エピローグ:正しき心と正しき道
物語、僕はそれを作るのがとても下手だ。
物語の「終わり」と「始まり」をいつも見失ってしまう。
この物語はどこから来て、どこへ向かう物語だったのか?
何を成そうとして、なにを成し遂げる話だったのか?
そもそも僕は、何を思ってこの話を……
こんな具合で、僕はいつも物語の形を見失ってしまう。
それが例え作り話ではなく「自分の身に実際に起きた物語」であってもだ。
まぁ、正直今回の話は特に酷いよね。
僕は何がしたかったのか、何が目的だったのか、着地点は何処なのか。
何も決められない僕は、自分で自分の道を選んでるつもりで。
結局のところ、状況に流されてるだけだったのかもしれない……
あぁ、こんな事なら、ダズを倒した所で話をやめれば良かった。
そこから先の話は適当に創作しちゃって、ロナと仲良くハッピーエバーアフターしましたって。
そっちの方が、物語としての完成度も高かったかもしれない。
まぁ、今さら悔やんでもしかたないか。
物語の「終わり」を見定めずに、話なんて語るもんじゃないね。
さてさて。
つまらない前口上はこの辺にして。
そろそろこの物語にも決着を付けよう。
次の場面は二週間後だ。
ワールンの舞台での激戦……「長い一日」からちょうど二週間後。
――あの時、あの瞬間から物語を再開させようか。
「――まぁ、それってつまり『今』なんですけどね」
僕は長い長い独り言をそんな言葉で締めると、手に持った刃にハァっと息を吹きかける。
その曇りを丁寧にふき取り、ピカピカになった鉄の剣をラックへと戻す。
そして伸びをするように立ち上がり、目の前の剣のラックを…全部綺麗に磨き上げた剣の収まる、整頓されたラックを見つめた。
「よっし、今日もお仕事がんばった」
軽く体をストレッチする。
三時間もずっと屈みこんで武器を磨いていたせいか、パキパキと小気味の良い音が全身からなった。
と、その時。
「おぉー、がんばってるじゃんルカ」
唐突に背後から声を掛けられ、僕は振り返る。
「あぁ、どうもジェロームさん」
彼は武器庫の入り口に立って、中を覗き込むようにしてる。
「うぇへへへ、すごいじゃん、めっちゃ綺麗になってらぁ」
そんなに変わってないと思う、たぶんお世辞だ。
「ありがとうございます」
僕はそんな彼の優しさに感謝の言葉を述べる。
「いやいや、マジメだなぁルカ君は。ウルミアの奴はこういうの一切やらなかったよ」
そういえばウルミア、オフが増えたって感謝してたぞ――彼はそう言いながら中に入ってくる。 そして手近な武器を一つとってマジマジと見始めた。
「へぇー、それは良かったです」
僕は相槌を打ちながら、グリースやら紙やすりやら金槌やらといった、整備道具を片づけ始める。
「あれ? もうお仕事お終い? じゃあちょちょーっと頼みごとしてもいい?」
ジェロームは満面の笑みを浮かべながら、わざとらしいほど畏まって僕に尋ねる。
――なるほど。
こいつ、また僕に雑用を押し付けに来たのか。
「はいはい、良いですよ引き受けますよ」
「うぇへへへ、悪いねぇルカ君」
そう言う彼に悪びれる様子は全く無い。
「で、どんな雑用ですか? またゼノビアさんに頼まれた買い出しですか? それともまたフィンクさんの薬品を勝手に使ったんですか?」
「いあいあ違う違う、ロナの部屋にちょっとご飯を届けて欲しいだけさ。厨房に行って、なんか作ってもらってさ――」
なんだそりゃ?
