Act.0004:……いえ、人違いです

「さて。困ったぞ……」


 あれから世代セダイは、いろいろと調べた。

 プロト・ヴァルクのコックピットを操作したが、ゲームのメニューが出ることはなかった。

 コンテナの中身も見てみたが、やはりノート以外にこれといったものは見つけられなかった。

 周辺をあらためて見わたしても、本当に何もないとしか言いようがない。

 北側と東側には小高い丘があり、向こう側は覗けない。

 西側は、地平線が見える。

 南側は、少し離れたところに森や山は見えたが、街らしきものは見えなかった。


 要するに、どこに行けばいいのか決めかねていたのである。


 しかし、これ以上、迷ってはいられない。

 そろそろ夕方で、日が暮れてからの移動は辛くなる。

 さらに、プロト・ヴァルクがいつまで動いてくれるのかわからない。

 もともとがゲームだけに動作可能時間などないわけだが、この現実化した状態ならばエネルギーとかの不安もでてくる。

 適当に進んで、たとえば荒野のど真ん中でエネルギー切れになったりしたら目も当てられない。


 世代セダイはレムロイドの下に行くと、その足の表面をコンコンとたたく。

 設定通りならば、この表面は昨夜、課金ポイントで強化したばかりの【レムリック合金】という最高級素材でできたの装甲だ。

 しかし、それが現実化したところで、どのぐらい強いのかわからない。

 少なくとも自分の60kg程度の体重ではへこまないだろうと、彼は足の甲に寄りかかった。


 背中に太陽に熱せられた熱がほのかに伝わってくる。

 その熱が、世代セダイにプロト・ヴァルクの現実感を味合わせてくれる。


 だが、いくらロボットバカの世代セダイでも、それで腹は膨れない。

 今は本当の食べ物を味わいたい。

 それに飲み物も必要だ。

 唯一の飲み物であるスポーツドリンクも飲み干してしまった。


「さすがに、まずいよね……」


 独り言を口にしてみると、よけいに危機感が出てくる。

 手にしたロボットデザインを描きこんだノートを見ながら、世代セダイは「書くのは後にするべきだった」と今さらながら後悔する。

 どうしてもロボットのことになると夢中になってしまう。

 そんな自分の悪癖はわかっているのだが、それを抑制することがどうにもできなかった。

 とにかく今は、人がいるところにいかなければならない。


(道を聞きたくても誰も来ないし。それに、ここに来てから人など見ていな……い…………あっ!)


 そこまで考えて、やっと世代セダイは思いだす。

 むしろ、今まで忘れていたことの方が不思議なぐらいだった。

 目の前のコンテナを運んでいた、レムロイドに乗っていた2人のことだ。

 彼らは、あの森の方に逃げていったではないか。

 つまり、そちらに人里がある可能性があるということだ。


「――南か!」


 世代セダイは持っていたノートごと、プロト・ヴァルクの足に手をついて体を起こした。

 その瞬間の事だった。



――ウオンッ!



 突然、ノートの周りの空気がうなった。

 かと思うと、ノートの表紙が光りだし、その上に七色に変化していく文字が浮かび上がる。



――マテリアルインポートプロセスを起動しますか?



「――うおっ!? なっ、なにこれ!?」


 質問の後に浮かぶ文字は、「はい」「いいえ」の2種類だ。

 それは、完全に選択式のダイアログだった。


「空間ディスプレイか……。どちらか選べ……と?」


 普通なら、ここは「いいえ」を選ぶべきだろう。

 たぶん、それならなにも起こらないことは、世代セダイにも推測できた。


 しかし、「はい」を選んだらどうなるのだろうか。

 その好奇心を止められない。


(この誘惑に……勝てない!)


 指が、「はい」に延びる。



――本当によろしいですか? 開始後はキャンセルできません。



 もうここまで来たら、「キャンセル」など選べるわけがない。


「えいっ!」


 小さな気合いと共に、また「はい」に指を向けた。

 とたん、巨大な風船が破裂するような音がする。


「うわわわわっ!!!」


 世代セダイは、その音に尻餅をつく。

 驚倒したまま見ていると、ノートが浮かび上がり、裏側に眩い光が放たれ始める。

 それはまるでスポットライトのようだった。

 円錐に伸びて先に行くほど拡大していく。


 その光がレムロイドの足を包みだす。

 とたん、包まれた部分が、まるで光の粒子に分解されるように消えていく。

 そして、光の粒子は次々とノートの裏表紙に吸い込まれていったのだ。


「うわわわっ! 待って! ちょっと待って! キャンセル! キャンセルさせて!」


 あれよあれよと言ううちに、レムロイドが分解されてノートに吸い込まれていってしまう。

 すべてのことが終えるまで、5~6秒ほどだっただろう。

 たったそれだけの時間で、世代セダイが元の世界を捨てても手にしていたかった長年の夢が、ノートにきれいさっぱり食われてしまったのである。


「……嘘でしょ。ボクのプロト・ヴァルクがあぁ~!!」


 脱力して膝をつく。

 これほどの絶望感は、未だかつて味わったことがなかった。


 ……いや。

 唯一、彼は一度だけ味わったことがあることを思いだす。

 大事な物を失う辛さ……それは、何年前の話だろうか。


(……ダメだ!)


 慌てて、頭をふる。

 今、それを思いだしても、よけい辛くなるだけだとわかっている。

 彼は、プロト・ヴァルクを吸いこんで地面に落ちたノートを拾いあげた。


「ああ、もう。なんだよ、このノート……ん?」


 ふと何かの足音が耳に入ってくる。

 パッパカ、パッパカと、それは馬のギャロップだ。

 その音は斜陽の中、東の丘の上から黒い影をかぶって世代セダイに近づいてきている。


(人……居たんだ……)


 少し安心しながら、彼は光を背負うその姿を観察する。


 馬に乗って現れたのは、軽量そうなプロテクターを着けている女性だった。

 ガード箇所は、モトクロスのライダーがつけているような感じだが、見た目はなかなかかっこよい。

 紺の基調に鮮やかな青い光が入っている、サイバーなデザインだった。

 ただし、ヘルメットはつけずに、軽くウェーブのかかった長い黒髪をたなびかせている。

 そして、その背中にはどうやら大剣のような物が背負われていた。


(コスプレにしても……ファンタジーなのか、サイバーパンクなのかはっきりしてくれないと……)


 その服装にどこから突っこんでいいのかわからず、彼は呆然としてしまう。

 人がいると安心したが、相手が安心できる人とは限らなかったと後悔する。


 そんな世代セダイにかまわず、彼女は少し手前で馬を止めて飛び降りると、おもむろに大剣を抜いた。

 その剣先を彼にまっすぐ向けてくる。

 鋭く切れ長の眼が、きつく細められる。


「やっと追いついたぞ、盗人め!」


「……いえ、人違いです」


「ひ、人違いってなんだ!? おかしいだろう!」


「え? じゃあ、なんと言えば?」


「ん? そ、そうだな……こういう時は『無実です』とか?」


「ああ、なるほど。ご丁寧にありがとうございます」


「いや、こちらこそ……じゃない!」


「…………」


 やっぱり安心できなかったけど、意外にいい人かもしれないと思う世代セダイだった。

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