Act.0028:じっくり裸を見せて
夕方近くになって、双葉がやってきた。
本当に大きなバッグに、着替え類だけしか持ってきていなかった。
彼女はかなりオシャレで、多くの服を持っていたが、自分の荷物のほとんどを整理してきたというのである。
また、整理したのは、荷物だけではなかった。
自分に言い寄ってきていた男性数名に、引導を渡してきたというのだ。
「本気で好きな人ができて、その人と結婚するつもりだからと言ってきた」
本当に、すっぱりと断ってきたらしい。
もちろん、好きな相手とは誰なのかとか、何をしている奴なのかとか、いろいろと問いつめられたが、双葉は「そのうち」とだけ答えてきたという。
「まだ、婚約してもいないからね! まあ、絶対にしてもらうけど!」
彼女はどこまでも前向きで、思っていることに正直な人間だった。
いちずは、たまに双葉のそういう所に憧れてしまう。
いちずの方が言葉遣いは男っぽいが、双葉の方が心意気では男っぽい。
「バカね、いちず。なんで言わないのよ」
だからなのか、いちずはよく双葉から説教される。
今もダイニングテーブルでお茶を片手に、呆れるような双葉の声に問いつめられる。
「試合に関係なく、あんただって、本当は自分用の
「うん……」
力なくうなずくいちずに、双葉が大きなため息をつく。
「ご主人様は頼んでも、別に嫌がらないと思うよ?」
「……そうだとは思うのだが、世話になっているのに、私のわがままを言うのも」
「いちずだって、食事の世話したりしてあげてるんでしょう?」
「いや、だがな。彼の稼ぎに釣り合うような世話はさすがに……」
「なら、いっそうのこと、いちずもご主人様に身も心も捧げてしまえば?」
「――なっ!?」
「だって、それに釣り合うものを返せてないんでしょ?」
「いや。しかしだな、人の心というのはだな……」
「気に入っているくせに」
「――はうっ!」
双葉の言葉で、いちずは心臓がバクンッと大きくはねるのを感じる。
「いちず、ああいうタイプ好きでしょう? 見た目は普通だけど、脇目もふらず、仕事に一心不乱に打ちこむタイプ。ああいうの見ていると、陰ながら支えたくなっちゃうんでしょう? あなたのお父さんも、そういうタイプだったしね」
「…………」
いちずは自分でも紅潮していることに気がつく。
「なにげに、いちずって尽くす系だよね。まあ、才能がない相手だと目も当てられないけど、
「…………」
いちずは黙してしまう。
彼を支えることで彼が生みだす、すばらしい
双葉に言われるまでもなく、そのポジションで彼女は心に充実感を感じていた。
そしてその充実感は、確実に
「
「――い、いやっ! その……」
「認めるなら、早めの方が良いよ。じゃないと、和真が可哀想だ……」
「うっ……」
いちずは、双葉と同じ幼なじみの名前を挙げられ、また息を呑んでしまう。
脳裏に、幼い頃から一緒にヤンチャした顔が浮かび、それが今の立派な青年になった顔にオーバーラップする。
世代とはタイプが違うワイルド系で、少し焼けた肌、太い眉毛、男らしい体つきで、この辺りでは人気度の高い好青年の和真。
「和真から、未だに求婚されているんでしょう?」
「……ああ」
和真は双葉と同じタイプで、思ったことに割と素直に行動する。
そのため態度はわかりやすく、周りにも和真がいちずに懸想していることは丸わかりだった。
周囲からは「お似合いのカップルだ」と思われているらしく、いちずとしては困っていた。
「もう、何度も断ってはいるのだがな……」
「和真はいい奴だし、明るいし、かっこもいいし、パイロットとしての腕も見込みある。いい物件だと思うけどね」
「物件って、おまえな……」
「わかってる。いちずって線が細いタイプというか、コツコツタイプというか……要は地味なのとか好きだよね。ファザコンの気があるし」
「そ、そういうわけではないぞ。ただ、あいつと結婚すると考えた時、どうしてもイメージがわかなくてな。あいつとは、友達やライバルのイメージの方がわきやすいのだ」
