第8話「記憶の欠片、救われた人々」

 激しい雄叫びを上げ抵抗を始めた牛頭の剣魔を俺は斜めに両断した。

 瞬間、牛頭の剣魔の体が光に包まれる。

 それはまるで解き放たれた魔力が再び空気に溶けていくように、牛頭の剣魔の体が消えていく。


「やったのか……」


 全身から力が、魔力が消えていく。

 文字通り使い切ったと言った感じだ。

 魔力による肉体の強化が消えた瞬間、クラッと目眩めまいがし、視界が真っ暗になる。

 倒れた俺の元に、急いで駆け寄ってきて何度も声をかけてくれた者がいたような気がするのが、その時の最後の記憶だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夢を――見た。

 

 俺に似た青年が仲間と四人で旅をしている夢だ。

 夢と言ってもそれは走馬灯のように場面が一瞬ごとに移り変わり展開していくし、色も音もなかったから詳しいところも分らない。

 けれどそこに映る彼らは、皆が親友同士だというように、辛い時も楽しい時も一緒だった。

 しかし俺に似た青年の顔も、その仲間三人の顔も俺は見ることができない。

 ただ――その仲間の一人、赤毛の青年の顔だけが俺には見ることができた。

 赤毛の青年、仲間の中でも一番真面目そうに見える青年は、メンバー三人の中でも俺に似た青年と特に仲が良く見えた。そして俺はその赤毛の青年の顔をどこかで見たことがあった。

 夢の終わり、そこで初めてその夢に色が、音が入る。そしてそれは俺に似た青年が振り返って赤毛の青年の名前を呼ぶ場面だった。


「早く行こうぜ、ケ――――」


 中途半端に途切れる夢。突如白の光に包まれ、その場面は最後まで再生されない。

 

 そして視界の端に光が入ってくる。

 俺は目をうっすらと開けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一体どれくらい気を失っていたのだろうか。

 目を開いくと光がまぶしくて視界が少しぼやける。

 ぼやけたまま見た視界の先には、誰かがこちらを覗き込むように見ている。

 きれいな赤毛に青の瞳。

 あいつだ。さっきまで俺の夢に出てきたあの赤毛の青年が俺を覗きこんでいる。

 でも、どうして赤毛の青年が俺の顔を覗きこんでいるのか、いや、そもそもあの赤毛の青年は実在する人物だったのか、などど寝ぼけた頭で考える。

 そうだ、俺はこの人物の名前を知っている。さっきの夢の終わりに、俺によく似た青年がその名前を呼ぶのを聞いたのだから。

 たしか――。


「ケ…………リー…………」


 なぜだか分からないが、その名前を呼ぶ俺の心は切なさで震えていた。


「ユアンさん、ユアンさん!」

 

 しかし、その瞬間俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 いや――違う。この声は――。

 右手で軽く目をこすり、寝ぼけた視界を完全に覚ます。

 視界の先にはさっきまで見えていた景色と違って、肩まで伸びた赤髪が特徴の少女の顔が見えた。


「ケイリィ、無事でよ――」

「良かった――」


 そう言ってケイリィは寝ている俺の腹の上に、服と布団越しだが顔と腕を伏せる。


「二日も目を覚まさないから……すごく心配したんですよ」

「俺、二日も寝ていたのか。なんだかすごく長い夢を見ていた気がするんだ」

「長い……夢ですか?」

「ああ、その夢で――ケイリィによく似た青年を見たんだ……もしかしたら、俺たちは――遠い昔に会っているのかもな」

「ユアンさんはおかしな事を言いますね」


 ケイリィが顔を上げて軽く笑うようにそう返してくる。

 その瞬間ケイリィの目からきらきら光る雫のような物が落ちた気がした。


「まだ会って数日だし、私はずっと王都に住んでたからそんなはずはありません」

「まあ――そうだけど――」

「でも――」

「でも……?」

「いや、なんでもないです」


 ケイリィは含み笑い浮かべ、そう答える。


「それよりもユアンさん、体はどうですか?」

「そうだなー、よっと」


 俺は体を起こし、手や足を動かしてみる。

 動けそうだったのでさらにベッドから降り、軽く跳ねたりしてみるが、全く問題なくこなせた。


「もう痛みはほとんどないかな。体も動くし」


 いや、おかしい。

 二日であれだけの傷が、そう簡単に癒えるはずがない。


「でも、治りが早すぎる気も」

「やはり、あの戦いでユアンさんの魔力の総量が上がったようですね。体内に流れる魔力は、体のありとあらゆる可能性を導いてくれます、自然回復力の上昇もその可能性の一つなんです」

「へぇー、ケイリィは詳しいな」

「まあ私は、魔力の扱いにいついて五年学校で学びましたから」


 魔力の扱いを学べる学校か。

 確かそれも王都にあると聞いたことがある。

 ってことはケイリィはその学校を出て、勇者管理局に入ったのか。

 その話もいつか詳しく聞いてみたいと思った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 再びベッドに戻るようなことはせず、立ったまま現在の状況を確認しようとする。


「ケイリィ、村は大丈夫なのか?」

「焼けた家や壊れた家などはあるし、怪我人も大勢出ました。でも死人がいないです。Cランク相当の魔物に襲われた小さな町が、この程度の被害で済むことは奇跡に近い。それも全部、あの場面であのユアンさんの選択があったからこそです。私には――それができませんでしたから……」

「ケイリィは俺の身を案じてくれたんだだろ。それにあの戦い、俺一人じゃ死んでた。だから。謝るのは俺の方だ。ケイリィが来てくれなかったら、俺は今ここにいないし、誰も守ることができなかった」

「それは――」


 ドンっ。

 ケイリィの言葉を遮るように扉が開かれる。


「ユアン様、お目覚めですか!」


 小太りの男が一人、俺がずっと眠っていた空き家とおぼしき家に入ってくる。


「えっ」


 誰だ。

 相手は俺のことを知っているようだが、俺には覚えがない。

 しかもユアン様って!?


