務から外されている!」
「――えっ!? パパが!?」
双葉はすぐに自分のせいで父親が外されているとすぐに気がつく。
だが、そんな罪に誰も覚えがない。
どうして、そんな大それた罪の嫌疑がかけられるのか、まったく意味がわからない。
「うえぇぇぇ~~~~ん!!」
突然、双葉の背後で鳴き声がした。
それは、フォーだった。
まるで、本当の子供のように泣きじゃくっている。
「お、おい。なんだ、あの子供は!?」
「……報告にはいない娘ですね」
警務隊の中でも予想外だったのか、少し慌てた声が聞こえた。
「わ、わたし……ひっく……ふ、双葉お姉ちゃんに……ひっくひっく……いい場所で見学できるよって……言われて……」
いつものフォーと、まったく違っていた。
あまりの違いについていけず、双葉とミカは固まってしまう。
「うぇ~~~ん……ひっく、ひっく……わ、わたし、
そこまでして、ミカがやっと反応した。
「そうなのだ。この娘は近所の子で関係ない。見学したいというので、同席させたに過ぎぬ。このとおり、まだ子供。彼女は、このまま帰してはもらえぬだろうか」
「むむ……。まあ、よかろう。子供は関係あるまい。貴様は、帰ってよい!」
「うえぇぇぇ~~~ん! あ、ありがとうごじゃいましゅ~~~」
フォーはそう言いながら、怖がっているそぶりで早々に階段を降りていく。
(……主殿を頼んだぞ、フォー!)
その姿にミカは感心しながらも、彼女に一縷の望みをかけるのだった。
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