A‐3.解明

   A‐3.解明


「殺してはくれなかったのね」

「事前にそう約束したはずだが?」


 膨れっ面の美憐に、渡は素っ気なくあしらった。

 パトカーがサイレンを回しながら校内駐車場へ群がっている。

 自習室と中庭は瞬く間に縄張りで仕切られ、残っていた生徒たちと押し合いへし合いの野次馬合戦を繰り広げていたが、それもじきに終わりを告げた。

 最初に現場へ来た美術教師・三輪一元がいち早く状況を察知し、校内の生徒らを下校させるよう提案したからだ。


「今日はもう閉校とする。部活も居残りも何もなしだ。明日もどうなるか判らん。詳しいことは連絡が回るだろうから、それまで自宅に待機してくれ」


 やむを得ない状況だったせいもあり、誰もがしぶしぶ従った。

 三輪に限らず、あらゆる部活の教師陣も一致団結して部員たちを家路に追いやっているのを見るにつけ、深刻な事態には違いない。

 何しろ立て続けの警察沙汰である。しかも両方とも美術部がらみ。キナ臭さを感じないわけがない。

 渡や美憐も例外ではないし、部活中の生徒たちは「また美術部か」と不満げな態度を取ったが、学校の命令ならば従わざるを得ない。

 こうも連日不祥事が続くとあっては、学校側も困惑と疲弊を禁じ得ない。どの教員も辟易した面持ちで警察の言いなりになっている。


「真面目にクラブ活動する生徒ほど、割を食っているに違いない」


 校門を後にする生徒らに紛れ込んで、渡が悠然と帰路に着いた。

 一足先に下校した美憐と待ち合わせて、何食わぬ顔で校門を遠巻きから観察している次第である。

 渡は未だにジャージ姿だった。犯行前に着替えたままだ。制服と鞄を小脇に抱えながら帰途に着くが、なぜか誰にも見咎められることはなかった。

 ――あたかも、幽霊のように。

 ジャージの襟を立てて顔をうずめ、緑色の運動帽を目深にかぶり、緑色の手袋を着用して肌の露出を控えている。

 いつの間に用意したんだろ……と美憐が訝る間も、渡は淡々と足を進めた。


「標的を殺しはしないが、建物の三階から転落した以上、運が悪ければ死ぬだろうな」

「さっき救急車が出て行ったわ」渡と校門を交互に見やる美憐。「あれに古都歩が乗ってたのかな?」

「そうだ。馬里月乃も付き添っていた。二人揃って『幽霊の仕業だ』と怯えているから、警察も鼻白んでいたな。面白いことになりそうだ」

「また蜃気楼でも発生させたわけ?」

「同じネタでは芸がないだろう」


 渡は歩調を美憐に合わせながら、懐中から携帯電話を取り出した。

 メタリックなグリーンの光沢を放つ、やや旧型のモデルである。その動画再生ボタンを押しながら、美憐の眼前へぶしつけに突き付けた。

 押し付けられた按配になって、美憐は顔を引きつつも受け取る。

 事前に打ち合わせた通り、本当に犯行現場を撮影したらしい。


「律儀に、どうも」可憐な苦笑。「あたしもアリバイは作ったわよ。駅前のコンビニで、急いで買い物しようとして派手に転倒。外で待つあなたに急かされた、って設定」

「ずっと一緒に居たと口裏を合わせてくれれば問題ない」正面を向いたままの渡。「何より古都歩が『幽霊に突き落とされた』と証言を繰り返す限り、間違っても僕らに嫌疑がかかることはない。アリバイなんか本来、必要ないくらいだ」

「何よそれぇ」


 美憐は頬を膨らませた。

 渡のてのひらで踊らされているようで、気分を害するのも無理はない。

 通学用のショルダーバッグにはコンビニ袋と雑貨が詰め込まれており、並んで歩くたびにガサゴソと揺れて、かさばっている。アリバイ作りのために、店員に印象付けようと多めに買い込んで転んだのだ。


