第7話「絶望の続き、三秒の軌跡」
しかし、逃げようとするその少年の動きはその背後に迫る絶望の化身を見たことにより、止まった。
なぜなら逃げられるはずなどなかったからだ。後ろに迫るのは牛頭の剣魔、見た目は神話に出てくる悪魔そのもので、その血で染まったような赤い瞳に捉えられた瞬間から人は死を感じ取る。あと数秒の命、それは神に祈る時間すらもない。
そして、少し前の俺ならその子供と同じだったのかもしれない。
だけど、今は――少しだけ力があった。
ザン。
「てめぇっ、その子供から離れろ……!」
子供に気を取られていた牛頭の剣魔の横腹に、思いっきり剣を振り切る。
しかし、やはり剣が重い。肉体強化に魔力を使っているのに、この剣は不思議と軽くならない。それゆえに――。
「くっ……!」
硬すぎる。
勇者の力を今もなお出せずにいることに加え、剣の重さについていけてない俺の剣ではほとんど
分かってはいたつもりだが、小さな村の大会優勝程度の実力ではこの程度かと絶望しそうになる。
「うあはっ……!!」
そしてダメージはほとんど通らない所か、剣を持ってない方の腕で殴り飛ばされた。
殴り飛ばされながらも、なんとか地面をすべりながら着地する。
魔力で少しばかり肉体強化していたこと、そして農家時代から日々体を鍛えていたこと、この両方が幸いした結果だとも言える。
だからあの大剣で斬られない限り、一撃で致命傷になることはなさそうだ。
しかし、殴られた箇所からツーと一筋の血が流れ、その箇所が容赦なく痛みを伝えてくる。
だけど、これなら我慢できる。俺はまだ戦える。
「……おい、そこの子供!」
俺に呼び止められ、子供はビクッとする。
「早く逃げろ! 俺が奴を止めている隙に!」
「えっ……」
俺に声をかけられ、子供がびくっとする。
けれど、今はそんなことに構っている場合じゃない。一秒でも早く――。
牛頭の剣魔が再び剣を構えるモーションを取る。
「聞こえないのか! 早く逃げろ!!」
子供はこちらを見て、コクンと小さく頷き、走り去ろうとする。
しかし、それを追うように牛頭の剣魔が動き出した。
「させるかぁあああ!!」
子供を狙い放たれた大剣に俺の剣を合わせる。
しかし、完全に受けるようなことはしない、というよりできない。俺の中途半端な魔力の扱いでは、奴に敵わない。パワーは明らかに奴が上、だから俺は剣を横から叩き込み、軌道をずらすことに専念する。
少しでいいんだ。それぐらいなら剣の重さに振り回されている俺でも……!
ドン。
逃げる子供の
なんとかうまくいった。勇者の魔力を扱えないにしろ、潜在的な魔力の量が上がってきているのかもしれないと感じる。それに一瞬だが、剣が魔物の剣に触れる直前に軽くなったように感じたのは気のせいだろうか。
だけどまだだ、全然足りない。さっき少しあの大剣に剣で触れただけなのに、その衝撃で腕が痺れてきている。
けれど今は――。
「構わず走れっ!!」
ビビる子供にそう叫ぶ。すると子供はようやく泣きながら走り去り、俺の視界から遠くなっていく。
しかしこれは――この理性のない魔物の次のターゲットが決まったということも意味する。
いつのまにか振り下ろされた大剣は再び持ち上げられ、定位置に構えられていて、そして牛頭の剣魔の赤い眼は俺をしっかりと捉えていた。
へっ怖い顔しやがって。
震える手を押さえつけ、無理やりでも敵を睨む。
「いいぜ、相手になってやる……!」
俺は再び剣を手に走り出す。
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
けれど俺の剣は届くはずもなく。
俺の扱える魔力を全て肉体強化に回し、剣を手にやつの懐に飛び込もうとするもそれさえも叶わない。
牛頭の剣魔は俺へ向かってなぎ払うかのように、剣を振り切った。
躱そうと思うが、それは想像以上の速さで振られ、躱すことはできないと悟る。
一瞬体を両断されるイメージが脳裏を走ったが、それだけは回避しなければいけない。
咄嗟に体の向きを変え、なぎ払われ近づいてくる大剣を、己の剣を縦に構え受けようとする。
「うぅっ……!!!!」
