勇者嫌いの勇者ユアン

草餅

第1話「始まりと終わり、運命の戦い」

 頭から血が流れ、体も服もボロボロな勇者が剣をブラリと下げながら、無傷の魔王の前に立ち尽くしていた。

 もはや勇者は壊れた人形のように、まともに動くこともできない。

 生き残っている最後の勇者となり、国の命運を託され幾度となく振られた勇者の剣はただ空を斬るだけで、一度足りとも魔王の体を捉えることはなかったのだ。


「次の一撃でお前は終わりだ。お前の薄汚い弱い仲間と同じように、その短い人生を終わらせるがよい」


 低く……そして恐ろしく冷めた声でそう話す黒衣まとう魔王の手の中には、巨大な魔力の塊が黒き球体となって解き放たれる瞬間を待っていた。


「……仲間と同じように……だと? まさか、俺以外皆死んだというのか?」


 勇者はまだ心のどこかで仲間が生きているのではないかと信じていた。

 魔王の幹部を打ち破り、きっと今頃は安全な場所に避難してくれているだろうと。

 しかし、その夢は打ち砕かれると同時に、勇者は己を責めた。

 己のせいで、仲間が死んだと。

 己が魔王の元までこの城を駆け上がるために、仲間を犠牲にしたのではないかと。

 その自責の念は、まだわずかに残っていた勇者の戦う気持ちを深淵しんえんに突き落とそうとする。

 結果として勇者は、息を切らしながら己の剣を床に突き刺し、今にも倒れそうになる体をなんとか支えることに精一杯な限界の姿を晒した。


「そうだ、そしてお前もすぐに同じ場所に行く」


 勇者が絶望を感じ諦めかけた瞬間、どこからか現れた光の玉が勇者の体の中に入っていく。

 それは魔王でも見ることのできない純粋な光。それが勇者の心を照らした。


「……ケリー、……ローレン、……レオン。あいつらには――道をつないでもらったんだ……!」


 頭を下げ視線を落とし目を閉じたたまま勇者は、この魔王の城で各階層に残りここまで辿り着くために命をけてくれたかけがえのない三人の友の名を呼んだ。

 目をつぶればそこに、辛い旅を共に乗り越えてきた仲間の笑顔が見えたのだ。


「ほう、まだ立つか」


 床に突き刺ささり、もう二度と抜かれることはないかに思われた勇者の剣が引き抜かれる。

 二度と立ち上がることができない程のダメージ、それを受けてなお勇者は立ち上がったのだ。

 そしてそれと同時に、一度は光が消えた左目に再び赤き輝きがともる。

 赤き左目の輝きは己が勇者であるあかしであった。

 

「……絶対に魔王、お前を倒す。そして……この国を救うんだ」


 もう既に、魔王があやつる1000にも上る数の魔物の軍団は国中を蹂躙(じゅうりん)するために動き出していた。

 放っておけばあと7日も経たない内に、この国の人間の9割は死ぬだろう。

 だが、魔王を倒せば全てが終わる。

 なぜならその1000の魔物は通常の誕生とは異なる生まれ方をしているからだ。

 にわかには信じ難いが、その1000にも上る数の魔物は、今目の前に立つ魔王が直接己の魔力で生み出した魔物なのだ。

 だから、魔王を倒せば魔物は消えてなくなる。

 魔王の城に来る前に勇者たちが突き止めた真実はこれだったのだ。


「我を倒すだと? フハハハハ。その死にたいになにができるというのだ!!」

「まだ体は動く――心もまだ――だから――……!!」


 そして剣の切っ先を魔王に向ける。その目はさっきまでのような絶望を孕んだ瞳ではない。

 そこで魔王は気付いた。死に体のはずの勇者が持つ剣に体に、さっきまで以上の力が漲(みなぎ)っていることを。

 

「まだそれほどの力が!? 死に体のはずの体のどこから、それほどの魔力を顕現(けんげん)しているというのだ!!」


 勇者にもその理由の全てが分かっていたわけではない。

 しかし勇者は心のどこかで死んでいった仲間が力を貸してくれているのを感じていた。


「その身に食らうは剣戟けんげきの極地。まさかまだ、ただで済むとは思わないよな」


 剣を極め、さらに勇者を超えた魔力を顕現していた勇者は己の力を初めて剣戟の極地と言い表した。

 閃光の勇者の異名はもはや過去のもので、この状態の勇者を言い表すのなら神速の勇者と言い表す他にはないのだろう。

 もはや、魔王の城の王座の部屋に立つこの二人は元が人であったとは到底信じられない領域まで達していた。


「はっ、偉く出たな! お前のその剣は確かに我の今貯めている暗黒玉を打ち砕く力すらもあるのかもしれない。だがそれだけだ! 暗黒玉を打ち砕くだけで、我には届かない。結局お前は無駄死にすることになる。それが分からぬ時点でお前はもう詰んでおるのだ!!」

 

 魔王の言うとおり勇者の目論見は甘かった。

 勇者を超え、人を超えた力。それを以てしてもまだ足りなかったのだ。


 けれど、魔王の言葉は勇者にヒントを与えることになる。

 そしてそれが魔王の命運を分けた。 


「俺の命――そうか、まだ俺には賭けられるモノがあったのか……」


 勇者は胸に手を当て決して唱えてはいけないと教えられた呪文を唱え、それにより大きなエネルギー体を身体から引き抜いた。

 それは使えば必ず使用者に必ず死をもたらす、知る者もほとんどいない禁術の中の禁術。

 なぜなら取り出したモノは巨大な魔力の塊であり、勇者の生命力の全てだからだ。

 10年早く生まれていれば魔王をも凌駕していたほどの天賦てんぷの才が勇者にはあったが、今のこの国にそんな猶予は残されていなかった。もはや、手はこれしか残されていなかったのだ。

 

「そんなことできるはずがない!! まさかお前、そんなことをしたらお前の命はもう!」

「ああ、それでも――構わない」


 勇者は自らの全てを投げ出し、残された可能性を掴む。

 勇者は自分の体から引き抜いたエネルギー体を、剣に切らせたのだ。

 

 その瞬間世界が揺れた。大気が震え、魔王の住む城が崩れていく。

 勇者の剣に漲る力は、もはや今までの比ではなかった。


「行くぞ魔王。お前も――命を賭ける覚悟はできたか?」


 そう言って勇者は剣を構え駆け出す。

 そこにさっきまで見せていた魔王の余裕はもうない。

 強者は相手の力を読み取ることにも優れている。

 最強の存在であった魔王が、その例外に漏れるはずはなかったのだ。


「なにが命だ!! お前みたいなカスに我の命など賭けられるものかあああああああああああああ!!!」


 真に力に目覚めてから初めて感じた寒気を、魔王は寒気と理解することができなかった。

 それが最後の魔王のチャンスであったはずなのに。


 瞬間魔王の手から全てを形も残さず消し飛ばす暗黒球が勇者に向かって放たれる。しかし、勇者は引かない。引くどころがその暗黒玉に自分から突っ込んでいくのであった。

 

 世界をも揺らす二者の衝突の後、大国ローランドは500年もの間平和を手にすることになる

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