第10話「泥棒の少女」

 逃げる少女と追いかける俺。

 幸い気付くのが早かったし、年齢差もある、捕まえるのは時間の問題だった。

 それにこの程度なら魔力を使って肉体強化をするまでもない。


「おい、待てよ」


 少女が路地裏に逃げ込んですぐ俺は少女に追いつき、肩を掴む。


「離せっ! 離せよっ!! アタシはお前の銭袋なんて盗んでいない」

「俺はまだ何も言ってないだろっ! だけど、それを知っているってことはやっぱり俺の銭袋を盗んだのはお前じゃないか!」

「それは……うぅ……」


 自分から墓穴を掘り、言い逃れできないことに気付いた少女は抵抗を止めた。


「ユアンさん、大丈夫ですか?」


 遅れてケイリィも到着する。


「大丈夫。犯人は捕まえたよ」

「この子が?」

「ああ。ケイリィ、たぶんこの子の服の下に俺の銭袋が入ってるはずなんだ。俺には取れないから取ってくれないか?」


 そう、俺の目には明らかにおかしい服の膨らみが見えていた。

 例えるなら、なにもないはずの畑にグリーンボールがなっているようなもので。


「ええ、でも――分かりました」

「や、やめろっ!」


 ケイリィは嫌がる少女を無視して、服の下に手を入れていく。

 少女の方も俺が手を抑えているから、抵抗のしようがなく、されるがままだ。


「――ありました」


 ケイリィは少女の服の下から、ジャラジャラと音が鳴る、って言ってもそんなにお金は入ってないのだが、銭袋を取り出した。

 銭袋の口を縛っている紐が赤色なことからも、完全に俺のだ。

 ケイリィに視線を飛ばし、逃げられないように二つの逃げ口を俺とケイリィでふさぐ。


「なんで盗んだんだ?」


 俺は掴んでいた少女の手を離し、そう問いかける。

 別にこの少女を町の衛士に引き渡して牢屋に入れるつもりはなかったが、理由が知りたかった。

 こんな少女がボロボロな服を着てまで、盗みを働かざるえない理由を。


「これしか――あたしには生きる道がないから」


 少女は小さくそう言った。


「これしか? 盗むことでしか生きられないというのか」


 俺も農家だったから貧乏な気持ちは分かるが。

 それでも――盗みをしなければ生きていけないほどではなかった。


「あたしは盗賊なんだ。だからこうしないと生きていけない。そして逃げることもできない。逃げればかしらに殺される」


 盗賊、それは町や村はては道行く旅人から、場合によっては殺してまでモノや金を盗みとる組織。

 俺の住んでた村近くにはいなかったが、やはり町の近くとなるとそういう賊も出てくるのか。


「じゃあなんで――盗賊になんか入ったんだ。そもそも盗賊にさえ入らなければ――」

「勇者のせいだ!!」


 声を張り上げて少女はそう叫んだ。

 怒りのこもった声、特に「勇者」の名を呼ぶその声は怒りを超え、憎しみすらも感じられる。


「アタシはほんの一年前までは幸せだった。平穏な村で、裕福ではなかったけど優しいパパとママと暮らしていいたんだ。だけど……あの――誰よりも冷たい目をした勇者が現れた日、私の幸せの日々はなくなった。勇者はアタシ達を――助けてくれなかったんだ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とケイリィは盗賊の少女の話を黙って聞いていた。

 口を挟むことがはばかられるほどに、それはひどい内容だったから。


「勇者がアタシ達の村に泊まった日、突如魔物の群れが村近くで発生したんだ。覚えているのは村人の悲鳴に包まれ、赤く燃えあがる地獄のような村の光景。だけど、村人には、アタシ達には希望があった。なぜならその時村には、魔王をも討ち滅ぼす存在、光の勇者がいたから。けれど、勇者は助けを求めるアタシたち村の人をゴミを見るような目で見ながら「関係ない」と言った。そして自分だけ魔物の群れを突破し、村の外の暗闇に消えていった。アタシはパパとママや村の人が身を呈して助けてくれたから、一人だけ逃げることができた。そして次の日、再び村に戻ったらもうそこには何もなかった、みんな死んでいた」


 勇者が困っている人々を助けたという話は確かにほとんど聞いたことがない。

 けれど――目の前で助けを求める死にひんする人々を放置して、姿を消した。これはまた別の話だ。

 それはもはや残忍ざんにんなことだから。本当に勇者が!?