「でも、向こうはまだあきらめてないよ。男と一緒に住んでいると知ったら……」
「だから、双葉たちが一緒に住むことを認めたんだろが。お前が、2人きりだとまずいと言うから……」
「あははは。あたしとミカは、和真に感謝しなきゃね!」
これが、双葉とミカの居候を許した一番の理由だった。
あくまで
それには、双葉やミカという押しかけ女房がいれば、和真にも言い訳が立つと双葉にそそのかされたのだ。
いちずが
「というか、お前はいいのか」
「ん? なにが?」
「朏さんも、よくわからないが
いちずの心配事を一瞬、考えてから双葉は「なーんだ」と笑い飛ばす。
「あたしは、あのママの影響かな。うちのママって、知っての通り現実的というか、なんというか。……まあ、要するに当人同士に愛情があって、夫に養う力もあるなら、一夫多妻でも問題なしなんだよね。その点の考え方は、あたしも同じ」
「そ、そう言えば、そんなことを前にも言っていたな。あれは本気だったのか」
「もち。経済的には問題なさそうだし、【東城
「そうだな……」
そこに、ドアが開く音が聞こえた。
「……あれ? 双葉、また来ているの? 暇人?」
出てきた途端、
「ちょっとご主人様! 暇人ってどーいうことよ! あたし、今日からここに住むんだよ! 聞いてないの!?」
「聞いてないよ。……ってか、なんでご主人様って呼ぶの?」
「だって、あたしの体は世代のものになったんだから、いわば奴隷でしょ。だから、世代はご主人様じゃない!」
「あ、そういうことなんだ。じゃあ、双葉はボクの言うことをなんでも聞くの?」
「も、もちろんよ……」
予想外の質問だったのか、双葉が顔をちょっとひきつらせる。
「ふーん。なら、たとえば『じっくり裸を見せて』と言ったら見せてくれるの?」
「――なっ!? ……も、もちろんよ!」
一瞬で顔を赤く染めながらも、双葉は強く言い放った。
対して、
「……そうか。クラスの男子が知ったらうらやましがるだろうなぁ」
「クラス?」
「……いいや。なんでもない。そんなことより――」
「――そんなこと!? あたしの裸の話がそんなことなの!? 見たくないの!? あたしの裸が見られるなら、死んでもいいっていう人もいるぐらいなのよ!」
「どうせ見るなら、
「あ、あたしの体より、カットゥの体のがいいっていうの!?」
「うん」
「――ひどっ!」
いちずは、「どこかで聞いたような会話だな」と苦笑しながら、手ぶりで世代にもお茶を勧めながら話しかける。
「ちょうど良かった。私からも
「あ。そうなの?」
いじける双葉を放置して、二人は話し始める。
「えーっとだな……。つ、つまり、勝手なお願いで悪いのだが……。や、やはり、私にも
いちずは席に着いた世代にお茶をだしながら、気まずそうに少し上目づかいで様子をうかがう。
だが、
「それはもちろん、いいんだけど。もう次の機体、描いちゃったよ」
「……え?」
彼は片手に持っていた
「自由に描いて良いと言われたから、初めての試みで法術戦中心タイプを描いてみたんだけど、これはどうかな」
「すまん。私は剣術メインの近接のが得意で……」
いちずは、がっくりと肩を落とした。
「そうか。まあ、また描くから。ただ、近接と言っても、前の2機も気にいってもらえなかったみたいだし、ボクはいちずさんがどんな
「す、すまない……」
「ううん。相性だと思うんだ。……というか、考えてみたら今まで『誰かのために』と、ロボットをデザインすることなんてなかったんで、どうすればいいのかよくわからないんだよ」
「
「それに、ボクは根本的に『すべてのロボットは、ボクのためにある』と思っているし」
「
その思考では、確かに「誰かのために」デザインするのは無理だろうと納得する、いちずであった。
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