縋れば、背く 6
「とまぁ、そんな感じでぶっ倒してきたわけよ」
語り終えたアヤメは、ソファへと体を預けた。
どこか自慢げである。
「まー相手が悪かったわな。んでまぁ、こっちも一応いろいろ調べたわけ」
言葉と共に安賀多がテーブルの上の紙束を捲る。
アヤメが調べた情報を纏めた頁、なのだが。
「……ほぼ分からない、と」
カン君たちの目に入ったのは少女の身元と推定死亡時間、少女の身辺情報などだ。
犠牲者の少女は取り立てて特徴もなく、正直他の事件との差異は見当たらない。
「おらぁカン坊、生意気こいてんじゃねぇぞ! アタシはな、こういうのは苦手なんだって!」
「違います、嫌味で言ったのではなくてですね!」
乗り出してきたアヤメに生命の危機、もとい霊体の危機を感じるカン君だった。
そこへ助け船を出したのは筑紫だ。
「カン君はね、分からないことが分かったって言いたいんだよ!」
珍しく焦る筑紫である。自分の身を案じてくれているのが、カン君の自尊心をくすぐった。
筑紫の「分からないことが分かった」という言葉に、アヤメは首を傾げた。
「……なんだそりゃ?」
「こんなにたくさん事件が起こってるのに何も分からない……ぜんぶバラバラで共通点がないんだよ」
「おう筑紫んぼ、アタシに分かるよう言ってくれねぇか?」
見た目の通りに考えるのは苦手なアヤメだ、渋い顔で腕を組む。
すると、彼女の隣に座っていた安賀多が挙手をした。
「それなら僕が説明しよう」
一同の視線を一手に引き受けた安賀多は、咳払いをして始めた。
「報告された事件に共通しているのは、
「どういうことですか?」
蚊帳の外だったナギが挙手、質問を投げる。
分からないなりに付いていこうとしているのである。
安賀多は嫌な顔一つ見せずに頷いた。
「他の霊能者ならまだしも、アヤメ君が除霊したんであれば間違いなく消滅しているはずなんだ。でも、それ以降も人形の被害は出ている」
「ということは、同一犯ではないってことね」
納得したナギ。しかし安賀多が追い打ちをかける。
「ところが、だ。その後に遭遇した人の報告では、人形を退治したとき『またじゃまされた』と言い残したらしい」
「……消滅したんじゃなかったの?」
「そう、まるで霊が復活しているような……そこが不可解なんだ」
そこでだ、と安賀多は筑紫を見た。
きょとんとしている少女へと安賀多は続ける。
「日向さんのところへ話を聞きに行ってほしい。この資料は彼に見せるために刷ったものでもあるんだ」
「筑紫が? 別にいいけど……」
「僕は情報収集に力を入れたいし、通常業務もある……何より、僕は彼に嫌われているみたいだしね」
困ったように顎をさする。双眸から普段の力強さが損なわれているのは、安賀多と日向の仲が悪いことに真実味を与えていた。
カン君はそれを意外に感じつつも、それより大事なことがある。
場に倣って挙手だ。
「安賀多さん、ええと……」
言いづらそうにしているところへ、安賀多は掌を向けて先制した。
「分かってるよカン君! 筑紫ちゃんに無理させたくないって話だろう? そう来ると思っててね」
隣のアヤメに頷いた。
「今回はアヤメ君と一緒に行動してくれないかな? そして、解決してほしい。依頼人は僕ということでギャラも出すよ」
それなら、と安心したカン君だった。
彼女の力は知っている。筑紫の力に頼らなくても解決できそうだ。
「こちらからお願いしようかと思っていたくらいです」
「おっし、契約成立だな! 筑紫んぼ、大船に乗った気でいろよな?」
「おー! アヤメと一緒なんて久しぶりだね!」
嬉しそうに両手を上げる筑紫だった。
その向こうでナギが複雑な表情をしていたので、後で何か言葉をかけてやらなければと決めるカン君だった。
さて、と安賀多が立ち上がる。