「ケイリィ、勇者が本当にそんなことをすると思うか?」


 俺は思わず、勇者管理局のケイリィにそう聞く。

 俺よりも勇者のことについて詳しいはずだと、思ったからだ。


「にわかには信じられません。勇者は人々の希望の存在ですから。ただ――勇者はあくまで魔王出現に対する抑止力ですから、魔物から人々を助ける義務は課せられていません。そう考えると可能性としては――ゼロではないのかもしれません」


 可能性としてはゼロではないだと!?

 そんなことが許されるのか!?

 確かに勇者が魔物を倒したという話はあまり聞いたことはない。それでも、力があるのにあえてその力を使わずに、人々を見捨てる、そんなことが本当に……!!


 俺はいつのまにか手のひらに跡が残るほど強く拳を握り締めていた。


「これは本当なんだ……! アタシは嘘なんか付いていない!! そして親を失い、行く場所もなくふらついていたところに甘い言葉をかけてきたのが、あいつらだった。アジトについてあいつらが盗賊だと知って逃げようとした時にはもう遅かった。アタシは捕まり、仲間になると誓うまで、ひたすら殴られた」

「……ひどい」

 

 ケイリィが思わずそう言葉を漏らす。


「でも――もう慣れたから大丈夫だよ」


 少女が「大丈夫」という口調はさっきまでの暗い感じではなく、少し明るかった。

 けれど、俺の目には不幸を全て受け入れた風にも見えて――。


「助けは求めないのか?」


 俺は思わずそう聞いた。


「助けてくれるの? でもたぶんそれはできないと思うよ。アタシの入っている盗賊の頭は元魔猟もとまりょうなんだって。普通の人じゃ絶対敵わない。だから助けようと考えなくていいよ。アタシのために死なれたら悲しいし」


 元魔猟の頭か。

 魔力を扱い、魔物を倒し魔石を売ることで稼いでいる集団、それが魔猟。

 その魔猟をやめた者が、盗賊の頭になったのか。

 たしかにそれなら、一筋縄ではいかないのかもしれない。それでも――。

 

「じゃあ、そろそろアタシを開放してくれるかな。もうそろそろ帰らないと、また殴られちゃうから。あっ安心して、しばらくはこの町での盗みはしないから、捕まっちゃったしね。他を当たるよ」


 そして――俺はその少女が再び盗賊の下まで行くのを止めなかった。

 いつもの俺なら止めていたはずなのに。


 勇者である俺が助けても、それは彼女のトラウマを呼び起こすだけで喜ばれることもなく、ただ罵倒されることだってあるかもしれない。それがどうしようもなく、この時は怖かったのかもしれない。

 だから――その一歩が踏み出せなかった。


「なあ、ケイリィ。――勇者である俺が、彼女を助ける資格なんて……あるのかな」


 気づくと俺は、なおも拳を強く握りしめたまま、まるで震えるようにケイリィにそう聞いていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 太陽がちょうど真上に登りきる頃、俺とケイリィはようやく魔石商の看板を掲げている店に着く。

 店内に入ると他に客はいなく、『従業員募集中」と張り紙が大きくしてあるのだけが目に付いた。

 そして3分後――。


「へぇ~。お客さん、これは青の魔石で、しかもその未使用品と来たもんだ。この地方ではこのレベルの魔石はなかなかお目にかかれないのでね。少し興奮しちゃいやしたよ。これを買い取ればいいんですかい?」


