第6話「魔物が現れた日」
まだ日が出始めてすぐくらいの早朝、小鳥のさえずりで目が覚めた。
ドア近くの壁には壁に寄りかかりながら瞳を閉じているケイリィが見える。
寝てるのかな。なら、起こさないようにしよう。
俺は静かにベッドから降り、そろりそろりと音を立てないように歩く。村長からもらった剣を手に取り、ドアノブに手をかけた瞬間。
「どこに行くのですか?」
未だ瞳を閉じたままのケイリィにそう呼び止められた。
眠っていたように見えたが、完全にその意識を落としていたわけではなかったのか。
「どこって、宿を出てすぐのとこで剣でも振ってこようかなって思って」
「剣の鍛錬ですか?」
「まあ、そんな感じ」
「私も行きます」
ケイリィは瞳を明け、すっと立ち上がる。
「いいよ。寝てたんだろ? 俺一人でも――」
「駄目です!」
きっぱりと俺の提案は折られる。
「昨日も言いましたけど――」
「分かっ~たよ。じゃあ見ててくれ」
俺とケイリィは二人で、宿を出た。
そして銀細工のされた鞘から剣を抜く。
村長にもらった英雄の剣、抜くのはこれが初めてだった。
「これは――」
銀色に輝く刀身は刃こぼれ一つなく、村の創設期時代からあるはずなのに、悠久の年月を感じさせないほどきれいだった。
村を救った英雄は、どんな気持ちでこの剣を振り、どんな気持ちでこの剣を村に置いていったのだろうか。その歴史を思った。
「いい剣ですね。その剣からは魔力の
剣を眺めていると、後ろで見ていたケイリィにそう声をかけられる。
俺には魔力の残滓など全く見えなかったが、ケイリィにはなにか見えているようだ。
それにしても、わずかに残った魔力を目で確認できるということは、それだけ魔力の扱う熟練度が高いということだ。もしかしたら、いや、俺と変わらない年で勇者管理局に入れるほどなのだから、ケイリィの実力はかなり高いのだろう。
「……魔力の残滓か」
そしてそれはこの剣の使い手が魔力を用いて戦っていたことの証なのだと思った。
しかも、数百年の歳月を経てもそれが残っているということは、前の使い手の凄さを物語っているのかもしれない。
ブンッ。
一度剣を振ってみる。
「――重いな」
振ってみるとそれは見た目以上に重く感じた。
別に振れない訳ではないが、使いこなすには時間がかかりそうだ。
それからしばらくの間、時間にして20分くらいだろうか。俺はひたすら剣を振り続ける。
やっぱりこの時間が一番楽しいと思った。
横ではケイリィが見ているが、そんなことすらも忘れるぐらい一心不乱に取り組む。
「ふぅ~。少し休憩」
慣れない剣というか、重すぎる剣を振り続け、少し疲れが出始めたので、休もうと考えた。
俺は座ってこっちを見ていたケイリィの横に座り込み、5分ほど休憩しようと考える。
すると俺は衝撃の言葉を投げかけられることになる。
「あのユアンさん、なんで――手加減してるんですか?」
「えっ、手加減?」
「ユアンさん、剣を振る時手加減してますよね。まさかあの程度の
「え……全力でやってるけど……」
俺の返しに、ケイリィは信じられないというような顔をし。目を丸くする。
「まさか――いや、でもそんなはずは――」
ケイリィはばっと立ち上がり、なにか深刻そうな顔をして考え込む。
「あの偽勇者を倒した時の力を再現できますか?」
そして一通り自分の中で整理した後、再び俺に質問を投げかけてきた。
「たぶん、できないと思う。あの時は確かに体の中にものすごい量の魔力を感じたけど、今はその魔力をほとんど感じない。まるで栓を閉じられたような感じなんだ」
そう、あの時のような強い魔力は今はほとんど感じなかった。けれど、いつも自分の中に感じていた方の魔力は、前よりも身近に感じるようにはなっていた。魔力を肉体強化に用いたならば今ならほぼ100パーの確率で成功できるだろう。
「栓を……。聞いてください。勇者の力に目覚めてその強力な力を、魔力を、扱えないなんて話、聞いたことがありません」
「え、そんなおかしい話なのか?」
「本来勇者は勇者になった瞬間から、一般人との垣根を飛び越え、強力な魔力を自由自在に扱える。それこそ魔王と唯一戦える最後の希望となるのですから、それが当たり前なはずなんです」
「じゃあもしかして、俺は勇者ではないのか? 間違いだったということなのか?」
「いえ、そんなはずもありません。私は見ました。あなたの強力な魔力と、そして勇者が力を発揮した時にだけ現れるという片目が赤くなるという現象を。あれは、絶対間違いなんかじゃないです。あの時確かに、力に目覚めたはずです」
「なら、一体なにがどうなってるんだよ……」
ケイリィの話を聞いて事の重大さに気付く。
俺は一体なんなんだ。本当に勇者の素養があるのか? それともただの農家の青年なのか?
