第三章:ミカ

Act.0021:なるほど……

「行くよ、カットゥ!」


 白銀の猫のような肢体は、体を曲げると大地を一気に蹴った。

 その瞬間、足首の横からホバーリングの風が爆発的に噴きだし、さらに加速を速める。

 ギュインともちあがるカットゥの右腕。

 その指につけられた猫のような爪。

 伸びる。


――バキッ!


 小気味の良い音を立てて、双葉の操る【ジルヴァラ・カットゥ】と、対戦相手の魔生機甲レムロイドがすれ違う。

 狙い通り、カットゥの爪は相手の左腕を引き裂いた。

 細くとも鋭い切れ味を誇る爪は、入射角さえ誤らなければ簡単に折れることはない。

 スピード勝負。

 対戦相手の武者鎧を思わすような魔生機甲レムロイドは、双葉から見たら棒立ち状態に近い。

 今も、かろうじてぶら下がっている左腕を下に垂らしたまま、なにもできないようにピクリとも動かない。


「防御とらないなら、もうイッチョ……あれ?」


 コックピットの中で双葉は、目をパチクリとさせる。

 モニターに映っているのは、武者鎧の魔生機甲レムロイドから飛ばされた降参宣言の信号弾だ。

 それはまるで天に昇る白い蛇のように、煙の尾を引きながら、ひゅ~っと音を出して中空にオレンジの光を放ったのだ。


 その対戦の決着は、なんと開始から10秒ほど。

 双葉にとっても、最短記録だ。

 拍子抜けになりながらも、双葉は魔生機甲レムロイド格納ストレージ・インして地面に降り立った。


 【ジルヴァラ・カットゥ】を使った初の小さなトーナメント大会参加。

 しかも、女性部門限定のトーナメント。

 その決勝の相手は、0勝32敗のライバルだった。


 ライバル……そう思っているのは、自分だけだろう。もちろん、双葉はそのことを理解していた。

 なにしろ、双葉がレベル15に対して、相手は24だ。

 だが、双葉にしてみれば、彼女はライバルだった。

 この付近で圧倒的な強さを見せる彼女に、双葉は憧れをもっていたのだ。

 いつか、その憧れの相手を倒して追い抜きたい。

 そう思っていたのだが、それは思っていたよりも早く叶えられてしまった。


(こりゃ、ビックリだわ……)


 そのライバルも、魔生機甲レムロイドから降りて地面に降り立っていた。

 金髪のポニーテールに、青を基調にしたタイトなボディスーツ。

 そのスレンダーなスタイルは、立ち振る舞いからりりしさを感じる。

 いつもはその雰囲気に呑まれてしまう双葉だったが、今日は違っていた。


「ミカ。ちょっと、降参が早すぎでしょ!」


「冗談ではない。前の2戦を見ていても感じたが、実際に立ちあっても、やはり勝算がまったく見えぬ。そのような状態で無駄に魔生機甲レムロイドを傷つけたくない」


 凜とした口調に、背筋のピンと伸びた姿勢の彼女は、やはりかっこが良い。

 この雰囲気さえも、双葉の憧れの対象だった。

 だが、今日。

 ミカはただの憧れの対象ではなく、本当の意味でライバルになれたのではないか。

 そう考えれば、嬉しくないはずがない。

 どうしても双葉は、口元が緩んでしまうのを止められなかった。


「まったく。レベル15の当時ならまだしも、24になってから負けるとはな」


「ふふふ。カットゥとあたしの相性はバッチリなんだもん! それにカットゥはレベル25だからね」


「ああ。そうだったな。……ところで、やはり教えてもらえぬのか」


 彼女が、少し前か屈みになって顔を双葉に近づける。


「その魔生機甲レムロイド魔生機甲設計者レムロイドビルダーのことを……」


「ごめんね、ミカ。まだ約束で話せないんだ」


「……そうか。しかし、周りはそれを許してはくれぬと思うぞ」


「だよねぇ~」


 2人はまだ、対戦者以外は入れないバトルフィールド内にいた。

 だから、誰も近くには寄ってこられないでいる。

 しかし、その出口のところには、多くの人間が集まっていた。

 他のパイロット、魔生機甲設計者レムロイドビルダー、そしてニュースのために集まった記者達。

 それはもうひしめきあい、少し殺気立ってさえいる。


 もちろん、全員の興味は、今までとまったく違うデザインを持ち、レベル15のパイロットが操縦して優勝できてしまうレベル25の性能を持つ、魔生機甲レムロイド【ジルヴァラ・カットゥ】と、その製作者についてだ。


「こりゃ、逃げるの大変そうだ……。まあ、カットゥで回り道して逃げればまけるでしょ。今までは連敗して弱っちぃかった、山2つ越えたむこうの街のあたしのことなんて、どうせ情報ないだろうしね」


「なるほど……」


「賞金だけもらって、さっさとママを拾って帰ろうっと」


「なんだ、親が来ているのか?」


「うん。カットゥを見たかったんだって。パパも来たかったらしいんだけど、さすがに仕事を抜けられないらしくて」


「お父上は、お忙しいのか?」


「まあ、警務隊の大隊長とかやっているとねぇ~」


「なるほど……」


「さてと。……またね、ミカ」


「ああ、またな」


 双葉は、すぐさまそこから走り去る。


「なるほど……。山2つ……四阿か。四阿警務隊・大隊長の神守……ということだな」


 一人残ったミカは、口角をクイッとあげて行動を開始した。

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