第二章 勇者嫌いの少女

第9話「ソレスの町」

 魔石。

 それは消えゆく魔物が残した魔力の結晶。


 それゆえに、魔石を用いれば、魔力の扱いをできない者でも、その魔石に残った魔力の総量分は簡単に魔力を扱うことができる。魔石に残る魔力の総量によってはなにもないところから火を起こし続けたり、水のないところに水を湧き出させることだって可能らしい。それゆえに魔石は高値で取引される。ここまでがケイリィに魔石について教えてもらって得た知識だ。


 ラーグの村を出て三時間ほど過ぎた昼下がりに草原を歩きながら、俺はケイリィに渡された青い魔石を空にかざし、太陽の光に透かして見ていた。

 そうこれは、牛頭の剣魔を倒した時に発生していた魔石だ。

 青い、透き通るような魔石には、黒ずみ一つない。これはこの魔石が未使用であることを示している。

 魔石は特性として、使用されればされるほど、石が黒ずんでいく。完全に黒ずんだ魔石はもはや魔力を残しておらず、そこらに落ちているただの石と変わらなくなるということだ。


 今俺が手にしている魔石は青だが、この色にもいろいろと種類があって、またその色が魔石の魔力の総量を、そして価値を表しているらしい。ちなみにこの青い魔石の価値は、下から数えて三番目に値するモノらしい。


「なあ、これって売ったらいくらぐらいになるんだ?」


 またいつものように茶色のフードを目深に被り、俺の前を歩くケイリィに話しかける。

 どうやらこれがケイリィの正装らしい。


「青の魔石。しかもその未使用品となれば、金貨10枚が妥当でしょうか」


 歩みを少し止め、すぐに帰ってくる返事。

 ってえ、金貨10枚だと!?


「本当にこれを売れば、そんなに貰えるのか?」


 俺は驚きを隠し切れない。

 金貨10枚、それが本当なら宿に一泊するのにかかるお金が銀貨1枚だから、単純計算で100日も泊まれるほどの大金だ。


「はい。しかもちょうど今向かっていて、夜には着くであろう町ソレスには、魔石商の店がありますから。そこでお金に換えましょう。これから先、少しお金がかかりそうな場所がいくつかありますし。申し訳ないのですが、私の方も今回の任務が予定より長くかかったため、王都で管理局から支給されたお金が尽きかけているという事情もありますし……」


 どうやら本当のようだ。

 金貨10枚、もちろん俺が今まで手にしたことのない大金が入るのか。

 ケイリィの財布事情も困窮しているようだし、まあこれも全て、俺がラーグの村で献上金を拒否したせいということもあるので、魔石をお金に換えることに異議があるはずもなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 日が落ちる頃、俺とケイリィはソレスの町に着く。


「ここがソレスか」


 俺のいた村の三倍ほどの大きさを持つその町は、レンガ造りの家が目立つとともに、出店なども多く出ていて夜なのに賑わいがあった。村とは違う賑わいの雰囲気を感じながら、まずは腹ごしらえをしよう考える。

 

