Act.0057:ボクはロボットを愛している!

 クエと共に観客席のある建物を出て、世代セダイはその外壁に寄りかかった。


 太陽は、少し雲に隠れている。

 それほど、陽射しは強くない。

 人通りも隅の方だから少ない。

 ここでなら、しばらく話しても問題はないだろう。


 そう思い、世代セダイは一呼吸する。


(あ~ぁ……)


 こんな事が起こることを想定していなかったわけではなかった。

 でも、起きては欲しくないと思っていた。

 しかし、クエが現れたことで、もう惚けるのも無理だ。

 つい、冗談めかして流そうと思ったけど、そんな簡単に逃げられる話ではないのだ。


「うーんと……」


 かるく頭を掻いてから、世代セダイは少し唸った。

 しばらく悩んで、質問を決めた。


「ボクから質問していい?」


「どうぞ」


「まず、どうしてボクがここにいることを知ったの?」


「うちが世話になっとるお人が、長門せんせからおせてもろたん」


「長門から? ボク、長門に異世界の話はしていないけど……」


「『ロボット』ちゅう単語で、気ぃつかれたらしいわ。うちが世話になっとるお人が、長門せんせに前、ウチの話をしたんやて。うちも魔生機甲レムロイドをロボットって言うとったさかい」


「……ふーん。なんか引っかかるけど」


 だが、何が引っかかっているのか、世代セダイにはわからない。


「まあいいや。クイーンがこっちに来たのは、いつ頃?」


「たぶん、ジェネはんの3~4日後や」


 聞かれることはわかっていたように、クエがすぐさま回答した。


 その回答に、世代セダイは少し残念そうな顔をする。

 彼としては、あまり知りたいことではなかったが、この状態になれば続きを聞くしかなかった。


「じゃあ、わかっちゃうのかな。……ぶっちゃけ、ボクは行方不明・・・・なの? それとも意識喪失状態・・・・・・?」


「……やはり、気がついておましたか」


 クエが目を瞑ったまま、静かに答える。


「どちらも正解で、どちらも不正解ですえ」


「どういうこと?」


「公式には、行方不明。噂やけど、意識喪失でどこぞん施設で隔離。……正直、真実はわからへん」


「あはは。なんというか、都市伝説通りなんだね……。トラン・トランかぁ。まさか本当にあるなんてね」


 最初にネットでその情報を見た時は、笑い飛ばしたものだった。

 あまりにも荒唐無稽だったからだ。

 だが、多くの情報が飛び交い、そして行方不明者が出ていたことも事実だ。


 そして今、この身に起きている。


「うちかて驚きや。……【トランス・トランスフォーメーション】、または【トランス・トランスファー】。極度な精神集中により、変性意識状態による表層意識の消失が起き、そっから解放された意識=心が、集合的無意識世界に転換転送される現象」


「別の説だと、脱魂トランス状態になった魂が別の世界に移動するというのもあるけどね。後は、神さまの悪戯とかね」


「非科学的やなぁ」


「どれもだよ」


「……そやなぁ」


 2人とも力なく笑う。


 ネットで得た情報を自分たちで口にしながらも、まったく実感などない。

 まるで、漫画の中の話でもしている気分だった。


「クイーンもアドバンスドスーパーエクストラハードをクリアしたの?」


「そうや。クリアしたわ。そん途端、現実化したレムロイドと共に、こっちゃん世界に飛ばされとった。ジェネはんも?」


「うん。同じ」


「極度な精神集中……条件クリアやね」


 まるで答えあわせをする度に、2人は追いつめられていく気分になる。


「ねえ、クイーン。この世界は、ゲームの廃案設定って気がついた?」


「あたりまえや。……こん世界、85%が魔生機甲レムロイドを最初に開発しはった日本王国に支配されとるんですえ。おかしゅうてたまりまへんわ」


「らしいね。この前、聞いた。それを覆したい解放軍とかいうのもいて、未だに戦いの火種はあちこちにあるらしいと」


「それも廃案設定にあったんですえ。ただ、解放軍じゃなく、革命軍でしたけど。こん世界、再現をよほどつよー願っとった人がいたんやねぇ……。2人とも、BMRSという共通項から、そん強い意志に引っぱられたちゅうことやね?」


「…………」


 もう結論は出ているのかもしれない。

 2人とも、はっきりと口に出さないけどわかっていた。


 めちゃくちゃな世界観……。

 ラノベでよくある異世界転移では説明がつかない。


 一緒にこの世界に現れたレムロイド……。

 魂が別世界に飛んだだけでも説明がつかない。


(神さまの悪戯が、一番いいんだけど、転移する時にお約束の神さまの説明はなかったしなぁ……)