「何にせよ、後はお前次第だぞ」


 初めて渡が横目を向けた。

 決して好意的なものではなく、ちらりと美憐を一瞥するような仕草だったが、本題に入ったという気配は感じられる。語気と真剣度が数段跳ね上がった。

 美憐はごくり、と息を呑む。


「――色の『手品』イリュージョンを、あたしが解答するのよね」

「そんなに難しいものではない。僕がどんな仕掛けで古都歩を幻惑したのか、言い当ててくれればいい」

「理屈さえ通っていれば、物理的根拠は必要ないのよね?」

「ああ。それだけで充分だ」

「……根拠なしに発現できる『手品』イリュージョンって、まるで魔法ね」


 不思議な魔法。

 彼にかかれば、机上の空論さえも具現化できるという。

 それは一体、どんな仕組みなのか――。

 美憐は改めて深呼吸した。右手でさっきの携帯電話を構え、もう片方の手で控えめな胸を撫で下ろす。息を整え、心の平静を保ち、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えて、いざ、動画の再生ボタンを押した。

 念のため、音声はミュートにしておく。

 周囲を歩く他の一般生徒らに聞き付けられたら厄介だ。


「映像だけ見ていれば、察しが付くはずだ」


 渡もそう付け加えたので、安心して美憐は動画に集中できた。


(画面の中、赤くて眩しい……)


 さっそく目に飛び込んだのは、夕焼けの茜色だった。

 すでにここは自習室なのだろう、画面内の渡は一直線に窓際へ立ち寄り、カーテンを端から順番に開け放つ。

 絶え間なく射し込む強烈な夕陽のスペクトルは、見る者の視界をくらませずには居られなかった。

 全て開放した後、ついでに窓の施錠を一つだけ外す渡の手が映り込む。

 しかし、それも一瞬だけだ。

 渡の腕は、すぐに画面外へ見切れてしまうだけでなく、彼が着ているモスグリーンのジャージが夕焼けと混じり合って、視認できなくなったのだ。


「え?」


 美憐は目をこする。

 ――赤と緑が、混じり合う?

 違う色なのに、混同して見えなくなる――?

 動画はぐるりと室内を旋回して、古都歩へ接近した。

 室内全域が真っ赤だった。夕暮れの威力が半端ではない。座していた古都歩の全身までもが紅蓮に染まる。

 当人は透き通るような白い肌を、怯えきった土気色に豹変させた挙句、狂乱したように席を立った。

 逃げ惑う。

 ドアを開けて退出しようと試みたものの、すかさず渡が机を蹴っ飛ばして妨害した。

 蹴った足が動画に映り込んだが、これもさっきの手と同様、すぐに画面からは認識できなくなった。

 携帯を持ったまま、渡は古都を窓際まで追い詰める。

 古都はどこに誰が居るのかも判別できておらず、顔をきょろきょろ動かしながら走り回るばかり。


「……古都には、あなたの姿が見えてないの?」

「その通りだ」肩をすくめる渡。「だから彼女は『幽霊の仕業』と間抜けな証言を口走ったわけだ。死んだ知恵さんが化けて出た、という騒動にも繋がる」

「どうやって身を隠したの? 学校のジャージって、この近辺じゃダサいって評判の、逆の意味で目立つモスグリーンなんだけどなぁ」

「それをお前に答えて貰うんだよ」


 それもそうか、と美憐は口をつぐんだ。

 通学路はいつしか、駅前の並木道に風景を変えていた。

 大半の生徒が改札口をくぐって行く。あるいはバス停へ散って行く。中には駅ビルやデパートへ寄り道する者もおり、渡は美憐を牽引するようにそれに続いた。


「え? どこ行くのよ?」

「座れる場所を探そう。お前の推理を聞き終えるまで、ゆっくり腰を据えたい」

「それはいいけど――」


 美憐は渡の全身を正視した。

 学校指定の、モスグリーンのジャージ。その姿で店へ立ち寄るのはいかがなものか。ぼけた色合いのせいか夕暮れの中では目立たないが、本来ならば道行く他校生に後ろ指さされても仕方のない野暮ったさだ。

