Act.0016:よくわからないが、善処しよう

「えー……っと。さっきの魔生機甲設計書ビルモア、2冊分ってのはなに?」


 世代セダイが顔を洗いにでた後、渋い顔で双葉が尋ねてきた。

 訝しむように、彼女の大きかった瞳が細められ、眉間に皺が深く刻まれている。


「な、なんでもないんだ。気にしないでくれ。まだ寝ぼけていたんだろう」


「……ふ~ん。ま、いいけど。でも、まあ、特に美形とかじゃないけど、普通に見た目は合格だね」


 双葉が値踏みするように、世代セダイが消えていったドアの方をふりかえった。

 いちずは男性にあまり強い関心を示さないが、双葉は同年代だとすぐに値踏みを始める。


「まあ、もう少し体つきが男らしい方がいいかなぁ……」


 いちずは双葉の言葉をかるく流して、目玉焼きの一つを双葉の前の皿に載せてやる。

 そして、もう一つの目玉焼きは、自分の皿に置く。

 世代セダイのは、冷めないように今から焼くことにする。


「ありがと。いただきまーす」


 動作に欠片の躊躇いもなく、双葉が目の前のロールパンをつかみ取る。

 休みの日に双葉が朝食を食べに来るのは、ほぼ恒例だった。


「双葉、紅茶でいいのか?」


「うん。ミルクティーね」


「ああ。わかってる」


 そんないつもの会話の後に、双葉が「それで?」といつもと違う質問を投げる。


「どーして、工房のソファで寝かせていたわけ? というか、色っぽい話じゃないとしたら、どうして家に連れてきたの?」


「実は今度の大会に出るために、魔生機甲レムロイドのデザインを頼んだ」


「――!?」


 一瞬、パンを詰まらせそうになり、双葉は慌ててミルクティーを飲む。

 が、それがまだ少し熱かったのか、口に当てた途端、こぼしそうになってしまう。


「……あひぃ、あひぃ……」


「だ、大丈夫か? 驚きすぎだろう」


「そ、そりゃあ、驚くよ! なんであの人に? だってまだ同じぐらいでしょ?」


「ああ、同じ年だった」


「なら、まだ魔生機甲設計者レムロイドビルダーとしては経験も少ない素人じゃない! デザインの基礎がやっとでしょ! そんなの使うより、いちずにはおじさんが作った魔生機甲レムロイドがあるじゃない!」


「それなんだが、やはり見てもらった方が……」


 と、そこにタイミング良く、世代セダイがもどってきた。

 顔を洗ってシャキッとしたのか、今は眠たそうではない。


「あ、世代セダイ。今、目玉焼きが焼けるから座ってくれ」


「あ、どうも。……で、これは頼まれたやつね」


 そう言うと、世代セダイがテーブルの上に魔生機甲設計書ビルモアを1冊置いてから腰かけた。


「えっ!? もうできたのか!?」


 卵焼きを世代セダイの皿に移しながら、いちずが驚嘆する。


「ヴァルクで5~6時間ぐらいだからね。それにくらべて、今回は25ページだったし、アイデアもあったから、徹夜でやればまあ……」


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 次に驚きの声をあげたのは、双葉だった。


「冗談でしょ! レベル25を一晩で書き上げたっていうの!?」


 まるで苛立ちをこめるように、双葉が世代セダイを睨む。


「あのねぇ、プロでもレベル25を仕上げるのに数日はかかるのよ! あなたみたいな素人に毛が生えたような人が一晩でデザインしたら、手抜きの酷いものになって使い物にならないわよ!」


「……いただきます」


「聞いてんの!? 魔生機甲設計書ビルモアって高いのよ! それにパイロットである、いちずの命だってかかってんのよ!」


「……そうか。大事なことを忘れていたよ」


「忘れていたって、あんたね!」


「ボクは、目玉焼きには醤油派なんだ。醤油ある?」


「そんなこと、聞いてないわよ!」


 幼く愛らしい顔に怒気をみなぎらす双葉に、いちずが後ろから肩に手をのせて宥める。

 そして、わざわざ世代セダイに醤油の入った小皿をさしだした。


「ちょっと、いちず! あなたもね……」


 怒り収まらぬ双葉を手で制止して、いちずは魔生機甲設計書ビルモアを手に取った。

 そして自分の席に座ると、それを開いて中身を確認しだす。


「ほぉ……さすがだな、世代セダイ……」


 そして、感嘆のため息と共にボソッと呟く。


 その様子に、また双葉が驚き、いちずと世代セダイを交互に見つめてしまう。


「ちょ、ちょっとどういうこと、いちず? それ、あたしにも見せてよ」


「ああ、かまわんよ」


「待ってくれ!」


 と、それをとめたのは世代セダイだった。


「先に言っておきたいことがあるんだ」


 その言葉に、いちずも双葉も動きをピッタリととめてしまう。


「少し言いにくいんだけど……」


「な、なんだ? なんでも、言ってくれ!」


「わかった。じゃあ、言わせてもらうよ……」


 世代セダイの言葉に、二人は固唾を呑みこむ。


「目玉焼きの焼き方は、ぜひターンオーバーにしてほしい。ターンオーバーって、なんかメカニカルな響きで好きなんだよ」


「……よ、よくわからないが、善処しよう」


 世代セダイはマイペースで、変なこだわりを持つ男だった。

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