Act.0020:あたしのご主人様……かな?

「確かに……確かにこれはすごい魔生機甲レムロイドだ……。今まで、見たことがない。本当に動くのか?」


 顎髭がチャームポイントだという父親は、それを撫でながら低く唸っていた。

 角張った頬を片方だけ、かるくつりあげている。

 その表情から、疑っていることは明らかだった。

 自宅でダイニングテーブルをはさみ、正面に座っていた双葉は、そんな父親に力強く事実を訴える。


「もち! 活性化アクティベーションも問題ないどころか、私が普通にコントロールできたんだよ!」


「レベル25の機体を双葉が……それは喜ばしいが。こいつは、おれの想像を超えていて怖さを感じるぐらいだ。こんなもの量産されたら、歴史が変わるぞ」


 冷や汗さえ見せながら、双葉が渡した魔生機甲設計書ビルモアを1ページずつじっくりとめくる父。

 そんな父が、胡散臭く思いながらも魔生機甲設計書ビルモアを見て興奮していることを双葉は感じていた。

 父――四阿警務隊・大隊長【神守かみもり 大介】――は、やはり魔生機甲レムロイドのパイロット。

 優れた魔生機甲レムロイドを見て興味を持たないはずがない。


(パパにもやっぱり驚かれた。さすがだよ、世代セダイ!)


 そして双葉は、それを書いた世代セダイのことを不思議と自分のことのように誇りに感じていた。


「確かにすごいわね……」


 その父親の背後から、茶色い髪をたらしながら、一緒になって覗きこんでいる母――【神守かみもり さくら】――も感嘆する。

 短期間とは言え、元魔生機甲設計者レムロイドビルダーの桜にしてみれば、大介以上にそのすごさを感じているのかもしれない。


「正直、こんなのコピーする自信さえないわ。現物を見てイメージを固めたとしても複雑すぎて……」


「でしょ、でしょ、でしょ! 誰もまだ持っていない、こんなすごいのを手に入れられるチャンスなの! お願い、パパ、ママ。あたし、すべてをなげうっても、これが欲しいの! 協力して!」


「うむ……。おまえの言うとおりの性能なら、この魔生機甲設計書ビルモアの価値は計り知れない。売り手も、いちずちゃんなら問題ない。これが原価で手に入るなら、確かに大きなチャンスだ。だが、原価の他にデザイン料がいるだろう。それはどうするんだ? これだけのデザイン、普通に考えたら我が家の全財産を叩いても払えんぞ」


