第11話「洞穴の暗闇」

 太陽の光もほとんど入らないはずの洞穴が、松明たいまつのオレンジの明かりに包まれている。

 まだ外は明るいのに、薄汚い野郎共は洞穴で群れていた。


「遅かったじゃないか、カノン」


 そう洞穴に入ってきた少女に、低く声をかけるのは無精髭を生やした片目のない男。

 手には盗んできた金貨をジャラジャラと鳴らせて、品のなさを際立たせている。


「大変な目に会ったんだ、でも……言われた時間までには帰ってきただろ」


 少女は片目のない男の顔を見ずにそう返す。

 少女は苦手だった、この男の打算的な目が。


「お~い~カノン、てめぇ今日はちゃんと盗んできたんだろうな」


 そう言って、べっとりと脂ぎった手で少女に触れるのは120kgはあるかと思われる巨漢の男。

 片目のない男に仕える20人の盗賊の内の一人で、その盗賊の中でも少女が一番嫌う男だ。

 盗賊の仲間になりたくないという少女に、片目のない男、頭(かしら)の命令とは言え、うんというまで殴ってきたのはこの男だった。


「触らないでっ! あと……今日は駄目だった」

「お~い。それは駄目だろ。頭~、こいつ今日も収穫ゼロみたいですぜ~」


 片目のない男は巨漢の男の言葉に酒を仰ぎ笑いながら答える。


「それじゃ~残念だな。カノン、お前は今日飯抜きだ。働いてないからな。どうしても飯が食いたきゃ、そこらへんに転がってるカビたパンでも食うんだな。ハッハッハ」

「だとよ、カノン。じゃあ」

「やめろ! 離せ!」


 巨漢の男は少女の肩を掴み軽々と持ち上げ、洞穴の中の明かりの届かない暗闇に投げつけた。


「そこでうずくまって、俺らの食事風景でも見てろよ。ぐはっはっは」


 今日も食事がもらえなかった。

 服はボロボロで、少女の太ももからも血がツーっと流れ出す。今投げ飛ばされた時に足を石で切ったのだ。

 でも少女はそれぐらいでは涙を見せない。涙を見せれば、やつらがそれをさかなに酒を飲むことを知っていたからだ。


 お母さん、お父さん。

 いなくなった人のことを、二度と帰っては来ない人たちのことを考える。

 なにもすることのない暗闇の時間、いつも少女は楽しかった日々のことを思い出していた。

 けれど、その瞬間はいつも突然最悪の情景に打ち消される。村を捨てたあの勇者の氷のように冷たい視線を必ず思い出すからだ。

 あいつだけは……勇者だけは、決して許せない。思いはいつもそこに行き着いていた。

 ふと、今日出会った、正確には捕まったと言ったほうが正しいのかもしれないが、あの二人の人物のことを思った。「助けは求めないのか?」か……。あたしは……。

 少女は纏まらない頭を小さく振った。

 そこからは思考を停止し、ただ五月蝿うるさいだけの盗賊の話を聞き流すだけだ。


「頭、いつあの町、ソレスを落とすんですかい? 元魔猟である頭の力を持ってすれば町の衛士なんて、敵じゃないですし、そろそろ」


 20人の片目のない頭に仕える盗賊の一人、長髪の男がナイフを回しながらそう頭に問いかける。


「そ、それはだな。まだ、もう少し後だ。あの町が最高に潤った瞬間を襲えばいい。今はあの町に運ばれる荷を盗むだけでいい。時を待て。その時になれば、指示を出す」


 頭は少し焦りを見せるように、そう長髪の男に告げる。


「頭がそう言うのなら……分かりました」


 長髪の男はなおもナイフを回しながら、しぶしぶ引き下がった。


 すると突然――。

 ドゴーン。

 雷鳴が落ちたような大きな音と、それに伴い地響きが起こる。

 立っていた盗賊が立ってもいられず体制を崩し地面に倒れるほどの衝撃は、なにかが近くに落ちたことを意味する。

 慌てふためく盗賊たち、そのほとんどがその状況を理解できない中、たった二人だけ、松明が倒れ暗く沈んでいく洞穴の暗闇の中で、その意味に気付く者がいた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 地響きの正体、近く落ちたモノを確認するために盗賊達と少女は洞穴の外に出る。

 洞穴を出た盗賊と少女の前、距離にして20メートルほど先にいたのは――魔物だった。

 近くに落ちたモノ、今しがた誕生したばかりの存在は棍棒や剣を持ったゴブリンの姿をした魔物で、しかも複数いた。

 7体のゴブリン達は動かず、まるで体に魔力が馴染むのを待っているかのようにたたずんでいた。


「お頭あれって、まさか……」

「いや、そんなはずはない!! ここはレオード地方だぞ!!」


 そうここは魔物の出現がほとんどないとされるレオード地方。魔物なぞ出現するはずがない。

 だが……。


「ですがあれは、間違いなく人ではなく……」


 盗賊の頭の顔はとっくに青ざめていた。なぜなら既にその魔物の姿を確認する前に気付いていたからだ。否定する言葉を部下に吐くが、頭ではとっくに理解していたのだ。

 恐らくそれは元魔猟だったのなら、決して見せるはずのない姿で。それは一つの嘘を暴き出すものでもあった。


 ウギギ。

 野生を帯びた声を出し、一匹のゴブリンが盗賊達を見つけた。

 するとそれに木霊こだまするかの様に、一斉に他の6体のゴブリンが振り返るように盗賊たちを目で捉えた。


「げっ、気付かれた、まずい。おい逃げるぞ」


 逃げようとする片目のない頭の手を巨漢の部下が止める。

 

「何を言ってるんですか、頭~。俺たちに見せてくださいよ、元魔猟の力を。あんなやつら、99体の魔物を斬ったというその自慢の魔剣でやっちゃってくださいよ~」


 焦る盗賊の頭とは対照的に部下たちはまだ余裕の顔を見せていた。

 そしてこの余裕が、盗賊の頭の嘘が、この盗賊たちの逃げる時間を奪い、そして殺した。

 もうゴブリンたちは動き出している。

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