その程度自分やってください、そんな言葉が喉元まで飛び出かける。
が、僕はちょっと考え直してそれを飲みこむ。
多分、ジェーロムは僕に気を使ってくれているんだ。
あのワールンの舞台での「長い一日」以降、すっかり深い溝のできた僕とロナ……
というか、「すっかり深い溝」を建設しようと必死になってる僕の事を。
「――いやさぁ、やっぱギルドマスター就任って大変なんだなーって。もうここ数日ロナちゃん、ずーっと部屋に缶詰でさぁ、なんか美味しい物持って行ってあげてよ。ねぇ? うぇへへへ」
ほっといてくれ――それが僕の本心だが。
折角の彼の好意を無碍にしてしまうのもなんだか……
「わかりました、お気づかい痛み入ります」
僕は敢えて不機嫌そうに言って、それを引き受ける事にする。
「あぁー助かる、めっちゃ助かるよルカ君」
彼は嬉しそうに言うと、僕から整備道具の入った金属製の箱を取り上げる。
「ちょ、ちょっと!」
「お礼にこっちの片づけは俺がしとくから。あ、あとよかったらもう一つ引き受けてくれない? いやーアリアに頼まれた買い出し忘れちゃってさぁ――」
「そっちは自分でやってください!」
僕はそう言って彼に背を向けて、肩を怒らせながら武器庫を出た。
ジェロームの変な笑い声は、武器庫の壁を突き抜け、居住区の大廊下にまで響き渡っていた。
――さて、ここで少し閑話休題。
懸命な諸君の事だ、もう気づいてると思うが一応説明させてもらおう。
何故二週間前にあんな事……ワールンの舞台での「長い一日」なんて事件があったにも関わらず、僕はこうしてブラザーフッドのギルドハウスに居て、しかも雑用をしてるのかと言うとだ。
簡潔に言えばそれは「僕がロナに負けた」からだ。
そう、負けたのだ。
それはもう凄い負けっぷりだった。
ぼっこぼこのコテンパンにされて、最後は不良マンガみたいに胸ぐら掴まれて、「ご、ごめんなさい。調子こいてすいませんでした、許してください」なんて泣き言を吐かされた程だ。
なんであの状況から、そんな無残な結末を迎えたのかというとだ。
そもそも僕が大して強くなってなかった、それに尽きる。
元の能力値が低すぎたのだ、後でそれを視たティトラカワンが絶句するぐらい僕は弱すぎたのだ。
たとえ魔物と契約して、その補正を受けた所でだ。
素人探究者が見習い探究者にレベルアップした程度でしかなくて、大魔術師ロナ・ヴァルフリアノ様の相手ではなかったんだ。
いやぁ、アレはびびったね。
もう完全に勝った気でいたよ僕も。
あそこは勝つ場面だったよ。
ちなみに新しく手に入れた能力についてだけど。
とりあえず契約によって手に入れた新魔法は殆ど駄目。
今の僕のスペックじゃあまともに詠唱できない物ばかりだった。
で、新アビリティも闇魔術とか呪術とか古代魔術に関係した物ばかりで、当然そんな上級魔法の詠唱なんて僕にはできない。
まともに効果を発揮してくれたのは「不死」だけ……あれが無ければロナに殺されてた。
両手から生産できる黒い液体だけど、とりあえず「銅よりは固い……かな?」って程度の素材でしかなかった。
魔力とかも練り込めるらしいんだけど、付呪でさえまだまともにできない僕には過ぎた特性だ。
ちなみに、作った日本刀は直ぐに折れた。
どうやら刀の複雑な構造を完璧に再現するには、僕の想像力が些か足りなかったようで――
そんな事を考えていると、ふと、あるものが目に止まった。
僕の遥か前方、廊下の端。
一人の幼女が一生懸命廊下にモップを掛けていた。
年齢は10歳にも届いてないように見える、正真正銘の子供だ。
少女もまた僕に気づく。
そしてその場にモップを投げ捨てると、僕の元へ駆け寄ってきて……
「ルカぁあああああ、ちぇらッ!」
そう言って華麗なとび蹴りをかましてきた。
僕はそれをもろに食らい、その場に蹲ってしまう。
「うっ、うげぇ。痛いじゃないですか、ティトさん」
「『いたいじゃないですかー』じゃないバカ者!」
少女はそう言って、蹲る僕に乗っかって背中をポコポコと叩き始めた。
「ルカ! なんでじゃ! なんで儂がこんな目に合わなくてはならんのじゃ! 儂は魔物じゃぞ! 王だったのじゃぞ! こんな掃除がしたくて封印を解かせた訳じゃないのじゃぞ!」
キーキー泣き喚きながら、僕の頬をぎゅーっと掴んでつねり始める。
「痛い、痛たたたた、やめてください」