 大介はページの最後を開いた。

 そこには魔生機甲設計者レムロイドビルダーの名前が記載されている。


「それに、この【東城 世代セダイ】というのは何者なんだ? 未だかつて、こんな名前を聞いたことがないぞ」


 大介が目線で尋ねると、桜も首をふる。


「何者……えーっと、実は……ですね……」


 双葉は、思わず赤面する。


「彼は、言うなれば……あたしのご主人様……かな?」


「…………なっ、なっ、なななななっ……」


 呼吸困難にでもなったのかと思うほど、大介の声がひきつった。


「なんだとおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」


 そして椅子を弾きとばす勢いで大介が立ちあがる。


「ど、どういうことなの!?」


 さすがの桜も驚愕を隠せない。

 双葉は言い方がいきなりすぎたかと反省するが、今さら引き返せない。


「え、えーっとね。簡単に言うと、デザイン代として『あたしをあげる』って……」


「それは、結婚すると言うこと!?」


「いや、その。もっと所有物的な? か、体をさしだす……みたいな?」


「だっっっっっ……だめだ! だめだ! だめだあああぁぁぁあっ!!!!!」


 大介が、魔生機甲設計書ビルモアを勢いよく閉じた。

 そして、双葉はすごい勢いで睨まれる。


「まっ、まだ何もないんだろうな!?」


「なっ、ないよ! 当たり前でしょ!」


 片方は怒りで、片方は羞恥で、そのまま発火するのではないかというほどの赤面を見合わせる。


「……よし! ならばこれは叩き返してくる!」


「ダ、ダメッ!」


「ダメじゃない! そんなふざけたオヤジに大事な娘はやれん!」


世代セダイはオヤジじゃないよ! あたしの1つ上だよ!」


「……はあ~??? そんな若造がこんなもの作れるかあぁぁぁ!!!!!」


「ホントだってば! あたしだって、オヤジだったらイヤだよ!」


「本当に、若いの?」


 桜も驚きながら尋ねる。


「もち! いちずと同じ年だって言ってたもん!」


「若くても何でもダメだ! この話はなし!」


 もう大介は、興奮状態で聞く耳を持たなかった。

 どこにも、とりつく島がない。


「……待って、あなた」


「待てんっ!!!!!」


待ってと・・・・言っているのよ・・・・・・・あなた・・・……」


 だが、そんな大介でも、桜はとりつく島を作れる。

 大介の怒気を桜の冷気が、一瞬で冷却する。


「は、はい……」


 大介が大人しく座るところを見て、双葉は希望を見いだす。

 さすが我が母と、内心でにんまりとする。

 なんとしても、ここを突破口にしたい。


「もう一度確認するけど、若いのね?」


「うん。ホントだよ」


「まあ、そんなすぐわかるような嘘、つかないわよね……」


「若くても、何でもだな――」


「――黙って」


「……はい……」


 こんな大隊長の姿は、絶対に部下に見せられないだろうと思いながら、双葉は苦笑いする。

 みんなに尊敬される大隊長は、愛しい妻にはめっぽう弱かった。


「で、あなた、自分の身をさしだして……って、奴隷みたいなものよね? これからどうしろって言われたの? 一緒に暮らすの?」


「別に何も。『どうしたらいい?』とは聞いてみたんだけど、『好きにしてれば』と言われた」


「……そう。では、最後に大事な質問よ。あなたは、彼の物になることをどう思っているの? 本当にイヤじゃないの?」


「……え?」


「あなたも、もう成人。そういう立場になれば、どういうこと・・・・・・をされるのか、わからないわけではないわよね?」


「……えっ? えっ? えっ? …………あ、はい。わ、わかってます……」


 双葉は、紅潮で煙が出そうになる。

 おかげで正面にいる、煙どころか爆発しそうな父親のことなど気がつかない。


「そういうことになるの、イヤじゃないの?」


「…………そういうこと…………」


 いろいろと想像してしまい、双葉は我慢できず両手で顔を覆った。

 そして、目のところだけ指を開く。


「あ、あれ? なんか、イヤ……どころか、う、嬉しいかも? あれ? なんで?」


 その感覚は不思議だった。

 出会ったばかりの男の子。

 話してみたら、友達としては好きになれそうだと思った。

 でも、恋人などとは考えていなかったはずだ。

 身を差しだすのも、ジルヴァラ・カットゥのためならという勢いもあった。

 しかし、あらためて尋ねられて、世代との関係を考えた時、「そうなりたい」と思う自分がいつの間にかいたことに気がついた。

 いったいいつからだろうか。

 少なくとも出会った時ではない。

 ジルヴァラ・カットゥのデザインを見た時、確かにその時に好意はもったが……。

 いや。それよりも、ジルヴァラ・カットゥに乗った時だっただろうか。

 まるで、常に世代セダイの「想い」に包まれているような、気持ちのいいコックピットにいた時間。

 あれは、至福の時だった。

 思いだすだけで、双葉は顔がさらに上気していってしまう。


「そう……」


 桜の間を置いた相づちで、双葉はハタと現実に戻った。

 すっかり、うっとりしていた顔を見られてしまっている。

 そのことがたまらなく恥ずかしくなり、身が縮こまってしまう。


「わかりました。双葉……」


 今まで大介の横に立っていた桜も、隣の席に着いた。

 そして、かるく深呼吸してから、また開口する。


「ママは、条件付きで双葉を応援するわ」


 予想外の言葉に、双葉は伏せてた顔を上げる。

 同時に、大介も目を見開いて桜を見ていた。


「――なにを言ってるんだ、ママ!?」


「考えてもみて、パパ。まず、その世代セダイくんは、うちの娘を非常に高く評価しているわ。何億するかわからない価値の物をうちの娘と天秤にかけた上、娘のが価値があると認めてくれているようなものなのよ」


「あ、当たり前だ! うちの双葉は、金に換えられるような価値では……」


「でも、今まで双葉に求婚してきた男で、双葉にこれだけの価値の結納を提示してきた人はいないわ」


 双葉は、母親の言い分に苦笑する。

 母親のそういう計算高いところは、嫌いではない。

 それどころか、非常に理解できる気がしていた。


(でも、さすがに娘の前で言うのはどうなのかなぁ……)


