B‐3.手口

   B‐3.手口


 いかにして復讐を執行したのか。

 月乃の処刑から遡ること数時間――美憐と渡は、電話口で打ち合わせを行なった。

 相変わらず渡は欠席続き、高校に来ない日々が続くため、美憐は業を煮やしたものの、音信だけはどうにか連絡が付いている。

 しかし、これがまずかった。

 しつこく連絡を取りたがる美憐に、渡は辟易した様子を隠そうともせず、通話中に何度も溜息や舌打ちが繰り返された。返答もつっけんどんだ。頑なな渡はますます意固地になって、美憐の前に顔を出そうとしてくれない。どんなに作戦を詰めても、決行予定日は先延ばしになった。

 やる気がないのではないか、と美憐は次第に疑い始めた。


「もしもしアホくん? 段取りは整ったわよ。馬里月乃は毎日、学校が終わったらすぐ下校して、古都歩の病院へ自家用車でお見舞いに行ってるわ」

『運転者は?』

「月乃本人よ。車は親のだけど」

『さすが三年生、一八歳だから免許を取ったのか。まぁ馬里は優等生だし、受験生の割に遊ぶ余裕があるのも頷ける』

「夏休みに取ったみたい。……で、今はもう秋。病院の面会時間ギリギリまでお見舞いしてから、夜八時に帰宅してるわ」

『狙い目だな』

「狙い目ね」

『――だが、実行は待とう』

「どうしてよ!」

「僕が立ち会えない。何度も言ったはずだ」

「なら、あたし一人でやるわ! 絶好の狙い目なのよ、作戦はバッチリ整ってるし、今を逃したら――」

『駄目なものは駄目だ』

「信じらんない! お預け食らわす気?」

『作戦を決行する際の仕掛けと、小道具と、術式の構築は準備万端済ませてある。僕の日程が合いさえすれば、いつでも実践可能な状態には持って来ているんだ。だから、少しだけ待ってくれ』

「そんな……!」


 美憐は唇を噛んだ。

 電話はすでに切れていた。

 ――仕掛けも、小道具も、術式も、全て整っている?

 ならば――。


(あたし一人でも、実行できるわ!)


 お膳立ては済ませてあるのだ。

 管理すべき調整士コーディネイターがおらずとも、道具を設置するだけで良い。

 だったら、自分だけでも可能ではないか。

 渡が現在、どこで何をしているのかは知らないが、向こうが勝手な都合で約束を延長するのなら、こっちも自分の都合で動くのみだ。


(お姉ちゃん、待っててね……もうすぐあたしが、恨みを晴らしてあげるから……!)



 午後七時――夜の帳が下りた頃、美憐は誰も居ない家を出発した。

 傍目には、恐らく見付けられることはないだろう。

 誰も居ないから。

 そして、黒いから。


(お姉ちゃんの服、借りて来ちゃった)


 今日の美憐は、黒ずくめだった。

 夜の闇に溶け入るような漆黒。


「ゴスロリ……って言うんだっけ、これ」


 暗い色合いは光を吸収し、視認性を著しく削ぐ働きがある。

 闇に紛れて行動するのに適しているだけでなく、今から行なう報復に欠かせない一要素であり、阿保渡も段取りで指定していた色調だった。

 美憐は家の門を戸締まりしつつ、改めて自分のいでたちを見下ろした。


(あたしは赤系の服ばっかり着てたから、こういうモノクロな服って、お姉ちゃんしか持ってなかったのよね)


 姉の箪笥から拝借した遺品は、真っ黒なドレスである。しかも随所にフリルがたくさん付属しており、歩くたびに――あるいは風が吹くたびに――ひらひらとなびいて、何となく落ち着かない。