 そこで、町に入り一番いい匂いを出していた出店で、牛の串焼き二つを銅貨4枚を出して買う。

 意外にも猫舌で、熱い肉を苦労して食べるケイリィを見ながら俺も自分の分を食べた。


「魔石商は日が出ている間しかやっていませんので、魔石の換金は明日にしましょう。とりあえずは――」

「宿だな。今日は結構歩いたから、早く休みたいし」

「はい。では、あそこに泊まりましょうか」


 ケイリィが視線を向けた先には宿があった。

 大きさ的には二階までありそうな感じで。宿屋スレソか。

 俺のいた村やラーグの村の宿屋は二階がなく、横に長い感じだったので、少し新鮮だった。


 ドアを開くと「いらっしゃい。お客さん」という元気の良い女将さんの声が響いた。


「大人二人。一泊したい」


 ケイリィはフードも取らぬまま、女将さんに静かにそう告げる。

 俺はその後ろにいて二人のやりとりを見せていた。


「なんだいお客さん達、カップルかい? いいね~」

「ち、違います。私たちは――」

「はいはい。お二人さんで料金は銀貨1枚だよ~」

「……」


 ケイリィがすっとローブの下から銭袋を取り出し、銀貨を1枚取り出す。

 そこでさっきのケイリィのセリフを思い出す。確かに、その銭袋は中がすかすかに見えた。


 部屋の番号付きの鍵を渡され、俺たちは部屋を探す。

 下にある部屋には該当する部屋はなかったので、どうやら2階の部屋のようだった。


 狭い階段を上り2階に上がり、2階に上がってすぐに、鍵に付いている番号と同じ番号が付けられた部屋を見つけた。

 が、俺はここでミスをしてしまう。

 俺たちの部屋の二つ隣の部屋から、ちょうど出てきたガタイの良い男と肩がぶつかってしまったのだ。


 まずいと思いながらも、そのまま通りすぎようとしたが――。


「おい、小僧。肩がぶつかって礼の一つもできなぇのかよ」


 ガタイの良い男は2、3歩歩いた後急に止まったかと思うと、ドスの聞いた声でそう俺に声をかけてきた。


「それは……すみませんでした」


 確かにこれは俺が悪いと思って、振り返りそう言葉を返し、頭を下げる。

 しかし――。


「はぁ? それで済むと思ってやがるのか? こっちはぶつけた所が痛くて痛くてたまらねーんだよ」


 ぶつけたところって、あんなちょっと肩がぶつかったぐらいでその筋肉隆々の肉体のどこが痛くなるというのだろーか。

 しかし、男はなおも怒りがおさまらない。

 俺にものすごい勢いで迫ってくる。俺より10cmは高いかという身長は、近くで見ると迫力があった。


「てめぇ、なんとも言えないのかよ!!」


 次の瞬間、ガタイの良い男は俺の首根っこを掴もうと大きな手を伸ばしてくる。

 しかし、この男は予想してはいなかっただろう。

 その大きな手は俺の首根っこを掴めず空を掴み、尚且つ自らの巨体が空中で180度回転し、床に叩きつけられることを。


「この人に手出しはさせない」


 俺の後ろで小さく声が聞こえたかと思うと、瞬間ケイリィが動いた。

 俺の前にバッと出てきたかと思うと、俺に向かってくる大きな手を掴む、そしてもう片方の手でガタイの良い男の体にも手を伸ばし、それを背負う感じで投げ飛ばしたのだ。


 男は大きな音を出して、床に打ち付けられる。

 仰向けに倒れ、痛みでしばらく動けないであろう男に近づいたケイリィは喉元に銀の刃、もといローブの下から取り出した短剣を近づける。そして鋭い目つき、まるで獲物を狙う鷹のように、男を見据える。


「私たちには二度と近づかないように。分かりましたか?」

「わ、分かった! もう近づかない!! だから助けてくれっ!!」

「……」


 スッとケイリィはガタイの良い男の喉元から短剣を引く。

 立ち上がり、急に動いたことにより取れていたフードを被り治すと、俺の元まで歩いてくる。


「さっ、ユアンさん。行きましょう」

「あ、ああ」


 先ほどまでの冷め切った顔が嘘のように、フードの下から覗く顔はいつもの顔になっている。

 俺はここで初めて、ケイリィの意外な一面を知った。

 ケイリィは普段は冷静だが、怒らせると意外と怖いのだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 宿に泊まり、朝が来る。正確にはまだ朝日が昇ったばっかりの時間、早朝と言ったほうが正しいか。

 疲れていたので布団に入ると、いつのまにかぐっすりだった。

 いつもの鍛錬をしようと、また例のごとくドア近くで入口を守るように寝ているケイリィを起こさないように出ていこうとするが――。


「鍛錬ですか? 私も行きます」


 足音を立てないように歩いたにも関わらず、また起こしてしまったようだ。

 ケイリィは閉じていた瞳を開いて、そう話しかけてくる。


 剣を手に宿屋の前に出ると、まだ早朝なのに少し見渡すだけで、町人が数人慌ただしく動いていた。

 ここで練習して、確証はないが、うっかり片目が赤くなった姿を見られて騒ぎになるのは嫌だった。

 宿屋近くの路地裏に行き、人がいないことを確認すると、剣を鞘から抜く。


「やはり、ユアンさんの体に流れる魔力量が以前と見違えるほどに増えています」


 そうケイリィに言われた通り、俺の剣は力強さ、剣速、共に自分でも分かるほどに上がっていた。

 魔力の扱い方のコツを掴んだだけで、ここまで違うのかと自分でも驚く。


 鍛錬を済ませ、朝食に安いパンを軽く食べ、俺たちは宿を出る。

 ケイリィに魔石商まで案内してもらっている時、また事件は起きることになる。


 前の方から、歩いて来る少女が見え、目に付いた。

 なぜ目に付いたかというと、その服装がボロボロだったからだ。

 そして、その少女が俺の横を横切る。

 しかし、その瞬間違和感が起きた。

 一瞬右ポケットに、ほんとにわずかだが感触を感じたのだ。


 俺は即座に右ポケットに手を突っ込む。


「ない」

「どうかしたんですか?」


 俺の前を歩いていたケイリィが立ち止まり、そう聞いてくる。


「俺の銭袋がない。右ポケットに入ってたやつ、盗られたんだ」

「盗られた? 誰にですか?」

「それはたぶん、あいつだ」


 俺は後ろを指差す。

 俺が指を指した15mほど先で、さっきのボロボロな服を来た少女がこちらを伺うように見ていた。

 そして俺と目が合った瞬間、少女は駆け出す。


「やっぱりか、逃がすかよ!!」


 俺もその少女を追うように駆け出す。

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