 そうも思うが、今はありがたいかもしれない。


「だがな、ママ! 無理矢理、双葉を奴隷のようになんて許せんだろう!」


「あなた、さっきの言葉とこの顔を見て、本当に無理矢理だと思っているの?」


 そう言われながら指さされ、双葉はまた赤面してしまう。


「この子、その世代セダイくんという子に、一目惚れしているのよ」


「――えっ!?」


 驚きの声をあげたのは、他ならぬ双葉自身だった。

 彼女に、そんな自覚はなかったのだ。


「あなた、男の子をあしらうのばかり上手くなって、本命がいなかったから気がついてないんでしょう。それにたぶん、一目惚れと言っても、見た目とかじゃなく、才能から好きになったから、気がついてなかったんじゃないの?」


「……ひ、ひとめ……」


「一目惚れよ、一目惚れ。才能にね。その後、話してみたら話が合ったりしたんじゃないの?」


「なっ、なんでわかるの、ママ!?」


「当たり前でしょ。才能に惚れても、嫌な相手なら『身をさしだす』みたいな一大決心が簡単にできるわけないじゃない。その魔生機甲レムロイドに惚れこんだぐらいに、あなたはその世代セダイくんにも惚れこんでいるのよ」


「あうあうあう……」


 双葉は声が出ず、うわずって口ばかりパクパクと動いてしまう。

 自覚すればするほど、恥ずかしくなってくる。


「ところで、応援する条件だけど、奴隷でも何でもいいから、とにかく婚姻しなさい」


「ママ! そんな得体の知れない奴と結婚させる気か!?」


「全部、双葉のためです! いい、パパ。この魔生機甲設計書ビルモアをもう一度、見て! これがいくらになると思っているの!? 彼は金の卵よ! 玉の輿よ! 彼はこれから絶対に大金を手に入れるわ! でも、ただの奴隷ではダメ! 妻に……ううん。別にこの際、二号さんでもいいわ。婚姻さえすれば、こっちのものよ!」


「マ、ママ……さすがに露骨すぎ……」


 味方をしてもらっている双葉さえ、母親の計算高さに引いてしまう。


「なに言っているの、双葉。あなたのためでもあるのよ。妻になれば、その魔生機甲レムロイドのレベルアップも、きっと彼がやってくれようになるわ。しかもロハで!」


「そ、それはそうかもしれないけど……」


「それに収入だって莫大よ。贅沢し放題! ママのように毎月、パパの薄給に悩むようなこともないのよ!」


「……おひ、ママ……」


 大介が横から情けない声でツッコミを入れる。

 しかし、桜の計算は止まらない。


「考えてもみなさい。たとえば、そのレベルの魔生機甲設計書ビルモアを1か月でしあげたとするわよね。すると1年でだいたい……」


「一晩だよ」


「……え? なにが?」


 ボソッとつぶやいた双葉の言葉が理解できなかったのか、桜がきょとんとした顔をする。

 その彼女に、双葉は目の前の魔生機甲設計書ビルモアを指さして見せた。


「この魔生機甲レムロイド世代セダイは一晩で描き上げたの」


「……え?」


「……は?」


 両親そろって、声が裏返る。


「だから、世代はこの【ジルヴァラ・カットゥ】レベル25を一晩で仕上げちゃったのよ」


「うっ、うそ……なにそれ……」


 桜が恐れおののくように身をひく。

 さすがの大介も、怒りを忘れて固まった。


「す、すごいわ……金の卵……ううん! 黄金の大鉱脈よ! 毎日、1冊なら1ヶ月で……」


「ちょっ! 毎日じゃ、世代セダイが死んじゃうわよ!」


「とにかく、勝ち組よ! 人生の勝ち組! ちゃんと仕送りしてね! ああ、これで老後も安心! パパが死んだ後も、ママは優雅に余生を過ごせるわ!」


「ちょっ! ママ!? おれが先に死ぬこと確定なのか!?」


「……あら、やだ。たとえよ、たとえ」


「いやなたとえ、やめてくれ……」


 なんやかんやあったが、家族会議の結果、【ジルヴァラ・カットゥ】の購入が決まったのである。

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