「あなたは?」

「そうですね、すみません。申し忘れていました。私はラーグの村の村長をやっている者です、名はモノスと言います。この空き家を守るように使わしといた衛士からユアン様が目覚めたと報告があって、急いでやってきました。この度は村を凶悪な魔物から、勇者様自ら救って頂いて、本当にありがとうございました」

「勇者……確かに村のために戦ったけど、なぜ俺を勇者だと思うのですか?」

「それは、村の者でユアン様の赤くなった片目を見たものが居りまして、お連れの勇者管理局のお方に、失礼ながら確認させて頂きました」


 赤くなった片目、それは勇者が勇者である証明。

 普通の人間は、仮に強い魔力を発揮したとしても、決してその片目が赤くなることはない。ただ例外的に、誰か他の、その魔術にたけた者に片目が赤くなる術をかけられない限りという条件はつくようだが。


 あの時は必死で、自分では気付かなかったが、あの戦いの最中俺の片目が赤くなっていたのか。じゃあ俺には本当に勇者としての力があるということなのだろうか。

 でも――確かに変わったモノはある。


 体内に意識を向けると心臓の鼓動が聞こえるように、体内に流れる魔力の鼓動を、流れを、感じることができた。

 今なら再びあの時のように戦えと言われても、きっと戦える気がした。


「それで、これはそのお礼の献上金なのですが。受け取ってください」


 ラーグの村の村長は、そう言ってたぶん金貨が数十枚入ったであろう銭袋を渡してくる。

 けれど、俺はその村長をスルーするように、扉に向かって歩く。


「えっ」

「えっ、ユアンさん!?」


 スルーされて驚く村長と、受け取らなかったことに驚くケイリィ。


「そんなお金はいらない。村長さん、俺はこの村近くのキグナ村の出身で、そのお金がどこから来ているのかも知っているんだ。だから、いらない。ケイリィ、俺の体はもう大丈夫だから、この村を出よう」


 俺はドアノブに手をかける。


「本当にいいのですか、勇者様?」

「じゃあ――もし一つ願うなら、そのお金は壊れた家の修復に使って欲しい。あと、この空き家を貸して頂いて、ありがとうございました」


 返事を聞く前に俺は空き家を出た。

 空き家の前を守っていた驚く衛士のことなど気にせず、俺は村から出るために歩く。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 後から急いでケイリィが追いかけてくる。


「ユアンさん、どうしたんですか急に?」


 俺は立ち止まり、言葉を返す。


「俺は勇者になって、強くなりたい。けれど、勇者という特権階級にすがって、献上金をもらうつもりはないんだ。あのお金だけは受け取れない」

「なにかあったんですか? 献上金の話もそうですけど、勇者になるという話の時もユアンさんは一度断ろうとしましたよね」

「それは――」


 一瞬迷ったが、これ以上隠す必要もないのかもしれない。


「勇者のせいで――親父が死んだんだ」


 あまり出来た親父ではなかったのかもしれない。

 それでも――親父が死んだことは、まだ小さかった俺に残した傷跡は大きかった。


「勇者に直接手を下された訳ではないし、理由を聞いたらそれは逆恨みだと言われるかもしれない。それでも俺は、あのお金を受け取りたくないんだ」


 それが全てだった。

 そして今でも、親父が勇気を出して勇者に投げかけた言葉をはっきりと覚えている。そのせいで親父は――――死んだのだから。


「だから――――王都に向かう最中も、俺が勇者だと言わないで欲しい。なるべくなら、隠したいと思うんだ」


 沈黙が三秒ほど流れる。


「それなら――分かりました。ユアンさんが王都に向かってくれる以上、私の役目は果たせていますから。ユアンさんが勇者だと言うことはなるべくは伏せましょう」


 いろいろ突っ込まれると思ったが、ケイリィは深くを聞いてこなかった。

 ケイリィの理解力に感謝する。


 そして俺はひと呼吸置く。


「じゃあ、村を出て――」


 そう言った瞬間、どこからか視線を感じた。

 

「誰だ!?」


 斜め後ろを振り向くと民家と民家の間から、俺たちを覗(のぞ)く人影があった。

 が――その影はやけに小さい。


「あの……」


 すると、少し怖がりながらも子供が一人、俺たちの前に現れた。

 一瞬誰だ、と思うが、俺はすぐに気付く。


「こないだは……助けてくれて……ありがとうございました」


 男の子はペコリと頭を下げる。

 そう、この子供は、俺が牛頭の剣魔から助けた子供だった。


「これ……あの……お礼だから」


 後ろにやっていた手を前に出すと、その手にはパンが握られていた。


「くれるのか?」


 子供は首を小さく縦に振る。


「ありがとう、怪我はないか?」


 そう言って俺はその子供からパンを受け取り、妹のサラを思い出しつつ、軽く頭を撫でたりする。

 子供はお礼を渡せたことが嬉しかったのか、満足気に走り去っていく。

 俺はその姿を見送りながら、もらったパンをちぎって、一切れ口に含んだ。


「――美味おいしい」


 一言、自然と口からそう言葉が漏れる。

 特別な味付けがしてあった訳ではなく、ただの普通のパンだが、心からそう感じた。

 

 そして、俺はそのパンを片手に、ケイリィに話しかける。


「助けたお礼って言うのは、こういうのが一番嬉しいのかもな」

「そうかも――しれませんね」


 ケイリィが少し微笑むように、そう言った。

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