「話も決まったことだし、早速お願いするよ。まずは日向さんのところに行ってくれ」
「あ、それなんだけどさ……日向んとこにはアタシは行かなくてもいいよな?」
「なんで?」
突然渋り出すアヤメに、筑紫が無邪気に聞いた。
「いや、だって……アタシは実働っていうか、調査系は、な?」
勇ましい気風はどこへいったのか、アヤメは頬を掻いている。
察してくれと言わんばかりの狼狽えっぷりだったが、筑紫は行儀悪く四つん這いでテーブルを進み――マナーを教え込まなければなるまいと頷くカン君だ――、アヤメの顔へとにこやかな表情を近づける。
「なんで?」
ぐっと詰まるアヤメである。
視線がふらふらと泳いでいるあたり、本当に気まずいのだろう。
「ほ、ほら! 日向の家って遠いしな、全員で連れ立っていくもんじゃ……」
「なんで?」
二人の押し問答――というより、筑紫が一方的に押しているのを見て、ナギがカン君へちょいちょいと手招きをする。
何だろうと近付いてみると、ナギは小声で聞いてきた。
「あれ、どういうこと?」
つい普段のように喋りそうになってから彼女用の会話方法を思い出す。
テーブルの上にあったメモ紙をナギの前まで滑らせる。
ナギが自然に紙を押さえたので、ちょっと意外に思いつつもペンを走らせた。
『アヤメさん ひゅうがさん にがて』
助詞の省かれた文章だったが、ちゃんと通じたようだった。
ナギは意外そうに「ほー」と呟きながらアヤメを見た。
四つん這いの筑紫の向こう、アヤメは困っているというより照れているように見える。それは女子ならばすぐに感付く例のアレの挙動であって、ナギは「ほほー」とにやけるのだった。
さて、男子であるところのカン君は、アヤメの挙動などよりも筑紫の方が気になる。何しろ今は、テーブルの上に四つん這いでアヤメに詰め寄っていて――つまり、下着と臀部を隠すスカートがちょうど視線の高さにある。
――いけません、筑紫さま。はしたないですよ!
声に出さないでいるのはナギとのひそひそ話に釣られたためか、男の性か。
チェック柄のスカートは、筑紫が「なんで?」と首を傾げるたびにひらりと風を含んで揺れる。むっちりと健康的な太腿から目を離せないでいると、靡くスカートと共に肌色の面積がかすかに増える。付け根に向かうに連れて肉付きがよくなっていき、何かの拍子で風でも吹こうものなら筑紫さまの下着さまが見えてしまいそうだった。というか、見えた気がする。カン君は大量に含有する霊体を集中させることで五感を増すことができたが、隠されているものは見えようがない。ならば今の白い微かな輝きは――スカートと太腿の境界線でささやかな自己主張をしてくれた布は。
男子の欲求が臨界点に達しようとしたそのとき、隣のナギが呟いた。
「筑紫ちゃん、パンツ見えちゃうよー」
何が楽しいのか、薄い笑いを貼り付けているナギだった。
その目が心なしか自分を見ているような気がする。カン君はここで、ようやく自分が窃視狂いへと化していたことに気付いた。
――この女、告げ口を!
ではなく、危ない!
「え……? いやーん!」
尻を押さえて膝立ちになる筑紫だった。素早い。
そして、背後のカン君へと、唇を尖らせながら聞く。
「カン君……み、みた?」
対するカン君、ナギの先手によって対策は万全だ。
彼は部屋の入口を上下逆さに見つめていた。
ソファの背もたれに首を預け、限界まで体を反らせた体勢――海老反りである。
「みてません」
「そっかー、よかったぁ……」
奇っ怪な体勢で難を逃れたカン君と、それにまんまと騙されてしまった筑紫。
予想外の珍事に、ナギは真顔になってしまうのみだったという。
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