 腕を包むアームウォーマーも黒、足を覆うニーソックスも黒。ついでに頭部の赤毛を隠すために、黒薔薇のコサージュをあしらった帽子をかぶっている。


「胸も妙にスカスカしてるし……」


 首元から完全に肌を包み、鎖骨や胸までゆったりと包囲したゴスロリ衣装は、美憐には馴染みのないファッションだった。

 というか胸が隙間だらけなのは、亡き姉・知恵の豊かな胸囲に対して、美憐のふくらみが圧倒的に不足していることが原因なのだが、それは極力目をつぶることにした。


「こ、腰回りはピッタリだったし、そんなにブカブカってわけじゃないわ、うん!」


 しきりに自己暗示をかけて、美憐は夜道へ繰り出した。

 姉の持っていた黒革の厚底ブーツも慣れなくて、とても歩きづらい。

 幸い、足のサイズは一緒だったので、靴擦れの心配は少なそうだ。


(お姉ちゃんは綺麗な黒髪で華奢だから、こういう服が似合ってたのよね……どこか非現実的で、神秘的で、浮世離れした所があったから……)


 制服を脱いだ後の姉妹は、本当に別世界の住人のようだったのを思い出す。

 知恵は、存在そのものがファンタジーだったのだ。

 だから、こんなゴスロリも似合ってしまう。

 同じ衣装なのに、美憐の頼りない足取りとは異なって、姉はいつだって地に足を付けていた。確固たる立ち居振る舞いを覚えていた。


(まぁ、お姉ちゃんの服装で弔い合戦できるチャンスを与えてくれたアホくんにも、一応感謝すべきなのかな?)


 単独で作戦開始することに一抹の背徳感を持っていたのか、美憐は己をごまかすように渡へ謝意を念じておく。

 これで許されるとは思わないが、迷いは完全に吹っ切れた。

 一人でも、出来る。

 作戦と『色彩術』は手配できている。

 今夜限りの大一番。

 恐らく姉の服を着るなんて、もう一生ないだろう。そんな冒涜は二度とない。姉が振る舞うべき神聖な衣装を、一般人の妹が汚して良いわけがないからだ。

 美憐は、着慣れぬゴスロリ服に大きな鞄――これもまた黒い――を引っさげて、駅から程近い市営の総合病院へ赴いた。

 裏手の三叉路を抜けた先にある、四階建ての白亜の病棟だ。ロータリーに連なる駐車場も完備されており、相当に広い。その割に街灯はまばらで、そろそろ日が短くなった秋の夜空は、とっぷりと影を落としていた。


 ――

 黒は、宵の口に溶け込める。


「これが、アホくんと打ち合わせた『馬里月乃の報復方法その一』なのよね……」


 美憐は真っ赤な表紙のメモ帳をポケットから取り出し、手で繰った。

 全国の電話で、渡とさんざんディスカッションして頭に練り込んだ作戦である。

 メモの文章は、渡との打ち合わせをそのまま記述しているため、自然と彼の声色で脳内再生される。


『その一。 並置混色を活用するんだ』


 並置混色。

 それが、わざわざ真っ黒なゴスロリを着飾った所以である。

 黒い服装で夜闇に潜伏すると、どうなるか――。


『人間の目は、意外とボケてるもんでね。似たような色が並んでると、混じり合って見えるんだ……すなわち、のさ』


 人目に付かない『色彩効果』が発動されるのだ。

 さらに、こうした色彩理論さえ確立されていれば、あとは光源の調整士コーディネーターによる『幻術』イリュージョンも発動し、確実に効果が現れる。

 こうして、美憐は完全に闇と一体化し、人目に付かずに済むわけだ。

 ――復讐に必要な裏工作も、やりたい放題である。


(いつぞやの『補色残像』よりは、よっぽどシンプルな潜伏手段よね)


 あのときは渡が夕焼けへ溶け入り、標的の目を欺いたものだが、今回は非常に直截的ストレートな紛れ方である。

 黒と夜は相性が良いのだ。

 こうすることで、人目を気にせずこっそり報復の工作が行なえる。


(えーと、馬里月乃のクルマは……あったあった!)


