第4話「覚醒」

 勇者が指を指した方向を見る。

 そこには俺がよく知った顔がある。俺が小さい頃から共に育って来た家族の顔が。


「サラ……!」


 俺の試合を応援してくれていた幼い妹の顔は戸惑いの顔に変化していた。

 この勇者は、大会優勝の商品として俺の妹を貰っていくというのか。

 なんでこんなことに……!?


 体には痛みが走り動くこともままならず、勇者の発言で頭も混乱している。

 でも、ひとつだけ分かることがある。

 俺が今負けたら、妹は勇者の奴隷になるということだ。

 なら――俺は絶対に負けてはいけない。


「なにが……勇者だ」

 

 こんなに気持ちが高ぶるのは初めてだった。

 お前たちは民を食い物にして、馬鹿にしている。

 そして、俺から父さんを奪い、今度は幼い妹まで奪おうと言っている。


「俺は――お前たちを許さない……!」


 よろめきそうになりながらも、俺は再び立ち上がった。


「まだ立ちがる力があったとは驚きだ。でもそれも終わりにしてやろう」


 勇者がゆっくりと剣を構えるのが見える。

 まだ――終われない。

 ――昔から自分の中になにか大きなモノがある気がしていた。


「もし……俺に力があるなら――」


 でも、それはたぶん一生開かれないモノで、だから俺はこのまま知らなくていいと思っていた。

 けれど――。


「俺はお前を! だから!!」


 ――――――力が欲しい。

 

 そう思った瞬間、世界が制止した。

 これは俺が作り出した想像の世界、もしくは走馬灯のようなものかとも思うが、実際のところは分からない。

 分かることは目の前に色のない世界、真っ暗な世界が広がりっているということだけ。


「これを開くのか? これを開いてしまえばお前は後戻りはできなくなる。今みたいな平穏な生活には二度と戻れず、俺と同じ辛い道を歩むことになる。それでもいいのか?」


 突如黒の世界に白のシルエットで現れ俺に背を向ける人物は、語りかけるようにそう言った。

 初めて起こる現象に戸惑いつつも、不思議と頭は冷静であった。


「……それでも――構わない。もし、今諦めたら俺は一生自分を許せない。だから力が欲しい。今あいつを――勇者をぶちのめせる力が――」

「そうか、いやこれは違うか、俺は――そうだったな――――」


 色が戻り再び動き出す世界。

 今のが結局なんだったのかは理解できないが、体内でなにかが開いた気がした。

 その瞬間、体に魔力が溢れるのを感じた。


「――――……これは」


 俺は溢れるような魔力を体から感じながら、勇者を見据え、強く木剣を握り直す。

 だが、体がまだその魔力に馴染んでないと言わんばかりに、頭だけはぐらついていた。


「なん……だ、この魔力は!? それに目が赤く……まさか……じゃあ、お前は! ……いや……そんなこと――あるはずがない!!! あるはずがないんだぁあああああああああ!!」


 予想していなかった事態に驚き、木剣を手に俺の意識を残さず沈めるために向かってくる勇者の声は、もう俺には聞こえない。

 俺の意識はこの時あるようでない状態だったのだから。

 ただ、迫り来る勇者の剣のみを視界に捉えていた。

 後は――――。

 

「はぁああああああああああああああ!!!」


 俺はただ剣を手に動いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うがはっ……」


 最後に見たのは迫り来る勇者の剣、そして次の瞬間にはもう勇者の剣は俺の視界にはない。

 俺は勇者の後ろに立っている。


 バタン。

 手にはまだ感覚が残っていて、勇者が音を立てて崩れ落ちた。

 今の試合を見ていた村人は、なにが起きたのかわからず静まりかえっている。


「ああ、勇者様!! 大丈夫ですか!! ユアンなんてことをしてくれたんだ!!」


 慌てて村長が勇者に駆けつける。

 慌てる村長の声で、自分がしでかしたことに気付く、でも――俺が本当に勇者を倒したのか!? 自分でも信じられない。

 なんせ今はさっきまでのような魔力は体から感じられず、まるで腕や足に重い鎖をつけられたかのようにただ痛みと疲れのみが重く体にのしかかっているのだから。だからなおさら自分が信じられなかった。


「俺は――」

「今の一撃を受けたのだから、二日は目覚めないと思いますよ。それにその男は勇者じゃない」


 俺を責める村長を、透き通るようなきれいな声が制止する。


「ええ、そんなはずは……今も現に勇者様の片目は赤くなっておられる」

「それは他者にかけられた魔力によるモノです。見ていて下さい」


 勇者が偽物!? それに誰だ、あのローブを着た人は!?

