Act.0007:構築《ビルド》!

 もちろん、世代セダイは自分がどういう立場になっているのか理解していた。

 まずまちがいなく目の前の柳生という男は、自分も一緒に葬ろうとするだろう。

 だが、彼はあまり恐れを感じていなかった。

 どうしても、現状に実感が持てなかったのだ。


(これ、夢だったりして……。死んだら目が覚めたりしないかな……)


 そう気楽に考える。

 だからと言って、本当に死んで戻れるか試してみるつもりはない。

 せっかく、巨大搭乗型ロボットのある世界に来たのに、簡単に死ねるわけがないのだ。

 それにもし夢だとしても、彼としては覚めて欲しくない。


「走れ!」


 唐突に、いちずが世代セダイの手を引いて走りだした。

 そして、背後にあった大きめの岩山の影に隠れる。


 赤肌の岩山は、高さ20メートルはある。

 高さだけなら相手のロボットより高いだろう。

 それでも横から回り込まれれば、ひとたまりもない。

 彼女が乗ってきた馬は、さっきロボットが跳んできた時に驚いて逃げてしまっている。

 人間の足で走って逃げても、あっという間に殺されるだろう。


 つまり、手詰まりになっていることは、世代セダイでもわかった。

 だが、不思議なことに、敵のロボットはすぐに追ってこない。


「おいおい。いちずお嬢ちゃんはまだまだ子供だなぁ。かくれんぼかあ〜?」


 柳生の心から楽しそうな声に、世代セダイは顔を顰めた。

 非常にねちっこい声色にぞわぞわする。


「いいぜぇ、つきあってやっても。今は気分が良いからなぁ。そうだなぁ。捕まえたら殺さないでぇ……おれのペットにでもしてやるかぁ~」


 下品な笑い声が最後に響く。

 圧倒的優位が楽しく、それに酔っているのだろう。

 柳生という男が、どれだけ鬱積していたのかわかってしまう。


「おい、お前! 名前は何という?」


 しかし、いちずは、そんなことをいちいち聞いてもいないようだった。

 世代セダイは、彼女に素直に答えることにする。


東城とうじょう 世代せだい……だけど?」


「そうか。わたしは、【東埜ひがしの いちず】。『東』つながりだな。……時間がないので、正直に答えて欲しい」


 そういうと彼女が、持っていた魔生機甲設計書ビルモアを指差した。


「これをデザインしたのは、世代セダイだな?」


 いきなり呼び捨てにされたが、とりあえず世代セダイは首肯する。


「やはり。詳しい話は後だ! 急いで命名してくれ!」


「命名? ロボットの名前を決めるの?」


「ロボットとは魔生機甲レムロイドのことか? ならばそうだ。このペンで、ここに名前を書き込んでくれ」


 いちずが内ポケットから、古びた感じの万年筆をだ取りだした。


 世代セダイはそれを受け取ると、理由はわからないもののさらさらと書き始める。

 名前で悩むことはなかった。

 彼のロボットの名前は、ずっと決まっていた。


「【ヴァルク】……意味はわからないけど、かっこいいじゃないか。世代セダイのパイロットレベルはいくつだ?」


「なにそれ?」


「パイロットではないのか? 【構築ビルドの儀式】は?」


「ビルドの儀式? 儀式ってどういうこと?」


「……知らないのか。いったい、君は……まあ、いい。とにかく、私がやってみよう。私はまだ、レベル23だ。まともに動かせないが、このまま何もしないで死にたくはないしな」


 そう言うと、首を捻る世代セダイを無視して、いちずは魔生機甲設計書ビルモアの背表紙を持った。


 一瞬だけ目を瞑ってから、彼女は朗々とした声をあげる。


設計読込デザイン・ロード!」


 その声に合わせるように、魔生機甲設計書ビルモアがかるく彼女の手から浮きあがった。

 そして、最初のページから自動的にペラペラとページが次々とめくれていき、50ページ目まで送られる。


材質確定マテリアル・フィックスド!」


 一気に最後のページが開かれる。

 そこにあるチェックリストのような一覧が、次々と光を放っていく。


構築ビルド!」


 魔生機甲設計書ビルモアの下に魔法陣が展開し、光が放たれる。

 前触れもなく世代セダイといちずの体が、フワリと重量をなくしたように浮かびあがる。


「うわうわうわっ!」


 世代セダイは慌てるのだが、いちずは平静な顔で体を流れに任せている。


「――しまった! 自分の魔生機甲設計書ビルモアを持ってたのか!」


 柳生の声が聞こえる。


 しかし、柳生が行動するよりも早く、光の粒子が大量に魔生機甲設計書ビルモアから発生する。


 魔生機甲設計書ビルモアが、世代セダイの乗ってきたレムロイドを吸収した時と同じ光の粒子だ。

 それが瞬間的に、世代セダイがデザインした魔生機甲レムロイドの形を作る。


 世代セダイの好きな、黒ベースに赤、そして関節部分に黄金をあしらったカラーリングの鋭角的なデザイン。


 しかし、ゲームで使っていたデザインとはかなり違う。

 嘴のように尖った額に、真っ赤に光る瞳を持つ細長い顔。

 側頭部にはいくつものV型アンテナがたち、それはまるで流れる体毛。

 背面にはブースター搭載のランドセル装備があり、その中央には日本刀が刺さっている。

 さらに、両腰にはやたらと鞘の縦幅がある剣のような物が装備されていた。

 前腕には3本の爪を模した武装、大地をつかむ前1本、後ろ2本の3本爪の足。

 その全体の容姿は、顔のデザインと相まって猛禽類をイメージさせた。


「な……なんで??」


 そして世代セダイは、気がつけばその魔生機甲レムロイド【ヴァルク】のコックピットの中にいたのだ。

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