「貴様のせいじゃ! 貴様が情けないせいじゃ! この! このバカモブめ!」
――さて、ここで少し閑話休題。
懸命な諸君の事だ、もう気づいてると思うが一応説明させてもらおう。
この全身タトゥーだらけのエキゾッチックな幼女の名前は「ティトラカワン」
愛称は「ティト」で、ギルドの皆からもそう呼ばれてる。
あの妖艶で、大魔導師ロナを赤子の如くねじ伏せていた美女が、なんでこんな愉快な事になってるのかと言うと。
それは「僕に引きずられた」からだそうな。
なんでも、僕のレベルがあんまりにも低すぎたようで、契約もとい「契」をかわした僕の属性に強く引っ張られてしまったとか。
つまり、僕とシンクロした結果、レベルまでシンクロしちゃったとの事。
加えてよろしくない事に、僕は特別魔物との相性が悪いらしい。
だからそんな僕と契った今のティトは、だいたいレベル4ぐらいの力しかない
そんなわけで「長い一日」の時も、最初こそ威勢の良いティトだったが、ものの十分もするとみるみる内に肉体が若年化を始めて、十五分後にはロナのゲンコツで泣き出して戦闘不能になる、ただの九歳児が完成していて――
「ふざけるな! 酷いのじゃ! こんな、人間の奴隷なんて! 最悪なのじゃ! 儂を誰だと思ってるのじゃ」
僕の背中から降ろされた元魔王様は、そう言って僕の脛をガツガツと蹴り飛ばしてくる。
「痛いですって。もういい加減にしてください、またケイティさんに怒られますよ」
「う、うるさいのじゃ! 儂は子供じゃないのじゃあ」
涙目になって喚く元魔王様……不憫だ。
流石に可哀そうになった僕は、上着のポケットの中からある物を取り出す。
「ほら、『飴玉』あげますから、お仕事頑張って」
「そういう子供扱いをやめろと――」
僕は包み紙を解いて、ガラスの様に綺麗な飴玉を見せてあげる。
「――わぁ、綺麗じゃのう」
「これ、あげるから」
「本当なのか? 本当にくれるのかお前さん」
……可哀そうな事に、この魔物は砂糖への耐性が恐ろしく低い。
このように飴玉一つで、思考までもが九歳児並みへと低下する。
「はいよ、これでお掃除ちゃんと頑張れるよね」
「任せるのじゃ、儂を誰だと思ってるのじゃ!」
こんなのにロナの父親は殺されて、ダズは狂わされて、僕は踊られて、何百人もの探究者が殺されたのかよ……
「ところでお前さん、飴は噛むか? 舐めるか?」
「え? いや、舐める派ですけど?」
「おぉ! やはりお前さんは分かる人じゃな、嬉しいのう。大バカなロナは直ぐ噛むのじゃ、まったくあの女は本当に何もわかっとらん」
……ロナと仲良くなったのね。
頭が痛くなってきたので、僕は適当に「じゃあね」と告げると、さっさとその場を立ち去った。
――話は変わって、今の現状についてだけど。
とりあえずギルドは安定してる。
なんてったってギルド連盟に「ワイルドキーパーの完全討伐成功」っていう実績をでっちあげる事ができたからね。
「長い一日」については、出鱈目と虚偽で糊塗された「真実」だけが連盟に報告された。
その「真実」っていうのは……
勇敢なギルドマスター「ダズ・イギトラ」が、封印されていたワイルドキーパーの完全討伐に挑戦、精神攻撃に悩まされながらも「囁く者、ティトラカワン」を消滅させ、辛くも勝利を収めた。
しかしダズは戦闘による後遺症が強く残り、マスターの座を退くことを決意。
後任として偉大なる大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」を指名したと。
……そういう事になってる。
もちろんそこには僕の名前も、今幼女となって僕と一緒に雑用をさせられてるティトの名前も載ってない。
ダズとロナの間でのハイパー痴話喧嘩みたいな内紛もなかったし。
僕が魔物の話術にあっさり負けて、バカなスピーチを始めたりもしてない。
全部無かった事になった。
そんな訳で、今の僕は「一か月の謹慎処分」という罰則が科せられただけで、概ね今まで通りの生活を送ってるのだ――
大広間に着くと、ケイティさんとハルヴァーさんが居た。
なんだか二人とも楽しそうに、とても親密な様子でお食事をしてらっしゃる。
だから僕は邪魔しないように足音を忍ばせ、こそこそとその場を離れた。
大広間の奥には備え付けのカウンターがあって、その奥に厨房がある。
