第2話
まるで、何千年も眠っていたかのようだった。
いかなる光も届かない闇の底、それはぬるま湯のように生暖かい。コポコポと気泡を吐きながら“俺”は、ただひたすらにまどろんでいた。
闇は平等だ。例えば、闇の中にいれば、容姿によって差別されることはない。自分自身の姿すら見えないからだ。
劣等感も、憎しみも、喜びも、愛情も、闇の中にいれば全てが曖昧になって、見えなくなる。だから俺は闇が好きだ。今日もコポコポと気泡を吐きながら、まどろみの中に溶け込んでいた。
でも、そこに突然光が刺した。最初はるか上のほうで、淡い光がわずかに灯るだけだった。だが光は急速に膨れ上がると、闇を食い尽くし、まどろみは破られた。
そうして、俺は初めて自分自身がどんな姿をしていたのか、知った。その姿は―――
―――蛍光灯の白い明かりが刺すようにまぶしくて、俺は目を覚ました。
混濁した意識が次第に覚醒し、視界もはっきりしてくる。最初に見えたのは白い天井だった。
(・・・知らない天丼だ)
おしい。正しくは知らない“天井”
などと思考回路のテストがてら、漢字クイズを終えると、俺は上体を起こそうとしてみた、だが―――
(体が・・・動かない・・・?)
まだ体は、まどろみから抜けきっていないのか、ピクリとも動かすことができない。
かろうじて動かせた首だけで、左右を見渡す。
真っ白い部屋だ。広さは12畳くらい。ベッドと、テーブルと、いくつかの医療器械が見える。俺はどうやら、この部屋で眠っていたみたいだ。でも、ここはいったいどこだ・・・?
(いや、それ以上に重要なことがある―――)
(俺は・・・誰だ?)
自分が誰だったのか、まったく思い出せない。
思い出せるのは、天丼のことだけ。サクサクに揚げられた野菜やエビの天ぷらを、ごはんにのせ、その上から甘しょっぱいタレがかけられた、ベスト・オブ・ジャパニーズソウルフードの一つ。うまい。超うまい。
エビ天はしっぽまで食べる派?残す派?俺は食べる派。
(・・・じゃなくて。なんで、自分のことは忘れて天丼のことは覚えてるんだよ・・・ひょっとして俺、天丼なの・・・?)
自分の正体が天丼である可能性はいったん忘れ、今度こそ自分は誰なのか思い出そうと、脳内PCのメモリをフル稼働させる。
―――すると。
(・・・そうだ、俺は・・・・・・むくどり・・・椋鳥草太。・・・高校・・・2年生・・・だ)
どうやら俺の脳内PCのスペックはそこそこ優秀らしい。思い出した、俺は椋鳥草太。県立青葉高校2年生だ。
名前以外も思い出すため、さらに記憶をたどる。・・・次は家族構成だ。
(確か・・・親父と、母さんと、妹の・・・4人暮らし・・・だった)
どんどん思い出してくる。いいぞ、その調子だ。
(夏休みで・・・俺以外の家族は旅行に行ってて・・・俺は、受験勉強をしてたんだ。それで、友達いないから、一人マックで勉強・・・一人で・・・)
・・・あれ?なんか目からオイルが・・・ははは、まいったね、ってゆーか。
ぼっち発覚。
検索やめて脳内PC!そういうの思い出さなくていいから!
しばらくさめざめと泣いた後、俺は再び自分のことを思い出そうとする。
(もっと重要なことがあるはずだ、何で俺は、こんな病室で寝てるんだ・・・?)
思い出せそうで思い出せない。くしゃみが出そうで出ない、あの感覚だ。どうして自分がこんなところにいるのか、喉まで出かかっているのに。
再び脳内PCをフル稼働させる、何より重要なことだ、思い出せ―――
(・・・・・・4文字・・・そうだ、この状況の全てを表すのは、4文字の言葉だ・・・)
目をつむり意識を集中させる。汗がにじむ。頭がもうろうとする。
(××××だ・・・それが、今ここにいる理由。俺は・・・俺は・・・!)
意識がバーストする。そして紡ぎだされる、4文字の言葉。俺は―――
「―――俺はロリコンだ‼」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・え?いらなくね、この情報。
海賊王に俺はなる!くらいのノリで叫んだけど、ぜんぜん格好よくないからね?何へんな情報検索してんの、俺の脳内PC。もう君とはやっとれんわ!
(・・・あれ?)
そこで、初めて違和感に気づく。さっき自分で紡いだ言葉・・・いや、声を思い出す。
(俺の声・・・こんなに高かったっけ?)
ふと、自分の体に力が入ることに気が付く。さっき大声をだしたからか、まどろみは体からすっかり消えていた。
さっそく上体を起こすと、自分の足が目に入った。でも、それは―――
(あれ・・・足、小さすぎないか・・・?指も細いし、すね毛もない・・・)
言いようのない、不気味な感覚に襲われる。そうだ、手は・・・?
両手を目の前に持ってくる。すると―――
(やっぱり、手も小さい・・・⁉ってかこれ、まるで女の子の手・・・)
汗が噴き出す。心臓が激しく鳴って、息が苦しい。俺の体は一体、どうなってるんだ・・・⁉
ふと、起き上がった前方の壁に、全身鏡があることに気が付く。
確かめたい、でも、確かめたくない。そんな安心したい気持ちと不安が脳内をぐるぐる駆け巡る中、俺は鏡の中に映るその姿を見てしまった。そこには―――
「うそ・・・だろ・・・?」
サラサラとしたロングの黒髪が、リボンで左右に結ばれている。端整だが幼さの残る顔だちと、ぱっちりした瞳は、ネットか何かで見たアイドルをほうふつとさせる。華奢な手と脚も、明らかに男子高校生のものではない。中学1年生だった妹より、あるいは幼く見える。
(こんなの、あり得ない・・・だろ・・・!)
あり得ない。そう何度も自分に言い聞かせるが、鏡は非情な現実を映し出していた。
椋鳥草太、高校2年生は―――
「女子小学生に・・・なってる・・・‼」
異世界から女子小学生が攻めてきたから俺たちの出番のようだな @gyuunyuunomio
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