 なぜか今は、誰の目にも止まっていないようだが――。


「デパートのトイレかどこかで、制服に着替えなさいよ」

「それも兼ねている」言われるまでもない渡。「喫茶店かファーストフードに入って待っていろ。すぐに合流する」


 かくしてデパートの隅にある小さなテーブルで、ハンバーガー店から安いシェイクとフライドポテトを購入した美憐が動画を何度か再生し終えた頃、ブレザーに色を直した渡が対面席に腰を下ろした。

 愛想のかけらもない。

 座るなり美憐から携帯を取り上げてポケットに突っ込みつつ「で、解けたか?」と答案を迫って来る。

 美憐は思案に暮れた。動画を繰り返し頭に叩き込むことに夢中で、まだ内容の整理すら出来ていない。


「僕が着替えている間、充分に考える猶予はあっただろう?」

「充分ではなかったわ」

「何だと。鈍臭い女だな。まさか動画をろくに見もせず、僕の着信履歴や個人情報を漁っていたんじゃないだろうな?」

「見ないわよ、そんなの!」


 あらぬ疑いをかけられて、美憐はテーブルを叩いた。

 言われてみれば、こいつの携帯を預かっている間は好きにいじれる機会ではあったが、頭の中はそれどころではなかったし、こんな奇矯な男子生徒のプライバシーに興味を持ったことはない。

 メールを見れば、亡き知恵との文面が残っていたりするのだろうか。

 そもそもこいつに交友関係はあるのか?

 着信履歴を調べても、家族くらいしか会話していないのではなかろうか。

 いや、そもそもこいつの家庭環境からして不明である。

 どんな生活を送っているのだろう。

 何者なのだろう――?

 美憐が初めて、異性に関心を持った瞬間だった。


「解答の時間だ」机越しに身を乗り出す渡。「僕がどんな色彩原理を使ったのか、聞かせてくれ」

「ちょっと待って。さっき見た動画のせいで、まだ目がチカチカしてるのよ」まぶたをこする美憐。「強い光をじーっと見てると、視界が緑色のモヤに覆われることってあるでしょ? そのせいで――」

「それが大ヒントだ」

「えっ」

「確実にお前は正解へ近付いている。まぁ、いささか簡単すぎたかも知れないな」

「はぁ? 今のがヒント? この……目にかかった残像が?」


 美憐はまぶたをしばたたかせた。

 強い光のスペクトルを直視して、目にモヤがかかる……誰にでもある、ごく普通の生理現象である。

 赤い光を見ると、緑色の残像が映る。

 黄色い光を見ると、青みがかった残像がまぶたの裏に焼き付いて離れなくなる――。


「それは『補色残像』と呼ばれる、人間が持つ色彩原理なんだよ」


 渡が助け舟を出した。

 ヒントはこれが最後だ、と言わんばかりのもったいぶった物言いで、椅子に深く背をもたれてふんぞり返る様子が気に食わないが、美憐はぐぬぬと歯軋りしつつ聞き入れた。


(補色残像? 赤いものを見ると緑の残像…………あっ!)

「ああああ!」


 美憐が頓狂に声を上げた。

 椅子から中腰になって天井を見上げる。

 渡はそれを笑うように口の端を吊り上げて見上げ、周りの通行人や一般客も何事かと彼女を眺めた。


「ぅ、あの、その」


 途端に赤面して席に着いた美憐だったが、再び天井をぼけっと見上げて――そこにある蛍光灯の光に目をくらませて――今一度まぶたの裏に残像を描く。


「モスグリーンのジャージに着替えたのは、このためだったのね?」


 そして言った。

 渡に向かって、堂々と答えた。


「正解だ」


 渡は肩をそびやかす。

 自信を得た美憐は、シェイクのストローに一口付けて喉を潤した後、思い付いた推論をまくし立てる。


「あなたの携帯もメタルグリーンね。おまけに緑の帽子や手袋で、肌の露出も控えてた……夕焼けで真っ赤な自習室内は、緑色の物体を認識しづらくなるんだわ!」

「人間が持つ『補色残像』のせいでな」腕を組む渡。「赤みを帯びた光を直視すると、瞳は緑がかったモヤを発生させる。結果、視界は緑一色に染まり、グリーンの物体はモヤと混同して、識別しにくくなる……全身緑のジャージで入室した僕は、古都歩の補色残像に紛れ、視認できない幽霊だと勘違いされた」

