Act.0050:普通のかわいい女の子でしょ
蒸し暑さを感じて、フォーは目を開けた。
肩甲骨まで届く銀の髪を絡まないように上半身を起こし、ベッドに腰かけてしばしの間、ぼーっとする。
ふとクリーム色の飾り気のないネグリジェが、しっとりと湿って冷たくなっていることに気がつく。
額にも、汗が滲んでいる。
このままでは風邪をひくかもしれない。
しかたなく彼女は立ちあがり、椅子の背もたれにかけてあったタオルで、まずは汗を拭いた。
(嫌な夢を見たわけでもないのに目が覚めた……。想定外ね)
まだ、日の頭がでたばかりのようだ。
いつも、夜中や早朝に眼を覚ます原因は、
しかし、今日は夢を見るどころか、妙に心安らかに寝てしまった気がする。
(油断……しているわけではないね)
情報収集は情報屋から毎日のように行っているが、解放軍【
というより、どうやらすでにこちらに興味をなくしたように、大きな動きがなく大人しいらしい。
だからこそ、不気味だった。
フォーとしては、また
その時には詫びとして、命がけで守るつもりでいる。
ただし、詫びと言っても 「盗んだこと」に対する詫びではない。
解放軍のアジトに侵入した時に、知ってしまったのだ。
すでに、あの
解放軍などといっているが、奴らはテロリストだ。
そのテロリストに自分のデザインした
だからと言って、フォーにテロリストたちの企みを止める方法などない。
優れた魔法技術で盗みを働く怪盗などと呼ばれても、所詮はただの盗人なのだ。
軍とやりあっているようなテロリストとまともに戦えるはずがない。
(できることだけやる。想定内ね)
彼女はタオルで首筋まで拭いたが、ふと腕の臭いを嗅いでみる。
汗臭さがやはりとれない。
(確か湯が張ってあると言っていたね……)
お人好しの
彼女にしてみれば、本当に
ひょろっとした軟弱そうな若造のくせに、たまに肝が据わったところを見せる。
特に
あれほど変態的な
しかし、人間より
(天才的な
彼女はタオルも出すと、そのまま風呂場に向かう。
ここの風呂場は、4~5人ほど入れるサイズがある大きな物だった。
工房の風呂は、そういう所が多い。
それは、
この【あずまや工房】にも、昔は離れの建物があり、最盛期には5人ほどの技師が住みこみで働いていたらしい。
今は住みこみ技師もいなくなり、その離れの建物も老朽化して処分されてしまったと聞いている。
しかし、本棟にある風呂は、その名残で大きいままであった。
(おや?)
脱衣所に行くと、先客がいるようだった。
丸めた衣服を見ると、どう見ても男性物。
そしてこんな早朝に風呂に入るのは、徹夜で
(ふむ……後にするね)
フォーはそのまま戻ろうとするが、ふと思いとどまる。
――女性がというより、人間にあまり興味がないんですよね。
昨夜の
確かに
その気になれば、いつでも喜んで相手をしてくれる美女がいるというのに、彼はそんなことよりもと
しかし、もしかしたら、単に好みが違うだけなのかもしれない。
中には、幼い身体が好きだという変態もいる。
それを隠しているだけかもしれない。
もしかしたら自分の体を見せれば、反応があるかもしれない。
もちろん、普通の少女ならこんな危険なことは考えないだろう。
だが見た目は別として、彼女の中身は決して少女ではない。
それにいざとなれば、魔法を使うことだってできる。
(1回ぐらい相手をして、詫び代わりもありね……)
彼女は銀髪をきれにい巻き上げてタオルでくるみ、一糸まとわぬ姿で浴室の木戸を開けた。
「じゃまするね」
はたして、湯船には
頭を後ろに倒して風呂枠を枕にして瞑想するように目を瞑っている。
あまり風呂場は湯煙が立っていなかった。
これならば、フォーの真っ白に透けた肌の隅々まで見えてしまうだろう。
「…………」
しばらくすると、
「どうぞー。……あ。ボク、でた方がいい?」
「……別にかまわないね」
「あ、そう」
それだけ言うと、また元の姿勢に戻ってしまう。
「…………」
そのままフォーが洗い場に行くが、
(これは……本物ね)
普通の男子なら、大慌てしそうなものだが、まったく気にとめた様子もない。
(……変な奴。想定外ね)
フォーは体を洗い、洗髪も済ますと、また髪を巻きあげて湯船に入る。
「あ。風呂、ぬるめだけど温めた方がいい?」
「これでいいね」
確かに
だからこそ、
「……話しかけてもいいか」
「ん? どうぞ~」
目を瞑ったまま答える
「マスター、女性の裸を見ても興味を持たないのか?」
「……うーん。正確には違うかなぁ」
「違うのか?」
「たとえば、フォーちゃんの今の姿を見て興奮するかと言えば、するんだけど……」
「えっ!?」
そう言われて、珍しくフォーは恥ずかしくなる。
自然に胸元に手を当ててしまう。
「でもね、ボクの頭の中は24時間365日、ロボ……
「……そこまでなのか。想定外ね」
「ボクの脳内は、89%が
「その極端な割合も想定外ね」
確かに、今の
どこまでも自然体で、フォーは逆に自分の疑問の方がおかしいのではないかとさえ感じるほどだった。
「女性に興味がない……いや。人間に興味がないと言ってたね。なら、人間ではないものに、興味はあるのか?」
「人間ではないもの?」
「……あっ。いや……」
フォーは、自分で口走った事に驚いてしまう。
こんなこと、誰にも話したことがないのに、いきなり何を言う気なのだと自問する。
「フォーは、人間ではないね」
だが、自答する前に、口が勝手に動く。
いったいなぜ?
