縋れば、背く 12

 日向の作戦は、こうだ。

 各地に散らばった人形それぞれに同じ悪霊が取り憑いているため、それら全てを除霊しなければ事件は解決しない。そこで捕獲した一体を操って、この海岸へ悪霊を全て呼び寄せる。そうして集まった悪霊を一網打尽にすれば晴れて事件は解決するだろう。

 集められた悪霊は、アヤメとカン君が相手をする。

 筑紫とナギは後方で待機、彼女たちを護衛するのは日向と安賀多。

 現在、捕獲した人形の霊は、どういう原理か日向によって操られている。あと数分もすれば各地の人形霊が現れ始めるだろう。


 ――荒唐無稽な方法だ。


 さながら少年漫画のようだ、とカン君は失笑した。

 しかし現に目の前で始まろうとしているのだから、馬鹿にしている暇などない。

 今は集中すべきときである。


 ――主力はアヤメさんだ、僕はサポートに回るしかない。


 自分の除霊方法は時間がかかる。そもそも一対一で行うのを前提としていて、こんな事態は想定していない。綿密な調査で相手の無念を知り、共感と共に受け入れて、霊体の主導権を奪う。大まかに分けても三つの段階を踏む必要があるのだ。

 かといって、アヤメのサポートといっても彼女は必要としないだろう。元々が一騎当千の霊能者だ。せいぜいが周囲の状況を伝えて取りこぼしのないように――いや、取りこぼしは日向が何とかするのだろう。彼は筑紫やナギを守る役目についている。

 そう、筑紫だ。彼女が後方で控えているのなら、カン君としては既に勝利を掴んでいるようなものだ。筑紫に力を使わせなければそれでいい。


 ――とはいえ、こんな方法でいいのか?


 これまで行ってきた除霊は、一種の救済だと信じていた。

 それをうち捨てて、こんな暴力的な手法で――いや、これもまた否だろう。

 カン君は小さく首を振る。

 普通の霊能者でさえ、除くにしろ祓うにしろ、上位の神仏――存在するのか疑わしい柱の力を請願によって借り受けて罰を与えるものや、清らかなでひたむきな祈りによって霊の無念を聞き入れ成仏――これもまた、曖昧な定義だ――させるものなど、霊能者によって手法は千差万別だ。その縮図として、アヤメのような掃除屋じみたものもあれば、自分たちのような救済もある。