 一台のファミリーカーを見付け、美憐は機敏に歩み寄った。

 取り出したメモ帳と照らし合わせて、車種とナンバーが相違ないのを確認すると、美憐はさっそく作業に取りかかる。

 一抱えもある黒い鞄を路上に下ろし、がさごそとファスナーを開ける。


「そいでもって……『馬里月乃の報復方法その二』っと」


 馬里月乃は放課後、帰宅してから毎日のように市営病院を訪れ、入院中の古都歩と面会している。しかも取り立ての免許で、親の車両に乗って駆け付けている。

 面会時間は夜八時までだが、確実に八時ギリギリまで見舞っている熱の入れようは、敵でありながらも愛情を感じられて、少し羨ましい。

 無論、だからと言って容赦はしないが。

 そこまで人を愛せる心がありながら、姉を自殺に追い込んだ残虐性には反吐が出る。

 痛い目に遭わせないと気が済まない。


「車の交通事故に見せかけて報復する……か」


 美憐はメモ帳の中盤に目を通した。


『――毎度毎度、犯行現場に僕たちが出向いたら、いずれ足が付く。そこで、今回は僕たちが手を汚すのではなく、馬里月乃が見舞い疲れで運転を誤り、交通事故で自滅したという筋書きにしよう』


 そうすれば、単純な運転ミスとして片付けられる。

 渡や美憐も、事故現場にさえ居なければアリバイの証明が出来るし、嫌疑がかかることもない。


『――運転中に眩暈を起こさせ、視界が遮られる色彩効果を与えるんだ。そうすれば、前方不注意で事故発生。規模によっては死ぬかも知れない。美憐も万々歳だろう?』


 渡は忙しなさそうにそう告げた。

 美憐としては確実に殺害できる方法が望ましいのだが、さすがに殺人沙汰となると渡の沽券に関わるらしく、運が悪ければ死ぬかも知れないという中間的な手段で折り合いを付けた次第である。


『――馬里月乃のクルマに、市販の遮光フィルムを貼り付けるんだ』


 遮光フィルム。

 美憐は鞄の中で、それを握った。

 幅七〇センチ、全長三メートルの薄くて透明なフィルムが、巻物のようにくるまれた状態で引っ張り出される。

 カーショップやホームセンターで市販されているもので、商品名は『UVカット用コーティングフィルム』と記されていた。


『――車窓に貼る遮光フィルムだ。光の屈折率を操作することで、窓から射し込む紫外線や可視光線を和らげる効果がある。そのフィルムに、ほんの少し細工をした』

(細工っていうか『幻術』イリュージョンでしょ)


 渡の言葉を思い出しながら、美憐は今さら愚痴をぼやいた。

 無論、初めて話を聞いたときも同様の言葉を返したものだ。


『――遮光フィルムは、側窓や後部座席によく貼られるが、フロントガラスに貼っても良い。日本の法律では、透過性七〇%以上なら運転席にも貼ることが許されている』


 あまりにも透過性が低いと視界が悪化して事故を起こすから禁止、というのが法律の理由だが、渡と美憐が狙っているのは、まさにそれだった。

 と言っても――。


『――ただし、あからさまに暗いフィルムを貼り付けたら、運転者に気付かれてしまう。そこで、見た目は透過性九〇%の、ほとんど見分けが付かない安物を用意した』


 くるんであったフィルムを手で引き伸ばすと、それはほぼ無色透明で、遮光効果など見込めそうもない希薄なものだった。

 せいぜい紫外線を少し抑える程度だろう。

 こんなもので、事故を起こすほど視界が遮断されるとは到底思えない。


『――そこで、色彩術の出番だ』得意げに語る渡。『色彩術は、どんなに机上の空論であろうと、色彩原理のきっかけさえあれば物理的制約を無視して実現させる魔力があるのは、既知の通りだ』


 美憐はその発言を信じ、貼り付け作業に取りかかった。

 一昔前までは専門店に任せることが多かった遮光フィルムの施工だが、市販されるようになって以来、一般人も簡単に切り貼りできるよう改良が進んでいる。

 必要な道具は、貼る大きさを採寸するための定規、測った長さに切り取るカッターやハサミ、窓に仮止めするセロハンテープ、フィルムを均一に塗布するためのゴムヘラやプラスチック製のヘラである。

