Act.0005:知らないよ?
「盗人め! 父の形見、私のビルモアを返せ!」
その美少女の迫力に、向けられた灰色の大剣の迫力も加わり、
年齢はあまり変わらないようだが、たいして鍛えていない彼に比べて、彼女の体はあきらかに引きしまっている。
(……うん。勝てないね)
もちろん、本来は戦う必要性などない話だ。
なにしろ、身に覚えがない。
何を盗んだのかわからない。
「返せと言われても……ビルモアってなに?」
彼にはまだ、いろいろと実感がなかったのだ。
剣を向けられても、まるで夢の中のことのように感じてしまう。
しかし、その態度が癇に障ったのか、彼女は烈火のごとく怒声をあげる。
「とぼけるな! 貴様が手にしているのは、私の
「……このノート?」
もちろん、彼が5時間以上かけて描きあげたロボットのデザインが描いてある。
「なにがノートだ! その表紙の魔法陣は、まちがいなく我が父が所有していた
「白状と言われても……」
相手が怒りにまかせてくるので、逆に
要するに、このノート――
そして、盗まれた。
盗んだのは
しかし、それを説明して納得してくれるだろうかと、
「なにを難しそうな顔をしているのか! とにかく返せ!」
「はい、どうぞ」
「……え?」
せっかく傑作を描いたが、他人のノートでは仕方がない。
それに、アイデアはほぼ頭に入っている。
だから、また描けば良いだけの話である。
「……ふん!」
何か仕掛けられるとでも勘ぐったのか、彼女が怖々と手を伸ばした。
そして、
「他の4冊はどうした!?」
「あの中にあったけど……」
「なに? ……よし、貴様はそこで待っていろ!」
警戒しながらも、彼女は小走りにコンテナの中に走りこんだ。
そしてしばらくすると、「あった! やった! よかったぁ~!」という歓喜の声があがる。
その声は先ほどまでの雄々しい声よりも、かなり子供っぽいイメージを
だから彼は、今なら「いける!」と睨んだ。
「それはよかった。ボクはたまたま通りかかった、さすらいの旅人なので、これにて失敬いたしまする……」
三十六計逃げるに如かずと、彼は早々に踵を返す。
お腹は空いているが、殺されてはたまらない。
「待てーい!」
だが、大剣を持つ彼女は、それを許してくれなかった。
コンテナから飛びだしてくる。
「お前、犯人だろう!」
「いえ。『犯人だろう』と言われましても。それにたかが、ノート5冊で……」
「ノートではない! これは
「そのロボットの設計書がビルモアなの?」
「ロボット? なんだ、それ? ……もしかして、お前、
「知らないよ?」
「そんなバカな……。
「そんなバカな……」
「マネするな! そのぐらい有名なことだと言うことだ! まさか、
「あ。それは知ってる。BMRSのロボットね」
「BMRS? お前、さっきから何を? ……いいか。
そう言いながら、彼女は持っていた
パラパラ、パラパラ……と。
「――!?」
その次々にめくられていくページを彼女は二度見する。
そして、そこに多くの図と文字が在ることを認識した途端、鼓膜を破るかと思うような悲鳴をあげる。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫に近い声で、
「な、な、な……なにか、描きこまれているぅ!? というか、すでに素材調達済み!? なにこれっ!?」
「…………」
(……うん。ボクは、何も知らないよ?)
とりあえず彼は、無関係を装って、すっとぼけてみることにしたのだった。
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