 フードを目深にしているせいで、性別すら分からない。


「汝(なんじ)あるべき姿に戻れ」


 そう言い、ローブを来た人物は勇者の赤くなった目の上に手をかざした。


「まさか……」


 そう思わず俺は口をこぼす。

 さっきまでの気絶していても尚赤かった瞳は、普通の一般人と同じ黒色の瞳に戻っていた。


「そんな、勇者様が偽物だったなんて、一体あなたは?」

「私は勇者管理局の者です。最近ここらで勇者を語る偽物が出没しているという噂を聞いて探していました」


 驚く村長に、問われた者は冷静に返し、その証明書を見せる。

 勇者管理局、そんなものが存在したのか、聞いたこともなかった。

 じゃあさっきの偽勇者を暴いたのは魔術なのだろうか。


「勇者管理局……あの国直属の機関の! ご無礼をお許し下さい」

「構いませんよ、普通にしてください。それよりこの偽勇者の身柄は我々が預かりますから」


 勇者管理局の者と村長が喋るをを俺はただ聞いている。


「好きになさって下さい。我々村民はそれに従います」

「助かります」


 勇者管理局の者が、連れてきた部下に指示を出し、部下が偽勇者をどこかへ連れていった。

 

「いや~、それにしてもまさかこの村に勇者などいなかったとは! 本当に驚きました」

「……いえ、それは違いますよ。この村に勇者はいる。正確には勇者の力に目覚めたばかりの者が」

「えっ、それは誰ですか?」

「村長、忘れたのですか? この村には偽勇者を倒した青年がいることを」

「じゃあ、まさか」

「はい、その後ろに立っている青年には、勇者の素養があります。たった今、力の覚醒の瞬間を見ましたから。偽勇者を捕まえるためとはいえ、この村に来るのは運命だったのかもしれません」


 そう言って、ローブを来た勇者管理局の者は俺を見てきた。

 まさか……俺が――勇者だというのか!?


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺は勇者管理局を名乗る人物に、村の空き家まで連れてこられて、話を聞かせられていた。

 机を挟んで勇者管理局の人物は俺の前に座っている。

 勇者管理局を名乗る人物の顔は被っているローブのフードのせいでよく見えないし、声だけ聞くとまだ若い中性声で、性別までは分からなかったが俺と同じくらいの年齢の人物に思えた。


「俺は勇者になんてならない! それに俺は勇者が――」


 嫌いだ。

 勇者という存在。

 それは俺の父さんを間接的とは言え殺し、偽物だったにしろその名前と名誉はたった一人の妹まで奪おうとした。


「これは決定事項で、拒否するこことはできません。あなたに勇者の素養があると分かった以上、あなたの身はもはやあなた一人の者ではありません。まずは王都に一緒に来てもらい、勇者としての正式な登録をしてもらいます」

「正直実感が沸かないんだ……あの偽勇者を本当に自分が倒したのかも、今考えると確信が持てないぐらいに」

「それは確信を持っていいです。私が見て、感じましたから。あなたには勇者の素養があります」


 自信を持ってそう述べる勇者管理局の人物の言葉を聞いても、まだ信じられないものがあった。

 当然頭の整理もまだついていない。


「それに俺には家族がいて、家族を置いて王都になんていけない……」

「家族の心配もしなくてもいいです。あなたの勇者登録が済み次第手厚く保護します」

「それは、本当なのか? 俺が行けば家族の生活が守られるというのか?」

「はい、約束します。逆にあなたが同行を拒否すれば家族はおろか、この村へは厳しい制裁が待っているでしょう」


 なら、初めから答えは一つしなかった。


「……分かったよ。まだ全てを信じた訳ではないが、俺はあんたと王都に向かう。それでいいんだろ?」


 やはりまだ勇者は嫌いで、自分にその素養があると聞いた今でもそれは変わらない。

 でも――もしかしたら、悪いことばかりではないのかもしれない。

 農家で人生を終わると思っていたが、もし俺に本当に勇者としての素養があるのなら、剣を手にかつてこの村を救った英雄のようになれるのかもしれないのだから。

 それに家族の生活を保護してくれると言っているし、俺が強くなれば魔物を倒してお金を家族に送ってあげることだってできるかもしれない。


「では、明日の朝この村を出ます。準備をしておくように。あ、それともう一つ、あなたの名前を聞いてませんでしたね」


 確かにまだ、名前を言ってなかったな。


「ユアン。俺の名前は――ユアン・トルーガー」

「ユアン・トルーガー、いい名ですね」

「あんたはなんていうんだ? 顔もまだ見せてもらってないんだが」

「確かにそうですね。顔も別に隠している訳ではないですし」


 そう言うと、勇者管理局の人物は目深に被っていたローブのフードをゆっくりと頭からとった。


「私は勇者管理局の――ケイリィです」


 晒し出された顔は、吸い込まれるような青い瞳に、肩まで伸びた赤い髪を持つ、声のイメージ通り俺とたぶん年齢が近くそして――少女の顔がそこにあった。


「ケリー……」


 その顔を見て、名前を聞いて心が震えた。

 一瞬容姿がきれいだとは思ったが、そんな感じの震えではない。

 なんだこれは。自分でもどうしてこんなに心が動揺しているのか理解できない。

 ただ、分かっていることは一瞬目の前にいる人物の顔が誰かにダブって見えた気がしたということだけだ。しかも男の姿にダブって見えたんだが……気のせいだよな。


「涙……どうしたんですか?」

「え……」


 俺泣いているのか……!?

 頬を走ったモノに手を触れると確かにそれは水で、その跡は目に繋がっていた。

 自分の体の現象であるはずなのに、またも理由が分らない。


「あれおかしいな。どうしてだろう……」

「あと、私の名前はケイリィですから。ケリーではありません!」


 まさか、俺は聞いたばかりの名前を間違えたっていうのか。

 いやでも、さっき俺は確かにケイリィと発音したはずなのに。

 一体俺の身になにが起こっているというのか。

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