 ――何も難しいことはない。

 フィルムの裏にあるセパレータを剥がせば、それが糊の役目を果たして、窓ガラスにへばり付く。貼ったフィルムがたわまないようヘラで平らに伸ばせば完了だ。

 慣れなくても一~二時間ほどで終了し、面会時間が終わる八時にも間に合った。


 すっかり辺りは暗くなり、閑散とした駐車場の片隅で作業するゴスロリ姿など、誰の目にもはばかれることはない。

 完璧すぎる。

 万事、つつがなく進行できていではないか。


(あたしだけでも出来るんだ。アホくんが居なくても大丈夫だって証明してやるわ!)


 一人でも、問題ない。

 独りでも――。

 念のため、貼り終えた遮光フィルムを見直しておく。


『――そのフィルムは、光の屈折率を歪めておいた。傍目には透過性の高い安物だが、ひとたび光を浴びたら「グレア現象」を発現させる』


 グレア現象。

 眩輝、とも言う。

 これは日常の運転でも発生する現象で、例えば対向車のライトが眩しすぎて視野が擬似的にホワイトアウトしてしまうというものだ。

 そのせいで運転者は何も見えず、事故を起こす危険がいや増す。おまけに自分の車のライトと対向車のライトが交錯すると、その間にある障害物までもが光に紛れ、消失したかのように視認できなくなる危険がある。

 光源の交錯による、目くらましだ。

 これにより、どんなに明るい街道だとしても――むしろ明るいからこそ――車の前を横断する歩行者が光に紛れて視認できず、轢いてしまうと言った惨劇が後を絶たない。


『――また、ドギツい光はそれそのものを直視しても脳に悪影響を及ぼす。過剰なフラッシュを浴びると、てんかん症状を起こして失神し、ひどいときは脳を傷付けて寝たきりの生活を余儀なくされる恐れがある』


 それを、意図的に引き起こすというのだ。

 病院周辺は暗いが、表の街道に出れば明るい街灯や対向車に満ちている。そこで特殊フィルム越しに光を浴びれば、たちまち運転者は目をくらませ、意識も吹っ飛んで事故を起こすに違いない。


『――このグレア現象は、アメリカの色彩学者ムーン&スペンサー夫婦によって発見された。色彩調和を、数学的な数値や計算値によって区分し、第一不明瞭領域、第二不明瞭領域、そして眩輝グレア領域に総括した理論は、世界中で絶賛された』


 ムーン&スペンサー。

 ムーン。

 月。

 ――馬里月乃?


『ムーン博士の本名は、バリー・ムーンだ。馬里月乃……馬里バリー月乃ムーンってね』


 また当て付けか。

 見立て殺人よろしくこじつけているだけだったが、渡にとっては重要な報復方法であるらしく、古都歩=ゴッホの見立てから一貫して用いていた。


「これで良し……っと」


 一息ついた美憐は、汗を拭うのももどかしく荷物を片付けた。

 道具をしまい、重たい鞄を持ち上げて、ブーツの踵を鳴らさぬよう駐車場を後にする。

 目的は果たした。後は月乃が帰らぬ人となるのを待つだけである。

 してやったりの感慨と達成感を小さな胸に躍らせながら、美憐は浮き足立ったまま帰途に着いた。

 忘れ物はない。

 誰にも見られていない。

 完璧な仕事だ。

 姉も草葉の陰で喜んでいるに違いない――美憐はそう信じて疑わなかった。

 てっきり、そう思っていた。


「どんなもんよ。アホめっ……あたしだって、相応の下準備さえあれば一人で出来るんだからねっ! あなたなんか居なくてもっ……あなたなんか……あなたなんかっ……!」


 ――美憐てさ、阿保くんと仲が良いよね。


「!」


 クラスメイトの言葉が蘇る。

 顔面が爆発したように火照った。

 よりによってこんなときに。

 確かに最近、いつも渡と一緒に行動していたのは事実だ。だが、それは姉の報復のためであって、決して彼のそばに居るのが心地良いわけではない……はずだ。

 ――そのはず、なのに。

 寂しさの裏返し?

