異端審問官アーノルドの憂鬱

高城 拓

異端審問官アーノルドの憂鬱

崎山タケルは今年の春に高校1年生になったばかりの、別にどうということはない男子学生だった。

成績は人並み、運動神経にも見るべきところはない。

ならば顔面偏差値やファッションはというと、これもまた人並であった。

名前ばかりは少々勇ましいが、本人はいたって穏やかな性格で、ほんの2、3の事柄に関してバカにでもされなければ、人前で堪忍袋の緒を切ることもない(と、彼自身は思っていたが、そのあたりは若さ相応というところだった)。

趣味は漫画とアニメ。動画サイトで時間を潰すのがお気に入りだ。

本当にどこにでも居るような高校1年男子学生。

それが崎山タケルという人物だった。

彼はそのことに、猛烈に飽きていた。

世界を討ち滅ぼさんと願うほどに。


「で、気がついたらエイラート神殿のまえに突っ立っていたと」

「はい」

今、タケルが居るのは石造りの建物の中だった。

大きな石を組み合わせた2階建ての質素な作りで、窓はそれほど大きくない。

まぁ、警察署や市役所のようなところだろうなとタケルは思った。

たいして大きくない部屋の中央に、二人掛け程度の食卓が置かれ、それを挟んでタケルともう一人がこれまた質素な木製の椅子に座って向かい合っている。

部屋の中にはタケルのほかに4人ほどの人間が詰めていた。

目の前に座った人物は黒を基調とした中世ファンタジー風の制服を着込み、腰に短剣をぶら下げている。

名は確か、アーノルドといったはずだ。異端審問官だとも名乗っていた。

年の頃は30代なかば。

堀の深い造形に、高く筋の通った鼻。

切れ長の目は眼光鋭く、オールバックにしたブロンドの髪は窓から入る光を受けてキラキラと輝くようであった。

身長はおおよそ185センチ、体の厚みや腕の太さも、鬱陶しくはないがそれなりのものだ。

これで形の良い顎に無精髭を生やし、目の下にくまを作り、おまけに酒やけしたガラガラの声でなければ、タケルも「このイケメン死んでくんねぇかな」と思えたであろうが、どこからどう見てもやる気のない酒浸りの公務員にしか見えなかった。

「死んだと思ったら異世界に居ました―って興奮して、テンション上がっちゃったところでナンパとかしちゃったわけだ」

「いやナンパとかじゃなくて、誰か僕の言葉が分かる人居ないかなって」

秋葉原のオタクショップの前からいきなり中世ファンタジー丸出しの世界に放り込まれて、混乱しないはずがない。

JRの駅はどちらですかと、そばを通りかかった小柄で金髪、耳の尖った色白の巨乳なお姉さんに声をかけたのがほんの30分前。

それからあれよあれよという間に屈強な男たちに捕らえられ、ふん縛られて荷馬車に放り込まれて辿り着いたのがここだった。


「それで悲鳴あげられたら世話ねぇわな。残念ながら、俺もそうだが、こっちの人間はお前さんがたの言葉はわかるんだよ」

アーノルドは鼻毛を抜きながら相槌を打った。

言葉がわかるのに痴漢扱いされたとあって、タケルはいささかカチンと来た。

「じゃあなんであんな悲鳴を?」

「そりゃお前さんが、異端者だからさ。異端者はこっちじゃあんまり歓迎されない。最近な~多いんだよ、お前さんみたいなの」

「はぁ」

「お前さんは、あー、交通事故か。他にも崖から落っこちただの、落とし穴にはまっただの、頭上から建材が降ってきただの。あとパソコンだか言う機械でゲーム?してたらこっちきた、なんて奴も居たなぁ。そいつらのほとんどがニホンジンだな」

