第5話「友との約束、ラーグの村」

「まさかあんたに勇者の素養があるとはね、まだ少し信じられないけど、母さんは嬉しいよ。でも……寂しくなるね」

「俺もだよ。でも行かなきゃいけないんだ」


 生まれ育った村を、ずっと一緒だった家族を離れて生活する。

 それは自分にとって経験したことないことでまだ想像すらしにくいけど、たぶん寂しいことなんだと思う。


「お兄ちゃん――本当に行っちゃうの? もしかして私のせいで……私が連れて行かれそうになったから」

「サラのせいじゃないじゃないよ。だからそんな顔するな」

「でも……」

「これは、俺が決めたことでもあるんだ」


 幼いながらも責任を感じ、涙目でこちらを見てくる妹の頭を軽くなで、責任の所在をずらす。

 俺が勇者になることは嬉しいだろうが、それ以上に俺が一緒にいられなくなることを寂しく思ってくれてるのかもしれない。

 いつもはぶつくさ文句をぶつけてくる妹も、ほんとのところは違うところに心があったのだと感じる。


「じゃあちょっと出かけてくるよ」

「お兄ちゃんどこ行くの?」

「最後に話さなきゃいけない奴がいるんだ」


 俺はそいつの家に行くが、叔母さんしかいず、どこに行ったかも分らないそうだ。

 そいつが行きそうな場所を片っ端から回っていくが、どこにも見当たらない。


「はぁはぁ、全く、どこに行ったんだよ」


 探し人は見つからず。

 ただ時間だけが過ぎる。

 いつのまにか黄昏に染まる小さな村。

 そういえば突然この村に引っ越して来たあいつと初めて会ったのも、ちょうどこれぐらいの時間だった。

 あの時は確か、この村を出てすぐの小高いヒューズの丘で、一人この村を眺めていたのを見つけて声をかけたんだよな。


「待てよ、ヒューズの丘か――」


 まだそこは探してなかったな。

 村を出て、俺はすぐに人影を発見した。

 俺は、その人影に近づき、声をかける。


「マーク! 珍しいなお前がこんなところにいるのは」

「ユアンか。珍しくもないさ、お前は知らなかったかもしれないけど、俺はよくここに来ていたんだぜ」

「それは知らなかった。じゃあ、ここでいつも何をしていたんだ?」

「見ているだけだ。あの村を。俺がずっと――縛られ続ける場所を。でもそれでいいと思っていた。ユアンがいたからだ」

「俺がいたから?」

「ああ、俺と似ていて、俺と同じく縛られ続けると思っていたユアンの存在。それは夢を諦めるには十分な材料だった。でも、違った。お前には勇者としての才があって、俺にはそれがない。結局縛られていたのは俺だけで、そんなことにすら今日まで俺は気付けなかった」


 マークの目から光るモノがこぼれ落ち、俺はなんて返したらいいか戸惑う。


「ユアン、お前には今の俺がどういう風に見える?」

「マーク……お前は――俺のライバルだ。それは今でもこれからも変わらない。そうだろ?」

「……ライバルか。俺は……お前といつかもう一度戦いたいよ」

「ああ、待ってる。いつか必ず、今日のように、試合をしよう!」


 するとマークが突然笑いだした。


「へっ、言ってくれるぜ。お前は勇者で、俺は一般人だぜ。でも――いつか、必ず。約束だぜ」


 マークはそう言ってこちらに拳を突き出して見せる。


「ああ、約束だ」


 俺もそう言って拳を突き出し、マークの拳と突き合わせる。

 これがいつもの俺たちの約束する時の儀式みたいなものだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝が来て、村の多くの人が見送りに来てくれた。

 マークの姿はなかったが、マークのことだ、どこかで剣でも振って鍛錬しているのだろう。


「じゃあ俺行くよ」

「ユアン、体に気をつけるんだよ」

「分かってるよ、母さん」

「お兄ちゃん、また帰ってくるよね?」

「当たり前だろ、サラ」

「じゃあいつ帰ってくるの?」

「いつって言われると……それは……」


 勇者管理局のケイリィから、当分は戻ってこれないと言われているだけに、返答に困る。


「サラ! お兄ちゃんを困らせるんじゃありません」

「でも~」


 俺が答える前にサラが母さんにたしなめられる。


「サラ、心配しなくて大丈夫だから」


 俺はそう言って妹の頭を軽く撫でる。

 この感触もこの村に置いていかなければならない。


「……うん」

「じゃあ行くよ」

「ユアン待つのじゃ」


 村から出ていこうとすると知った声に呼び止められる。

 この声は――村長だ。


「まさかお前が勇者の素養があるとはな。長く人生を生きてきたが、昨日の出来事はその中でもピカイチじゃったわい」

「村長……俺はまだあんたを――」


 許しきれていない。

 妹を見捨てたあんたを。


「ユアンがワシに怒っとるのは知っとる。だが言わせてくれ、妹のことはすまなかった」

「まだ心では村長を全て許しきれてないけど、村長としてはああするしかなかったってことも分かるんです。だから一言聞けて良かったです。最後に俺の家族を、母と妹をよろしく頼みます。もう決して見離さないでやってください」

「ああ、それはワシに任せなさい」

「ありがとうございます」

「ああ、そうじゃ最後に餞別として品を持ってきたのじゃが。受け取ってくれんか」


 そう言って渡されたのは鞘に入った剣だった。


「これは……?」

「代々この村の長が守ってきた剣じゃ。ワシが生まれるよりもずっと昔、この村が凶悪な魔物に襲われた時、村を救ってくれた英雄が魔物を倒した剣だと聞いている。いつか村から勇者が出たらこの剣を渡せとも伝わっておったのじゃ」