「……理屈では、ね。実際にうまく行くのかは疑問だけど」

「僕は『幻術』イリュージョンの使い手だからな」

「はぐらかされてる気がする……」

「疑う気か?」

「そうじゃないけど……確かに下校中、誰もあなたのジャージ姿を見咎めなかったわね。凄くダサくて目立つのに」

「お前以外の人間には、夕焼けの補色残像で判別できないよう術式を施した」

「……ずいぶん都合がいい『手品』イリュージョンね」

「僕の模倣犯は永遠に生まれないだろうな。この『幻術』イリュージョンは真似できない」

「はいはい。ていうか、夕焼けと混同させたかったら、素直に赤い服を着ればいいのに」

「赤い服だとバレバレだろう。校内に赤い制服はないから、着ていたら不自然だしな。一見すると無関係な緑色だからこそ、誰にも怪しまれずに済むんだよ。色彩の知識がない人間は、犯行の手口すら想像できまい」

「――そう言えば古都って弱視だったわね。それもまた、残像の中で物を見分けづらい一助になってたのかしら?」

「その通りだ。赤緑色盲という言葉を知っているか?」

「赤緑……?」

「赤と緑を判別しづらい体質の人だ」

「あー、昔の健康診断で、そんなのがあったわね。色覚検査ってやつ」

「色彩学において、赤と緑は、光度や濃度が等しい『対比色』なのさ。同様に、青と黄色も対比的な補色関係にある。つまり――」

「赤と緑が同じ色に見える!」

「そう。これは自然界の事実であり原則だから、誰が何と言おうと覆せない。このように、赤と緑が対比的・対照的であることは論を待たない。健常者でも疲れ目のときは、ときどき誤認することが報告されている」

「てことは、古都も――」

「古都歩は肌も髪も色あせた『アルビノ』によく似た体質を持っている。目の充血も、色素が薄くて弱視の原因になっている。色盲に近い視力だったのは疑いがない。日の当たりにくい廊下側を好んで座るのも、目や肌が直射日光に弱いからだ」

「赤い光にさらされたら、何もかも緑に見えちゃうのね」

「さらに補色残像で、目の前はますます緑色ににじむ。緑のジャージ姿だった僕は、彼女の目に映ることはなかった。色盲と補色残像の二重構造に溶け込めたからだ」

「にわかには信じられないけど」

「古都歩の読みを変えると古都歩ゴッホ……そこから今回の犯行を思い付いた。ゴッホもまた、赤と緑の対比、青と黄色のコントラストで鮮烈な画を描いたからな」

「そうなの?」

「ああ――『夜のカフェテラス』が有名だな。夜空を青く、店の照明を黄色く塗って、対比色を端的に表現した名画だ。同様に室内を描いた『夜のカフェ』は、赤い床と緑の壁を配置し、これまた対比のコントラストで目を釘付けにする」


 ――渡は事もなげに語った。

 赤と緑。

 色の対比。

 そんな色彩原理があったなんて。

 そしてそれを、本当に実現させるなんて、普通は絶対に無理だ。


(手品じゃなくて、本当に魔法なの……?)