なんと、他にも多数の日本人が居ると聞いて、タケルは驚いた。

ほとんど単一の民族で社会を構成している日本人は、自分たちで思っているよりも多民族への免疫がない。

今だってタケルの周りは白人やら黒人ばかり、ここに来るまでの道のりでは獣人やエルフっぽいのも見かけこそすれ日本人など一人も見かけなかったのだ。

言葉は通じるものの、人々の物腰や態度から自分が異邦人であることを思い知らされ、タケルはいささか心細くなっていたのだ。

「その人達に会えるんですか?!」

「んにゃ、しばらくはまぁ無理だな」

勢い込んで聞いてはみたものの、世の中そう甘くはない。

即答するアーノルドの言葉に、思わずタケルはずっこけた。

その様子がおかしかったのか、壁際に(装填済みの)ボウガンを携えて立っている黒人と白人の男性二人がプッと吹き出した。

部屋の隅に置かれた書記台で調書をとっていると思しき女性は、くだらないものを見てしまったかのような目でタケルを一瞥すると、丸メガネを光らせて調書に向き直った。

「なんでですかぁー?」

アーノルドのくだけた態度に、タケルもつい甘えた声を出した。

それを聞いてアーノルドは苦笑する。

目の前のカップにはいった茶をすすり、タケルにも顎をしゃくった。

飲め、ということらしい。

タケルはそれをありがたく頂戴した。

飲んだ感じは紅茶のようだが、何らかのハーブが入っているらしく、不快ではないが独特の味わいがした。

「それについて答える前に、お前さん、なんか得意なことはあるか」

「なにかっていうと?」

「見ての通り、俺たちゃお前さんがたから見ると、未開人同然だ。話しに聞く電気やガスなんてのは全然ない。でまぁ、もしお前さんが俺たちの役に立てる知識があるなら、それと引き換えになっちまうが、身の安全と3度の飯と寝床ぐらいは保証してやろうって、そう言う話さ」

「そういうことなら」

と、タケルは勢い込んで話し始めた。

タケルはオンラインゲームやマンガやアニメから、それなりのミリタリー知識を得ていた。コンビニやとら◯あなでミリタリー読本もたくさん買っているし、ツイッターでたくさんミリタリーマニアをフォローしている。

はっきり言って、軍用銃や兵器の類別なら、彼は実際たいしたものだった。


「……というわけで、僕は軍・警察装備の近代化に大いに貢献できる自信があります。いかがですか!?」

それから3時間ほども掛けて、タケルは自分の知識を話し尽くした。

銃や兵器の知識、というよりも、それらが近代以前の兵器とどう違うのかを中心にしたつもりだった。

タケルの頭には、さっきのエルフっぽいお姉さんの姿がある。

近代兵器をこの国に導入させて覇権国家成立の立役者になれば、あんなお姉さんに童貞を奪ってもらえるかもしれないと、歳相応の発想で期待しているのだ。

が、しかし。

それを聞いていたアーノルドたちの態度は拍子抜けするものだった。

壁際の武装した男たちは装填を解除したボウガンをホルスターに戻し、壁に持たれて大あくび。

書記のお姉さんは綺麗に磨いた爪を気にしている。

アーノルドはといえば、背もたれに背中を預けて、あろうことか大いびきをかいていた。

「ちょっと!アーノルドさん!!」

タケルはバンと机を叩いて立ち上がった。

「……あ?終わったか?」

「おわったか?じゃないです!聞いてくれてました!?」

「ごめん、いや全然」

でっへっへ、と頭を掻きながらアーノルドは姿勢を戻した。

「んなっ…」

タケルは絶句する。

どうして?

絶対に、絶対に、絶対にこの話に食いつかない未開人はいないのに!!

「ヨシュアはどうだ」

「ちょっとだけ。ユージン・ストーナーのくだりは面白かったですね」

黒人が答える。

「エリック」

「俺は狙撃兵たちの話が気に入りました」

これは白人。

「ミカ」

「それより今日の晩御飯が気になります」

これは書記のお姉さんだ。

「ああー、すまん。今からじゃあ晩飯の用意、間に合わないよな。今日は俺が出すから、帰りになんか買って帰れ」

「そうします」

「クラウスに宜しくな」

書記のお姉さんはニコリとして机に向き直った。

「というわけだ、あんちゃん。お前の話は、俺達の役には立たない」

向き直り、そう言い放ったアーノルドの瞳は、ぞっとするほど冷たい光を放っていた。


「……なんで……」

「何でも何もお前、お前の言う兵器の作り方を知っているのか?その兵器を作る機械や素材の作り方もだ。ついでに言えば、どういうふうに動かすかもな」

「それは!だって!こっちは異世界だし……」

タケルは衝撃を受けた。

そんなことは一度も考えたことがなかったし、考える必要がなかったからだ。

なによりクラスのみんなはそんなこと聞かないし、ツィッターのみんなはそんなこと話題にしないじゃないか!