「……英雄の剣。そんなものがこの村にあったなんて知らなかった」

「ああ、このことを知っているのは代々村の長だけだったからな。ユアン、受け取ってくれるか?」

「そんな大事なモノ、本当にいいんですか?」

「ああ、受けとってくれ。その剣を肩からかけ、王都で胸を張って勇者としての使命を国王様から受けてくるのじゃ」


 村長は赤ん坊だったころからの俺を知っている。

 今まではあまりいい村長だとは思ってなかったけど、村を背負ってがんばってきた人なんだよな。

 村長の言葉に触れ、今まで考えたこともないようなこと思った。


「分かりました。受け取らせてもらいます。村長、今までたくさん迷惑をかけてきたけど、今度は俺が立派な勇者になってこの村にいつか恩返しできるように、がんばります」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 村長に軽くおじきをし、俺は村の外に広がった世界を見る。

 いったいこの先俺になにが待っているのか、今はまだ皆目見当もつかない。


「もうあいさつはいいのですか?」


 俺の隣で黙って聞いていた勇者管理局のケイリィがそう尋ねてくる。


「ああ、もう大丈夫。行くよ」


 荷物は少なめに、家族や村の人に手を振りながら、俺は生まれ育った村を出た。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ケイリィ、王都までの道のりは長いと聞いているけど、じゃあどの町や村を経由して行くんだ?」


 俺は、俺の前を黙々と歩いていく、勇者管理局のメンバーであるケイリィにそう声をかける。

 村長はケイリィに敬語で喋っていたが、世事に疎い農家の一青年に過ぎなかった俺はそもそも勇者管理局の存在すら知らなかったぐらいで、いまいちピンと来ず、年も近いと知ったことからまるで友達に話すように話していた。

 もし、それで怒られたら止めようと思ったが、ケイリィは俺がこんな風に話しかけても特に気にしていないようだった。


「そういえばまだ言ってませんでしたね。とりえず比較的安全にルートで向かいたいので、南西のルートで行きます。今日の夜にはラーグの村に着くと思うので、一旦そこで宿を取りましょう」


 俺が聞くとケイリィは立ち止まって振り返り、そう返事をくれる。

 しかしローブのフードで顔をしているので、表情までは読み取れない。

 まあ、そこらへんは気にしなくてもいいか。


「南西、それにラーグの村か」


 山のふもとの村ラーグ、噂では聞いたことがあるがもちろん実際に行ったことはない。聞いた話では林業で生計を立てている人が多い村らしい。

 

 そして、それから半日ぐらい歩いただろうか。

 もうあたりはすっかり暗くなった頃、ラーグの村に着いた。

 俺の村よりも少し大きく、木製の家がきれいに立ち並んでいることと、村の中を小さな川が走っていることが特徴的だと言えるかもしれない。


 で――だ。

 どうしてこうなった。

 宿に泊まろうとは言ったが……。


「ケイリィなんで……なんで俺と同じ部屋なんだよ! さすがにまずいだろ!」

「なにがまずいんでしょう? 私と一緒だと困ることがあるのですか?」


 ケイリィが不思議そうな顔をして、こちらを向いてくる。

 さっきまで顔を隠していたフードをとっていたから、今度は表情まで読み取れた。


 男と女が同じ部屋は普通ないだろ。

 世間知らずなのか?


「そりゃ困る……ことはないけどさ。普通……」


 いや、王都ではこれが普通なのか。

 もしかしたら俺が世間知らずの可能性も出てきたな。

 それか、もしかしたら……。


「ケイリィって……男だったのか?」

「女です」

「だよな……安心した」


 安心したってなんだよ。

 自然と出てきた言葉に自分で驚くも、なんとなく理解した。

 その容姿でもし男だったら、俺の価値観がひっくり返るところだったって意味だ。

 だよな……?


「困らないなら居させてもらいます。私は勇者候補であるあなたを守る責任もありますから。それに最近では勇者を狙う怪しい団体も出てきてますし」


 俺を守るため。 

 なるほど、そういうことか。

 

「分かっ~たよ! じゃあ俺はもう疲れてるし寝るから。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 二つ並べられたベッド。

 俺はその壁に面した方のベッドに転がりこみ、毛布をかぶる。

 部屋を照らしていたランプは消え、窓から差し込む月の光だけが部屋を照らしている。


「ケイリィはベッドで寝ないのか?」


 毛布の隙間からケイリィの方を見ると、ケイリィはドア近くの窓際の壁際で片足を立てるかのような体勢で壁によりかかりながら、座っている。


「任務中ですから、ベッドで寝ることはしません」

「ベッドで寝ないって、それ辛くないか?」

「ユアンさんは心配してくれるんですか。やっぱりちょっと変わってますね」

「心配って、そりゃ心配ぐらいするだろ」


 一体なにが変わってるのだろう。他の勇者からはそういう声すらかけてもらったことがないということなのか。

 そして俺の発言にケイリィの口元が一瞬緩んで見えたのは、気のせいだろうか。

 そういえば、ケイリィが笑ってるのは未だに見たことがないな。


「私は――大丈夫ですよ。慣れてますから」


 そう言って、窓の外を見るケイリィ。

 月明かりに赤い髪が反射し、キラキラと輝いていて見えた。

  

「ケイリィはほんとに真面目なんだ――」


 言葉を言い終わる前に、また視界がぶれる。

 なんだ。

 また一瞬ケイリィが別の人物に見えた。

 前よりはっきりと……しかもそれは、やっぱり男の姿だ。

 俺……本当におかしくなっているのか?


 でも、なぜだろう。今見えた男の姿を俺は知っているような気がするのは。

 それに懐かしさと切なさが同時にこみ上げてくるこの感情の正体は……!?


 結局その夜はそのことを考えても分からないまま、気付くと眠りに落ちていた。

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