剣と剣が触れ合った瞬間、もの凄い衝撃が体中を走る。
そして俺は当たり前のように、剣ごと弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
腕どころか全身に痛みが走り、意識すらも飛びそうになるがそれを耐えて、立ちあがる。
剣を受けた向きが良かったのか、幸いまだ胴はつながっている。
「……まだだっ!!」
俺は額(ひたい)から血が流れボロボロになりながらも立ち上がり、飛ばされ、地面に突き刺さったた剣の元へ走る。
しかし、俺はこの時、この瞬間、この行動を選んだ時点でもう詰んでいた。
地面に突き刺さった剣に手を触れた瞬間、視界の端が明るくなっていることに気付く。
そして、剣を手に取り牛頭の剣魔の方を向くと、俺は絶望を知ることになる。
まだ動きを止めていたはずの牛頭の剣魔の口から赤い炎が漏れ出していた。
そして俺がそれに気付いた瞬間は、奴の口から灼熱の炎がこちらへ向かって吐かれた瞬間でもあった。
完全に予想していなかった攻撃、しかも見るからにその攻撃の範囲は広く、もう躱す時間も残されていない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
瞬間、俺の前に人影が現れる。
まさか……なんで……!
「ケイリィ……!」
そう、俺の前に現れたのは逃げたはずのケイリィだった。
ケイリィが魔力を込めたであろう短剣を二本、向かい来る炎に投げながら叫ぶ。
「
すると、その短剣は炎と接触した瞬間、接触した箇所からまるで結界を張るように
「簡単に……そんな簡単に! 自分の命を諦めないでください!」
瞬間謎の記憶が流れ込んでくる。
遠い昔俺は同じ様に誰かに怒られたことがあるというのか。
「三秒」
「えっ」
「この炎が止んだ時、私が全魔力を使って奴の動きを完全に止められる時間です。その隙にユアンさんが――倒してください」
「倒せって、あいつは硬くて、俺の剣は」
――全然通らない。
何度斬ったところで、結果は見えていた。
俺では、やつに――
「できますよ――ユアンさんならきっとできます。まだ会って数日ですけど、信じられるんです。初めての――不思議な感覚で、どうしてか分からないんですけど」
そのケイリィの言葉は暖かくて、まるで俺の心を光のように照らした。
俺の力――。
そうか、俺はまだ自分の力を信じきれてなかった。
偽勇者を倒した時だって無我夢中で、今でもあれは嘘だったんじゃないかって思うこともあって、けれどそれは逃げてただけで、気づけばいつもすぐ側で、それは見えていたのかもしれない。
意識を体内に向ける。
すると、小さな光のかけらを見つけた。今まで魔力を使おうとする時には見えなかったものだ。
それに気付いた瞬間、意識が光に飲まれる。
気付くと、そこは黄昏に染まる世界だった。
そして人が一人立っている。背中を向けていて顔は見えないが、背丈が俺と非常に近く、年齢もたぶん俺と同じくらいの青年のように思えた。
そして――右手には剣を持っていた。
「あんたは――」
「こうやって――会うのは2回目だな」
そうか、思い出した。
俺は前にも、偽勇者を倒した時にも会っている、この人物と。
前は白の世界に白のシルエットしか見えなかったが、今回は色がある。
なら――。
「教えてくれ、俺はどうすれば?」
「血は体中を巡るように、流れている。魔力も同じだ。だから――その魔力の流れを感じろ。お前にはそれが――できるのだから」
謎の人物のその言葉を最後に、再び世界は光に飲まれていく。
「待ってくれ! 俺にはまだ聞きたいことが!!」
そう、まだ聞きたいことがたくさんある。
「苦しむ人々を、そして……大切な友を――――」
俺は謎の人物に手を伸ばすが、その手はまだまだ届かない。
そしてその声すらも最後まで聞くことができず、再び俺は完全に光に飲まれた。
「はっ」
焼けた家のにおいが
動き出した世界では、さっきまでの謎の男と話したことが嘘のように時間が進んでいない。
けど、あれは俺が作り出した
だから――。
感じろ……感じるんだ。魔力の流れを……!
