人形賛歌

流浪

 天上区。屋台街の賑わう通りを外れ、墓野区の中心へ向かう夜道を進んで往きます。

 夕暮れ時に出立し、始めの内はよたよたと杖を使って三本足、すっかり夜になる頃に二本足に成り、拙は、かの太陽の謎掛けで云えば次は四本足かしらん、と心の中で面白がって居りました。時折、未だ息の有る錆び付いた街灯が、然し、幾度も死にそうに途切れ、じじじと唸る音や、野良猫の悲鳴は有っても、殆ど辺りはしんとして、ひとの気配は感ぜられませんでした。


 拙は墓野区の、旧くは商店街だったと云う通りへ向かっておりました。屍肉貪る群れが在る、と真しやかに噂され、実際、其処へ向かった者がめためたに退治されて帰ったのが昨日の事。再起動後の訓練の一環として、拙は数人の兵士と共に、その商店街へと徒歩で向かったのでした。

 鎧戸が閉じ、其れが破壊と云う形で抉じ開けられた、乱暴なみちに辿り着くと、気配は無くとも、視線が、じわりと首筋を撫ぜました。散開し、戸棚や床裏を覗き込むと、時々、人間の絡まったのが詰まって居りました。無線で応援を呼び、其れ等を丁重に引き摺り出し縛りあげると、おいおいと泣き出したり、暴れ出すもので、そうした者は一人ずつ大袈裟に処置をすると、大抵はすんと大人しくなるのでした。中には弥奔語の通じない者も多く居りましたが、程近い音声を交わし(恐らくは独自の言語を創り、話しているのでしょう)そして拙らの言葉を理解している者が、其の拙い音に翻訳し黙らせました。

 また、子供も多く紛れて居りました。文化の割に随分と肉の付いた子供です。天上区の家畜と変わらないような、ぶにゃぶにゃと柔らかいのを見て、此れは愈々いよいよ嗤って居られないぞ、と一人が言いました。気を付けろよ、恐水症もあるかもしらん。確かに、墓野にはよだかの連中だって近寄らない位ですから、可能性は充分に有ります。使い捨ての身体を持つ拙が生きてる者の処理を引き受け、衛生兵、技術兵どもには、死んだ者と、其れ等の住んで居た処の調査に走らせました。


 生け捕りにした者に札を取り付けて居ると、一人の女が拙の顔をぎょろりと睨み、垢の溜まった口角を開きました。

「ひとでなし」

実の所、拙はほんとうにひとでは無い為、殺した捕虜やよだかの其の言葉を聞く度に、むずむずとした、喉が曖昧に擽られる感覚が有りました。

「おまえが人である証左はあるの?」

兼ねてからの痒みに、拙はつい問うて仕舞いました。無論、其の言葉は、人道的で無い、と云う意味だと理解しております。然し、引っ掛け問題の解けないのに似た苛立ちが、──特に期待をする訳ではありませんが、気付くと唇から零れておりました。


 と、同時に無線が鳴りました。捕虜の扱いの、事務的な連絡でした。拙は女からこたえを聞く事も無く、識別票を付けた数人を雑に選んで護送車へ閉じ込め、残った者をひと塊に纏めました。

「人肉の味を覚えた犬は、飼えないそうです。左様成ら、ご機嫌良う」

 弥奔の規定に拠ると、彼等は人ではない様です。作戦の当初から指示されていた通りに、用意していた瓦斯厘缶を、戻った兵士と共に彼等の上へ撒きました。歪んだ大鍋に入った腐りかけの内臓と、も其処へ投げ込むと、命乞いをしていた連中が、死体を一々避けようともがきました。腐臭に吐くものも在ります。此の死体を作ったのは彼等なのに。拙には、女の言う”ひとでなし”の所作と、そうで無いものの違いが、理解出来ないまま、其れ等が動かなくなるまで立ち尽くして居りました。


 炎は随分と長く燃えました。始めはぎゃあぎゃあと騒がしくしていた連中も、一人倒れ、二人倒れ、すっかり静かになる頃に消火剤を撒きました。声の中に、の女の声も、聞こえた気がします。黒焦げの死体を、凡そ一つずつ分けて袋へ詰めてから、大本営への帰路に就きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

単身神風 旺璃 @awry05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