自分にとって最も秘密にしておきたいことを自ら口にしているのか?
なにを期待しているのか?
「人間じゃない? ロボット……いや、アンドロイド?」
さすがの
その視線をフォーは恐れてしまい、背中を向ける。
これから話すことで、その視線がどう変わるのか知りたいくせに、一方で逃げたくなるほど怖いのだ。
「ロボット、アンドロイド……それ知らないね。ただ、基本は
「兵器……戦闘用アンドロイドということか?」
「フォーは、大量の魔力を持ち、魔法をより効率的に使えるように作られたね。だから、普通の親もいない。年齢的には25~30才ぐらいだが、体もこれ以上成長しないね」
「…………」
「フォーは、人間ではない。……どうね? 人間に興味ないマスター、フォーには興味を持てるか?」
そこまで言って、やっと自分で気がついた。
彼女は、自分を認めて欲しいのだ。
成長せず、莫大な魔力量を誇るフォーは、今までも気持ち悪い、化け物と言われてきた。
その利用価値を見いだした心ない者達に、道具としても利用されてきた。
だから、自分を隠した。
だから、生きるために裏家業に身を落とした。
だから、ずっと寂しかった。
だが、目の前のこの男の子なら、人間に興味がないと言い切れる、この変態趣味の男の子なら、ありのままの自分を受け入れてくれるかもしれない。
そう無意識に思ってしまい、自分の秘密を暴露してしまったのだ。
――ピチャン……
湯船に、どこからか滴が落ちた。
その音が、やたらと響く。
気がつけば、両者とも無言だった。
静かにフォーは続く言葉を待とうとするが、怖さに耐えられなくなってしまう。
(……バカなことを口にした。想定外ね)
我ながら愚かなことをしたと、後悔に苛まされる。
恥辱で顔を上げられなくなり、そのまま彼女は風呂を出ようとした。
「――質問!」
その直前に、いきなり
「……な、なにね?」
その唐突な質問に恥辱も忘れ、フォーはふりむく。
すると、そこでは
「まず、フォーちゃんの体は、機械の体なの?」
「機械……そう見えるか?」
フォーは、湯船から立って
「からくり類が入っているわけではないね」
「なら、成長はできないけど進化システムが組み込まれていたり、
「???? ……なんのことね? 想定外ね?」
意味不明のことを言われて、フォーは混乱してしまう。
「フォーの肉体は、ホムンクルス技術から生まれている。基本的に肉体はあるね」
フォーはあくまで魔力により人造された人間だ。
それをもう少し説明しようとすると、まるでそれを拒むように
「……なーんだ。なら興味ないよ」
「――!」
フォーは、サーッと血の気がひいた。
やはりバカなことを言ってしまったのだ。
結局、自分を受け入れてくれるような人間はいないのだから……。
「だって、フォーちゃん、ただの人間じゃん」
「……え?」
「だって、機械類が入ってないなら、ロボットとかアンドロイドじゃないし。なんか生体コンピューターとかで、
「…………」
「体が成長できないかもしれないし、魔力は多いかもしれないけど、要するに普通のかわいい女の子でしょ」
「普通の、か、かわいい……えっ? えっ? えっ?」
「普通」「かわいい」という
今まで言われてきた「異常」「気持ち悪い」の真逆のような言葉だ。
(そんな風に見られている……)
フォーはふと自分の体を見てしまう。
突如、裸体を晒していることが、とんでもなく恥ずかしいことに感じてしまう。
彼女は、その自分でもよくわからない心境の変化に翻弄されながらも、体を抱きかかえるようにして湯船に沈みこむ。
「ん? どうしたの?」
「あっ、いや……。その……フォーは、普通の女の子か?」
「ふつー、ふつー。普通の人間すぎだよ。そんなのいちずさんたちと、なんら変わらないもん」
「かわらない……」
「うん。普通の人間すぎて、つまらないから興味は持てないよ。せめてサポートアンドロイドぐらいになってから出直してきて」
「??? なんのことね?」
「あ。でも、
突然、今までと違った視線で、
今までの力の抜けた感じと全く違う明眸がギラギラとしはじめる。
気のせいか、
その熱い視線で、フォーの体まで熱くなる。
「……うん! よし、変更しておこう!」
突然、
そしてフォーが声をかける隙もないほどすばやく、そのまま風呂を出ていってしまう。
「…………」
1人残ったフォーは、半パニック状態だ。
だが、それでも、ひとつだけ確実にわかったことがある。
(……そうか。彼から見ると、フォーも普通の女の子か。想定外ね)
風呂の所為なのか、
普段のクールな顔つきからは考えられないほど、フォーの灰色の瞳が弓なりとなり、頬が緩んで戻らなくなっていた。
こんなに救われた気持ちになったのは、初めてだったのである。
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