 一人で居るのが辛いから?

 渡という利害の一致を見たパートナーが居ないから?

 渡にそっぽを向かれてむくれている、本当の理由は――。


(べ……別に、強がってなんか居ないんだから!)


 必死に思い込む。

 足取りに翳りが見え始めるも、懸命に勝者を気取って闊歩する様がいじましい。

 心の奥底に芽生え始めている好意やら、好感やら、縮まった距離感やらを、美憐は誰にともなくごまかして、虚勢を張ることに腐心した。


(大体、あのアホは身勝手なのよ……お家騒動だか何だか知らないけど、先約のあたしを放置するなんて! そもそも、あいつの許婚の話だって――)


「おっと。増場美憐、そこで何しとるんだ?」


「――っ!」


 心臓が、止まるかと思った。

 何かにぶつかって顔を上げると、一体の人影が前方に立ちはだかっていた。

 いや、正確には鉢合わせたと言うべきか。

 有頂天で闊歩する美憐は前方不注意だったし、対する通行人は暗闇に紛れた美憐を避けられるはずもなく、出会い頭に衝突したのだ。

 そして、それは彼女もよく見知った恩師だった。


「……三輪先生!」


 三輪一元。

 高校の美術教師。

 クラスの担任でもある。

 学校帰りとおぼしきジャージ姿と買い物袋を引っさげて、駅からの帰り道をのらりくらりと歩いていた。


(見られた!)


 さっと血の気が引く。

 この服で。

 この格好で。

 気取けどられてしまった。

 どんなに暗闇と同化しようが、正面衝突したら気付かれるに決まっている。

 三輪一元は、挙動不審な教え子の佇まいに、片眉を吊り上げた。

 闇と一体化した黒いゴスロリドレスは、やはり一般人の目には奇異に映るものだ。ましてやこんな時間に、わざわざ人目を避けるようにして歩いているなんて、いかにも怪しいと言わざるを得ない。


「どうしたんだ、珍しいな。お前の家、こっちとは逆方向じゃなかったか?」

「あ、はい、えーと……」

「しかも、凄い衣装だな。ド派手というか何というか……まぁ増場は生来の赤毛だし、似合うと言えば似合うのかも知れんな」

「あうぅ……」

「ま、俺も美術教師だから、そういうコーディネイトも理解はある方だ。校内でやらかさない限りは許容しようじゃないか、ははっ」

「え、えーと、これは……その」みるみる頭に血が昇る美憐。「し、失礼しますっ!」


 どん、と三輪の肩にぶつかって、突き倒すような勢いで美憐は走り去った。


「おい、増場っ?」


 手を伸ばす三輪一元など眼中にない。振り切るように美憐は馳せた。厚底ブーツはとてつもなく走りづらかったが、そんなハンデをものともしない全力疾走だった。


(見られた! 見られた! 見られた!)


 鼓動が跳ね上がる。

 息が苦しい。

 気が動転して狂いそうだ。

 自宅へ駆け戻った美憐だが、その剣幕は酸欠で死にそうだった。あっという間にゴスロリ衣装を脱ぎ捨て、洗濯籠へ叩き付けるように放り投げる。

 下着姿のまま、寝室のベッドに倒れ込む。

 荒い呼吸は収まらない。むしろ顔面が布団に埋もれて、なおさら胸が苦しくなった。頭がくらくらする。意識が遠のく。気道がきしむ。肺が焼ける。

 なぜだ?

 なぜこんなことになった――?


(見られた……! ううん、大丈夫だよね? 車の細工そのものを目撃されたわけじゃないし……きっと平気よね?)


 暗示のように言い聞かせて、枕に顔をうずめてジタバタと四肢をもがき続けた。


(お願い……平気と言ってよ、アホくん……!)


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