 だが、世代セダイは認めたくない。

 認めたくないのは、自分の現状ではない。

 この世界の有り様を認めたくないのだ。


「もし……」


 物憂げにうつむきながら、クエが口を開いた。


「もし、こん世界、集合的無意識が生んだ概念世界やったら、物理並行世界のひとつやなく……。要は、こん世界におる――」


「――ボクはロボットを愛している!」


「――ふあっ!?」


 唐突に脈絡のない告白を拳を握りしめて力説した世代セダイに、クエは鳩が豆鉄砲を食ったように目をパチクリとさせる。

 世代セダイが何を言っているのか理解できないのだろう。

 彼女は、数秒経ってからやっと口を動かす。


「なんやねんの、あんたはん!?」


「ボクはロボットを愛しているんだよ! 愛すれば、ロボットに魂が生まれ、その心を感じられると信じている変態なんだ!」


「……そ、そやから、なんやの?」


「そんな風に、生き物ではないロボットに、心を感じようとしていることにくらべたらさ、この世界の人たちの心の方が、よっぽど感じられると思わないか? ここにいる人たちに、魂があると思えないか?」


「…………」


 クエがしばらく驚いた顔を見せる。

 しかし、その後にゆっくり、ゆっくりと表情を緩めていく。

 まるで雪解けして現れる花のように、表情に明るさが宿っていく。


「誰かが言うとりました。『認識しはることで存在が生まれる』と。うちらが感じるかぎり、そこに心はおす……」


「うん。……クイーンは、この世界どう?」


「そうやね。けっこうええと思うとるわ。……でも、うちは戻りたいですえ」


「あ。帰りたいの?」


「あたりまえや。ジェネはんは、帰りとうないんです? ご両親、恋しゅうないんですえ?」


「うーん……」


「ご両親と仲ようなかったん?」


「そんなことはないよ。普通だとは思う。ただね、両親よりロボットのがね……」


「ちょ、ちょい!?」


「ああ。両親が、搭乗型ロボットだったら、こんなに悩まないのに……」


「ちょい、待ちなはれ! あんたはん、何言うとりますの!?」


 世代セダイがクエに、ツッコミを入れられた直後だった。


「――おい、いたぞ!」


 少し離れた場所から、青いジャケットを身につけた男達が、こちらに向けて走ってくる。


 何だろうと思っていると、あっという間に世代セダイとクエを取り囲んだ。


「ジェ、ジェネはん、警務隊や。なにしたん?」


「知らないよ……」


 迫られた2人が身を寄せる。


「おい、貴様! 貴様が【東城世代セダイ】か!?」


 警務隊の1人に詰問されるが、世代セダイはとっさに思考を巡らす。


「いえ。違います。ボクはジェネですが」


「嘘つけ! 貴様の服装、報告があった魔生機甲設計者レムロイドビルダーの服装ではないか!」


魔生機甲設計者レムロイドビルダー? この若造のボクがですか?」


「……むっ!? そう言えば、凄腕の魔生機甲設計者レムロイドビルダーにしては、いくらなんでも若すぎるな……」


 世代セダイは賭けてみたのだが、どうやら当たりだった。

 向こうは、正確な情報をとらえていないのだ。


「そういえば、娘。おまえ、こいつを『ジェネ』と呼んでいたが……」


「は、はぁ……。呼んどりましたが、それがなにか?」


「こいつは、東城世代セダイではなく、ジェネというのか?」


「……確かに、ジェネはんでおます」


 上手い言いまわしだった。

 彼女は嘘を言っていない。


「ああっ! そう言えば、僕と似たような服装だったから気になっていた人、『東城』とか呼ばれてたなぁ」


「なにぃ!? どんな奴だった!?」


 まったく嘯いた様子もない世代セダイの言葉に、相手は簡単に釣れてくれた。

 世代セダイは内心でニヤリと笑う。


「すごく大柄で、髭を生やした怖そうな感じの人でしたよ。5番観客席の方に歩いて行っていましたが……」


「むっ! それだ! 協力感謝する!」


 いとも簡単だった。

 彼らの中にあった「魔生機甲設計者レムロイドビルダーが若いわけがない」という固定観念が見事に働き、世代セダイの言うことをまったく疑わなかったのだ。


 警務隊が離れた後、クエが呆れた顔で首をふる。


「ジェネはん、へーきな顔で、うそぶきますなぁ。良心の呵責ってありまへんですの?」


「興味のない人間から、どう思われようが気にならないので。……それよりも、なんかヤバいことが起きたみたいだなぁ」


「――その通りね、マスター。想定外ね」


 どこに隠れていたのか、いきなり背後から声がした。

 ふりかえれば、はたして銀髪の少女が立っていた。


「フォー?」


「敵の動きが思ったよりも早かったね。しかも、いやらしい手を使ってきた。想定外ね」


「どうしたんだ?」


「移動しながら話すね。まずは工房に魔生機甲設計書ビルモアを取りに戻るね!」

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