縋れば、背く 4

 手がぶるぶると震えていた清家だったが、彼女の出した茶は筑紫とナギを唸らせた。


「なにこれ、お茶ってこんなに変わるものなの?」


 驚愕で目を丸くするナギだ。

 カン君は自分が飲めない悔しさを振り払うかのように安賀多へと聞く。


「それで、例の人形についてなんですが……」


 身を乗り出して聞けば、安賀多もまた仕事の顔を作る。


「わざわざ僕たちを呼んだということは、何かお知りで?」

「まぁ、それ程のことでもないんだが……確認したいことがあってね」


 安賀多はテーブルの上から数枚の紙を持って、三人の前へと動かした。

 印刷されていたのは数枚の写真だった。

 目にした瞬間、カン君と筑紫は安賀多の意図を察する。


「……これです、間違いありません」


 人形の画像だった。

 青いドレスに身を包んだ、西欧のアンティーク・ドール。

 淡桃色の頬はぷっくりとしていて、つぶらな海色の瞳が可愛らしい。

 ただし、見せられた写真の人形たちは、みなが何かしらの欠損を負っていた。

 ある者は腕が片方だけ取れていたし、ある者は顔面の半分が崩れていたし、すすだらけで溶けていたり、ひどいものでは顔の破片だけが映っている。


「これは、全て除霊された後ですか?」

「その通りだね。結論から言うと、この人形による霊障がここ最近で増えている」

「てことは、この人形はみんな霊能者と戦ったってこと?」


 部外者ながらに推測したナギの問いだったが、安賀多は静かに首を振った。


「間違いではないんだが……正確に言うと、よくて相打ちってところだね。取り逃がしたって報告もある」

「でも、安賀多の知り合いさんがやられちゃうって……」


 筑紫が難しい顔をして安賀多を見つめる。

 苦虫を噛み潰した顔で、彼は拳を握っていた。


「自慢じゃないが、彼らはみな実力者だった。こうも歯が立たないなんてね」


 その口ぶりに不安を覚える。

 カン君は、恐る恐るの心持ちで尋ねた。


「……具体的な数は?」


 大きく溜息を吐いた安賀多が、目頭を押さえた。


「除霊完遂が四件、取り逃がしたから気を付けろという報告が三件……連絡が途絶えたのは八件だ」


 四件、というのは印刷された人形たちだろう。

 取り逃がしたものは、まだ市井に潜んでいるかもしれないし、もしくは破壊された四件のいずれかかもしれない。

 そして八件とは、すなわち殉職した霊能者の数と同値なのだろう。

 しかもこれらは安賀多が把握しているもののみだ、表に出ていない人形の被害がまだあるかもしれない。


「……甚大ですね」


 そうとしか言えなかった。

 霊能者の知り合いなど数えるくらいのカン君だったが、古くからこの稼業に関わっている筑紫や安賀多といった面々からすればどれだけの知人が亡くなったのか。


「詳しい報告は、こっちだ」


 安賀多が紙を捲る。今度の資料は文字が中心だった。

 いつどこで誰が発見し、どうなった。そういったデータを纏めたものらしかった。


「時期に関しては、一番古いのが十日前だ。場所は選ばないらしく、僕一人ではカバーできそうにない」

「うわ……北から南まで、ほんとランダムって感じね」

「特定の地域が多いわけではない……自然発生的なものでしょうか」


 各々が時期や地域などのデータに目を通している中、筑紫が何かを発見した。


「あ! これって……!」


 彼女が注視していたのは報告者の欄である。

 その中に見知った名前を見つけたが故の驚きだったのだ。

 釣られてカン君も筑紫の視線を追う。

 知らない名前ばかりだったが、その一つだけは別だった。


「……アヤメさん!?」


 報告、数日前、隣県にて、悪霊討伐。

 この討伐という単語が、まさにアヤメの手法らしかった。


「そう、アヤメ君がやってくれた。前に言った『イザコザに巻き込まれて帰りが遅れる』ていうのは、これのことだったらしいんだ」

「さっすがアヤメだね! あれ? てことは、もしかして……」


 筑紫の顔が期待の色で紅潮してゆく。

 それを待っていたかのように、入口の扉が勢いよく開かれた。

 すらりとしながらも筋肉の逞しさと美しさのある脚線、ホットパンツとチューブトップの間でうっすらと割れている腹筋、びょうのついたジャンパーは黒皮仕立て。

 そして、不遜な笑みを見せる猫目と赤色のニット帽。

 彼女は、豪快に一同へと手を上げた。


「おう、久しぶり! ……と、知らねぇ顔もいるのか?」


 闖入者ちんにゅうしゃに表情を固めるナギだったが、その他のメンバーは全員が彼女を知っている。

 特に筑紫は、彼女のことが大好きなのだった。


「おかえり、アヤメ!」

「お~筑紫んぼ! 元気してたかよ? カン坊も見ないうちに背ぇ伸びたか?」

「……霊体は成長しませんってば」


 深刻だった雰囲気が一気に換気されていったような盛り上がり方だった。

 安賀多が立ち上がり、彼もまたアヤメを歓迎する。


「こっちは数日ぶりだね。例の人形について、筑紫ちゃんに説明してほしいんだけど……」


 アヤメは堂々たる振る舞いで、しかし靴音を一切立てずに彼らの元へと歩み寄る。

 アルトのよく通る声で宣言した。


「おうとも。アタシがいりゃあ、どんな霊障だろうと楽勝よ!」


 何とも心強い味方の登場、といったところだったが、事情を知らぬナギだけが眉をひそめている。

 キャラの濃すぎるアヤメを見て、ナギは誰にも聞こえないよう小さく呟いた。


「……痴女?」

「おうアンタ、聞こえてるぞ」


 眼光に射竦められ、ビクリと身体を震わせるナギだった。

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