 丸い眼鏡をかけた魔石商のおじさんが、虫眼鏡で俺たちが渡した魔石を覗き込みながらそう言った。


「はい、そのために来ましたので」


 ケイリィが手早く返事をする。

 そう、俺たちは金策のためにこれを売りに来たのだ。


「それはありがたい。この魔石なら金貨10枚を用意しよう。それでいいですかい?」


 ケイリィはそれを聞いて黙って小さく頷く。

 俺の方もやっぱり金貨10枚なんだな、と改めてその価値の高さを実感する。


「じゃあ契約成立ですな。これにサインしてください」


 ケイリィが言われた通り契約書に名前を書き込んでいく。


「ところで――」


 突然目があった。ケイリィとじゃない。

 宿屋のように魔石商のおっさんとケイリィの会話を後ろで聞いていた俺とおっさんの目が。

 いや、正確にいうとこのおっさんの視線の先には俺の肩から下げられている剣の柄があった。


「肩から下げている剣に、青の魔石の所持――お客さんたちは魔猟ですかい?」


 まあ、そう考えるのが自然か。

 しかしここで俺以上にその言葉に反応を示した者がいた。

 そう、今しがた契約書にサインを終えたばかりのケイリィだ。


「魔猟? 失礼な、この人は――」

「ケイリィ、やめろよ」


 ケイリィがそこで反論しようとしたが、俺はケイリィの肩を掴んで、こないだの約束を思い出せる。

 こないだの約束、それは俺が勇者だとむやみに言わないことだ。

 相変わらずフードを目深に被っていて表情は見えないが、そのフードの下では顔をしかめているのかもしれない。ともかく、ケイリィの言葉はその続きを失った。


「この人は?」


 しかし、魔石商のおっさんが途中で終わった言葉の続きを引き出そうとしてくる。


「いえ、なんでもないです。そう、俺たちは魔猟なんです」


 俺は勇者と思われるよりは魔猟と思われる方がマシだと判断し、咄嗟(とっさ)にそう答えた。


「やっぱりそうでしたか。この地方は魔物がほとんど出現しないので、魔猟の方は珍しいんですよ。まあ、だから私の店にお客さんが少ないんですけどね」


 じゃあなぜ、この町で魔石商を開いているのか。

 魔石商のおっさんが金庫から金貨を取り出すのを見ながら、そう疑問が湧いたが、今はそんなことを聞く気分ではなかった。俺の心には午前中の出来事で霞(かすみ)がかかっていたのだから。

 

「準備できましたぜい、お客さん。金貨10枚だ」

「ありがとうございます」


 ミスしたと思い少し後ろに下がったケイリィの代わりに、前に出た俺が金貨を受け取る。

 用も済んだので、店を出ていこうとすると。


「そうだ、ちょっと待ってくれ!」


 魔石商のおっさんがなにか思い出したかのように駆け寄ってくる。


「お客さんの強さを、Cランクの魔物に勝てる力を見込んで一つ依頼したい仕事がありまして、とにかく話だけでも聞いていただけますかい?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この町の東の森近くに洞(ほら)穴があって、どうやらそこに最近盗賊が住み着いているらしい。

 そしてその盗賊の頭が、どうやら情報によると東の地方から来た元魔猟のようで、町の衛士も手が出せずにいる。

 だから、魔猟である俺たちに盗賊を追い払って欲しい。それが魔石商のおっさんからの、いや、ソレスの町の商業組合からの依頼であった。そして、もし追いはらうことができたら金貨をさらに10枚、報酬として用意してくれるらしい。


「その盗賊って……午前のあの子が言っていた――」


 当たり前だが、ケイリィもその盗賊に心当たりがあった。そして俺も――。

 そしてそれが俺の心に霞をかけている原因で。

 なら――。


「――ケイリィ手伝ってくれるか?」

「でもユアンさん! 危険かもしれないですし」


 俺の発言はこの仕事を引き受けるとう意味で、ケイリィもその意味を瞬時に理解する。

 だから、隣にいたケイリィが両手を広げ抗議をしてくる。

 確かに情報通り盗賊の頭が元魔猟なのだとしたら、魔力を扱い抵抗をしてくるのだから。100%こちらが勝てる見込みはなかった。

 それでも――知ってしまったから。


「それも分かってる。でも、あの顔が忘れられないんだ。全てを諦めたようなあの子の瞳を、だから……!」


 ケイリィはここで気付いていたのかもしれない。

 この時の俺の顔が、ラーグの村で牛頭の剣魔と対峙する直前の顔と同じになっていたことを。

 それに俺はもしこの依頼がなかったとしても、きっと――例え一人でも――。

 

 すると、ケイリィの広げられた手が力なく閉じられた。


「――分かりました。ユアンさんが私が守りますから、依頼を受けても――いいです」


 もっと抵抗されるかと思ったが、ケイリィは依頼を引き受けることを許してくれた。

 

 ケイリィ、ありがとう。そう心で思う。


「あの、よくわからないんですが、受けて下さるのですかい?」


 魔石商のおっさんがそう聞いてくる。


「はい。ただ一つ条件があります。それは――――」

「――――ですか。分かりました。それで盗賊を追い払えるのならお安いご用だ」

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