召喚獣にお願い。

るし

召喚獣にお願い。

 ラノベとかで良くあるだろ? ある日突然、異世界に召喚されましたって話。うん、今ちょうど俺の目の前で起きてるんだけど。


「初めまして。僕はサリュー=フィリス。召喚獣である君と契約したいんだ」


 俺を召喚したやつらしい。そう言ってこちらに向けた顔は、文句なしの美形。さらさらしたプラチナブロンドの髪とサファイアブルーの瞳。生憎語彙力の乏しい俺じゃ、表現し切れないんだが、そうだな、まるで凍てついた冬の夜みたいに冷たそうで綺麗だ。

 そいつは自己紹介した後俺の方を見ると、驚いたように目を見開いて固まった。あれ、なんか俺変なのか。


「召喚獣?」


 聞き慣れない呼称に首を捻る。どうやら俺の事らしいが、さっぱり心当たりがない。サリューは俺の質問で我に返ったのか、大きく頷いた。


「あ、……あぁ、そうだ。この世界では力あるものは、異世界より召喚獣と呼ばれるものを喚び出す事が出来るんだ」


 彼の話によると、召喚獣は召喚者を守るために居る存在で、召喚者は一生に一度だけ、自身の持つ力に応じて、その存在を異世界より喚び寄せる事が出来るのだそうだ。

 そして俺がその召喚獣らしい。


 いや、俺特に何の取り柄もない平凡な男なんだけど。学校の成績も可もなく不可もなく。運動神経もそこそこ。そんな俺でもなれるものなんだろうか。

 まぁ、たった一度切りしか召喚出来ないものらしいし、俺がポンコツでも我慢するしかないんだろうけど。


「そんな事はない。君は凄く魅力的だよ」


 サリューは力強く、そう請け合った。あのぅ、魅力的って、それ慰めになってないんだけど。意味解らないし。

 断るって言っても、いきなりこんな見も知らない世界で生きていく術もない。喚び出したサリューには文句を言いたいとこではあるが、それが風習? みたいだし、良くない事だと思ってなかったみたいだしな。

 結局、どうせなら誰かの役に立つ方が良いと思って、サリューの側に居る事にした。俺に何が出来るか分からないけど。


 案の定、何も出来ない俺はサリューの足手まといでしかなかった。出来る事と言ったら、彼の話し相手と言うか、一緒にご飯を食べたりお茶を飲んだりする位だ。

 一生に一度しか喚べない召喚獣だぞ。勝手に喚ばれた立場とはいえ、役立たず過ぎてサリューに申し訳ない事この上ない。


 たまに会う同じ召喚獣からも、胡乱な視線を向けられるし。第三王子の召喚獣は穀潰しだってもっぱらの噂だそうだ。あ、第三王子ってのはサリューの事だ。彼はこの世界でもそこそこ力を持つ国の第四王位継承者でもあるらしい。ますます申し訳ない。


 確かにそう言うだけあって、他の召喚獣は凄い。サリューに連れて行って貰った、召喚獣のお披露目の模擬演習で見た他の召喚獣は、はっきり言ってチートだ。対象物を凍らせたり、空を飛んだり壁を溶かしたり。まぁ、みんな俺と同じ世界から来た訳じゃないらしく、形状は様々なんだけど。


「大丈夫だ、ヒイラギが一番美しい」


 いやサリュー、美しいってなんなの。あ、ヒイラギってのは俺の名前ね。内海柊っての。俺が美しいってのはあり得ないし、そもそも召喚獣って美を競うものじゃないだろ。


「あれ、柊?」


 まぁ、そんな感じで日々を過ごしていたんだが、ある日いつものように中庭で昼寝をしていたら、名前を呼ばれた。目を向けると見知った顔。


「達弘?」


 この世界で会えると思っていなかった、元の世界の知人というか友達だ。同じ学校のクラスメイト。久々に会う懐かしい姿に、あっという間に涙腺が崩壊する。


「うわっ、おい大丈夫か?」


 大丈夫じゃないです。知り合いに会えた事で、どれだけ自分が元の世界を恋しがってるか自覚した。苦手だった勉強すら恋しい。今なら気に食わなかった担任の、寂しい頭部にも愛を囁けそうだ。

