聞いたら、来る 9

 発光が収まった。

 駐車場には再び闇が降りてくる。


「……お疲れ様、カン君」


 筑紫の声に振り向けば、彼女は小さく頷いた。


「いいえ、お安い御用です」


 誇らしげに言ってみる。

 あくまで憑依に必要なパーツは筑紫が発見したものだし、更に言えば全てが状況証拠と推測と、そして勢いが生んだ結果ではあったが。

 だが、この勢いというのが大事だった。

 憑依は、相手より「強い」魂を持つ者の特権だ。しかし定量的な概念が通用しない心霊の世界では、存外に勢いというものが役に立つ。


「それにしても、格好良かったねカン君!」


 だって、ねぇ、と筑紫。


「あの決め台詞『お前なんて、怖くない』だって! やっぱり男らしいカン君もいいなぁ」

「い、いえ……その……」


 赤面である。


「なんか、こう……僕は強いんだぞっていう暗示というか景気づけというか……」

「いいのいいの、筑紫には分かってるんだから!」

「なにがですか……」


 思わず溜息が漏れる。

 それは筑紫へのものでもあったし、同時に事件が解決したことへの安心でもあった。


「後は、警察に通報しておきましょう。中には彼女の遺体と、連れてこられた二人の遺体もありますから」

「そうだね……でも、あんなところに死体が入ってて、ビルの人たちは気付かなかったのかな?」

「それなんですが……時間の問題だったと思います」


 水が循環され、濾過されているとはいえ腐肉の臭いなど隠せない。


「彼女が何もしなくても、あと数日……いや、もう明日にでも点検が入る予定だったんじゃないでしょうか」

「そっか……」


 強い思いは暴走する。

 生者であれば論理的に導き出せる手であっても、死者には理外の想いがあるだけだ。


「犠牲者の方々は、残念でした」


 つまり、彼らの死は無駄だったというわけだ。

 何の意味もなく、引きずられてしまった。


「じゃあ、こう考えよう?」


 筑紫が、努めて明るく言った。


「カン君が取り込んだ人たちのおかげで、この霊障を止められたんだって」

「……それは、都合のいい解釈です」

「でも、死んじゃったら何も浮かばれないのが普通なんだよ。だったら、筑紫たちが『よかったこと』をあげないと」


 都合よくとも、せめて感謝を。

 そういうことなら、とカン君は歩き出す。


「悪くはない、ですね」


 この事件は終わったのだから、後は帰るのだ。

 二人の場所、事務所へと。

 そこでまた、感謝の意を与えるために、死者の声を聞く日常へ。

 安堵の溜息をついて、晴れやかな気持ちが満ちる。

 事件の犯人は悪霊で、伝説じみた怪異と呼ばれる存在など関わってはいなかった。

 これでまた筑紫を守ることができたのだ。


「そういえばね、カン君」

「なんですか?」

「さっき、OLさん取り込んでたよね。なにか言ってた?」

「あぁ、そういえば……」


 安心感から、彼女の記憶を読み取っていなかった。

 終わった事件の話だ、事務所に帰ってからでも問題ないだろうと踏んでいた。

 そうですね、と同意して目を閉じる。

 アルバムに新しく作られた記憶の頁を探り出し、見る。

 そこには、事務員として働く彼女の姿があった。

 映像の中には浮遊霊となった彼の姿が頻繁に映っている。少なからず好意を持っていたのだろう。


 ――自殺するような人じゃないな。


 もしかしたら、何らかの事件があったのかもしれない。

 後で匿名通報をするときに、それらしい情報も伝えておこう。

 そう考えながら記憶を閲覧している、そのときだった。


 腐った水の臭いがした。


「……!」


 記憶を手繰る。

 死の直前、彼女は何を見たのか。

 情報が断片的に入る

 短期大学の卒業、同窓会、田舎出身の友人、怪談、呪われる。

 対策、情報の拡散。

 ミツコさん。


「筑紫さま、この女性が……怪談の語り手です」


 そして。


「ミツコさんは、実在します……!」


 腐った水の臭いが――具現化する。


 ズチャリと、汚い音を立てて。


 怪異は、いまこの瞬間から関わってくるのだ。


   ◆


 暗い部屋だった。

 蝋燭の踊るのみが光源で、それを反射する数々の玉がある。

 人形の瞳だ。

 照らされた人形たちは、世界各国のものが揃っていた。

 多種多様の人形たちが見つめる先は、部屋の中央である。

 古めかしい木製のテーブルに肘を預け、チェアに座っている男。

 日向だった。


「――未知とは恐怖、だ」


 主を見つめる人形たちへ教えるように。


「一面を知っても、それが平面とは限らず……多面体であることこそ、儘ある」


 真相に気付きつつも黙っていた自分へ聞かせるように。


「超常は、だからこそ頂きの領域」


 縁起も知らぬ怪異と直面する彼らへ呟くように。


「理外の者に直面すれば、己もまた理外に立つしかないだろう」


 そして、いまだ見えぬ真なる怪異に囁くように。


「――そうだろう? 頂きすら奪う者……トグサよ」

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