無題

 ある時、ある所に、ある暇な男が居た。

 その男はとても暇だった。あまりにも時間が余っていた。そして時間以外なにも持っていなかった。

 家族もいなければ、恋人も、友人もいなかった。金もなければ、仕事もない。今まで自分が、どうやって食い繋いでいたかも分からなかった。

 そして何より、行動を起こす気力が無かった。

 何かしよう、と思うことはあるけれど、結局何もしない自分に絶望するのがオチだ。しかしその絶望から何かを学ぶことはなく、また絶望を繰り返す。

 そんな自分に絶望しても、自ら死を選ぶ勇気もない。



 ある夜、ある場所で、ある暇な男は悪魔にであった。

 それはいつもと変わらない夜だった。どこかも分からな場所で、男は目的もなく、ただ、彷徨っていた。そんなときに、酷く醜く途轍もなく恐ろしいモノは彼の 目の前に現れた。

 それは自らのことを悪魔とは言わなかったが、男はその見た目から「悪魔」と呼ぶことにした。

 その悪魔は、彼を見るなりこう言った。

「お前の運命には何も無さ過ぎる。後にも先にもな。……だから何かを与えてやろう。人生を挽回するチャンスだ」

 男は悪魔への恐怖心など忘れて、すぐにその話に食らいついた。

 男は大金を要求した。今後の人生、一切働かずに遊びほうけていても尽きないほどの大金を要求した。

 面食らったのは悪魔の方だった。普通の人間であれば、自分の姿を見たとたん腰をぬかし、幻覚だと疑うからだ。

 悪魔は、少し緩んだ口元を悟られないようにしながら、こう言った。

「では、一週間後の正午に、その願いを叶えてやろう」




 それからの六日間、男は何もしなった。

 何もしなくても大金が手に入るのに、今さら働いたり、学んだりすることに全く意義を見出せなかった。

 そして七日目の正午に、彼に車が突っ込んできた。

 あの悪魔と出会った場所へ向かう途中のできごとだった。

 男は何も考える間もなく、一瞬で息をひきとった。

 その後、彼の口座へ、詳細の分からない怪しい保険会社から、一生遊んで暮らしても尽きないほどの、多額の保険金が振り込まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

突発集 @shiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