 それぞれが正しい。

 だから自分は自分のやり方で、この場を解決させるだけだろう。


   ◆


「そういえば、筑紫ちゃんもこっちなんだ?」


 カン君とアヤメから遠く、海風に髪を押さえながらナギが問う。

 対する筑紫はぶるぶる震えながらも返答する。


「筑紫が力使うとね、みんなが怒るの」

「ふーん……?」


 いまいち要領を得ないナギである。

 そこへ、二人とつかず離れずの距離にいた日向が付け加えた。


「――筑紫の縁起は理外に向かう定めにある。それを良しとしない者がいるのだ」

「……ごめん、日向さんのおかげで一層分からなくなったわ」


 腰に手を当てて溜息を吐くナギだった。


「よく分からないけど、ともかく……筑紫ちゃんは本当は除霊できるけど、やったら怒られる。だからこっちで日向さんに守ってもらうってわけね」

「そーそー! だいたい合ってるよナギ!」

「うん、ありがとうね筑紫ちゃん。もっと分かるように頑張るから」


 さりげなく筑紫の頭を撫でるナギは、もふもふを止めないままにアヤメのいる方角へと目を向ける。


「あっちにカン君もいるんだよね?」

「いるよー。なんかぶつぶつ独り言いってる……もう来るのにね」

「え、もう来るって……」

「ナギ、ちゃんと心を強く持っててね。寒気がしたり暗い気持ちになったらダメだよ」

「わ、分かった!」

「それとね、もう手を離してくれたら嬉しいなーなんて」

「こうしてると安心できるんだから仕方ないわ!」


   ◆


 人の寄りつかない冬の海岸、夜風は海の香りを孕んで強く肌を刺す。

 デッサン人形が狂ったように踊っていた。

 人形師の奇怪な術に惑わされ、仲間を呼んでいるのだった。

 助けてくれ、ここにいる。人形の踊りはそういうメッセージだ。

 そうして、兄弟が駆け付ける。

 かすかに人型――人形の輪郭を残した霊魂が、青白いゆらめきを残しながら。

 仮に市井の者が見たならば、夜空を彩る流星群を思い起こしただろう。

 しかしこの現象を視られる者が視たならば、一様に戦慄したはずだ。

 不吉だと。

 一体々々が高僧を殺戮せしめる負の感情で動くのだ。

 それが計数十体といるのだった。

 目指す先は仲間のもと。

 閑散の浜辺へと。


   ◆


 来た、と思う前に、アヤメが跳ねた。

 砂利ジャリという音を残して、まずは向かってくる霊魂へ一撃。

 左手から伸びた霊体を凝縮させた爪が、悪霊を三つに切り分けた。

 アヤメは勢いのまま宙で回り、ニット帽が脱げないようにしながら次を探す。


「……ぞろぞろ来やがる!」


 回転する視界で捉えた数は六つ。海の側から来ることはなく、全てが陸の方角から飛んでくる。

 四肢で着地する。砂が爪に挟まったが気にしない。

 再び跳躍。

 都合よく並んでいた二体を三枚おろしにした。六つの残滓は宙に溶け込んでゆく。

 それらを観察しながら、砂を踏んだ。


「やっぱり消えるじゃねぇか……」


 過去に倒した霊も含めると、都合七体を処分したことになる。

 だというのに他所からの報告では霊能者に消滅させられたことを覚えているのだという。

 上空に漂う霊魂群と、踊り狂うデッサン人形を見比べる。


「さてはテメェら……もともと一体か!?」


 ご明察、と言わんばかりに、残っていた霊体がアヤメへと向きを変える。

 瞳らしき箇所から怨嗟のこもった視線が飛んできた。

 だから、中指を立てて返礼とする。


「……覚えてるか、アタシがオマエに言ってやったんだぜ?」


 口元が自然とにやける。楽しくて仕方がない、という風に。


「アタシは全然怖かねぇ!」


   ◆


 ――滅茶苦茶だ!


 カン君は悲鳴を堪える。

 アヤメが挑発したことで、悪霊たちの動きに変化があったのだ。

 夜空を彩る霊魂たちが、地上で踊り狂うデッサン人形へと集結したのだ。

 空間に固定されていた制御器が重力に囚われて落ちる。日向の術が途切れたのだった。

 そして霊魂が一つまた一つと、泥団子がべちゃりべちゃりと投げつけられるように。

 次第に大きくなってゆく。

 青白く、背景が透けて見える巨人だった。

 このような悪霊とは出会ったことがない。

 そもそもこれを霊と呼んでいいのだろうか。

 これではむしろ、怪異と呼んだほうが正確なのではないか。


 ――いや、違う。馬鹿げているけど、これは霊だ。


 物質的な縛りから解放された霊は、混ざり合うこともある。強大な念や思いを核として、様々な霊体が混ざり合う事例はよく知っている。集合霊、自分のことだ。

 しかし雑多な霊が混ざり合うならまだしも、アヤメの言葉から推察するに、これらは元は同じ霊だ。死した誰かの無念が、どういうわけか同じ型の人形に分散されているのだ。


 ――自分にしかできないこと、か。


 今がまさにそれだ。

 この巨大な霊の弱点があるはずだ。

 無念を理解し、救う必要がある。

 アヤメだけには任せておけない。

 なぜなら――


   ◆


「どうなってんだ、こりゃあ!?」


 アヤメが引っ掻けば、巨人は再び分裂する。

 その小さな一体を消滅させるのは簡単だったが、それより前に巨人の拳が飛んでくる。

 回避するにしろ防ぐにしろ、その内にまた分離した霊が巨人と融合する。

 アヤメ一人ではきりがない。

 いずれ体力にも限界がくるだろう。

 引っ掻き、避けて、また引っ掻く。その繰り返しでは、肉体を持つアヤメの方が不利に思えた。


   ◆


 いてもたってもいられなくない。

 カン君はアヤメの元へと走る。

 そして、アヤメの攻撃で分離した小さな霊を見た。


「アヤメさん、小さいのは僕が!」

「おうカン坊、できるのかよ!?」

「……できます!」


 彼の声を思い出す。


 ――できるはずだ。


 日向に与えられた力など、使いたくはない。

 例えこんな状況であっても気持ちは同じだ。

 しかし今は、使ってもいいと信じるに足りる根拠があった。


 ――日向さんもアヤメさんも、元は一体だと言っていたはず。


 自分などより何倍も力を持つ霊能者たちである。間違いはないだろう。

 ならば、分かられた箇所だけ取り込むだけなら?