「ああ、魔法もあるしな。お前さんの世界にはない素材もあるみたいだ」

「だったら!」

タケルは食い下がった。

なぜなら、ここで特別な何かになれなければ、彼は一生普通のニホンジンにしかなれないことがはっきり分かっていたからだ。

いやだ、いやだ、そんなのは絶対に嫌だ。絶対に認めない!!

あんな退屈な日常に戻ってたまるか!!

「ガキが形と性能暗記できてるからって、簡単にものが作れたら世話ねぇんだよ。第一、お前のその話、覚えてるだけでも俺はもう30回は聞いている。もっと詳しく話す奴も居たな」

しかし容赦なくアーノルドは追い打ちをかけた。

「じゃ、じゃあこんなのはどうです。戦争に決定的に重要な、補給についてです」

ひたいに汗を浮かべたタケルは、今度はマーチン・クレフェルトの著作「補給戦」を斜め読みして得た知識を披露し始める。

「それももう間に合ってる。その話も10回は聞いたよ。一度なんぞは本職の軍人、あー自衛官から聞いたりもした」

「じゃあなんで?!」

タケルは目尻に涙を浮かべた。

「作れない兵器や利用できない半端な概念より、麦の反収を増やす方法や薬の製造方法のほうが需要あるんだよ。そんだけの話さ。ああ、別により純度の高い鉄を精錬する方法でもいいぞ?鉄はいくらあっても足りないからな」

自分の知識の及ばないことを持ちだされ、異世界から来た少年は硬直した。

そんなバカな。

だって、異世界に来たら、俺みたいなのは近代兵器を装備した軍隊とハーレムを作れるのが相場なのに!

「一応言っておくが、さっき話した軍人さんな、こいつはもう雇ってる。実際本当に役に立ってくれてるよ。他にもお医者や大工、水道工事の職人さんもいたから、こういう人たちは雇ってるな。上下水道整備で、どれだけの市民が病気から開放されたか!で、こういう人らを無理に抱え込むと他所の国から戦争をふっかけられちまう。そうなる前にそういう異端者を各国の需要に合わせて派遣して、その代わりに金と安全を得ているんだよ、この国は。俺らの国は大きくも強くもないからな。チート能力で覇権国家なんて、貧乏人の考えるもんさ。わざわざ戦争を起こしてまで経済を疲弊させることもあるまい」

少年は立て続けに浴びせられた現実に打ちのめされ、めまいを起こして倒れこんだ。


「ありゃ」

「クスリが効くの早すぎやしませんか」

呆れた声を出したアーノルドに、ヨシュアが声をかけた。

エリックが少年に駆け寄り、脈をとる。アーノルドに向き直り、肩をすくめた。

「ま、水が合わなかったんだろうさ」

「どうします?」

と、これはミカ。少年を冷ややかに見下ろしている。

「どうもこうもしないよ。いつもどおり。何日か勾留して、次のデイネリア人の時空航行船に載せて元の世界に送り返す。そんだけだな」

アーノルドは立ち上がり、懐から出したマールボロにジッポーで火を付けた。

「全く憂鬱だぜ。こちらの文明の程度もわきまえないで、無茶ぶりばっかりしやがるんだ、こいつらは」

「ちょっともったいないような気もしますがね」

少年を担ぎ上げながらエリックが言った。

「バカ言え。こないだの戦争なんざこいつらのお陰で大混乱になって、終わるのに30年もかかったじゃねぇか。現地人もたくさん死んでよぉ。あれから会社がどうやってこのファンタジーなリゾート世界を立て直したか!俺はここに来てもう10年にもなるが、いきなり『剣と魔法の壮絶な戦い』とやらに投げ込まれてみろって。あんな苦労はもう金輪際ゴメンだね。それよっかいい加減、腕の良い酒の杜氏が来て欲しいもんだ」

上司の言葉に一同は大いに苦笑した。

と、そのときアーノルドの耳飾りがピピっと音をたて、アーノルドは耳飾りを抑えた。

『アーノルド異端審問官、状況34発生。至急対処されたし』

耳飾りから聞こえた声に、一同は大きな、とても大きなため息を漏らした。

「んだーまたかよ畜生!」


アーノルド異端審問官が好き好んで不自由でファンタジーな生活をしている宿舎へ戻るのは、この2日後のこととなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異端審問官アーノルドの憂鬱 高城 拓 @takk_tkg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