第一章 力の目覚め

第2話「勇者が村に来た」

 魔王が消えて500年、家が30ほどしかない小さな村に、農家の青年がいた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「行ってくるよ! あっ、そーだ。畑仕事が終わったら明日の大会のために鍛錬して帰ってくるから、かなり夜遅くなる!」

「お兄ちゃん、お弁当忘れてるよ!」

「あっぶねー、ほんとだ。ありがとう、サラ」

「もう! しっかりしてよね。せっかく私が早起きして作ったんだから」

「悪い悪い、次からは忘れないから!」


 プンスカ怒っている妹のサラの頭を撫でながら、そう返す。

 妹は頭を撫でられるの好きらしく、こうやるとすぐに機嫌を直してくれる。


「もう、しょうがないんだから! 行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」

「ああ、行ってくる!」


 空は晴れていて、雲ひとつない。

 今日も畑仕事、それはいつもと変わらない日々。

 でも、明日は待ちに待ったイベントがある。


「おい、ユアン! 明日の大会は負けないからな!」


 そう俺に声をかけてくるのは、幼馴染で悪友のマークだ。


「こっちこそ負けないぜ! 毎日練習してるんだ」

「残念だったなユアン! それはお互い様だ!」

「そういえば、確かにそうだったな! でも勝つのは俺だぜ」

「へっ、言ってろよ。俺に当たる前に負けんじゃないぞ」


 悪友と明日の大会の話で盛り上がる。

 そう、何を隠そう明日には年に一度の村の大会があるのだ。

 その試合とは、豊作を祈り、神に試合を捧げるというものだ。

 村中の男連中がその日だけはくわを放り捨て、木剣を手に取り、村で一番強い男になれるよう、競うのだ。

 トーナメント形式で勝ち進み、優勝した者は一年間村の英雄として扱われる。

 噂では英雄になれれば、村からお金も支援されるらしいし、なにより名誉がある。かつてこの村を救った英雄のようになれるのだから。

 普段は畑仕事だけでなにも楽しみのない俺にとっては、このイベントだけが楽しみだった。

 それにもし俺が優勝できれば、少しは暮らしが楽になるかもしれない。まあ、去年一回戦負けした俺が優勝できる可能性は少ないのかもしれないが、それでもその可能性を捨てたくはない。

 そのために毎日、畑仕事が終わったら剣を振り続け、鍛錬してきたのだから。

 

 悪友との話もそうそうに切り上げ、俺は畑仕事に向かう。

 村の特産の野菜に水をやり、土を耕し、壊れた用水を直したりと、汗を流しながら畑仕事に精を出す。

 昼休憩も取らず、明日の試合のために一秒でも早く剣を振りたいと仕事をこなしていき、いつもは夕方までかかる仕事を、夕方になる前に終わらせた。


 そして剣を振る。

 俺にとって剣を振り、鍛錬している時間だけが、唯一俺だけの時間なのかもしれない。

 集中して、それを一気に解き放つ。

 日に数千回も剣を振る日もあった。


 剣を百回ほど振った時、朝に会った悪友のマークが走ってきた。

 しかもなにやら顔色が悪い。


「大変だ、ユアン。勇者が村に来た……」

「勇者が来た……だと!? 本当か、マーク?」

「ああ……今村長が相手をしている」


 マークの言葉は俺の心を激しく揺すった。

 なぜなら、俺は勇者が大嫌いだからだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 特権階級勇者。

 大国ローランド公認の国の守り手。

 神に祝福され、勇者として強い魔力を宿し、能力発動時には片目が赤くなる、魔王を討ち滅ぼす存在。

 気高く勇敢で、ご立派な勇者様。


 けっ、反吐へどが出る。

 俺は勇者が大嫌いだ。

 魔王のいない世で、あいつらはただ威張りくさる存在だ。

 そして毎年やつらは俺たちの村に現れ、富を貪る。

 俺たちの村だけじゃない、他の村だってそれで貧乏をさらに強いられる。

 やつらをもてなすために用意する肉が、酒が、どれだけ高いかやつらは知っているのか。

 でも、逆らうことはできない。もし逆らえば、勇者の口から国の役人に報告され、俺たちの村は増税されることになる。それだけの力がやつらにはある。貴族のようなモノだ。

 やつらが毎年村に来なければ、親父だって今頃……!