 やってみる価値はある。

 だから、本体に戻ろうとしている小さな霊体を、右手で掴む。

 同時に、日向に弄られたこめかみを意識する。

 カチリという音がした。

 むろん、実際には音など鳴っていない。

 現実に顕現したのは、問答無用で悪霊を取り込んだという結果だけだった。


「いま何した、カン坊……!?」

「それは後で、です!」


 取り込んだ霊に紐付けられた記憶を手繰る。

 イメージの中でアルバムが開く。最新の記憶を閲覧する。


 ――『儀式』?


 ただ、そういう単語だけが呼び起こされた。

 これだけでは、悪霊が死の間際に何を思ったのか分からない。

 だが、攻略の鍵は見えた。


「アヤメさん、次もお願いします!」


 霊体の記憶がほんの一部しか手に入らず、巨人はいまだ健在となれば、すなわちこれだけでは致命傷にはならないということだ。

 ならば、日向から与えられた問答無用の搾取で相手を弱らせながら、相手の無念を判明させればいい。


「このまま、こいつの無念を集めます!」


 ひらりと巨人の腕を躱したアヤメは、カン君と目を合わせる。


「……よく分からんけど、分かった!」


 そして、二人の連携が始まる。

 アヤメが削り、カン君が取り込む。

 その度に増えていく単語。

 死者の無念に直結する欠片だ。


 ――『儀式』

   『春日』『廃業』

   『工場』『友人』『策略』

   『妻子』『人形』『霊能者』『契約』

   『失敗』『生活』『逃避』『憎い』『簒奪』

   『裏切り』『利用された』『殺され』『トグサ』『許さない』『忘れるものか』


 単語は次第に感情を含み、意味を持つ。

 それぞれは砕かれた欠片でも、数が集まれば全体像が想像できるように、呪いの人形が如何なる無念を抱いていたのか、抱くにまで至った経緯が見えてくる。

 考えろ。

 分離された霊体を取り込む内に、巨人の体はかなり小さくなっている。連携の甲斐あって、今やアヤメもそれほど苦労していないようだ。決着は近い。このままではアヤメの攻撃で霊体は消滅するだろう。

 だが、助けたい。無念を抱えた彼を。

 考えろ。

 彼の無念を、何があったのか。

 単語を組み替える。

 分からない単語は文脈で当てはめればいい。


 例えば、こんな話。

 どこかで『春日』という『人形』制作者が『妻子』と『生活』していたが、『工場』は『廃業』の危機にあった。そこへ『友人』の紹介で『霊能者』と出会い『契約』の『儀式』を教えてもらった。しかし『失敗』、いいや最初から『策略』だったのだ。呼び出した『トグサ』から『逃避』するも『殺され』『簒奪』された。自分は『裏切り』にあって『利用された』だけだった。『許さない』『忘れるものか』。


 ――トグサ、とはなんだ?


 こればかりは知らないものだから仕方がない。

 もしかしたら霊能者の名前かもしれないし、被害者本人や妻子、友人の名前かもしれない。

 もしくは工場の名前、地名、はたまた――。


「……いずれにせよ、僕には関係ない」


 呟かれた台詞に、アヤメが笑う。


「おう、遅かったじゃねぇか」


 そして彼女は飛び退いた。

 道を空けたのだ、主役たるカン君のために。

 そして後方から、主人の激励が来る。


「カン君、おねがいね!」


 ――もちろんです、筑紫さま。


 この悪霊を救う。

 恨み辛みと恐怖に囚われた現状から。

 カン君は、構える。

 全身の力を抜いて、右手を後方に。


「利用されて、裏切られたこと……それが、無念だ」


 視線を、貫くような視線を。

 正面の、巨大な霊に。


 ――恐怖とは、未知への畏れだ。


 ゆえに、その無念を知ってしまえば。

 彼にもその気持ちは理解できる。

 共感できる。恐怖とは正反対の感情だ。

 なぜなら、集合霊だから。

 あらゆる無念を背負っているのだから。


「――お前なんて、怖くない」


 砂を蹴る。

 かざすは右手、狙うは巨人。

 その魂に、無念を知られた綻びに。


 ――取り憑く!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る