「ユアンさんには王都に着く前に、勇者としての力をいつでも出せるようにしてもらわないといけません。じゃないと勇者の門を超えることはできないですから」
「勇者の門……?」
「勇者の門、それは――」
ドゴーン。
突如ケイリィの言葉をかき消すほどの轟音が村中に響き渡り、地面は揺れ、ミシミシと村の家々が軋む音が聞こえる。
何かが近くに落ちた。それだけを真っ先に理解する。
「なんだ……これは!? まさか……!?」
「魔物で、間違いないでしょうね。しかもこの誕生の規模から言って、かなり強いことが予想されます」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔物という存在。それは純粋な魔力の塊であって、人や動物とは異なる存在。
基本的な理性は持ち合わせておらず、目の前の生きてる存在をただ破壊する。そんな魔物に唯一命令を効かせられるのは魔王だけだと伝わっている。
そして突如起こる魔物の発生は天災のようなもので、空気中の魔力が一定の濃度まで高まると突如発生する。
前に読んだ古い本によると、魔物のランクは最上級のSランクからEランクまであって、Sランクの魔物は伝説級と言われ魔王にも匹敵する力を持つと言われるが、本当に実在するか分からないらしい。
魔物の中でも一番魔力が低く、弱いとされるEランクでも、普通の一般人には勝てる訳もなく、また少し魔力を扱える者、村での大会当時の俺やマークではほぼ敵わないレベルだという噂だ。
ただ、天災のように突如現れる魔物の討伐専門を生業(なりわい)にしている者もいる。そして、魔物の討伐を生業にしている者は勇者ではない。体内の魔力を自在に操り魔物と戦うことを生業としている者たちは――人々から魔猟(まりょう)と呼ばれている。
まあ、実際の魔猟なんて俺は一度も見たことがないが。
そして、魔物はその地方によって大きく出現度が異なり、俺のいた村やラーグの村があるレオード地方はほとんど魔物が出現しない地方として知られている。つまり魔物の出現は数年に一件あるかどうかだし、現れたとしても最低ランクの魔物が多い。被害は多少出るにしても並の魔猟を一人呼んでくれば、簡単に対処できたというわけだ。
しかし今回はその事例を軽々く凌駕する出来事が起きていたことをまだ俺たちは知らない。
早朝の村にすぐさま悲鳴が上がる。
俺たちはラーグの村の西端にいたのだが、悲鳴は東の方から聞こえた。
「……行こう!」
「……はい」
俺とケイリィは走って、悲鳴がした方を目指す。
騒動に気付き、まだまばらであるが逃げてくる人々とすれ違いながら、騒動の中心を目指す。
1分ほど走っただろうか。
そこでようやく目にする。村の東端の家から上がる黒炎と、そこに立つ異形の姿を。
2足歩行で歩き、牛頭を持つ4メートルの体躯は、見るだけで震え上がりそうな恐ろしさがあり、さらに大振りの大剣を片手に軽々と持っている。
「なんだあの魔物は!?」
「そんなまさか……」
横を見ると青ざめた顔をしたケイリィの顔が見える。
「どうしたんだ、ケイリィ?」
「
「Cランク……!? そんな高ランクの魔物がなんで、この地方に」
「分かりません。けれど、一つ分かることはあります。牛頭の剣魔には敵わない。今の私たちでは」
「そんな……」
あの恐ろしい姿にケイリィから聞いたCランクという事実。
そして俺が敵わないのは分かるが、俺よりも強いと予想されるケイリィをして、敵わないと言わせるほどの力。
そもそも今まで魔物すら見たことなかった俺にとって、それは危険すぎる相手だった。
けれど、声が聞こえた。
牛頭の剣魔が大振りの大剣で家々を壊していき、逃げ遅れた人間の悲鳴が。
俺は静かに剣を抜く。
そして一歩前に踏み出そうとする。
「駄目です。ユアンさん!」
俺は剣を持ってない方の手をケイリィは掴まれた。
「でも、このままじゃ……人が大勢やつに殺される。だから、俺は!」
「行って牛頭の剣魔を倒せるんですか? ユアンさんは他の勇者とは違います。力が不安定なままでは、無駄死にですよ。だから今は戦わないでください。私と一緒に――逃げてください」
ケイリィが頼みこむように俺にそう語りかける。
「ケイリィは、この村の人を見捨てろって言うのか……」
勇者の力をうまく扱えないにしろ、普通の一般人よりかははるかに戦えるはずだ。
俺が立ち向かうことによって、一人でも多くの村人を救えるかもしれない。
なのに、なぜ。
「……はい。勇者の素養のあるユアンさんの命は、この国の希望なんです。だから今は――」
ケイリィの言いたいことは分らないことはない。
けれど――。
「――なあ、勇者って何だと思う?」
「勇者はこの国の希望で、人々の希望で――」
「俺も――そう思う。だからこそ、俺は引けない。苦しんでいる村の人を見捨ててはいけない。そんなのは――勇者じゃない」
それが全てだった。
ケイリィの言った人々の希望の勇者。
それが俺の中でも勇者の姿だった。そこには今まで実際に目で見てきた勇者の姿は重ならない。
だからこそ、誰よりもそう思ってきた自分だからこそ、ここで引くわけにはいかなかった。
「もし――俺に力が、勇者の力が――あるのなら! 俺は!!」
俺は横目で、驚いた顔でこちらを見るケイリィを見る。いつのまにか、俺の手を掴んでいた力は弱まっていた。
ケイリィの手を振りほどき、俺はさらに一歩前に歩き出す。
「これは全部俺の我が
下を向き、最後にケイリィにそう告げる。
そして俺は、剣を手に駆け出した。もう俺の視界には、剣を持つ異形の姿しか見えていない。
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