 達弘はハンカチを取り出して俺の涙を拭うと、ぽんぽんと頭を撫でた。


「お前あっちじゃ行方不明になってるぜ」


「達弘も召喚されたのか?」


 ぐすぐすと、鼻をすすると気になった事を尋ねる。


「そうだぞ」


 達弘がこっちに来たのは一週間前。召喚したのは第二王子だそうだ。会った事はないけど、サリューの兄って事か。


「役立たずな第三王子の召喚獣って、柊の事だったのか」


「うん……」


 うぅ、やっぱ噂になってんのか。事実だから、返す言葉もない。


「サリュー殿下って、王国史上でも希代の能力者だってんで、儀式の時は随分期待されてたみたいだぜ」


「そうなのか」


 初めて知る、自分の召喚者の評価。サリューってすごいやつだったんだな。なのに蓋を開けてみたら無能な俺が召喚されたと。そりゃ、周りの風当たりも強くなるよな。

 第三王子であるサリューの手前、面と向かっては何も言ってこないけど、陰でかなりこき下ろされてるみたいだし。


「それにしても、ずっとこっちに居るのか?」


「ずっとって?」


 達弘の問いに首を傾げる。ずっとも何も帰れないんだから仕方ない。


「帰れない? そんな訳ないだろ」


「そんな訳って……」


「俺帰ってるぞ」


「へ?」




◇◇◇




「サリュー!」


「どうした、ヒイラギ」


 俺は達弘と別れると、真っ直ぐにサリューのところへ行った。ちょうど執務中だったらしく、俺が部屋に入ったら、書類から顔を上げてこちらに視線を向けて来る。


「あ、ごめん!」


「いや、大丈夫だ」


 邪魔しちゃいけないと踵を返そうとすると、サリューは立ち上がって俺の側へとやって来た。


「ちょうど息抜きをしようとしていたんだ。何かあったのか?」


 俺の手を取り近くにあるソファーに座らせると、サリューもその隣に座る。心配そうな表情で、顔を覗き込むように見つめられ、なんとなく居心地の悪さを感じた。

 出会って以来、サリューは何かと俺に気を遣ってくれる。顔良し、頭良し、背もすらりと高く、なにより王子様。これで能力とやらも高くて優しいとくれば、ほぼ無敵だろう。まぁ、俺なぞに真価を発揮するのは無駄な行為だとは思うけど。

 握られたままの手が離れないかと試行錯誤しつつ、俺はここに来た目的を思い出した。


「サリュー、俺と契約してくれ!」


「……何故いきなりそんな事を言うんだ?」


「何故って……、そりゃ俺そのために来たんだし」


 達弘の話では、召喚獣が力を発揮するためには召喚者と契約しなければならないそうだ。契約しないとそもそも何も出来ないらしい。

 こちらの世界に来てから、それらしい儀式はなにもした覚えがないから、俺たちはまだ契約していないんだろう。召喚獣である俺が無能な訳だ。

 契約したからといって、この俺が無敵になれるとは思えないけど、今よりは役に立つようになると思う。


 そう言えば会った当初、サリューは確かに自分と契約してくれと言っていた。頭の良い彼が契約するのを忘れるとは考えにくいけど、実際俺は何も出来ないしな。

 俺の言葉に諸手を挙げて同調してくれると思ったのに、サリューはなにやら考え込んだ。


「ヒイラギは契約したいの?」


「したいのって、……サリューはそのために俺を喚んだんだろ?」


 まさか喚んだ当の本人に尋ね返されるとは思わなかった。

 召喚獣の仕事は、主である召喚者を守る事。俺が能力を発揮できるようなれば、その仕事を与えられるようになるだろう。現代日本の、のほほんとした空気に漬かっていた俺は、本当のところ少し怖いけどな。


「うん、初めはそのつもりだったんだけど……、実際ヒイラギと会って思ったんだ。僕は君を危ない目に遭わせたくない」


 ぎゅっと、握られたままの手に力が篭る。もう片方の手も伸びて来て、両手で包み込まれて見つめ合う俺たち。え~っと、居た堪れなさ、半端ないです。


「それにヒイラギの美しい顔に傷でもついたらと思うと……」


 いや、俺自他共に認める平凡顔だから。そもそもそれ、男に言う台詞じゃないと思う。第一、


「契約して力が発揮出来るようになったら、家に帰れるんだろ?」


 俺の言葉に、サリューの肩がピクリと揺れた。達弘の説明では、召喚獣は普段自分の世界にいて、召喚者の危機に応じて喚び出されるらしい。つまり契約すれば元の世界に戻れるという事だ。

 契約は少し怖いし、サリューが心配してくれるのは嬉しいけど、俺は家に帰りたいんだ。


「それに力が発揮出来るようになれば、もう俺役立たずじゃなくなるし、サリューを助ける事も出来るみたいだし」


「役立たず? 誰かそんな事を君に言うやつがいるのか?」


「居るっていうか……」


 面と向かっては言われた事ないけど、わざとらしくヒソヒソ話す声は聞こえるし、もの言いたげな視線は常に感じてる。


「そいつらは後で処分するとして、僕の事は気にしないで良い。召喚獣なんていなくても、自分と君の身くらいは守れる」


 まぁ、王国史上希代の能力者らしいし、余裕なんですね。しかしなんでそこに俺が入ってるんだよ。いなくてもって、そもそも俺が召喚獣だから。というか、今なんか怖い事さらっと言わなかった?