 でも、それに気付く者は少ない。

 教会の教えでも、国の繁栄は勇者が魔を滅ぼしたおかげとなっているし。

 それにやはり皆、輝かしい光の勇者様に憧れているのだろう。

 俺も昔はそうだったのだから。


 急いで村に戻ると、村の女が年齢を問わず、黄色い声援を送るその先にご立派な服装をした勇者が人だかりの中に立っていた。

 あいつか……。

 

 そこには高そうな服を来た、銀髪の男がいた。

 歳は20半ばといったところか。腰からは剣を差している。

 確かに強そうだ。

 

「村の者静かに!!」


 勇者の横に立つ村長が皆を沈めようと、声を上げる。

 村長の特技とも言える馬鹿でかい声は黄色い声援を止めるには十分なものだった。


「今年も村に勇者様が来て下さった。上級勇者のシルバー・レイモンド様だ」


 とんでもない要求をしてこなければいいが。


 俺は長居せず、家に戻る。

 再び剣を降ろうかと思ったが、さっきの勇者の顔と共に嫌なことを思い出し、一旦練習する気が失せた。


 家に帰ると母親と妹が机に座っていた。


「ユアン、今年も勇者様が来たね。さっき村長の使いが来て、献上金として家のお金を持っていったよ。まあでも勇者様が来たのだから仕方ないことよね」

 

 もう遅かった。いくら取られたのだろうか。

 母親はお金を取られたというのに、嫌な顔をしない。

 まあ、勇者が来てお金を取られるのは当たり前なことだと割り切っているのだろう。


 結局のところ割り切れてないのは俺の方だった。

 あいつらが村を魔物から救ったという話なんて聞いたことがない。

 なのになぜ献上金を支払わなければいけないのだろう。

 一体このお金を何に使うのだろうか。

 俺としては魔王の存在すらも疑いたくなるが、それを口にするのはさすがにまずいので、心にしまい込む。

 

「……そうか」

「また生活が苦しくなるよ。二人共すまないね」

「いいよ。その分俺が働くから!」

「私も、もっと力をつけて、たくさん手伝えるようになるから!」


 俺とサラが、申し訳なさそうにする母親にそう声をかける。

 勇者さえ来なければ――みんな、平和に暮らしているのに。


 俺はその後、家の外で剣を振り、夜遅くまで鍛錬をした。

 勇者が来ようと、明日の大会は行われるはずだからだ。


 す振りをする、俺の耳には時折、楽しそうな笑い声が聞こえる。

 俺の家と村長の家はけっこう近くにあるからだ。

 その夜、村長の家から聞こえる楽しそうな声は、深夜まで途絶えることはなく、その音は、俺の耳にはただの騒音ノイズでしかなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝が来て、眠い目をこすりながら体を起こす。

 今日は待ちに待った大会の日だ。


 朝食のパンを急いで平らげると、俺は家を飛び出し、村の広場を目指す。

 出かける前に、妹が昨日勇者に話しかけられたと言っていたことが気になったが――まあ、大丈夫か。

 木で組まれた試合の場となるところの横に、トーナメント表の紙が張り出されていて、人だかりが出来ている。


「遅かったな、ユアン。見てみろよ」


 既に来ていたマークに声をかけられる。

 俺も言われたとおり、トーナメント表を見る。これは――。


「俺はこの時をずっと待っていた。ユアン、お前と公式の場で戦える日を」

「ああ――俺もそうだ、マーク。そろそろ一度、俺たちの腐れ縁に決着を着ける時なのかもな」


 そう、トーナメント表の張り紙を見ると、俺の一回戦の相手はマークだったのだ。

 同い年で幼馴染で悪友のマーク。

 俺たちは幾度もつまらないことで競い合ってきたが、こうやって公式の場で戦うのは、初めてだった。

 力はほぼ互角、今までの戦歴でいえば、俺が少し負け越してるのかな。

 でも、そんなことは関係ない。

 今日の大会で、俺はマークに勝ちたい。そしてたぶん、マークも同じ気持ちだろう。


 言いたいことを言ったマークは最終調整があるからと言って去って行った。

 俺も最後にアレの練習をしないとな。 

 俺の奥の手の練習を。


 そして太陽が登りきる。

 大会に参加する村の男連中が木剣を片手に皆、各々の試合前の調整をしていて、村の女子供も朝早くに畑に水やりだけをすませ、会場となる村の広場に続々と集まってきた。


 そろそろ始まるんだ。 

 16歳で参加の資格を得て、今年で2回目の大会が。

 自然と肩に力が入る。


「皆の者、静かに!」


 村長が昨日と同じように皆を静かにさせる。村長の方を見ると、偉そうに椅子に座った銀髪の勇者が隣に見えた。

 呑気にあくびをしている勇者を見ると、昨日はどれだけ楽しんだのかと問いたくもなってくるが、そんなことは許されない。


「今年もこの季節が来た。豊作の神に、試合を捧げる日が。しかも今年は勇者様が見学してくださる。勇者様に見苦しくない試合を、期待しておるぞ。では始めるのじゃ」


 村長の言葉を聞き、村の男たちが「うぉおおおおおおお!!!」と威勢の良い声をあげ、周りの女子供は拍手を送る。

 とうとう始まった、俺の一年に一度が。だから、今は自分の試合に集中しなければいけない。

 初戦の相手は、簡単に勝てる相手じゃないのだから。


 

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