ドクン――ドクン。
すると血液が心の臓を通り脈打つように、魔力の流れを感じた。そしてその瞬間、体がふわっと軽くなる。
いつもは無理やり魔力引き出すことに集中していたが、その根本の考えが間違っていたようだ。
魔力は血のように、全身を流れているか。本当に――その通りだった。
そしてその流れている魔力は、さっきまで無理やり引きずり出していた魔力とは全然違うように感じた――。それにこれは――俺の魔力に剣が反応しているのか!? 体を流れる魔力に反応するように、そしてそれが流れ出すように、剣の鼓動を感じた。そして次の瞬間――。
「――――剣が軽く」
俺の魔力に反応して軽くなったのか!?
なんだこの剣は――――でも、これなら!
「ケイリィ!」
ケイリィが振り返り、俺を見て異変に気付く。
やはりケイリィは人の魔力を感じ取るのが得意なようだ。
「俺も――同じだよ。だから、ケイリィが戻ってきてくれて、すごく嬉しかった」
「えっ……」
俺がそう言うと、ケイリィはぼぉっとこっちを見つめてきた。ケイリィの頬が少し赤くなって見えたのは、たぶん燃える家の炎が反射していたのだろうと思った。
しかし次の瞬間、ケイリィが作った魔法壁にひびが入る。ケイリィが一瞬まずいっというような顔をした。
しかし幸いなことに、その瞬間牛頭の剣魔のブレスも止む。
この攻撃が効いてないことに気付き、違う攻撃に移ろうとしたのだ。
しかし、それをさせないと言わんばかりにローブの下からさらに五本の短剣を取り出した。
そして――。
「
ケイリィはブレスが止んだ瞬間、再び渾身の魔力を込めた短剣を打ち込む。
そう、攻撃を移ろうとする一瞬、無防備な隙が生まれるのを知っていて、間髪入れずにそこ突いたのだ。
ウガアアアアア。
不気味な叫び声を上げ、完全に牛頭の剣魔の動きが止まる。
牛頭の剣魔の体には、五本の短剣の軌跡を辿るように五芒星(ごぼうせい)が浮かび上がって見えた。
ケイリィは全魔力を使いきり、地面に片膝を落とす。そして叫んだ。
「ユアンさん!」
「ああ!!」
俺は再び剣を手に駆け出す。
絶対的に無防備な3秒。
それはこの魔物が見せる最後の隙。ケイリィの魔力はこの攻撃の先にはなく、魔力の使い方を少し学んだ程度の俺では、奴の攻撃を受け流しつつ、同時に奴の
この瞬間を除いてもう俺たちに勝機はない。
そして、半端な一撃では倒せないことも分かりきっている。
剣を手に走り出した俺の脳裏に、あの偽勇者を倒した瞬間の記憶が蘇る。
今この瞬間、あれが初めて自分のやったことだと完全に認識した。
けれどあれはただ溢れ出た魔力を使っただけで、あの程度ではまだ足りない。
「もっと――もっとだ!!」
ドクドクと脈打つかのように流れる魔力を全て肉体強化に使う。
そして肉体強化に回した魔力はなおも剣に流れ続ける。
ケイリィと同じく、この攻撃の先には俺の魔力はひとかけらも残っていないことだろう。
だけど、それでいい。今この敵を屠ることができればそれで――。
魔力によって強化された肉体によって加速度的に奴の懐に入り、軽くなった剣を両手で握りなおす。
「行くぞ――牛頭の剣魔……っ!!」
俺は右下に剣を構え――。
「はぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」
その剣を斜めに振り上げるように、剣を肉に通す。
ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。
牛頭の剣魔が叫び声を上げる。
鉄のように硬かった肉に初めて剣が入っていく。
そして、返り血を浴びながらも、俺は牛頭の剣魔の肉を切り裂いていった。
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