「あ、あのサリュー? 事実だし、俺は気にしてないからね」


 優しい彼が物騒な事をしないと信じてるけど、異世界だし、考えてみりゃこいつは王族だし、立場的にしても不思議じゃない。一応釘は刺しておかないと。

 真面目な顔で俺がそう言うと、サリューはほんわりと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ヒイラギは優しいな。僕の役に立ちたいだなんて健気だし。外見だけでなく、心まで美しいんだね」


「その辺りの見解については、後ですごく反論したいんだけど。で、契約してくれないの?」


 うっとりとこちらを見つめるサリューの手から、自分の手を解放すると、俺は彼に詰め寄った。サリューにとっては役立たずじゃない召喚獣を得られるし、俺にとっては家に帰れる。どう見てもウィンウィンの関係じゃないか。


「契約したいの?」


「うん」


 当然だろう。誰だって自分の居場所に戻りたいと思う。今みたいにサリューの世話になったまま、のんべんだらりと寝て過ごす、飼い殺しのような人生は嫌だ。


「解った。契約しよう」


 サリューはそう言うと立ち上がり、執務机の引き出しから小箱を取り出した。中に入っていたのは、手の平サイズで銀色の、シンプルな丸い輪っかが二つ。

 彼は俺の隣に座り直すと、左手を取り、輪っかを通した。輪っかは手首の辺りで留まると、肌に吸い付くように縮んだ。言われるままに彼の右手にも輪を通す。


「じゃ、今から僕の言う通り繰り返して」


「うん」


『私ウツミヒイラギは、サリュー=フィリスを人生の伴侶とし、片時も離れる事なく、生涯を共にする事を誓います』


 言われるままに続けて口にして、何となく違和感を感じる。この文句って、守るものと守られるものってより、なんか別のもののような気がしてしょうがないんだけど。

 首を傾げてる間に、サリューも名前を入れ替えた同じ文句を繰り返した。台詞が終わると、お互いの腕輪がほんのりと光り始め、輪の表面を取り巻くように、何やら文字が浮かび上がる。


「これで良いのか?」


「うん」


「じゃ、俺帰れるんだな」


「それは無理」


「へ?」


「今したのは婚姻の契約だから、召喚の契約とはまた違うんだ」


「なんですと!?」


 コンインって何? なんか俺、今頭の中でおかしな変換したんだけど、まさか違うよな。


「美人で健気で、僕の役に立ちたいだなんて可愛い事を言う君と結婚出来て、すごく幸せだ」


 好きだよと、手の指を絡められ、腰を引き寄せられて腕の中に抱かれた。これって恋人繋ぎとかいうやつだよなとか、この世界にもあるのかと、ズレた事を考えている内に綺麗な顔がアップになって、唇が重なる。


「……んっ」


 口の中に潜り込んで来た舌に、心の中で悲鳴を上げた。ちょっと待って、一体何処からそんな話しになったんだ!?


「召喚契約して君が危険な目に遭うのは嫌だし、でも僕の役に立ちたいって言ってくれたし。君みたいな人が僕をずっと側で支えてくれたら嬉しい」


 散々貪られ、更にはベッドに運ばれてアレやコレや致されてグッタリしている俺を、サリューは嬉しそうに抱き締める。いや、確かに役に立ちたいって言ったよ。役立たずは嫌だって思ったよ。

 でもそういう形で役に立ちたいなんて、微塵も思ってなかったんだけど!?

 もちろん抗議したのだけど、この手の契約は解除出来ないと言われてしまった。


「ヒイラギ、愛してるよ」


 泣き濡れる俺の背を、優しく撫でるサリュー。


「ヒイラギは僕の事嫌い?」


 間近で綺麗な顔に見つめられ、思わず口ごもる。いや、許可も取らずに召喚され、騙し討ちみたいに結婚させられたけど、サリューはすごく優しくて良いやつだし、嫌いではないというか。

 むしろ抱き締められて好きだって言われてドキドキしてるとか、おかしいよな。俺って面食いだったっけ。腹が立つからそんな事言ってやらないけど。

 多分顔が赤くなっているだろう、黙り込んだ俺に、サリューは飛びっきりの笑顔を向けた。




 そんな感じで始まった俺の異世界ライフなんだけど、俺がうっかり世界を救っちゃったりするのは、また別の話。

 でもね、一言だけ言わせて欲しい。

 お家に帰らせて。ダメ? あ、そう。

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