「すいません、僕です、あのーちょっといいですか」
僕はカウンターから身を乗り出すと、調理場の中に声を飛ばす。
すると、奥から一人の男性が現れた。
「なんだ、ルカか――」
漆黒のリザードマン。
ダズ・イギトラが不慣れな様子で、手に包丁を持ったまま現れた。
「――ついに決心したのか?」
「決心?」
ダズは僕の瞳をジッと凝視する。
「言っただろ、ロナを暗殺する決心だ」
「バ、バカな事言わないでください。そんな事するわけないでしょう!」
僕の大声に、何事かとケイティとハルヴァーが顔を上げる。
「いいやできる、ルカ君ならできる。君はちゃんと理解してるはずだ」
「やめてください!」
――さて、何故ここに彼、「ダズ・イギトラ」が居るのかを説明するには。
一先ずこの哀れな黒蜥蜴のステータスを見てもらう必要がある。
【名前:ダズ・イギトラ
HP:28/28 MP:4/4
ジョブ:ベルセルク
レベル:19
筋力:3 技量:2 知覚:2 持久:3 敏捷:2 魔力:1 精神:2 運命:2
武器スキル
片手剣(3)
両手剣(4)
両手斧(3)
大盾(3)
魔法スキル
変性(1)
アビリティ
近接適正
爪と歯
鎧砕き
レジストフレイム
レジストアイス
レジストエレキ
ビーストキラー
竜族の肉体
状態異常
トラウマ(深度9)
封印(深度9)
精神汚染(深度8)
退行(深度6)
怯懦(深度5)
装備
包丁
エプロン】
見ての通り、状態異常が山のように付加されていて、そのせいかステータスは軒並み十分の一にまで低下している。
どうやらこれは精神的な物に起因するらしい。
原因はもちろん、「長い一日」だ。
あの時……こう言っては何だが、僕以上に無様な醜態を晒す事になった彼は、心にとてもとても深い傷を負ってしまったようで、つい先週まで「そういう病院」に入院していた。
まぁ、当然だろう。
そもそも彼は最初から精神的に参っていたんだ。
そうでもなければ、あんな裏切りするわけない。
彼に一番必要なのは心の安寧、そして適切なカウンセリングなのだ。
……なのだが。
何をとち狂ったのか、大魔導師「ロナ・ヴァルフルアノ」様は、先週いきなり病院から彼を連れて帰ってきた。
彼女曰くダズは「もう治った」そうだが――
「で、どうやってあの血線術師を始末するんだ?」
治ってねぇ。
全然治ってねぇから。
「だから違いますから、やめてください。僕はただ、食べ物を作ってもらいに来ただけです」
「なんだ、飯か。まったく」
彼はそう不愉快そうにブツブツとつぶやくと、調理場の奥へと帰っていく。
「あ、あの、作って、いただけ」
「作るよ、まかない料理でも文句ないよね」
ダズの苛立った返事がして、次に何かを乱暴に切り刻む音が鳴り始めた。
音でなんとなく分かるが、彼は料理が下手だ。
下手というか、不慣れと言うか……
なんで大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」様は、彼を料理係に任命にしたのか理解に苦しむ。
「あれ? そういえば、ルカ君はさっき飯食べてたよね?」
「あ、いえ、これは僕のじゃなくてロナに届けるものです」
カッっと高い音響いて、包丁が止まる気配がした。
「ルカ君……」
「はい?」
「……毒殺か」
「だから違います!」
僕は思わずカウンターを両手で強く叩いてしまう。
「あぁそうだ毒はやめた方が良い、彼女は鼻が利く。現に俺も九層でああやって気づかれた」
再び料理が再開される。
僕はもうなんて言い返せばいいのかわからず、ひたすら深いため息を吐き出した。
可哀そうなダズさん。
でも、確かに先週まではもっと酷かった。
どれぐらい酷かったかというとだ。
ギルドの統合の延期が決定した夜、アウトキャストのマスター「リンツ・ルシャベルト」が僕らのギルドハウスに怒鳴り込んできた。
それに対して大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」様は毅然とした態度で臨み、荒れ狂う彼を連れ立って病室のダズを見せに行った。
その後リンツは大人しく直帰した。
「ほら、できたよ」
ダズの声が僕の物思いを断絶する。
そして彼はサンドイッチの様な物を持ってきた。
肉の端材を適当なパンで挟んだような……これがまかない料理なのか?