「また、ゴッホの『自画像』も青い背景で、自身を黄色い肌と金髪で描いたものがある。これも青と黄色の対比的な補色によるコントラストだ」


 逃れようのない事実。

 事実を元にした、真実の言質。

 美憐は背筋が凍るような鳥肌と同時に、阿保渡という男へ多大な興味が湧いて出た。

 なるほど、姉の知恵がベタ褒めしていたのも合点が行く。


「……知恵お姉ちゃんも、あなたと同じ『手品』イリュージョンの素質を持ってたのよね?」

「そうだ。色のイリュージョン――この世にあらざる魔性の幻術だ」

「げんじゅつ?」目をぱちくりさせる美憐。「手品、じゃなくて?」

「手品じゃない。幻術だ。イリュージョンの和訳は『幻術』だろうに」


 渡は述べた。

 しれっと述べた。


「世界をも欺く幻影の奇術。埒外のエネルギーだ。理論を飛躍させた呪力の賜物。物理法則の超自然現象。僕は色や光を媒介にして、その術式を引き出す行使者だ」

「ええええっ!」


 幻術。

 決して『手品』ではない。

 そう言えば、渡は最初からそのニュアンスで語っていた。勝手に『手品』だと思い込んでいたのは美憐だけだった。


「色とは、光の波長・スペクトルを調節することで生じる魔術だ。そして、僕のような魔術の行使者は、総じて『色彩術師』とか『光源の調整士コーディネイター』と呼ばれている」

「しきさい……じゅつし?」

「僕ら阿保家は代々、この『色彩術師』の家系でね。血筋や遺伝による力の継承を研究していたんだが……それだけに、知恵さんは異端だったよ。血筋ではない、後天的かつ突発的な覚醒は珍しい」

「野生の『色彩術師』ってこと?」

「そういうことだ。ゆえに、誰も彼女の境遇を理解できず、嫉妬とイジメが勃発した。知恵さんも異質な能力に不安を募らせ、生きることを諦めてしまった……過去の歴史を振り返っても、偉大な画家や『色彩術師』たちは皆、世間に理解されず虐げられ、白い目で見られ、貧困や自殺に追い込まれた」

「何それ。詳しく教えなさいよ」


 美憐は渡へ肉迫した。

 机に乗り出し、ついでに手持ちのシェイクとポテトを譲って、必死に渡を繋ぎとめる。

 息がかかる距離。

 今、渡を手放してはいけない。彼の話を聞き逃してはいけない。

 彼の見識は貴重すぎる。


「とりあえず、顔を離せ」

「むぎゅ」


 渡に顔面を押し返されて、美憐は我に返った。

 公の面前で、異性に顔を寄せている女子高生。しかも机の上に乗っかって、わき目も振らず一心不乱に。

 傍目には、異様なことこの上ない。熱烈な求愛行動に勘違いされてもおかしくない。

 道行く人々がひそひそと噂したり、指差して笑っていたり、ヒューヒューと無責任な冷やかしの口笛を吹いていたりする。


「あ、あうぅ」


 美憐の美貌が崩壊した。

 髪の毛の先まで染まったような大赤面を経て、脳天や口から沸騰した蒸気のようなものを吹いている。頭がショートしたかのようだ。

 恥ずかしい。

 穴があったら入りたい。

 両手で顔を隠す間もなく、渡が足をすっくと伸ばして起立するや、美憐の手を引いてデパートを後にした。

 手を繋いでいる間も周囲の野次は鳴り続けたが、そんなものはお構いなしだった。


「場所を移そう。全く、お前には世話が焼ける」

「ご……ごめんなさい」


 ぐいぐいと先導される最中、美憐は渡の後ろ姿を眺めていた。

 繊細な輪郭だった。握った手も柔らかく細いのに、こうして引っ張るときだけは何と頼もしく、何と威風堂々であることか。絵筆を握り過ぎたペンだこのような感触もある。


(何よ、こいつ……ちょっと見直しちゃうじゃないの)


 なんて思ってしまったりする。

 もともと見た目は悪くないのだ。上背もある。そこは姉の知恵も褒めていた点だった。

 美憐はますます渡に興味を抱く。魅かれて行く――。


「約束通り、正解したお前に協力してやる。次の標的は、馬里月乃だな」


 馬里月乃――。


「うん、よろしく」


 外に出てからも、渡は美憐の手を離さずに述べた。

 一時的な触れ合いにも関わらず、美憐はそれがもったいなく感じられた。

 どこへ向かっているのだろう?


「そして、僕の正体も知って貰う」

「正体?」

「僕や知恵さんが有する体質……『色彩術師』の宿命と、その末路についてだ」肩越しに振り向く渡。「何事も相互理解は大切だろう? お前も知りたがっていたじゃないか」

「……うん」


 こうして、二人は報復を続行する。

 渡にとっても、美憐にとっても、人生を転換させる大きな分岐点だった。


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