「文句あるのか?」
「い、いえ、ありがとうございます」
僕はとりあえず礼を言うと、そのサンドイッチをトレーに乗せる。
「礼はいい。それより今度はティトも連れてこい、三人で一回話し合おう。俺たちが協力すれば、きっと血線術師だって倒せるさ」
僕は何も返事をせず、そそくさとその場を立ち去った。
――大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」様は今や超多忙の身だ。
ちょっと前の僕と遊んでた時期とは大違い。
ほぼ一日中自室に缶詰で、ときたまの外出しても、それは大抵ギルド連盟からの召喚によるもの。
先代のダズがあれでアレであれなので、ただでさえ複雑なマスター継承の手続きが、途方もなく煩雑になってしまってるそうな。
問題はそれだけじゃない。
ギルド統合の危機は確かに回避されたけど、それはあくまでも一時的な対処療法だ。
結局このギルドは財政難だし、人員不足だし、いつ潰れてもおかしくない。
これからだ、これからがいろいろ大変なのだ。
ところで、何故あんなにギルドメンバーから嫌われていた大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」様がマスターを務めてるかというとだ。
まず嫌われてた理由を謝罪して払拭した、というのが大きいだろう。
つまり彼女は、自分の力を受け入れ、そしてそれを積極的に使う事を心に決めた。
自分が力を持ってる事に、責任をちゃんと取ると誓ったのだ。
そしてその最初の行動が、ギルドマスター就任だった。
彼女がマスターになれた理由は他にもいくつかある。
対立候補だったゼノビアさんがあっさり辞退したり。
あの憎きリンツは大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」様の事を甚く気に入ってたから、彼女が舵取りをするなら今までの様に辛くは当たらないと、非公式ながら伝えて来たり――
そんな事を考えてるうちに、僕は彼女の部屋の前にたどり着いた。
以前までの一般部屋とは違う、ギルドマスター用の大きめの部屋。
僕はその高価そうなブラッドウッド材で作られたドアをノックする。
「だぁれ?」
少女の声がした。
「僕です、ルカです」
「ルカ!? 入って、どうぞ入って!」
彼女の嬉々とした声が聞こえたので、僕は必死に作り笑いを浮かべながらドアを開けた。
「ルカ! え、どうしたの?」
うず高く積まれた書類の山脈。
その尾根の隙間から、純白の少女はその美しい顔を覗かせていた。
「いや、その、ずっと何も食べてないと聞いたので……」
「心配してくれたの? 食べもの作ってくれたの? いやだぁ嬉しい」
大魔導師「ロナ・ヴァルフリアノ」様はそう言うと手を叩いてはしゃぎだす。
――いつもこうだ。
ロナは「長い一日」の後も、ずっとこうやって、今まで通りに僕と接する。
それが、辛い。
それが僕にとっては、たまらなく辛かった――
「すいません、僕はまだ雑用が残ってるので」
僕はそう言うと、手近な書類の山の上にトレーを載せて、さっさと部屋を出ようとする。
「駄目ッ! 行かないで、久しぶりにちょっとお話しようよ」
「えっと、いや、その」
「じゃあ命令します、『ルカ・デズモンドよ、私の肩を揉みなさい』これはギルドマスターとしての命令よ」
うっ。
……仕方ない、まぁ覚悟はしてたさ。
僕は握りかけていた出口のドアから手を離すと、ロナの方へ向かう。
「あ、そのサンドイッチも持ってきて」
「はい、了解しました」
僕はトレーを手に持って、沈み込む気分を引きずるような重い足取りで、彼女の元へと向かう。
少女はニコニコと僕に微笑みかけていて、散らかった机の上にサンドイッチを置かせる。
そしてその華奢な背中を無防備に僕へとさらけ出した。
「さぁ、早くマスター様の背中を揉みなさい」
「了解しました」
僕はそっと彼女の肩に触れ、そして揉み始めた。
少女のその肉体は、僕の予想よりも遥かに薄く柔らかく、儚かった。
「……あぁ、いいよ。上手いじゃんルカ」
しっかり凝ってしまった彼女の肩を揉んでいると、僕の中のどす黒い罪悪感がものすごい勢いで膨らみ始めた。
こんな、こんな幼い彼女に僕は頼ってたんだ。
こんな小さな背中に僕が縋って、泣きついて、頼って……
そして最後は、斬りつけようとした。
ずっと僕の事を守り続けたくれた彼女を裏切ったんだ。
バカな妄想に囚われて。
なんて愚かなんだ。
僕は。
僕は……
「ねぇルカ、私も悪かったって思ってるんだよ」
「え?」
唐突な彼女の言葉に、僕は思わず言葉を詰まらせる。
「悪かったよルカ。ごめんね」
「え、何を……」
「記憶を全部なくしちゃって右も左も分からなかった君を、無理矢理ギルドに入れて、私にとって都合の良いような遊び相手にしてさ、挙句の果てにギルド間でのいざこざに無関係な君を巻き込んで――」
彼女はそう言うと、首だけを動かして僕と視線を合わせる。
「――ルカも大変だったよね。そりゃ、魔物に誘惑されて、あんな契約交わしちゃうよね」
少女はそういうと幸せそうなに眼を細める。
その瞳には策略や、嘲笑や、悪意なんて物は一片たりとも見えない。
今のこの状況に、僕と一緒に居られることへ対する純粋な安堵。
それしか見えなかった。
「うっ」
僕は思わずロナの肩から手を離し、自分の顔を覆う。
涙があふれてきたのだ。
唐突にその体液は僕の頬を伝い、そして僕をしゃくりあげさせた。
「なぁに? 泣いてるのルカ……」
彼女はそう言うと、椅子の上に立ち上がり僕の頭部を抱きしめた。
「……ごめんね、ずっと辛かったよね。貴方は貴方の事で一杯一杯だったのに、私甘えちゃったね」
「ちッ、ちがう、ちがッ、うんです」
違う、全然違う。
僕がただのクズだっただけの話だ。
僕がどうしようも無くて、自分の事さえもまともに見れないゴミだっただけだ。
だから。
だからそんな接し方しないでくれ。
僕に、そんな事をしてもらう価値は無い!
「ねぇルカ、今度また一緒にダンジョンに潜ろうよ。この仕事が終わったら二人っきりで」
やめてくれ。
そんな風に、僕に接しないでくれ。
僕はそんな事をされる権利はない。
僕は貴女を殺そうとしたんだ。
どうして貴女は、僕は……
「おッ、おねッがいです。ぼくにッ、やッやさしく、しないでくださいッ」
僕は必死にしゃくりあげながらそう言うと。
暫く彼女の胸の中で泣き続けた。
こうして僕の物語の始まりの一幕は、見事な終わりを迎えましたとさ。
――結論、僕は失敗した。
結局のところ、僕は「正しき道」を選べなかったのだ。
確かに僕は正しい道を選ぼうと努力し続けてた。
僕の選択を全部見返してみてくれ、その瞬間瞬間で見れば、どれもさほど間違ってるようには見えないだろう?
まぁ、つまりそういう事さ。
言ってしまえば僕は最初から「正しき心」を持ってなかったのさ。
正しき心をもってなければ、どれほど必死に「正しき道」を見定めようったって無理な話さ。
……でも、「正しき心」ってなんなのだろう?
僕がそれを見つけるのはまだまだ先の話だ。
それまで、僕はもうしばらくモブで在り続ける。
そしてもうしばらく、道を選べず迷い続ける。
それはとても辛く、歯がゆく、もどかしく、苛立たしく、そしてなによりつまらない物語だ。
でも、人生なんてそんな物だろう?
じゃあ、僕の話はここで取り敢えずお終いだ。
聞いてくれてありがとう。
嬉しかったよ、本当に。
この続きはまた何時か話せたら。
僕が「正しき心」を見つけられたら、その日にでも。
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